第65話 トーリの街を後にして
第6章の開始になります。
この章は道中編で、少し短めです。
「みんな、忘れ物はないな」
「大事なものは全部とーさんに、しまってもらった」
「私の方も大丈夫だよ、お兄ちゃん」
「何度も家の中を確認したので、問題ないです」
「絵札はちゃんとライムちゃんが持ってるし、心配いらないよー」
「クリムちゃんは遊ぶこと優先なんですから……」
「娯楽大事、クリムの言うこと一理ある」
一ヶ月お世話になった宿泊施設を後にして、いよいよ新しい街に出発することになった。この街のダンジョンは最終階層も隅々まで周り、ソラは念願だった探索を十分堪能できて満足そうだった。
宿泊施設の管理棟や情報提供とオークションでお世話になった商業組合に寄り、真白の作ったお菓子を差し入れて挨拶をしていく。ソラが発見した宝石はかなり品質の良いもので、王家に献上する品としても通用すると評価された。
オークションでもかなりの入札があったようで、将来の開店資金として十分な金額がパーティー口座に振り込まれ、真白を初め全員が大喜びしていた。
家の維持管理は大変だが、どこかの街に自分たちの拠点を作ってもいいと考えている。人数が多く収入が安定しているパーティーは、そうした拠点を持っていることも多いらしく、その辺りは今後の活動内容や収支を見ながら相談しようと思う。なにせ空間転移の使える俺がいるから、いつでも帰れる場所があるというのは、心の安定やモチベーションに繋がる気がするからだ。
余談だが、真白の作ったクッキーは商業組合の女性職員に大人気で、別の街に移動すると聞いて涙を浮かべる人までいた。依存性のある材料とかは使っていないはずなんだが……
◇◆◇
ここのギルドでは一般の依頼はあまり受けられなかったが、ダンジョンに潜る時は欠かさず通っていたため、ライムは別れを惜しむ受付嬢たちに囲まれている。
「もう出ていっちまうのか」
「この街にはひと月ほど滞在して、チェトレに向かう予定だったんだ」
「港街に行くのか、いいじゃないか」
「チェトレは変わった食べ物も多くて、楽しい所よ」
「特に魚料理はこの国じゃ一番だからな」
「王都にない料理も食べられるぜ」
「朝市のことは聞いた?」
「はい、商業組合で教えてもらいました」
「魚もいいけど、朝市では貝がおすすめよ」
「焼いた貝とかうめーよな」
「あれをつまみにして飲む酒がたまらないぜ」
貝も有名なのか、それは良いことを聞いたな。真白が元の世界で作ってくれたクラムチャウダーやグラタン、それに貝柱のフライなんかも食べてみたい。黄雷の里を出る時に、他の街にあるコテージ的な宿を借りる際に使える紹介状をもらっているので、次も石窯のあるような家を借りよう。
「お前らが来てくれてここの雰囲気も少し変わったが、別の街でも仲良くしろよ」
「小人族や竜人族を肩車してるお前たちは、この街の風物詩みたいになっていたからな」
「鬼人族の肩車とか、ちょっと流行ってるのよ」
「俺も人族の子供にねだられた」
「肩車遠くまで見えて楽しい、その流行は必然」
「街で背の高い男性や鬼人族が子供に囲まれていたのは、そんな理由だったんですか」
言われてみれば他種族の子供を肩車してる人を、目にする機会が多くなった気がする。目の前の男性も嫌な顔をしていないし、そうした交流は間違いなくいい方向に向かうと思う。
この街では戦闘技術や護衛のノウハウをプロから学ぶことが出来たし、そうした技術を身に着けた自信からソラの護衛任務も受けることが出来た。そして俺たちのパーティーに加入してくれたことで、様々な知識を得ることが出来た上に宝石の発見にまで繋がった。
口々に挨拶をしてくれる冒険者や受付嬢の声を聞きながらギルドを後にして、門番の人に挨拶してから七人で街道を歩き出す。次の街でも、こうした素敵な出会いや、美味しい食材に巡り会えることに期待するみんなの表情は、とてもいい笑顔だ。
◇◆◇
曇りの日が続く黒月とは違い、きれいな青空を背景にしてヴェルデが上空を旋回している。ライムは俺の肩車で、歩くリズムに合わせていつもの歌だ。ソラはコールと真白に挟まれて手をを繋ぎながら、クリムとアズルは俺の両側で楽しそうに歩いている。
「私、歩くの遅い、体力もない、迷惑かけない?」
「予定のない旅だし、歩く速度はこれまでとそんなに変わらないから大丈夫だ」
「ソラちゃんはダンジョンに行くようになってから、少しずつ体力がついてきたと思うよ」
「マシロの料理おいしい、前より食べる量ふえた」
「疲れたらリュウセイさんが抱っこしてくれますよ」
「あとでライムと肩車代わろうね、ソラおねーちゃん」
「リュウセイの肩車、旅の醍醐味、ありがとうライム」
確かに出会った頃より肌の艶も良くなったし、体力も増加してきてると思う。だが、ソラのより小さいライムのほうが持久力は遥かに高い。元々華奢で弱い小人族と、最強種族の一角に位置する竜人族を比べるのは間違っているが、その辺りはライムも十分わかってるみたいなので、旅の間はなるべく俺がソラの移動をサポートする予定だ。
「あるじさまー、花の咲いてる場所ってどこにあるのー?」
「街から三日ほど歩いた場所に小さな森があって、その中心辺りに泉があるらしい」
「小さな森だと、ご主人さまの力で迷わず進んでいけそうですね」
「どれくらいの規模かわからないが、ある程度までなら方角と大体の位置くらい把握できると思う。例え迷ったとしても、ヴェルデに高い場所から方向を教えてもらえば簡単に抜けられるから、心配はいらないだろう」
「ピピピーッ!」
迷いの森みたいに方向感覚を狂わされるような場所でもない限り、移動中に迷う可能性は低いと思う。そもそも観光名所みたいに紹介された所が、そんな迷宮じみた場所だと困る。
急ぐ旅でもないし、年中花の咲く場所でお弁当を食べてのんびりする予定にしている。花や自然に囲まれて食べるお弁当は格別だろう、そんな体験をみんなにも味わって欲しい。
◇◆◇
冬の季節は日が落ちると急に温度が下がるので、早めに野営の準備に入る。俺は床の上にあぐらをかいてライムとソラを上に乗せて、クリムとアズルは大きなクッションの上に並んでうつ伏せになってくつろいでいる。
「こんなに歩いたの初めて、人生一番の最高記録」
「ライムも、クリムおねーちゃんやアズルおねーちゃんと、いっぱい走った」
「なんかライムちゃんに体力で追いつかれてきた気がするよー」
「ご主人さまとの絆で、種族スキルが強化さたのは少し実感していましたけど、それを上回る成長をライムちゃんは見せてくれました」
「やはりダンジョンに何度も潜ったのが、体力向上に繋がったのでしょうか」
「疲れを残さないように、今日はゆっくり休もうな」
「美味しいご飯を作るから、それを食べて体力を回復させてね」
ダンジョンは魔物と戦ったりあちこち調べたり見学しながらなので、歩きっぱなしというケースは少ないが、今日はソラもかなりの距離を歩いていた。元々住んでいた場所から移動した時は、小柄な体型を生かして商会の荷馬車に便乗させてもらったらしいので、今日はかなり頑張ったんだろう。ライムも疲れすぎると電池が切れたように眠ってしまうし、この二人の様子にはなるべく気を配るようにしよう。
「でも照明魔法って、明るくて便利だよねー」
「料理をする時に手元を明るくしてもらえるから、すごくいいよ」
「しかもご主人さまの強化魔法で、手軽に並列発動とか驚きです」
「並列魔法は訓練と才能必要、強化魔法すごい」
今のコールは照明魔法を維持しながら、料理に必要な水を魔法で生み出している。並列魔法は特別なテクニックやノウハウ必要で、本来なら何も学んでいないコールには不可能だったことだ。しかし色彩強化がそれを可能にしてしまった。
コールに照明魔法が発現した時に、ソラから色彩強化で明るくならないのか実験して欲しいとお願いされた。無彩色の魔法に強化が効かないことは伝えていたものの、光量の変化というのは出来たら面白そうだったのでやってみている。残念ながら明るさに変化は見られななかったが、その時ちょうど仕込み用の水が欲しいと真白に言われ、照明魔法を発動したまま製水してしまったのだ。
「二倍強化だと三並列だから、コールの生活魔法はますます便利になっていくな」
「他の魔法を発動中は並列効果がずっと持続していますから、かけ直してもらう手間もいりませんし、使い勝手がすごくいいです」
「色が無いから強化できない、でも並列化できる、この特性は興味深い」
ソラにはRGBの三原色を使った加法混色のことは伝えてあるので、今は不思議な特性と思っている並列化の謎も、自力で答えを導き出してしまうかもしれない。それに、もし俺の魔法が三倍強化に成長したら、コールは自分の魔法枠すべてを使って、四並列発動できてしまう。
何気にコールが一番チートな人材に育ってしまうんじゃないだろうか。
◇◆◇
元からあった大きなベッドの横に、収納にしまってあるベッドを二台連結して、全員で横になる。二段ベッドにしても良かったが、あれは圧迫感があるので今日はやめておいた。ソラが上段で寝ることに興味ありそうだったから、隣で眠らない日に出してみよう。
「今日は疲れた、でもみんなと歩くの楽しい」
「足が痛くなったり、今日の疲れが残って辛かったら、遠慮せずに教えてくれよ」
「ヴェルデに補助してもらえれば、私もソラさんを抱っこできますから言って下さい」
「ピー」
「私もまた抱っこしてあげるね」
「コールやマシロの抱っこも好き、すごく柔らかい」
ソラもライムと同類か、こんなところも似てるんだな。隣で寝ているコールは少し恥ずかしそうにしているが、男のゴツゴツした体に抱っこされるより幸せになれそうなのは間違いない。
「ソラちゃんは誰の抱っこが好きー?」
「やはりご主人さまではないでしょうか」
「クリムとアズルも好き、リュウセイは遠くまで見える、やっぱり楽しい」
「身長はリュウセイさんに敵いませんね」
「元の世界でも割と高い方だったから、人混みの中でもすごく見つけやすかったんだよ」
「こっちの世界でも人族だと、あるじさまは高い方になるねー」
「鬼人族の男性や大柄な獣人族より背は低いですが、ご主人さまの存在感は誰にも負けません」
存在感とはなんだろうな、身にまとうオーラみたいなものだろうか。以前膝の上に乗せたコールにも大きいと言われたが、本当にそんな影響力があるのか、何かの因子を持っているのかはまだまだ不明だ。
「それは主従契約が関係してるのか?」
「それはきっと関係してると思うー、あるじさまが近くにいると、何かに包まれてる気がするんだー」
「ご主人さまが離れると繋がりが弱くなって、ちょっと寂しい感じがするんですよ」
「主従契約結ぶと、主人の危機や不調がわかる様になった記録ある、間違いなく繋がってる」
「さすがソラは色々なことを知ってるな」
隣で寝ているソラの頭を撫でると、嬉しそうにすり寄って甘えてくる。
ソラの話してくれたことはクリムやアズルも知らなかったらしく、他にどんな繋がりを持てるのか熱心に聞いていた。眠くなるまでそんな話をしながら、野営一日目の夜は更けていった。
第3章で登場したマラクス[ベル]が設置と飛翔の並列魔法を使っていましたが、彼女のスペックの高さを物語っています(笑)




