第72話 チェトレの街
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ここから新章の開始になります。
まずはグルメです(章タイトルでお察し(笑))
妖精のヴィオレが加わって八人になった旅も順調に進み、いよいよチェトレの街が遠目に見えてきた。クリムに発現した飛翔系の赤魔法も道中にだいぶ練習を重ね、精度は徐々に上がってきている。動いている小さな的にはまだ命中率は低いが、同士討ちの心配はほぼ無くなった。
「建物いっぱい見える、ライム交代する、こっちに来て」
「ソラおねーちゃん、ありがとう!」
俺の肩車で遠くを眺めていたソラがスルリと降りていき、代わりに真白に抱っこされていたライムを受け取ると、肩の上にヒョイと登っていく。この二人はいつの間にか、歩く速度を落とさずに交代する技を、身に付けてしまっていた。器用な小人族と身体能力の高い竜人族だからだろう、一連の動きに何の不安もなく安心して見ていられる。
「ホントだー、建物がいっぱいあるね! 遠くにみえる細くて長いのはなにかな、とーさんわかる?」
「近くに行かないと正確にはわからないが、あれは恐らく船だと思う」
「帆船のマストかもしれないね、お兄ちゃん」
「この世界の船は、風の力で動くのか」
「魔法で動く船もある、でも大きいの無理」
「そんな船があるのか、形や速度に興味があるから、一度は見ておきたいな」
「私は船より食べるものだよー」
「私もマシロさんの教えてくれた、“魚のふらい”というものを食べてみたいです」
「私は“貝柱”というものに興味があります、すごく固くて頑丈そうな名前なのに、柔らかくて美味しいというのが神秘的です」
「珍しいハチミツを見つけたらお願いするわね」
「ライム、カレー食べてみたい」
「この街なら珍しい香辛料も手に入ると思うから、色々探してみるね」
「聞いた事のない名前、マシロの作る異世界料理、楽しみ」
みんなの興味は、すっかり食べることに向いてしまっている。ヴィオレのおかげで、保存食も乾燥したり風味を落としたりする心配がなくなり、コールの作り出すおいしい水を使って、思う存分料理ができていた。
そのどれもが、旅の途中で作るものとは思えないクオリティーだったので、新鮮な食材が豊富に手に入るこの街で、期待が膨らむのは仕方ないだろう。もちろん俺も楽しみだ。
◇◆◇
街に近づいていくと独特な潮の香りが漂ってきた、それは元の世界と大差はなく懐かしい記憶が蘇る。つい最近きれいな泉に潜る体験をしたから、海でも無性に泳ぎたくなってきた。ここにも転移魔法で来られるようになるだろうし、今のうちに水着を買ってしまっても良いかもしれない。
そんな事を考えつつ、門で人の出入りをチェックしている中年男性の所に、みんなで移動していく。
「チェトレの街へようこそ、ここには様々な種族の人が来るが、君たちみたいな組み合わせは珍しいね」
「旅をしながら徐々に増えていったんだが、みんな大切なパーティメンバーなんだ」
「種族はバラバラなのに、とても仲が良さそうでいいじゃないか。それじゃあ、ギルドカードか通行証を見せてもらってもいいかい」
「実は妖精もいるんだが、通行税は必要だろうか」
「……聞き間違いかもしれないから、もう一度言ってもらってもいいかな?」
「俺の頭の上にいるのが妖精なんだが、通行税は必要だろうか」
「他の妖精はこうして門から入ることはないと思うけど、私はここに居るみんなと一緒に行動してるから、教えてもらえるかしら」
頭の上にいるヴィオレから動く気配が伝わってくるので、自分の存在をアピールするように手でも振っているんだろう。目の前にいる門番の男性は、少し視線を上げたまま固まってしまった。
黙って入っても問題ないだろうけど、これから他の街に行く機会も多いから、こうした大きな街で必要な手続きを確認しておこうと思ったが、やはり失敗だっただろうか。
「……すっ、すまない。俺もここの仕事は長いが、妖精を見たのも話しかけられたのも初めてだ」
「他の種族の前に姿を表すことは殆ど無いようだから、驚かせてしまって済まなかった。トーリからここに来る途中で出会ったから、手続きをどうすればいいのか聞いておこうと思ったんだ」
「さすがに俺もわからんが、妖精だから飛べるはずだよな」
「えぇ、こんな風にどこでも飛んでいけるわよ」
頭の上から飛び上がって俺たちの周りを一周したあと、肩の上にちょこんと座って耳に掴まってくる。小さな手に触られているので、ちょっとくすぐったい。それに、他の場所で手続きをしていた旅人や門番にも、注目されてしまっているようだ。
「飛べるんなら、隣りにいる緑の鳥と一緒で通行税は不要だろう」
「ピピッ」
「それは助かるわね、ありがとう」
「しかし、そっちの小鳥も大人しいし人を見ても逃げないが、どうなってるんだい?」
「この子は守護獣だから、かなり知能も高いんだ」
「ピッ!」
それを聞いて門番の男性は、また動きが停止してしまう。ソラの情報によると守護獣を授かってる人は、白の魔法が発現する人より一桁以上少ないらしい。治癒の使い手は千人に一人程度とマラクスさんが言っていたので、守護獣を持つ人は一万人に一人以下ということだろう。
「とんでもないパーティーが来たもんだな……それはともかく、ギルドカードか通行証を頼む」
驚かせすぎたせいだろうか、淡々と仕事をこなすことにした感じの男性に、それぞれがギルドカードを差し出す。俺と真白とライムは模様がついた水色のカード、コールは普通の水色のカードだ。クリムとアズルはトーリの街で冒険者登録したが、そこで一つ上がって青いカードになっている。ソラのカードは自力で青級まで上げていて、もうすぐ水段になるみたいだ。
「こんな小さい子も特別依頼の達成者とは凄いな、ツノも変わった場所にあるし幾つなんだい?」
「ライムは生まれたばかりの竜人族だよ」
元気に返事をしたライムの言葉で、また門番の男性は固まってしまった。テンプレ対応でこの場を乗り切るつもりだったのかもしれないが、それを台無しにする衝撃を与えてしまって申し訳ない。心の中でそっと謝っておいた。
「この近くにある森で、竜人族を見たという噂を聞いてここに来たんですが、何か知りませんか?」
「……あっ、あぁ、随分前だが森の奥に入った冒険者が見たという噂が流れたね」
「その森には道があったりするんですか?」
「森の浅い部分にしか道は無いから、エルフ族でもいない限り、奥に入るのは止めたほうがいいよ。その冒険者も、道から外れて迷ってしまった時に見たという話だったからね」
真白が質問で門番の男性を再起動させ、竜人族の噂を聞いてくれたが、やはり俺たちだけで探すのは難しそうだ。エルフのことも聞いてみたが、この街に定住している人はおらず、ここ数年街に来た人もいないらしい。
◇◆◇
色々教えてくれた門番の男性にお礼を言って街に入り、冒険者ギルドを目指して通りを歩いていくが、ここもトーリと同じくらい道幅が広い。大きな港がある街なので、海路で運ばれる荷物も多いからだろう。
「他の街とは違う匂いがするねー」
「お魚の匂いなんでしょうか」
「これは海や磯の匂いだな」
「かーさん、あとで見にいこうね」
「泊まる場所が海に近かったらいいね」
「私も海見たい、遠くの方が歪んで見えるか、確かめる」
真白に抱っこされたライムと俺が抱っこしたソラは、海に興味津々のようだ。ソラのいう歪んで見えるというのは、この世界が球形かそれに近い星だからだろう。それはドラムに乗せてもらった時にも、遠くの景色を見て確認している。
「ピピピー」
「ヴェルデも海が見たいの?」
「ピピー!」
「海は遠くまで続いてるみたいだから、ヴェルデも思いっきり飛び回れるね」
「ピピーッ、ピッ」
「あらあら、ヴェルデちゃんはいつも以上にご機嫌ね」
普段は人の多い場所では呼び出さないヴェルデだが、ヴィオレが来てくれたので隠さずに行動することにしてみた。二人とも飛べるし仲が良いので、一緒にいたら目立たないだろうと思ったからだ。
ただ、二人が一緒にいるのはいつも俺の頭の上なので、一身に注目を浴びてしまう欠点はある。
この状況に慣れてしまったら、誰かが頭の上にいないと物足りなくなりそうなのは憂慮すべき点だが、肩車したライムやソラも頭上の二人と楽しそうにしているので、それと引き換えだと思えば問題ない。
「リュウセイ、ギルド見えた」
「大きさはアージンと同じくらいに見えるな」
「この街の近くにはダンジョンが無いって、あるじさまは言ってたねー」
「私たちに出来そうな依頼は、森で薬草採取でしょうか」
「薬草採集なら最初にいた街でもやってましたから、私も一緒に出来ます」
「ライムもお手伝いするー」
この街の近くにはダンジョンが存在しないので、依頼内容がある程度限られてしまうのは仕方がない。それにも関わらずアージンと同じ規模の建物があるのは、お店や商会の他にも港街特有の業務が多数発生するからだろう。
「私は計算や在庫管理、出来る」
「ギルドで治癒師の募集してなかったら、普通のお店のお手伝いしようかな」
「ここに来た目的は情報収集と、それ以外は観光と食べ物目当てみたいなものだから、依頼を受けるのは程々にして、買い物も楽しもうな」
「お兄ちゃん、せっかくここまで来たんだから、水着も買っちゃおうよ」
「かーさん、“みずぎ”ってなに?」
「泳ぐ時に着る服のことだよ」
「父さんも泉に潜った時は普通の下着だったから、ここで売っていたら買おうと思ってたんだ」
「水着って海で泳ぐ時に着るんですよね、寒い今の時期に売ってるんでしょうか?」
「この世界のお店って、季節によって売ってるものを入れ替えたりしないみたいだから、大丈夫だと思うよ」
この世界では服の色や種類のバリエーションが限られているので、売り場には夏服と一緒に冬服も売っている。街を歩く人も年齢を問わず大体同じような格好をしているので、毎年新作のデザインが出るようなことも無いんだろう。
「しっぽの出せるような水着は売ってるかなー」
「ご主人さまに喜んでもらえるような、可愛いのが売っているといいんですけど」
「ちょっとした加工なら私が出来るから、クリムちゃんとアズルちゃんの気に入った水着を、改造してあげられるよ」
「ほんとー、マシロちゃん!」
「その時はよろしくお願いします、マシロさん」
「さすがに妖精の着られるものは売ってないわよね」
「人形の服、作ったことある、簡単なのだったら、ヴィオレに作る」
「まあまあ、嬉しいわソラちゃん」
「ライムもかわいいの選んで、とーさんに見てもらう」
「他の人に見られるのは恥ずかしいですが、リュウセイさんが一緒なら大丈夫だと思いますから、私も頑張って選びます」
どうやらこの街で全員の水着を買うことは確定のようだ。もう少しすれば緑月になるし、水月になると雨が多くなるので、どこかの街で長期滞在することになるだろう。そして青月になると、いよいよ夏の季節が始まる。
王都に移動したり別のダンジョンに挑戦したりしていれば、あっという間に泳げる季節になる気がする。今は水泳欲がかなり高まっているので、水着も買ってテンションを上げていこう。




