第75話 水着
冬の季節なので泳げませんが水着回です(笑)
ソシャゲで真冬に水着ガチャが復刻する感じですね!
カレーを思う存分楽しんだ翌日、朝から一晩置いて熟したものを楽しみたかったが、グッと我慢した。余ったカレーはひき肉を足した後に粘度を増すように手を加え、お昼のカレーパンになるからだ。パン生地の発酵をしている間に、全員の水着を買うために街へ繰り出す。
夏までまだまだ時間があるので、もしかするとサイズが合わなくなるかもしれないが、水着を見たことのないメンバーが一斉に興味を持ち、それならこの機会に買ってしまおうと決まった。
今日も行きはソラを肩車して、帰りはライムに交代する。ヴェルデはお店の中まで連れていけないが、街を歩く時は外に出てもらって元気に飛び回っている。ヴィオレは定位置の頭の上で、ソラと楽しそうに会話中だ。
「この街、どんな妖精がいるの?」
「私が昨日会いに行ったのは家に宿ってる妖精だったけど、船に宿ってる子や海の近くで生活してる子もいるみたいね」
「その妖精たち、会わなくていい?」
「妖精同士あまり交流は持たないから、会いに行かなくてもいいわ。昨日の子はみんなで街を歩いてる時に、たまたまお互いに気づいたから挨拶しに行っただけだしね」
「他に妖精いたの、気づかなかった」
「前にも言ったけど、私たちは気配を隠しているようなものだから、仕方がないわよ」
二人の会話を聞いていると、気づかないだけで色々な場所にいるんだというのがわかる。そんな妖精たちと気軽に話をしたり、遊んだり出来る場所があれば面白そうだ。
「かーさん、お魚の料理また食べられる?」
「朝市には出来るだけ通うようにするから、ヴィオレさんにも来てもらって、新鮮なお魚や貝をいっぱい買ってくるね」
「時空収納に入れておけば安心だから、いつでも呼んでちょうだいね」
「カレーも美味しかったけど、お昼のスープも美味しかったから、お魚料理が好きになったよー」
「貝も他の具材も全部美味しかったですから、新鮮な食材の力を思い知った気分です」
「ここは食べることに関して、本当にいい街だな」
「昨日買ってもらったハチミツも、香りが良くて美味しかったわ」
「マシロさん、私も朝市に行ってみたいです」
「今度はコールさんとヴィオレさんと三人で行こうね」
朝市の混雑具合からすると集団で行動すると迷惑になるし、数人づつ別れて露店を見て回るのも良いかもしれない。ライムやソラは抱っこしてないと、人に飲まれて離れ離れになりそうなので、何度かに分けて足を運ぶにことにしよう。
◇◆◇
普段は足を運ばない、服飾専門店に全員でやってきた。売り場面積も広く服や下着類の他に、靴やアクセサリーまで揃う大型店だ。貴族や富裕層向けの高級店ではないが、やはり雑貨屋に比べて圧倒的に服の種類は多い。季節を問わずあらゆる物が並べられているが、その一角に水着コーナーが存在した。
「男物はほぼ一択だな」
「女の子向けもセパレートかワンピースの、ほぼ二択だね」
男性用のコーナーに置いてあるのはトランクス型ばかりで、選べるのは股下の長さと色くらいだ。ビキニタイプや競泳で使うような、ぴったりフィットするような水着は置いていない。あってもそんなものは選ばないが。
女性用はビキニのように布面積の小さいものや、短い袖があって上半身を覆うようなセパレートタイプ。それ以外はワンピースタイプのみで、服のようにスカートの付いたものもある。
「とーさん、ライムのはどれがいい?」
「小さい子が着られるのは、上と下が一緒になったこの形の水着だけだな」
「背中の開いてるのがあったら、それを選ぶといいよライムちゃん」
「かーさん、どうして?」
「泳ぐ時に羽を出せれば気持ちいいと思うからね」
「あっ、そうだね!」
「さすが真白だな。そんなのがあるか探してみようか、ライム」
「うん!」
みんなで小さなサイズの水着を物色していたら、肩から脇に抜ける部分がX型になって、背中が大きく開いている物を見つけた。ライムの八の字型になっている羽の部分と、うまく干渉しない位置だったので、それに決定する。色は濃いピンクを選んでいたが、髪の毛とのコントラストでライムの姿が一層映えるだろう。その可愛さは、浜辺でも注目を浴びること間違いなしだ。
「私はこれにするよ」
「マシロさんは大胆なのを選びましたね」
「元の世界でも同じようなのを着てたから、この形が一番しっくり来るんだ」
真白は布面積の少ない、白のビキニタイプを選んでいた。この世界の水着は、三角形の布で谷間を見せるような物は存在せず、真白が選んだのも胸元を覆うタイプで肩紐も太い。元の世界で泳ぎに行った時も、フロートに掴まって波間を漂っていたり、パラソルの下でのんびりしている子だったので、これくらいなら兄としても許容範囲だ。この格好で走り回ったりしたら大変なことになるしな、主に周りの人が。
「コールちゃんはどんなのにするー?」
「コールさんもマシロさんと変わらないくらいご立派ですから、同じような形の水着も似合うと思います」
「わっ、私はそこまで自信はありませんから、これにしようと思います」
ワンピースにするのかと思いきや、手にしている水着は短い袖のついたタイプだった。上下ともにフリルがあしらってあり、可愛らしい感じがよく似合うはずだ。色は髪の毛に合わせたのだろうか、黒を選んでいた。露出は控えめながら、しっかりお腹が見えている辺りに、少しだけ自己評価の上がってきたコールの勇気が見える気がする。実にいい傾向だ。
「クリムおねーちゃんとアズルおねーちゃんはどんなのにするの?」
「私は動きやすそうなこれかなー」
「私もご主人さまと一緒に泳いでみたいですから、これにします」
クリムはチューブトップタイプのビキニ、アズルはタンクトップタイプのビキニを選んでいる。色はそれぞれ鮮やかな赤と、深めの青色をチョイスしていた。下はウエスト部分の布が細めなので、これなら二人のしっぽを出す穴を加工しなくても大丈夫そうだ。この水着を身にまとって、海辺を楽しそうに走り回る姿が簡単に想像できる、それくらい彼女たちのイメージにぴったりということだろう。
「リュウセイ、これ似合う?」
「スカートが付いていて可愛いし、ソラにはぴったりだと思うぞ」
「なら、これにする」
ソラが選んでいたのはスカートの付いたワンピースタイプで、色は明るい水色だ。普通の服とよく似た形だが、袖なしでスカートも短い。これを着た姿を思い浮かべてみたが、ソラの魅力を存分に引き出してくれるだろう。
「ねぇリュウセイ君、私は何色の布にしようかしら」
「みんな髪の毛や魔法の色で選んでるみたいだし、ヴィオレもそうしてみたらどうだ?」
「それなら紫色になるのかしらね。リュウセイ君もその色の水着にするの?」
「男物でその色はないし、俺は濃紺の水着にするよ」
ヴィオレの水着はソラが作ってくれるから、一体どんな物に仕上がるか楽しみだ。手先が器用な小人族だから、きっと素晴らしいものが出来上がるに違いない。毎日のお風呂で使うために、何着か作ってもらおう。
店内は比較的暖かかったので、実際に着た姿も全員が披露してくれた。一人ひとり感想を求められたりして大変だったが、そのミッションも無事に乗り切り、淡い紫の布も買ってからお店を後にした。
◇◆◇
帰り道は約束通り、ライムを肩車しながら街を歩く。真白とソラが手をつないで、コールはクリムとアズルの二人と腕を組みながら、今日も海岸へ走りに行く計画を立てていた。
「みんな新しい服は買わなくても良かったのか? ソラが見つけてくれた宝石の代金もあるし、ベスから貰ったウロコも売ればそれなりの金額になるから、遠慮することはなかったんだぞ」
「私とアズルちゃんはトーリで色々買ってもらったし、他に欲しい物なんてなかったよー」
「ご主人さまが言っていたパーティー拠点は、私もあったほうが良いと思ってますし、それが決まってからで構わないです」
「次は王都に行く予定なんだし、きっとそっちの方が色々選べそうだから、ここで無理に買う必要はないよ、お兄ちゃん」
「水着はなんか勢いで買ってしまいましたけど、私もドーヴァで仲間になった時に色々買っていただいてますから、他のものは追々で構いません」
「私もいまので満足、後はみんな居てくれたらいい」
「ライムもいっぱい服があるから、まだ大丈夫だよ」
「私のこの服は特別製だから、買い換える必要はないわ」
普段は訪れない店に行って色々見てしまったので、俺は物欲を刺激されてしまったが、みんなはかなり堅実だった。ベスに貰った抜けかけだったウロコはドラムのものより大きかったので、売ればそれなりの値段がつくだろうけど、そういうことなら暫く保管しておいてアージンに売りに行こう。きっとキルド長が喜んでくれるはずだ。
「水着はここの方が品揃えは良いと思ったから揃えておくことにしたが、言われてみれば確かに普通の服は王都で買う方がいいかもしれないな」
「その時はお兄ちゃんも執事みたいな服を買ってみてね」
「真白は俺に何をやらせたいんだ……」
「着飾ったご主人さまと、夜会に参加してみたいです」
「私ダンスなんか踊れないよー」
「その時はクリムとアズルもドレスを着るのか?」
「ドレスは窮屈そうで嫌だなー」
「しっぽの出せるドレスとかあるんでしょうか」
「獣人族の着られるドレスある、既製品じゃないからすごく高い」
さすがはソラだ、答えがすぐ返ってくる。確かに獣人族はしっぽの形や位置も様々だし、飾りの多いドレスだと汎用の穴を開けておくとか難しいだろう。
「私はもっとささやかに、庭でお茶会をして執事服のお兄ちゃんに、給仕をやってもらうくらいでいいよ」
「リュウセイさんの給仕って何だか良さそうです、私はそっちに参加します」
「ライムもお茶とお菓子のほうがいい!」
「リュウセイにお嬢様とか言われるの……いい、すごくいいっ、最高!」
「ソラちゃん気が合うね、私もそれに憧れてるんだよ」
「私にはハチミツをたっぷり溶かしたお湯をお願いね」
「みんなずるいー、私もそっちに入れてー」
「私は給仕のお手伝いをしますから、ご安心下さいご主人さま」
アズルはいい子だな、帰ったら一杯なでなでをしてあげよう。しかし、給仕の手伝いをするのなら、メイド服を着ることになるのか。オールガンさんの家で使用人の女性たちは見たが、あんな感じのエプロンドレスに身を包んだアズルの姿は結構様になるかもしれない。
「アズルちゃんのメイド服姿を想像してる?」
真白が近づいてそっと耳打ちしてきたが、バレバレだったようだ。相変わらずこちらの思考を的確に読んでくる妹の能力は凄い。アズルはいつも俺のことを“ご主人さま”と呼んでいるので、メイド服姿を想像しやすいのは仕方ないと思う。
◇◆◇
楽しく話をしながら家に帰り、お昼のカレーパンを思いっきり堪能して、その日も海岸へ運動に行った。そして夕食の後、いつものようにベッドでまったり過ごしている時に、その事件は起こった――




