第63話 拡張版三並列探知魔法
いつものようにゆっくりと意識が覚醒してくると、胸のあたりに心地よい重みが感じられる。今日も俺の服を握りしめながら寝ているライムは可愛らしい。片方の腕には真白のまろやかな感触に包まれているし、反対側にはしがみつくように寝ているソラの小さな頭がある。コールはクリムとアズルに挟まれているが、三人とも気持ちよさそうに寝息を立てていた。
ソラがパーティーに加入して数日経過し、彼女の生い立ちも聞かせてもらった。両親は子供に全く興味を示さなかったようで、ずっと寂しい思いをしながらここまで成長してきたらしい。そんな思い出を早く上書きできるように、みんなで目一杯の愛情をソラに向けるように接している。
そのお陰なんだろう、この家に来てからのソラは表情が更に豊かになり、毎日のように別の一面を見せてくれる。興奮すると発言が際どくなるのは変わらないが、それも彼女の魅力の一つだ。
抱っこや肩車をしている俺には特に懐いてくれ、クリムとアズルが揃って両側で寝る時以外は、必ずソラが隣にいられるように、真白とコールが場所を譲ってくれるようになった。最初はソラも遠慮していたが、本人曰く一番安心して眠れる場所らしいので、暫くはこのままでもいいと思ってる。
「ん……っ、お兄ちゃん、おはよー」
「おはよう、真白」
「ライムちゃんとソラちゃんは……やっぱりすごく幸せそうに寝てるね」
「真白の寝顔も同じだったと思うぞ」
「それはお兄ちゃんの隣で寝られるから当然だよ」
「最初はこの歳になって、男女が一緒に眠るのはどうなんだと思ったが、慣れてしまうと逆に一人で眠ることが想像できなくなってきた」
「その調子で妹とのロマンスも慣れて欲しいな」
「真白は俺に対する手加減を覚えてくれ」
「これでもかなり抑えてるんだけどなぁ」
本気になった真白が一体どんな行動を取るのか、ちょっと不安になる。少しからかってきたりはするが、何だかんだと優しくていい子なので、俺が本気で困るようなことはしないだろう。
……しないよな?
「ふにゅ……リュウセイ、おはよう」
「すまん、真白と話してたから起こしてしまったか?」
「普通に目が覚めた、だから大丈夫」
「そうか、おはようソラ」
「んーーーーー」(スリスリ)
ソラは俺の鎖骨のあたりに顔を寄せて、グリグリしながら甘えてくる。骨が当たって痛くなのかちょっと心配だが、気持ちよさそうにしてるので好きにさせておこう。
「おはよう、ソラちゃん」
「んっ、マシロ、おはよう」
「今日もよく眠れた?」
「リュウセイの匂いと音、感じられるとぐっすり眠れる、体の相性がいいのは確定的に明らか」
「私とおんなじだね、お兄ちゃんとは体も心も相性抜群だよ」
二人とも朝っぱらから、何を言ってるんだ。
このパーティーは全員の仲が良いし、お互いのスキンシップも他の冒険者たちより多いだろう。相性のいい者同士が集まっているのは、ある意味奇跡かもしれない。
三人で朝のまどろみの時間を楽しみながら、俺はそんな事を考えていた。
◇◆◇
今日もダンジョン内で受けられそうな依頼を探しにギルドへと向かう、魔晶や薬草の買い取りはいつでもやってもらえるが、特定の魔物が落とすレアアイテムが不足してる場合、優先的に狩りをすれば臨時収入が期待できる。
「おっ、リュウセイたちじゃないか、おはよう」
「あぁ、おはよう」
「みんな、おはようございます」
ギルドで顔見知りになった何人かの冒険者が声をかけてくれたが、ライムが挨拶を返すとみんな嬉しそうな顔になる。ここの受付嬢にも人気があるし、やはりアイドル的に扱われるのは、どこの街でも一緒だ。
「お前たち久しぶりだな」
「そっちの嬢ちゃんは、護衛の依頼を出した子だな」
「また依頼を受けたの?」
「抱きかかえてんのは、怪我をさせたんじゃねぇだろうな」
新たに声をかけられて方に視線を向けると、ソラの依頼を最初に見つけた時に声をかけてくれた、四人組のパーティーだ。
「この間は色々心配してくれてありがとう。彼女とはパーティーを組んで活動していくことにしたから、一緒にダンジョン攻略してるんだ」
「怪我したわけじゃない、大丈夫」
「どこも悪くないなら問題ねぇ、余計なこと言っちまったな」
「それにしても、依頼主とパーティーを組むことになったなんて、面白いじゃないか」
「怪我もしてないのに、どうして抱きかかえてるんだ?」
「確か小人族って、子供扱いされるのをすごく嫌がる種族だよね」
「ソラおねーちゃんと、とーさんはすごく仲良しだからだよ」
「私もう大人、変なことされたら怒る、でもリュウセイは別腹」
ソラがデザートを食べる時の弁明みたいなことを言い始めた。
「今日のライムちゃんはアズルちゃんに抱っこされてるし、本当にみんな仲良しでいいわね」
「私たちのパーティーも、もっと仲良くしたほうがいいのかしら」
「なら、今夜はオレと同じ部屋に泊まらないか?」
「下心見え見えの男の部屋になんか行くわけないじゃない、寝言は寝てから言いなさい」
周りが騒然とし始めたが、こうして気軽に言い合えるんだから、みんなの仲もいいと思う。
「みんな、けんかはダメだよ?」
「「「「「わかってる(わ)よ、ライムちゃん!!!!!」」」」」
「なんかこのギルドも少し雰囲気が変わったな」
「前より明るくなったね」
「いい変化には違げぇねぇ」
「この子たちのおかげかもしれんな」
「これまではどんな感じだったんですか?」
真白の疑問に冒険者たちが答えてくれたが、都市間の取引をするような大手商会を経営しているのは大半が人族で、力や体力のある他の種族は下働きとして雇われることが多いそうだ。物流拠点でもあるこの街は、人族と雇用関係を結んでいる者の割合が突出していて、当然そこには上下関係が発生する。
この街全体がその雰囲気に飲まれてしまい、獣人族や鬼人族の多い冒険者たちも微妙な壁を感じてしまっていた。
そんな事情を知らない俺たちは、ギルドでも街の中でも仲睦まじくしているので、これまであった空気がかなり和らいだらしい。街を歩いていても、すれ違う時によく手を振ってもらったり微笑みかけてもらえるのは、こうした関係を好ましく思ってくれていたからだろう。
「リュウセイさんとマシロさんの影響力は凄いですね」
「私やお兄ちゃんはそこまで考えてるわけじゃないよ」
「ご主人さまはどんな種族の人にも、優しく接してくれますから」
「マシロちゃんも同じだねー」
「リュウセイたちに出会えて、よかった」
「みんな仲良しだから、ライムもしあわせ」
「気軽に話ができるようになったのは確かだ」
「ホントよねー」
「仲が良いほうが楽しいものね」
「やっぱり今夜オレと……」
「いい加減にしないと二度と使い物にならなくするわよ」
仲が良い……んだよな?
男の尊厳に関わる部分に緊張が走ったが、目の前の男性冒険者も同じだったようだ。そんな俺の頭をライムがそっと撫でてくれる、優しい子に育ってくれてとても嬉しい。
アイテム集めの依頼がないか確認した後、ワイワイと盛り上がっているギルドを後にして、ダンジョンへ向かって移動を開始する。今日はかなり下の階層まで潜る予定にしているので、用心しながら進んでいこう。
◇◆◇
ソラの感知魔法を常時発動しながら、魔物をなるべく避けるようにして十四階層まで降りてきた。このダンジョンは全十六階層なので、ほぼ最下層までたどり着いたことになる。
「上の階とかなり雰囲気が違うな」
「魔物の反応強い、みんな気をつけて」
「マシロさんとライムちゃんとソラさんは、私の障壁の範囲にいてくださいね」
「私が先頭を歩きますから、リュウセイさんとアズルさんは左右をお願いします」
「了解だ」
「任せてー、コールちゃん」
「ライムちゃんはお母さんが抱っこするね」
「ありがとう、かーさん」
コールを先頭にして左右を俺とアズルで固め、中心に真白とライムとソラ、殿がアズルというフォーメーションで進んでいく。油断は禁物だが、ソラの感知魔法があるので突然襲われるリスクはかなり低い。
気になる部分を調べながらゆっくりと奥へ向かうが、この階層は上に比べて通路が狭くなっていて、部屋の数も少ない。地図を見ても所々大きく膨らんだ瘤のような場所があり、何となく蟻の巣を彷彿とさせる。
「階が一つ違うだけで、内部の作りや土の色まで変わってしまうのは驚きだな」
「やっぱり、ダンジョン面白い」
「空気もちょっと違う感じかなー」
「声も若干響きますね」
獣人族の鋭い感覚は、俺たちが気づかないわずかの違いを感じ取っているみたいだ。
「このさき魔物いる、大きさは中くらい、ちょっと強い」
「あるじさまー、二倍の強化かけてー」
「ヴェルデもお願いします」
アズルとヴェルデに強化魔法をかけて進んでいくと、前方に顔が細長くて足の短い四足歩行の動物型魔物がいた。その姿は何となく、アリクイにも似ている。
「尻尾の攻撃、気をつけて」
「わかったー」
「行ってきますね」
コールが魔物に向かって走り込んでいき、体当たり攻撃をうまく受け流し、続いて襲ってきた尻尾の攻撃を籠手で受け止める。この階層の魔物も自分の攻撃を防御されるとスキが出来るので、それを狙って走り込んでいったアズルが呪文を唱える。
《硬いおしおきハンマー!》
上位属性で出来た武器を具現化する時の呪文を変更したアズルが、石のハンマーを振り下ろすと魔物の腰から後ろが地面に叩きつけられ、その形が大きく揺らいで黄色の魔晶を残して消えた。ソラの持っている知識は魔物の生態まで網羅しているので、初見であっても不意打ちされにくいのもありがたい。
「あるじさまー、黄色が出たよー」
「やりましたね!」
黄色の魔晶は魔道具の原料になるレアカラーだ、なかなか見る機会の少ないドロップ品に、メンバー全員が笑顔になった。
「二人ともお疲れ様、この階層でも二倍の強化は過剰戦力すぎるな」
「でも余裕を持って対処できるのはありがたいです」
「ちょっとダンジョンの壁も削っちゃったけどねー」
強力だがサイズの大きいハンマーは、あまり狭い場所で使う武器ではないし仕方がない。だがクリムはそれをかなり器用に使いこなせるようになったから、魔晶を砕いてしまうことなく魔物を倒せている。頑張った二人の頭を撫でようかと思っていると、近づいてきたソラが服の裾を引っ張ってきた。
「リュウセイ、あそこ何かある」
「クリムが削ってしまった壁か?」
「魔力の反応出てる、アイテム埋まってると思う」
三つの感知魔法を同時に使えるようになったので、赤[敵意]・黄[危険]・紫[魔力]の彩色石を握っていたソラがそう言ってきた。
「ダンジョンの壁から出るアイテムなんて初めてだな、掘ってみるよ」
「とーさん、なにが出るのかな」
「これぞダンジョン探索の醍醐味って感じでワクワクするね、お兄ちゃん」
「ご主人さま、早く掘ってみましょう」
収納から古い短剣を取り出して、クリムが削ってしまった壁を掘り返していると、何か硬いものに当たる感触があった。傷をつけないように慎重に掘り進めると、白くて細長い石の周りを黒くてゴツゴツした石が取り囲んでいる塊が出土した。
「黒いのはただの石だろうけど、白い部分は磨くと綺麗になりそうだな」
「これは宝石なんでしょうか」
「ちょっと汚れてるけど綺麗だねー」
「……これ白霧石、だと思う」
「どんな石なんだ?」
「見る角度で模様が変わる、それが霧みたいに見える」
「これって珍しい宝石なの? ソラちゃん」
「すごく人気ある、王族も持ってる」
「それって凄いじゃないですか、やりましたねリュウセイさん」
「まさかそんな物が見つかるとは思ってなかったな」
「クリムおねーちゃんと、ソラおねーちゃんのおかげだね」
「クリムちゃんの大雑把な攻撃と、ソラさんの三並列感知魔法のおかげですね」
「大雑把って酷いよー、アズルちゃん」
「みんなと一緒になって、魔法たくさん使えるようになって、三つ同時に出来るようになった、すごく嬉しい」
アズルの言葉に頬を膨らませているクリムの頭を撫でて、嬉しそうに宝石を持っているソラの頭も撫でる。いったいいくらの値がつくのかわからないが、この先の冒険者活動にも余裕ができるのは確かだろう。
その日は早めにダンジョン探索を切り上げ、転移魔法で戦闘訓練をした広場に戻った後、全員がホクホク顔で冒険者ギルドへと向かっていった。
ありがちな展開ですが、ボーナスタイムは必要ですよね(笑)
2倍強化された感知魔法には、彼らの知らない効果が付加されています。
(その辺りは次章で)
この章は次話で終了です。
次からはいよいよ観光とグルメの旅に!




