第5話 雑貨屋
本日二回目の更新です。
二話連投しますので、よろしくお願いします。
衣類や生活に必要な商品全般を取り扱っている雑貨屋は、冒険者ギルドから近い場所にあったので、肩車せずにそのまま抱きかかえて歩いているが、とにかく見るもの全てが新鮮なライムは、あちこちに視線を巡らせて大喜びだ。普通なら知らない世界にいきなり飛ばされて不安になってしまうと思うが、当面の生活に必要なお金もあるし、サポートしてくれるギルドの人や、さっき知り合った冒険者の人たちもいるので落ち着いていられる。
それに、こうして一緒にいてくれるライムの存在がとても大きい。この子のおかげで狼狽えたり、落ち込んだりしなくて済んでいる。妹がもし同じ世界に飛ばされていたのなら、頼れる人を見つけられているだろうか。それがもし男だったら、兄として複雑な気分になりそうだが……
「次はなにするの?」
「次は服を買いに行こうと思う、ライムもずっとその格好だと可哀想だしな」
「ライムはどんな服がにあうかな」
「可愛いから何でも似合うと思うぞ」
俺がそう言うと、嬉しそうに微笑んで首にしがみついてくる。門番やギルド職員に他の冒険者たちも、顔を見ただけで怖がったりしなかったので、自分でも驚くほど他人と会話が出来るようになっている。そしてライムとは妹と話す時のように、気軽に話せていると気がついた。出会ってそんなに時間は経っていないが、俺のことを父として慕ってくれているから、既に身内としての繋がりが出来つつあるのかもしれない。
◇◆◇
「ライムはどんな色が好きだ?」
「う~んとね、これがいい!」
「黄色だな、髪の毛の色とも相性がいいし、これにするか」
雑貨屋に到着してパンツや肌着を複数選び、子供用の服が置いてあるコーナーに来たが、白一色の下着類に比べ、上に着る服は色がいくつもあった。可愛い服をと思って店に来たが、小さな子供用だとワンピースかシャツとズボンくらいしか選択肢がないのは少し残念だ。貴族の使う店もあるらしいが、そんな場所で女の子の服を選ぶ自信は、残念ながら俺には無い。それに、この雑貨屋で店番をしていたおばさんは何も言わず笑顔で入れてくれたが、今の格好でそんな場所には入れないだろう。
「とーさんはどれにするの?」
「俺は街の人たちが着てたようなズボンとシャツにするよ」
「じゃあ、あっちにあるやつだね」
冒険者ギルドで教えてもらったが、今は赤月といって、この世界で一番暑い時期らしい。確かに気温は高いが、日本のようにじっとりを汗ばむような陽気ではなく、ライムを抱きかかえていても全く苦にならない爽やかな暑さだ。今の時期でも着られる、薄手のシャツやズボンをいくつか選び、部屋着になるようなものも二人分買っておく。
手ぬぐいや大きなタオルもいくつか買いながら、他にも何か必要なもはないか物色していたら、小物を売っているコーナーで小さな花の形をした髪飾りを見つけた。
「これも買っておこうか」
「なにに使うの?」
「これは髪の毛につけるアクセサリーだ」
「ライムがつけるの?」
「きっと似合うと思うぞ」
「ほんと!? じゃあ欲しい!」
妹が小さい頃よくつけていたようなヘアピンだが、ライムにもきっとよく似合うだろう。嬉しそうな顔で何色にするか選んでいる横顔を見ていると、こちらまで幸せになってくる。服は黄色を選んでいたが、髪飾りは薄いピンク色にしたようなので、それも持って支払いに向かう。
大きなリュックや、腰につける小さなカバンなども買っておくことにした。まだ試していないが、中に色々なものを詰め込んだリュックは、一つの荷物として収納に入れられる気がする。それが可能なら出し入れや整理が、かなり楽になる。
「たくさん買ってくれてありがとうね、変わった格好してるけど旅行者かい?」
「俺は別の世界からここに飛ばされてきたんだ、なんでも流れ人と言うらしい」
「へぇー、私らにとってはおとぎ話みたいなもんだったけど、ほんとにいるんだね……」
店のおばさんは「へ~」とか「ほ~」と言いながら、こちらの方をじっくりと見つめている。
「ライムはこの世界で生まれたんだよ」
「さっき父さんって呼んでたけど、そうなのかい?」
「俺が山の中で倒れていた時に、見つけてくれたのがこの子なんだ。近くに家族がいなかったから、一緒に生活していくことにした」
「この世界に来たばかりなのに偉いね!
兄さんもなかなか精悍な顔つきしてるし、かっこいいお父さんが出来てよかったじゃないか」
「とーさん、かっこいい!」
「そうだ、ちょっと待ってな」
そう言うとおばさんは、店の奥の方に入ってしまった。お世辞も含まれていると思うが、やはりこの世界の感性は日本とは違うみたいだ。初対面でも怖がられたり一歩引いた感じの対応になる事がないし、いい面構えとか精悍な顔つきと言われた。まだこの世界で生活を初めて半日程度しか経っていないが、少しづつ今の環境が好きになってきている。
「さっきの人、どこに行ったの?」
「あの奥には何があるんだろうな」
お店のバックヤードなら在庫が置いてあったり、休憩室や従業員が着替えたりする場所があるだろうけど、元の世界と同じような構造になっているとは限らない。二人で頭に疑問符を浮かべていると、おばさんが絞った手ぬぐいを持って戻ってきた。
「待たせて悪かったね。
あんたたちここで着替えて行くだろ?」
「出来ればそうさせてもらえると嬉しい」
「店の奥に小さな部屋があるから、そこを使ってくれればいいよ。それからお嬢ちゃんの足を、これで拭いてあげな」
そう言って店の奥から持ってきた、濡れた手ぬぐいを渡してくれる。ライムはずっと裸足で山の中にいたので、足の裏が土で汚れている。靴下を履く前に買った手ぬぐいで拭こうかと思ったが、濡らしたものを持ってきてくれたのはすごく助かる。
「ありがとう、これならきれいに拭いてやれるよ」
「ありがとう!」
「たくさん買ってくれたお礼だから気にしなくていいよ」
にっこり笑ったおばさんにお金を渡すと、リュックの中に買ったものを入れてくれたので、それを持って奥の小部屋へと入った。そこは小さい机と椅子の他に、鏡が置いてあるだけの何もない部屋だ。机の上にリュックを置いてライムを椅子に座らせ、足を濡れた手ぬぐいて丁寧に拭いていく。
「くすぐったくないか?」
「ちょっとくすぐったいけど大丈夫、気持ちいいよ」
「買った手ぬぐいで拭こうかと思ったけど、濡らしたのを貸してくれて助かったな」
「それで拭く方がきれいになるの?」
「濡らして拭く方が汚れが落ちやすくなるんだ」
「へー、ふしぎだね」
茶色に変色していた足の裏もどんどんきれいになり、白くてすべすべの肌が見えてくる。きれいになった足に靴下を履かせ、ゆったりして丈の長いパンツと、タンクトップのような薄い肌着を着せた後に、ワンピースに袖を通せば終了だ。妹が小さい頃に着ていた服を思い出しながら選んでみたが、これで本当に合っているかいまいち自信がない。
髪の毛を軽く手ぐしで整えて、薄いピンクの髪飾りをつけると、見違えるくらい可愛くなった。これが自分の子供が一番可愛いと思う感覚なんだろうか、妹を可愛いと思う気持ちとは別の感情が湧き上がってきた。
「すごく可愛くなったから、そこの鏡で見てみるといい」
「ほんと!?」
ライムが椅子の上に立って、机の向う側にある鏡を見ながら自分の姿を確認している間に、俺もこの世界の服に着替えてしまう。首元をボタンで閉める半そでのシャツと布のズボンを身に着け、柔らかい革で出来た靴を履くと、ロールプレイングゲームに出てくるモブキャラみたいになった。
目付きが鋭いので、勇者に絡むヤラレ役みたいに見えるのは、自分でも少し悲しくなるが……
「初めて着てみた服はどうだ?」
「ライムすごくうれしい!
それに、とーさんもよく似合ってるよ」
「ありがとう、嬉しいよ。
ライムの服は窮屈だったり、どこかこすれて痛かったりしないか?」
「とっても動きやすいから大丈夫だよ」
「じゃあ、靴を履いてご飯を食べに行こうか」
一本のベルトで止めるサンダルのような靴を履かせ、今まで着ていたものをリュックに詰めて、収納魔法は使わずに背中に背負う。荷物を持たずに店を出たら、おばさんに心配されると思ったからだ。
ライムと手をつなきながら部屋を出て、カウンターに手ぬぐいを返しに行くと、すごい笑顔でおばさんがこっちの方を見ていた。
「すごく可愛くなったね、よく似合ってるよ」
「ありがとう!」
「これ助かったよ、ありがとう」
「うちの服をこんな可愛い子に着てもらえるなんて嬉しいね、また必要なものがあったらいつでもおいで」
「また寄らせてもらうよ」
「またねー」
お礼を言ってライムが手を振りながら店から出たが、おばさんも見えなくなるまで手を振ってくれていた。この子には人を引きつける魅力があるみたいだが、そんな所は妹に少し似ている。二人の共通点を思い浮かべながら、いつもよりゆっくりとしたペースで、一緒に通りを歩いていった。
◇◆◇
冒険者ギルドで紹介してもらった【緑の疾風亭】という、宿屋と食堂が合体したような建物に到着した。お昼時からズレてしまったから、一階の食堂は人もまばらで静かだった。カウンターには髪の短い大学生くらいの女性がいて、俺たちが入ってきたのに気づいてニッコリ微笑んでくれる。
「緑の疾風亭へようこそ、お食事ですか?」
「しばらくここに滞在したいんだが、大丈夫か?」
「もちろん大丈夫ですよ! そちらのお子さんも一緒でいいですか?」
「この子と一緒に泊まれる部屋を頼む」
「ベッドが一つの部屋と二つの部屋がありますけど、どうします?」
「寝る場所が一つの所と二つのところがあるみたいだが、どうする?」
「ライム、とーさんといっしょに寝る」
「と言うことらしいから、ベッドが一つの部屋にするよ」
「ふふふ、可愛いお子さんですね」
「冒険者ギルドで話は聞いてきたんだが、俺は宿屋の仕組みをよく知らないから、良ければ色々教えて欲しい」
「もしかしてお客さん、冒険者の人が噂してた流れ人さんですか?」
「あぁ、気づいたら山の中にいて、この街に来たばかりなんだ」
「わー、そんな人がウチに泊まりに来てくれるなんて嬉しいなぁ……
任せてください、夕方までは時間がありますから、色々教えてあげますよ!」
「食事も食べたいから、その後お願いしてもいいか」
「じゃあ宿泊の手続きをパパっとやっちゃいましょう」
とりあえず十日分の滞在費を支払い、この宿のおすすめ料理と子供でも食べられる料理を注文して、建物の二階にある部屋に案内してもらった。中はベッドが一つと小さな机に椅子が二脚おかれていて、他には洋服ダンスがあるだけのシンプルな作りだ。
「あのおっきなのは何?」
「あの上で寝るんだよ」
「上にあがってみてもいい?」
「靴を脱いでから上がるんだぞ」
「わかったー」
ライムはベッドに近づくと靴のベルトを緩め、そのままジャンプするように飛び込んだ。ベッドの上でゴロゴロと転がって、その柔らかい感触を確かめているみたいだが、とても可愛い。
「すごくフカフカしてて気持ちいいよー」
「シーツも綺麗だし掃除も丁寧にやってるみたいで、さすがギルドで紹介してくれるだけあっていい宿だな」
「今夜とーさんといっしょに寝るのが楽しみ」
「きっとよく眠れると思うぞ」
ベッドの上でニコニコしているライムと、これからのことを話しながら貴重品以外の着替えやタオルを洋服ダンスにしまい、手を繋ぎながら再び一階へ降りていった。