第61話 新年
「「「「「「「明けましておめでとう(ございます)」」」」」」」
朝食の準備が終わって、みんなが食堂に集まったところで、新年の挨拶をする。
「異世界の風習、面白い」
「年が明けたことをお祝いするなんて初めてです」
「いつもと同じように仕事したりするもんねー」
「今まではおじいちゃんの家にあった日付板を、新しいものに取り替えるくらいでした」
「私たちの世界だと神様のいる場所に、お祈りしに行ったりしたんだよ」
「とーさんとかーさんの世界には、どんな神様がいるの?」
「父さん達の住んでいた国だと、神様はとても沢山いると信じられてたんだ」
「すごく多いって意味で八百万の神って言われてたの」
「この世界の文字で無理やり表現すると、こんな数になる」
漢字のように短縮できないから、紙に七桁の文字を書いてみる。
「そんなにいたら覚えられない、神様一人でいい」
「神様が多すぎて、人の住む場所が無くなってしまいそうです」
「とーさんとかーさんは全部しってる?」
「さすがに全部は無理だから、代表的な神様を何人か知ってるくらいだな」
「自然のものには全て宿ってるって言われてたし、建物や道具にも神様がいたよ」
「自然に宿るの精霊に近い、建物や植物だと妖精いる」
「精霊は俺たちには見えないんだよな?」
「エルフ族、存在を感じられる人いる、妖精は誰でも見える」
「妖精って他の種族を見とすぐ逃げちゃうんだよねー」
「怖がりとか、恥ずかしがりとか言われてますね」
「小さくて羽ある絵、本に載ってる、一度見てみたい」
昨日の晩がご馳走だったので、朝は軽めの食事をしながら話に花を咲かせているが、ソラが来てくれたことで一段と賑やかになった。今日はソラの泊まっていた宿から、荷物をこちらに移す予定にしているので、こんな毎日が続くというのはとても楽しみだ。
◇◆◇
少し食休みした後に、全員で散歩がてらソラの泊まっていた宿に向かっている。俺がソラを肩車しコールがライムを抱き上げて並んで歩き、真白はクリムとアズルの二人と腕を組んで前を歩いている。
「みんな仲良し、このパーティーすごくいい」
「一緒に暮らして、一緒にご飯を食べて、一緒に寝るからだろうな」
「ソラおねーちゃんも、もう仲良しだね」
「仲良し家族、とてもいい響きがする」
「ソラさんも肩車してもらうのは好きですか?」
「こんな世界知らなかった、視点が違うと全部変わる」
「見かたを変えると新しい発見があったりするし、研究したり斬新な発想をする時に、とても重要になるな」
「その通り、リュウセイ良くわかってる」
小さな手で頭を撫でてくれるが、ちょっとくすぐったい。自分の知識を褒められた経験がないと言っていたので、こういった話題は特に喜んでくれる。多角的な視点を持つことの大切さは、俺たちの通っていた学校でも教わることだ。ソラが元の世界にいたら、飛び級で大学を卒業した天才少女、みたいな存在になれるかもしれないな。
「あっ、そうだお兄ちゃん、途中で商業組合に寄ってもいい?」
「何しに行くのー?」
「マシロさんの作ったお菓子を売り出すんでしょうか」
アズルが肩からカバンを提げていたので、何か買い物をして帰るのかと思っていたが、中には真白の作ったお菓子が入っているようだ。
「マリンさんと買い物に行った時に、ここは商人がよく来る街だから、竜人族の情報はそっちでも聞いておいた方がいいって、教えてくれたんだよ」
「受付のおねーちゃんが、いろんな場所からきた人に聞いておくって、言ってくれたの」
「そうだったのか、ありがとう真白、ライム」
俺たちが訓練に明け暮れている間に、真白とライムは独自に動いてくれていた。冒険者ギルドにも問い合わせているが、確かに商売人のほうが移動の頻度や場所も多いだろう。教えてくれたマリンさんにも感謝だな、王都を訪ねた時は必ず挨拶に行こう。
◇◆◇
商業組合に到着し中に入ったが、細長いカウンターがあって後ろに机がいくつも並んでいる、どことなく役所を思わせるようなレイアウトだ。一旦ソラを降ろそうかと思ったが、肩車から抱っこの姿勢へ変更を要求された。帰りはライムを肩車する約束になっているので、行きはずっと高い場所に居たいようだ。
「こんにちは」
「あら、先日来てくれた女の子と竜人族の子ね」
「何か情報が入ってきたか聞きに来たんですが、これ良かったら皆さんで食べて下さい」
真白はアズルの持っていたカバンの中から包みを取り出して、カウンターの上に置いた。近くに来てくれた二十代くらいの女性がそれを開くと、中にはクッキーが入っているようだ。お茶請けに焼いてくれたものだが、お裾分けの分も作っていたんだな。
「焼き菓子ね嬉しいわ」
「手作りなので、お店のものより美味しくないかもしれませんが」
「わざわざ作ってきてくれたんだから、そんなこと気にしなくていいわよ、ありがたくいただくわね。
それにしても、今日は大勢で来たのね」
「今日は私たちのパーティー全員でお出かけする途中に、寄らせてもらったんです」
「へぇー、竜人族だけでなく獣人族や鬼人族、それに小人族までいるなんて凄いパーティーね」
「みんな仲良しなんだよ」
お姉さんはコールが抱いているライムに手を伸ばすと、頭を撫でてくれた。やはりここでもライムは人気なのか、他の職員から視線を感じる。
その後、竜人族の目撃情報を教えてもらったが、チェトレの街から少し離れた場所にある大森林の中と、ピャチの街に近い山岳地帯で目撃情報があったようだ。
「チェトレは次に行く予定にしてる、南部最大の港街だな」
「ピャチってどこにある街なの?」
「ピャチ、山の麓にある、一番近いの王都」
「地図を持ってきてあげるから、ちょっと待ってね」
持ってきてくれた地図は商人が使うものだけあって、ギルドで買ったものより詳細で、街や大きめの村の情報まで網羅されている。指差してくれた場所にピャチの名前と印が描かれているが、王都が一番近いと言ってもかなりの距離があり、山脈の裾にポツンと存在するような街だ。
「大森林の中は俺たちだけだと探索できないから、街の周辺で情報を集めて一旦王都に行くのが良いかもしれないな」
「チェトレから王都には船便が出てるから、それを利用できるなら早く着くわよ」
「船だと歩かなくてもいいし、楽に移動できそうだね」
「予約難しい、それに高い」
「貴族や裕福な人がよく使う交通手段だからそれが問題なのよね、一応情報として伝えておいたほうが良いと思ったの」
「ありがとう、移動手段の選択肢は多いほうがいいから助かるよ」
まぁ、空間転移でアージンまで戻って、そこから王都を目指す手もあるし、その辺りは状況を見ながらどうするか考えよう。
「それから真偽は不明なんだけど、竜人族は川の上流が好きらしいという話を聞いたわ」
「海に近い場所ではあまり見ないってことですか?」
「大森林の中で見たという人がいるから、これは噂話と思っておいた方がいいけど、竜人族は海の魚より川の上流で獲れる魚が好きだって、話してくれた商人さんがいるの」
「ライムは両方たべてみたい」
「港街に行ったら色んな魚料理を作ってあげるからね」
「チェトレは港の近くで朝市が開催されるから、新鮮な魚はそこで手に入れるのがオススメよ」
さすが商業組合だけあって、今までにない情報も聞けた。それに街の施設や特徴についても教えてもらえたのはありがたい、朝市は絶対に行こう。
竜人族についてはソラも知らない情報があったみたいで、身を乗り出すようにお姉さんの話を聞いていた。山に近い場所と海に近い場所どちらにも目撃情報があるし、両方行ってみることに何の問題もない。むしろ、旅の目的が増えて嬉しいくらいだ。
◇◆◇
お礼を言って商業組合を後にして、再び全員で街を歩いていく。ソラはそのまま抱っこの体勢で、宿屋まで行くみたいだ。
「知らない話たくさん聞けた、みんなと一緒楽しい」
「朝市は絶対行こうね、お兄ちゃん」
「海産物は俺も好きだから楽しみだ」
「お魚ってほとんど食べる機会がないので、私も楽しみです」
「村だとなかなか手に入らないからねー」
「私とクリムちゃんのいた村も、趣味で川や湖まで遠出して捕まえてくる人しかいませんでしたから、口にする機会は少なかったです」
「かーさんの新しい料理、すごく楽しみ」
「すぐ移動、するの?」
「ここのダンジョンは最後まで攻略するつもりにしてたから、ソラの見たい場所は全部回ってみような」
「うん、ありがとう、うれしい」
そう言いながらキュッと抱きついてくるソラは、やはり可愛らしい。竜人族を探す旅はソラ自身もすごく楽しみにしてくれているので、色々な場所で様々なものに触れて感じて欲しい。
「リュウセイさん、私は年中花の咲いている場所も行ってみたいです」
「チェトレに行く途中にあるんだよねー?」
「どんな場所なんでしょうか……」
「ソラおねーちゃんはなにか知ってる?」
「本で読んだことある、でも場所は知らなかった」
「どんな所なの?」
「小さな泉ある、水の温度がいつも同じらしい」
「それは地下深くから湧き出してるのかもしれないな」
「温泉みたいなのが湧いてるのかな」
その泉の水温が十分温かかったら、ちょっと入ってみたい気もするな。コールがまめに清浄魔法をかけてくれるので、俺たちはいつでも清潔でいられるが、やはり全身をお湯の中に沈めるというのは別次元の悦びだ。
「かーさん“おんせん”ってなに?」
「温かい水が地下から湧き出してるのをそう言うんだよ。それを溜めてお風呂にしたりするの」
「お風呂ってお湯の中に入ることだったよねー」
「お湯を溜める魔道具を使って、家の中にお風呂を作ってる人もいると、おじいちゃんが言ってました」
「自然の温泉、大陸の北にある」
「ほんとか!?」「ほんとなの!?」
「リュウセイさんとマシロさん、凄い食いつきですね」
「俺や真白の住んでた国は、毎日お風呂にはいる所だったから、温泉と聞いて黙ってはいられないな」
「お湯の中に浸かってゆったり過ごすのは至福の時間だよー」
真白は少し遠くを見つめながら、恍惚とした表情になる。家のお風呂だと、手足を伸ばしてゆったり入る姿勢は難しいが、家族で温泉旅行をした時の露天風呂を思い出しているんだろう。
「ライムもおんせん入ってみたい」
「みんなで入るのは楽しそうだねー」
「ご主人さまも一緒に入ってくれますよね?」
「お兄ちゃんと混浴、いいね!」
「それは流石に無理だぞ」
「私、体に自信ない、少し恥ずかしい」
「私も嫌ではないですけど、恥ずかしいですね」
「ソラやコールもこう言ってるんだし、混浴は勘弁してくれ」
「二人とも嫌がってるわけじゃないから大丈夫だよ、お兄ちゃん」
「さすがにそれは世間的にも倫理的にもダメだし、俺の精神が悲鳴を上げてしまう」
「大丈夫、怖いのは最初だけだから、すぐ慣れるよ」
温泉は絶叫マシンじゃないぞ、真白。どこまで本気かわからないが、みんな楽しそうに笑ってるので、北の方にも足を運ぶことは検討しよう。商業組合を訪問したことで、行きたい場所が一気に増えてしまったな。空間転移できるポイントを増やすためにも、色々な場所に行って旅も冒険も楽しもう。
年越しという風習がないので街や施設も平常運転ですが、商業組合や冒険者ギルドは年中無休ですから、割とブラックかもしれません(笑)




