第69話 水色の竜
『禍々しい気配が現れたから何事かと思ったが、お主たち一体何をしておる』
水底から拾ってきた汚染原因の玉をどうしようか悩んでいると、突然風と共に水色の竜が舞い降りてきた。体を拭いている途中だったので、ちょっと寒い。
「お兄ちゃん、竜だよ、竜!」
「水色の竜も綺麗だな」
「きれいでカッコいいね!」
ファンタジー耐性のある真白と、この世界で竜に会うのは二回目のある俺とライムは、少し驚きつつも平常運転だ。
「あるじさまー、竜なんか初めて見たー」
「クリムちゃん、この世界では竜なんて、まず見られない種族ですよ」
クリムとアズルも割と平気みたいだな、前世の記憶とか関係してるんだろうか。
「ふぉぉぉぉぉー、竜! みんなと一緒にいると、色々な体験ができるから嬉しい!!」
ソラは大興奮だ、キラキラとした目で水色の竜を見つめている。
「あの……私たち食べられたりしないでしょうか」
「竜は人を襲ったりしないから、大丈夫よ」
コールは少し怯えているが、これが普通の反応なのかもしれない。
『そちらの鬼人族以外、我の姿を見ても驚かぬのだな』
「俺と真白は流れ人だからかな」
「ライムはドラムじーちゃんに会ったことあるからね」
『ドラムのやつに会ったことがあるのか、元気にしておったか?』
「あぁ、街の近くまで運んでくれたり色々お世話になったけど、元気そうだったよ。それより水から上がったばかりで寒いから、服を着に行ってもいいか?」
『そういえばお主は裸だな、妙な趣味でもあるのかと思ったが、寒いなら着てくるがいい』
失礼な誤解を受けていた気もするが、皆の前で裸になって興奮するような趣味はない。ライムがドラムのことを色々話してくれてるので、俺は木の後ろに用意していた服に着替えて元の場所に戻る。
「待たせて悪かった、禍々しい気配と言っていたが、水の中にそこの黒い玉が沈んでいたんだ」
「あの玉、邪魔玉だと思う」
「ソラ、それはどんな物なんだ?」
「生き物の邪な心、妬み、恨み、そんな負の感情、溜まって魔力を持つ」
『小人族のお主、良く知っておるな』
「本で読んだことある」
「それより私と霊獣を、リュウセイ君のそばに行かせて、さすがに少し辛いわ」
「キュゥゥゥー」
「水の中で抑えられていた不浄な力が、外に漏れ出してしまったんだな。不用意に拾い上げた俺のミスだ、すまなかった」
真白から白い狐を受け取り、ヴィオレはまだ湿っている頭を避けて、俺の肩に座っている。それを見たヴェルデも反対側の肩に止まって羽を休めているが、守護獣にも悪い影響を与えてるのかもしれない。何も考えずに引き揚げてしまったが、ちょっと失敗した。
『泉の底から拾ったと言っておったが、どうしてこんな物がここにあるのだ?』
「これが見つかったのは水が湧き出る場所に近かったから、地下水脈を通って流されてきたのかもしれない」
水色の竜の質問に、ここで起こったことを説明していく。竜にとっても邪魔玉の近くは不快らしく、俺の頭の上にそっと顎を乗せているが、巨体の一部だけでも効果があるんだろうか。
「それで、これはどう処分するのが一番なんだ?」
『深い海の底に沈めるのが簡単なのだが、我もあまり触りたくはないのぉ……』
「水色の竜のおじちゃんも、この玉にさわると気持ちがわるくなったりするの?」
『我の名はベスだ、それにドラムより年上だぞ、竜人族の子よ』
「わかった、ベスじーちゃん」
『邪魔玉の処理はフィドの奴が得意なんだが、何処におるかわからんし我がやるしか無いかの』
「あの、試しに私が浄化してみましょうか?」
『なに!? 人族のお主にそんな事が出来るのか?』
「物に対して効果あるかわかりませんが、特殊な治癒魔法で浄化できるかもしれません」
「私たちの体もかなり楽になったし、リュウセイ君とマシロちゃんなら浄化できるかもしれないわね」
「試しにやってみるか、真白」
色彩強化をかけた真白が邪魔玉に近づき、そっと手を当てて呪文を唱えると、黒いマーブル模様が徐々に薄くなり、纏わりつくような嫌な空気も和らいできた。少し時間がかかっているが、高位の存在だろう霊獣や霊木にまで影響を及ぼす力を浄化するのは、大変なんだろう。
『これは凄いものだな、長年生きてきた我らにも出来ぬことをやってしまうとは……』
「とーさんとかーさんは凄いんだよ!」
「この場所を支配していた嫌な力が無くなっていくのがわかるわ、これで霊木や花たちも元気になるわよ」
「キューイ、キューイ!」
「きれいな花が見られるようになるねー」
「これで霊獣も安心して暮らしていけます」
「私にはリュウセイさんとマシロさんが、奇跡を起こしているように見えるのですが」
「確かにこれは奇跡、さすがリュウセイとマシロ、流れ人は伊達じゃない」
やがて浄化も終り、黒くて禍々しいオーラを放っていた玉が、透明で虹のような輝きを持つものに変わった。
「お疲れさま真白、体に不調とか出てないか?」
「ちょっと時間がかかったけど大丈夫だよ、後はみんなに浄化をかけるだけだね」
「かーさん、いっぱい魔法使うけど大丈夫?」
「うん、ライムちゃんのマナがあるから、まだまだ大丈夫だよ」
『あっぱれだ人族の子よ、竜族の一人として礼を言おう』
「こんなきれいな場所を守ることができて良かったです」
「綺麗になった玉はどうすればいいんだ?」
『浄化なぞ我らもやったことが無いから処理の仕方はわからぬが、邪気は全て抜けておるし、お主たちが持っておるのが良いだろう』
「それじゃあ、みんなの浄化を終わらせて、お弁当食べようか」
「やったー!」
色々やっているうちは忘れていたが、いつもより遅い時間になってしまったので、確かにお腹は空いている。今日は存分に泳ぎも出来たし、いつもよりおご飯は美味しく食べられるだろう。
◇◆◇
色彩強化の治癒魔法で全員の浄化を終わらせ、泉の近くにある広くて花のない場所でお弁当を広げる。もちろんベスにも浄化をかけたが、体が大きいので結構マナが必要だったみたいだ。
しばらく話に付き合ってくれるというベスも地上に横たわり、みんなでピクニックを開始する。野菜やお肉が入ったサンドイッチや、昨日の夜に作っておいたおかずは、どれも美味しそうだ。
「ヴィオレさんや霊獣ちゃんやベスさんは、なにか食べないんですか?」
『我らは地脈の力で生きておるから、食事の必要はないのだ』
「霊獣もこの聖域から力をもらっているから、食事はいらないわね。私は時々花の蜜を食べさせてもらっているわ」
「ハチミツがありますけど、食べますか?」
「あらあらまあまあ、貰ってもいいの!?」
ハチミツと聞いて目の色を変えたヴィオレが、真白から小さなお皿を受け取って嬉しそうにしている。花の妖精だけあって、やっぱりハチミツには目がないみたいだ。
「でも霊獣ちゃんって、なんか呼びにくいねー」
「名前とか無いんでしょうか」
『お主たちが付けてやってはどうだ?』
「私たちが勝手に付けてしまって、構わないんですか?」
ゲームの世界だが、名前をつけることで契約や従属関係ができる場合もあるし、霊獣という特殊な存在にそれが許されるのかわからない、コールの懸念は最もだ。
「霊獣は人前に姿を表す存在ではないし、こうして誰かに懐くことなんてあり得ないから、別に構わないんじゃないかしら」
「ライムかわいい名前をつけてあげたい」
「名前をつけると情が移って、別れる時に辛くなるが、ライムはそれでも構わないか?」
「……え~っと、この子はここでしか生きられないんだよね」
「霊獣は聖域の力をもらっているから、ここから出ると弱ってしまうわね」
「それならがまんしてお別れする、でも名前はちゃんとつけてあげたい」
「ライムちゃんにもそんな経験って大切だと思うよ、お兄ちゃん」
辛い思いをするかもしれないからダメだと遠ざけたら、それを経験しないまま成長してしまうから良くないってことなんだろう。ついつい大事にしすぎて大切なことから逃げようとしたのは反省点だ、この辺りは真白に敵わない。
「どんな名前にしてあげるか考えないとな」
「何がいいかな」
「リュウセイやマシロの世界で使う言葉、色に関係するのいいかも」
「私たちはその頃、まだ言葉を知らなかったし、あるじさまたちに教えて欲しいー」
「人の前に姿を表さない存在ですし、誰も知らない異世界の言葉はピッタリかもしれませんね」
「私もリュウセイさんやマシロさんの世界の言葉だと素敵だと思います」
「白っぽい名前がいいだろうし、パッと思いつくのはスノーとかホワイトとか真珠なんかもそうだな」
「私の得意分野だとシュガーとかマシュマロとかバニラ(キュイー!)かな……
……って、バニラに反応したけどその名前がいいの?」
「キューンッ!」
『良き名をもらったではないか』
「この世界の人が誰も知らない名前なんて素敵ね」
「よろしくね、ばにらちゃん!」
「キューイ、キューイ」
こうして本人の希望で、白い狐の霊獣はバニラという名前がつけられた。名前を呼ばれたバニラは、俺の膝からライムの胸の中に飛び込み、頭を撫でてもらって気持ちよさそうにしている。
思わぬトラブルに巻き込まれてしまったが、今日はここに来てよかった。せっかくこうして仲良くなれたんだから、今夜はこのままこの場所に泊まらせてもらおう。
聖域で出会った人物や妖精や竜の詳細は、次話投稿後に資料集へ追加します。
(次話でこの世界に存在する、8体の竜の名前が判明しますので)




