第66話 三日月泉と花広場
今日は街道から外れ前方に見える森へと向かっている、年中花の咲く場所というのを見に行くためだ。山脈に取り囲まれるようにして森が広がっているので、山を背にして歩いていれば必ず出口に着くだろう。
森の中へは一応道と呼べるような、踏み固められた部分が伸びていた。クリムとアズルとライムは悪路をものともせず、障害物や凹んだ部分を器用に避けながら進んでいるが、ソラには辛そうなので俺が抱っこすることにする。
「何かいたらすぐ知らせる、安心して」
「見通しの悪い場所はソラが頼りだから、よろしくな」
抱っこされたまま頭を撫でられて嬉しそうにしているソラの手には、赤・青・水色の彩色石が握られている。敵意のあるものと生体反応、そして水のある場所を感知してくれるので、野生の動物やハグレに注意しつつ、泉に向かって迷わず進める寸法だ。
「森の中を歩くのは楽しいねー」
「また勝手に先に行って迷子になったらダメですよ、クリムちゃん」
「あれは子供の頃の話じゃんかー、もうしないよー」
「クリムおねーちゃん、迷子になったことあるの?」
「おじいちゃんと私とクリムちゃんで、山の中に薬草を取りに行った時に、小さくて可愛い動物を見つけた事があるんです」
「ウサギみたいにピョンピョン跳ねてたんだけど、見たことない動物だったんだよー」
「クリムちゃんはそれを追いかけて、一人で森の奥に入ってしまったんです」
「それで迷子になったんだね」
「気がついたらアズルちゃんもじいちゃんも近くにいなくて、心細くなって泣いちゃったんだー」
「二人で必死に探して見つけた時は、もう夕方近かったんですよ」
「今度は迷子になっても私が見つける、心配ない」
「わーん、ソラちゃん愛してるよー!」
「迷子にならないことが大切ですからね、クリムちゃん」
ソラの頼もしい言葉に感動したクリムが、こちらに走り寄ってくると俺の体ごと抱きしめてきた。
「足場の悪い場所で急に抱きついてきたら危ないぞ」
「あっ、そうだったー、ごめんねソラちゃん、あるじさま」
「倒れそうな時、リュウセイに守ってもらう」
「ソラは絶対に守るし、これくらいなら大丈夫だが、気をつけてな」
この世界に来て足腰はだいぶ鍛えられたから、そうそう倒れることはないと思う。クリムも反省してるし、この件はもう終わりでいいだろう。二人を順番に撫でてから、軽くクリムの頭をポンポンと叩いてあげた。
「でも可愛い動物がいたら、ついつい目を奪われそうです」
「わかるよー、触ってみたくなるよね」
「薬草の採集依頼でも時々見かけたんですが、目が合うと逃げられてしまいます」
「野生の動物は、音や気配に敏感だからな」
「ヴェルデと仲良しの、とーさんでも無理?」
「さすがに森や山にいる動物は無理だと思うぞ」
「お兄ちゃんは、街にいる動物なら大抵好かれてたよ」
「ハグレを倒した村にいた白も、あるじさまの周りに群がってたねー」
「ご主人さまから離れようとしなかったのは、村の人もびっくりしていました」
家畜として飼われているから危険がないとは思ったが、周りを取り囲まれた時は少し怖かった。まぁ、懐いてくれているのがすぐ判ったので、思う存分モフらせてもらったが。
「ふぉぉぉぉぉー、リュウセイに抱っこされたまま、その白い動物に囲まれてみたい!」
あの時いなかったソラは、みんなの説明を聞いてその光景を想像したのか、ちょっと興奮気味だった。
◇◆◇
かなり森の奥の方に入ると、前方に大きな空間が見えてきた。ソラの感知でも水場が存在するので、あそこが泉で間違いないだろう。
「思っていたのとちょっと違うなー」
「確かに花は多いですが、みんな元気がありませんね」
「びょうきなの?」
森を抜けて開けた場所には、巨大な木を取り囲むように泉があり、全体を見ると三日月状の形をしているみたいだ。中心には手をつないだ子供が何十人も必要なくらい太く、樹齢何千年という歴史がありそうな立派な木がそびえ立っている。
池の周りは色とりどりの花の絨毯になっており、観光名所になるくらいきれいな場所だというのは、ひと目でわかる。
「真ん中の木も少し元気がないか?」
「葉っぱが水不足みたいに萎れてるね」
「泉にはこれだけ水があるのにどうしてでしょう……」
大きな木もそうだが、周りにある花も同様に元気がない。虫にやられて穴が開いてるとか、枯れて変色しているような痛み方ではないが、花びらは輝きを失ってくすんだ色で、細かいシワが出来て瑞々しさが感じられない。
「途中で動物に全く出会わなかったから少し様子は変だと思っていたが、もしかしたら悪い空気や水が発生してるのかもしれないな」
「ソラちゃんに調べてもらった方が、いいかもしれないね」
「お願いしてもいいか、ソラ」
「・・・・・」
森を抜けた時点で俺の腕から下りたソラだが、大きな木の方をじっと見つめて集中していた。その目はかなり真剣で、一点をじっと凝視している。
「どうしたんだ? あそこにある木に何かいるのか?」
「木の中に小さくて強い反応ある、多分ヴェルデと同じ」
「ピピッ?」
「それって精霊やそれに近い存在がいるってことですか?」
「強い力、持ってるのは確か、青に反応してるから危険はないはず」
「でも入り口みたいなものは無いよー」
「後ろ側でしょうか」
「とーさん、行ってみよ」
「何がいるかわからないから慎重にな」
全員に二倍の色彩強化をかけ、ゆっくりと木の方に近づいていく。周りをぐるっと一周してみたが、特に不審な場所はない。だが、ソラの感知魔法はこの木の中に、二つの強い存在がいることを示していた。
「ヴェルデお疲れさま、上の方に入れそうな場所はなかったか?」
「ピッピッピッ」
「見つからなかったみたいですね、リュウセイさん」
上空から戻ったヴェルデが首を振るように否定している、そこにも入り口がないとなるとお手上げだ、転移やそれに近い方法でしか入れないのかもしれない。
あるいは感知魔法の反応場所を偽装するような、未知の魔法やスキルが存在する可能性もある。それなら反応自体を消せばいいと思うが、制約のせいで出来ないとか考え出すときりがないな。
「リュウセイ、ここ土の色少し違う、何かありそう」
「ホントだ、ソラおねーちゃん凄いね」
俺たちは木の幹や上空ばかり注目していたが、地面を調べていたソラがわずかな違いを見つけてくれた。こういった洞察力はさすがに鋭くて頼りになる。
言われた場所を見てみたが、確かに土の色が若干濃くて、触ってみると周りに比べて硬い感じがする。
「この辺りになにかあるのかなー」
「隠し扉的なものでもあるんでしょうか」
「少し大きすぎるけど、見た感じは普通の木だよね」
「ピピッ!!」
「何かあるのヴェルデちゃん」
「ピッ!!」
「あっ……とーさん、かーさん、ここ穴があいてるよ」
何かに気づいてヴェルデが近づいた辺りを触っていたライムの手が、木の幹の中に抵抗もなく埋まっていく。見た目は木にしか見えないが、幻影を見ているようで不思議な光景だ。
穴の大きさを調べてみると、俺でも四つん這いになって入れる程度の高さと幅がある。こんな場所に穴があったら誰か間違って入り込んでしまいそうだが、大丈夫なんだろうか。
「リュウセイ、中、入ってみたい」
「そうだな、正直いって俺もすごく気になる」
「さっきソラちゃんが危険な者はいないって言ってたから、入ってみてもいいんじゃないかな」
「ヴェルデも警戒していないので、大丈夫だと思います」
「私も何があるか興味があるー」
「私が障壁魔法で守りながら進みます」
「とーさん、入ってみようよ」
全員の意見が一致したので、俺-クリム-ライム-アズル-ソラ-真白-コールの順番で入ってみることにした。アズルは真ん中で障壁担当、コールは全ての身体補助をかけた状態で殿担当、先頭はもちろん俺だ。女の子のお尻を見ながら進むわけにはいかないからな。
四つん這いになった俺たちは、一列に並んで木の中にゆっくりと進んでいった。
◇◆◇
かなり巨大な木だったので、トンネルもそれなりの長さがあるかと思ったが、あっさりと広い空間に出た。中には所々から日の光が差し込み、動き回るのに苦労しない明るさがある。後から付いてきたメンバーも次々立ち上がり、この不思議な空間に言葉を失っていた。
「あらあら、この場所によく入ってこられたわね」
どこから飛んできたのだろうか、俺たちの目の前に身長が三十センチに満たないほどの小さな人が浮いていた。背中には後ろが透けるほど薄く、蝶のような形をして綺麗な模様の入った羽がついている。
何かを守るように浮かぶ妖精族の背後をよく見てみると、白くて小さな生き物が横たわっていた――




