第68話 泉の底
この話も途中で別視点が挿入されます。
二倍の色彩強化をかけ、敵意と汚染や瘴気、それに魔力の三つを同時に感知しているソラを、みんなで祈るように見つめる。意図的なのか自然現象なのかわからないが、霊獣と妖精にも見つけられない汚染の原因を、何とか発見して欲しい。
「……見つかった、汚れてて魔力の反応ある」
「汚染された魔力が漏れているってことか?」
「同じ場所に二つ反応ある、間違いない」
「それを回収するか取り除くとして、触ったり近づいても大丈夫なんでしょうか」
「こうしていても力の影響を受けていないし、直接触れてもすぐに何か起きることは無いと思う」
「それでもちょっと心配だねー」
「ご主人さまや皆さんに、何かあってからでは遅いのです」
「ライムは竜人族だから、だいじょうぶだと思うよ」
「さすがにライムには任せられない、俺にはその汚染を軽減する力が強いみたいだから、行ける場所なら自分で対処してくる」
「お兄ちゃんに何かあっても、私が絶対に助けるからね」
真白が男前なことを言って、みんなの不安を取り除こうとしてくれているが、こんな時には本当に頼りになる。それに妹のこうした力強い言葉を聞くと、俺の中の不安も消えていく。
「私や霊獣、それに守護獣が直接触れると力が一気に奪われると思うから、協力できないのが申し訳ないわ」
「今までここを守り抜くために力を尽くしてきたんだ、今は気にせず俺たちに任せてくれ」
「キューン」
「お兄ちゃんが何とかしてくれるから大丈夫だよ、霊獣ちゃん。
ソラちゃん、場所はどの辺りかわかる?」
「泉の中にある、見えない場所に沈んでると思う」
「それこそ俺の役目だ、幸い泳ぎも潜水も得意だからな」
「でもリュウセイさん、寒い時期に水に入るのは危なくないですか?」
「この泉の水は結構温かいから、問題ないと思うわよ」
「おんせんみたいな感じなの?」
「そこまでは温かくないけど、外の温度より高いから一度確かめてみてくれる?」
「外に出てすぐ体を乾かせばだいじょうぶだ、この世界の気温だと寒中水泳よりかなりマシなはずだからな」
こんな場所にある泉は淡水だろうし、木の中へ来る前に見た限り透明度も高く、水深もせいぜい五~六メートルくらいだろう。スキンダイビングの経験もある俺からすれば、危険な水中生物でもいない限り問題ない。
「私たちの世界にいるような、肉食の魚とか出ない?」
「この泉にいる魚はみな大人しいから、動物や人を襲ったりはしないわよ」
「それなら大丈夫だな」
「とーさん、本当にへいき?」
「父さんは何年も泳いだり潜ったりした経験があるから、心配はいらないぞ。水の中から手を振るから、ライムも応えてくれるか?」
「うん、とーさんに手を振ってあげるね!」
「よし、この場所を出て泉のそばまで行こう」
ちょっと不謹慎だが、実は久しぶりに泳げるのが楽しみだったりする。しかもこれだけ透明度が高くて、周りにきれいな花が咲き誇るような泉だ。こんな場所でダイビングできるとか、一生の思い出になる。
◇◆◇
全員で外に出て泉に手を入れてみると確かに水温は高い、夏の日差しで温められた屋外プールといった感じだろうか、これならある程度の時間、水中にいても大丈夫だろう。
「これくらいの水温があったら問題ないから潜ってくるよ」
収納から荷車を取り出し、大きなタオルや濡れても透けない濃い色の下着を準備する。俺のやることに興味があるのか全員の視線を感じるが、着替えをするために木の後ろへ移動した。
入念に準備運動をしてからゆっくりと水の中に入り、首から上を水上に出した状態で体を慣らしていく。久しぶりにこうして水の中に入ったが、やはりこの感覚は気持ちが落ち着く。全身を優しく包み込まれていると、いつまでもこの感覚に浸っていたいと思ってしまう、だが今は汚染の原因を取り除くことが大切だ。
「ソラの指示通りに泳いでいくから、なるべく正確な位置を教えてくれるか」
「わかった、もう少し奥の右に行って」
「とーさん、がんばってね」
「久しぶりなんだから気をつけてね、お兄ちゃん」
白い狐を抱いた真白と、ヴィオレを頭の上に乗せたライムが水際まで来てくれた。他のメンバーもその後ろで、心配そうに見つめてくれる。
「無理は絶対にしないから、あまり心配そうな顔をしないでくれ」
ソラの指示を受けながら潜る範囲をなるべく絞り、岸に戻って用意しておいた重しの石を持って、深呼吸を何度か繰り返した後に潜航の体勢になる。水面にうつ伏せに浮かぶと、頭を下にして一気に潜っていく。フィンが無いので多少潜りにくいが、途中で耳抜きをしながら泉の底に無事たどり着いた。
水面の方に顔を向けると、差し込む光が帯のように見えて、とてもきれいな光景だ。覗き込んでいるみんなの姿も確認できたので大きく手を振って合図すると、それに応えて振り返してくれた。不浄の力というのは魚も近づくのを嫌がるのか、潜った辺りには一匹もおらず遠くの方に魚影が見える。
俺が水底に来たせいで、溜まっていた泥が少し巻き上げられてしまったが、ここの水は信じられないくらい透明度が高い。周りを見渡すと、結構な広さがある泉の端まで見えてしまう。泉の中にせり出すように入り込んだ、木の生えている部分は急激に深くなっていて、根の一部が土台を支えているような構造だ。
この辺りには水の湧き出すポイントが有るらしく、じっとしていても流れを感じる。死角になっていそうな岩や突起部分の影を探索し、重しに持っていた石を目印代わりに捨てて、一度水面に上がった。
「あるじさまー、何か見つかったー?」
「まだ見つかってないから、また潜りに行くよ」
「リュウセイが潜った辺り、必ず何かある」
「ソラの感知のおかげで、かなり範囲が絞られてるから、すぐ見つけられると思う」
水底は障害物や死角が多いが、闇雲に探すよりかなりマシだ。ダンジョンでも、曲がり角や部屋の中のどの場所に魔物がいるかまで、ソラの魔法は正確に感知している。そんな彼女に感謝しながら、再び重しの石を持って潜っていった。
―――――*―――――*―――――
地上にいる七人と一匹は、再び潜っていった龍青を見送りながら、早く目的のものが見つかって欲しいと願いを込めていた。
「とーさん、少し楽しそうだったね」
「ライムちゃんにもわかった?」
「うん、なんかそんな気持ちが伝わってくるの」
「久しぶりに思う存分泳げてるから、かなり嬉しそうな顔をしてるよ」
「私には普段と表情と見分けが付きませんが、やはりマシロさんはよく見ていますね」
龍青の微妙な表情を見分けられるのは、一緒に育ってずっと兄を見続けていた真白だけの特技だ。父も母も喜怒哀楽くらいは大まかにわかるが、“少し呆れ気味に困っている”とか“寂しいのを我慢して普段どおり振る舞ってる”みたいな、細かなところまでは判別できない。
「着替えの時に少し見えちゃったりするけど、あるじさまの体って綺麗だよねー」
「程よく鍛えられている感じが素敵です」
「あの筋肉で抱っこ、腕枕もしてくれる、少し興奮する」
おとぎ話や英雄譚の影響で細マッチョの好きなソラは、頬をわずかに紅潮させながら潜っていく龍青をじっと見つめていた。
「ずっと水泳をやってたから、結構筋肉質だったんだけど、この世界に来て剣を使うようになって、筋肉のつき方とかだいぶ変わってきたよ」
「リュウセイさんの裸をじっくりと見るのは初めてですが、なぜだかすごく胸が高鳴ります」
「とーさん、カッコいいもんね」
普段は着替えも見ないようにしているが、日の当たる明るい場所で見た龍青の体は、コールの中に何かの感情を生み出していた。鬼人族の男性は筋肉質でがっしりした体型が多いので、服の上からではわかりにくい逞しい体を見てしまったら、本能が揺さぶられるのは仕方がないだろう。
「みんなはリュウセイ君のことが好きなの?」
「とーさん大好き!」
「私はお兄ちゃんと結婚したいと思うくらい好きだよ」
普段から気持ちを表に出しているライムと真白は、即座に好きだと言葉にできる。そんな二人を見つめるヴィオレには、異世界人の龍青や真白を竜人族のライムが肉親として認識している姿が、とても不思議な光景に映っていた。そもそも、妖精族ですら会った者のほうが少ない竜人族が、こうして他種族と行動を共にしていること自体、異常なのだ。
「私とアズルちゃんは、あるじさまと主従契約してるから、尊敬してるし大好きだよー」
「主従契約が結べるくらい、ご主人さまには身も心も捧げています」
「まあまあ、二人と主従契約できてしまうなんて、リュウセイ君って凄いわね」
ヴィオレは久しぶりに聞いた、主従契約という言葉に反応している。契約の証になる首元の印を知らなかったので気づかなかったが、争いごとが絶えず世の中が安定していなかった時代や、上下関係の厳しかった昔ならともかく、まるで兄妹や恋人同士に見える三人が、主従契約を結べたのは驚きだった。
「守護獣のヴェルデもすごく懐いていますし、リュウセイさんには種族の壁を感じないので、抵抗なく甘えられるんです」
「ピピー!」
「守護獣は契約者以外には決して近づかないけど、リュウセイ君の頭の上には自分から乗りに行くものね」
精霊というのは好き嫌いが激しい、気に入った者には力を貸すが、そうでない者だと災いを引き起こしたりもする。そんな存在に近い守護獣が、契約者以外に懐くことなどあり得ない。
「私もリュウセイに甘えるの好き、抱っこや肩車も好き、一緒にいるの幸せ」
「あらあら、私たちの血が流れてる小人族まで、そんな気持ちになっちゃうのね」
妖精は作られたものや動植物への関心が高く、自分の興味に関わるもの以外に気持ちを向けることは少ない。その血を引いている小人族も、同族以外に心酔することなど考えられない事だ。
そこにあると明確に認識できなければ、気づくことすら出来ない入口を見つけて霊木の中に入ってきたり、結界内にいた自分たちを発見してしまった感知魔法は、妖精や霊獣の力でも見つけられなかった汚染場所を特定した。これ程のことが立て続けに起こると、さすがの妖精といえども心が大きく動いてしまい、龍青の姿をずっと目で追ってしまうのだった。
―――――*―――――*―――――
何度も底まで潜り、重し代わりの石を置いてマーキングして、範囲を絞り込んでいく。そうして再び異常がないか調べていた時、岩の陰に淀みのような部分を発見した。青く澄んだ水が水底まで光を通しているが、そこだけ不自然な影になっている。
手をそっとその影の中に入れると、怪我をしないように装着していた手袋越しに、何かツルッとしたものに触る感触がある。明らかに石とは違う人工物の手触りをしたそれは、子供用のゴムボールくらいある丸い玉だ。片手で持てるくらいのサイズなので、直径は六~七センチくらいだろうか。どす黒いマーブル模様の玉は、とても不気味なオーラを放っていて、手にするだけで寒気がする。
あまり長時間触りたくないので、急いで浮上した。
「みんな、すごく不気味な玉を見つけたんだが、気持ちのいいものじゃないから少し離れてくれ」
全員が岸から離れたのを確認した後、水中から黒い玉を出して地面に置くと、白い狐は真白の胸にしがみつき、ヴィオレはライムの頭の後ろに隠れてしまう。
「こんな物が水中にあったのね」
「……キュゥーン」
「触るだけで寒気がするし、これが原因で間違いないと思う」
「とーさんは大丈夫?」
「手放したら落ち着いたから大丈夫だ」
「後でここにいる全員に治癒魔法をかけるね」
「でもこれどうするのー?」
「捨てるにしても、誰かに迷惑がかかってしまいそうです」
何も考えずに破壊したら、中に溜まっていたものが解き放たれて大惨事、というような事態は避けないといけない。コールから受け取ったタオルで濡れた体を拭きながら思案していると、上空から何かが突然下りてきて、周囲に風が舞い上がる。
『禍々しい気配が現れたから何事かと思ったが、お主たち一体何をしておる』
俺たちの目の前に現れた巨大な生き物は、体が水色の竜だった――
主人公が水泳を続けていたという設定が、やっと回収できました(笑)
そして二体目の竜!




