第60話 新しい家族
晩ごはんは肉の塊をパン焼き窯でローストしたものやピザトースト、それに緑の疾風亭で出していたのと同じ、ライムが大好物だった白いスープも出てきた。デザートのパウンドケーキも平らげて、全員がお腹をさすりながら満足そうな顔をしている。
「食べすぎた、はみ出そう」
ソラは食べすぎたらしく、少し苦しそうだ。
「どれも美味しかったけど、お肉の塊が凄かったよー」
「お肉を塊のまま窯で調理するなんて、神の所業です」
クリムとアズルはローストした肉を気に入ったみたいで、茹でた野菜を巻いて食べたりパンに乗せたり、色々な食べ方をしていた。
「白いスープが、シロフおねーちゃんのところで食べたのと、おなじだった」
「あれはおじさんの作り方をそのまま再現してみたんだよ」
やはりライムは白いスープを一番気に入ったみたいだ。
「焼いたチーズは何度食べても飽きません」
クリムたちと出会った村で食べて以来、コールはすっかりピザトーストのファンになってしまったな。
「パウンドケーキも上手に焼けていたし、真白はすっかりパン焼き窯を使いこなしてるじゃないか」
「お兄ちゃんたちが訓練してる時に、マリンさんからも色々教わったからね」
「マリンおばーちゃんも、料理じょうずだったね」
王族の子供の世話をしていただけあって、マリンさんも一通り何でもできる人だったな。俺たちが戦闘技術を磨いてる間に、真白は料理の技術をレベルアップさせていたわけだ。
「マシロの料理、どんな本にも載ってない、どこで覚えたの?」
「それを答える前に、ソラちゃんに提案があるんだけどいいかな」
「提案? ……なに?」
「良かったら俺たちのパーティーに加入してくれないか?」
「私……が?」
「ソラの力を俺たちに貸して欲しい」
「私、戦闘できない、マナも少ない、役に立たない」
「ソラの持っている知識は大きな武器だ、それは生半可なことで身につくものじゃない筈だろ?」
「私の世界、本の中にしかなかった、だから色々覚えた、でも役に立たないって……」
「知識は生活を豊かにしてくれる、俺たちもソラに色々教えてもらうのが楽しかった、役に立たないなんていうのは大間違いだ」
「そんなこと言われたの、初めて……
本当に私なんかで、いいの?」
「ソラじゃないとダメなんだ。
俺たちのパーティーに加入してくれないか?」
「うっ……………」
何か言おうとして言葉がつまり、ソラは両目からポロポロと涙をこぼし始めた。
「もしかして、何か嫌な思い出とかあったのか?」
「……違う」
「どこか痛くなったの?」
「……違う」
「急に変なこと言われて混乱しちゃった?」
「……違う」
「リュウセイさん、ライムちゃん、マシロさん、ソラさんは嬉しいんですよ」
「……コール、正解」
「なら、パーティーに加入してくれるってことでいいのか?」
「リュウセイの抱っこと肩車、嬉しい。真白の美味しい料理、嬉しい。ライム撫でるの、嬉しい。コールと話すの、嬉しい。クリムやアズルと遊ぶの、嬉しい。ヴェルデが懐いてくれるの、嬉しい。みんな大好き、家族にして」
ソラは俺の胸に飛び込んでくると、顔を埋めて涙声で気持ちを伝えてくれる。その頭を撫で続けていると、ヴェルデもこの時ばかりはソラの肩に止まり、泣き止むまで寄り添ってくた。
◇◆◇
「ふぉぉぉぉぉー、リュウセイとマシロが流れ人! 異世界の話聞きたい、今夜は寝ない!」
「これから一緒に暮らすんだし、話す機会はいくらでもあるから、今日はちゃんと寝よう」
「うん、家族になった、我慢する……えへへ」
ソラが泣き止んでからコールに全員の清浄魔法をかけてもらい、ヴェルデのお湯浴びやライムの羽を拭いた後、俺たちの素性を話すと予想通り食いついてきた。しかし、一緒のパーティーになれたことを思い出してはにかむソラは、とても可愛らしい。ついつい頭を撫でてしまった。
「ソラちゃんって可愛いよねー」
「あれは私たちに無い可愛らしさです、強敵の出現です」
……アズルは一体なにと戦っているんだ?
「ソラおねーちゃんは、とーさんの肩車好き?」
「遠くまで見える、とても好き」
「ライムとおんなじでうれしい」
身長が近いせいだろうか、ライムとソラの間には妙なシンパシーが存在する。
「ソラさんはすっかりリュウセイさんにべったりですよね、何となく取り残された気分です」
今もソラは俺の膝に座っているが、コールもこうしたかったらいつでも言ってきていいからな。酔っ払った時はとても楽しそうだったし、変に自分を抑えないで欲しい。折を見てちゃんと伝えておこう。
「ソラちゃんの体格だと、お兄ちゃんに抱きかかえて運んでもらえるから、羨ましいなぁ」
「真白を抱きかかえながら街を歩くのは色々問題があるから、お姫様抱っこくらいで勘弁してくれ」
「“後ろからハグ”も追加してくれたら許してあげる」
真白がまた難易度の高い要求をしてきた。本人は少し足りないという身長差も、後ろから抱きしめて顎を頭の上に乗せながら甘い言葉をささやくシチュエーションだと、丁度いい高さだからそそるものが……って、雰囲気に流されすぎだ、しっかりしろ俺。
「ピピー? ピッ!」
俺の頭の上にいるヴェルデは何を伝えようとしてるんだろう、何となくだが励ましてくれてる気もする。コールが最優先のはずなのに、ホントにいい守護獣だな。一番の理解者かもしれない。
「クリムとアズルのブラッシングもしたいし、話の続きはベッドの上でしようか」
「至福の時間だー、早く行こうあるじさまー」
「今夜もご主人さまに溶かされてしまいます……」
「何かイケナイコト、するの? リュウセイ」
「二人のしっぽをブラッシングするだけだから、何もやましい事はないぞ」
「ライムもいっしょにやるんだよ」
「父娘で攻めるんだね!」
「ソラはその辺りちょっと自重しような、抱っこして連れて行くからみんなでベッドに行こう」
ひざの上に座っていたソラを抱き上げて、全員でベッドに移動する。首に抱きついて嬉しそうにしているが、家族になると言ってからのソラは、表情がとても豊かになっている。家を出てずっと一人だったみたいなので、こうした環境に飢えていたのかもしれない。
◇◆◇
「獣人族をここまで骨抜きにできる、凄い」
「ご主人さまや皆さんのブラッシングは最高ですー」
「耳触るの、嫌じゃない?」
「ソラさんはもう家族なんですからー、全然嫌じゃないですし凄く気持ちいですー」
「フニャフニャになってるアズル、可愛い」
「ソラさんも小さくて凄く可愛いですよー」
今日のアズルはソラの膝枕でブラッシングを受けているが、いつものように全身の力が抜けてスライム化している。
「主従契約できた理由、前世の関係だけじゃない、きっとこんなふれ合い、大切だと思う」
「すごく大切にしてもらってるのがわかるのでー、この時間が一番幸せですー」
「ソラちゃんの読んだ本には、主従契約した獣人族は強くなるって書いてあったのー?」
「一緒にいるだけだとダメ、共に戦うのが大切、そう書いてあった」
「それなら、みんなでダンジョンに行くのが一番いいねー」
「ソラさんのためにもー、このダンジョンは全階層攻略しましょうねー」
「トーリのダンジョン、宝石出やすい、絶対見つける」
「ソラおねーちゃん、それホント?」
「過去の統計から、そんな傾向ある、多分あまり知られてない」
「それはちょっと楽しみだね、どんな宝石が眠ってるのかなぁ」
「ダンジョンで見つかる宝石は、地上のものより品質が高いらしいです」
「地上にないのも出る、そんなの見つけたい」
「ダンジョン攻略の楽しみが増えたな」
「ソラおねーちゃんが来てくれてよかったね」
本や資料を読んで知識をつけるだけでなく、それを分析して新たな答えを導き出せる辺りも、ソラの優秀さが現れている。知識や理論だけでなく、実際に触れたり確かめたりしようとするその姿勢も、彼女の大きな武器なんだろう。俺も見習うべきことは沢山ありそうだ。
◇◆◇
話はまだまだ尽きなかったが、ライムがウトウトとしだしたのを合図にして、全員でベッドに横になる。今日はソラが俺の隣りにいて、反対側にはライムとコールがいる。真白はクリムとアズルに挟まれて、話に花を咲かせていた。
「リュウセイ、そんな格好で寝にくくない?」
「いつもこうしてるから大丈夫だ、それに夜中に必ずライムが俺の上に登ってくるからな」
「それ、面白い」
「ゴツゴツした男の体だし、あまり寝心地はよくないと思うんだが、ライムは熟睡できてるみたいだ」
「お父さんの腕枕は少し大きすぎましたけど、リュウセイさんは高さもちょうどよくて、私もよく眠れますよ」
「鬼人族は男女の体格差大きい、仕方ないと思う」
「ソラにとっては俺は大きすぎると思うんだが、寝にくくないか?」
「誰かとこうして寝るの初めて、だから比べられない、でもすごく落ち着く」
「子供の頃に、こうしてもらったことは無いのか?」
「私の両親、家にほとんど居ない、寝るのもご飯もずっと一人だった」
俺たちの両親も忙しい人だったが、子供との時間は必ず作ってくれていた。俺と真白がある程度の自活ができるようになって、二人で出張することが増えた時も、毎日声を聞かせてくれた。ソラの両親の仕事はわからないが、この世界では通信手段も限られているし、ずっと寂しい思いをしてきたんだろう。
この家に来て、こんなに楽しそうにしている理由が、少しだけわかった気がする。
「これからは俺たちが、いつもそばにいるからな」
「ありがとう、みんな大好き、ずっと一緒にいたい」
抱きついてきたソラの頭をゆっくりなでていると、静かな寝息が聞こえてきた。十四歳という年齢は、元の世界だとまだ中学生だ。高三の俺では父親のようにはなれないが、これからは寂しい思いをさせないよう、出来る限りのことをしてあげよう。
「ソラさんもリュウセイさんの近くが安心できるみたいで、寝顔がすごく穏やかです」
「あるじさまは優しいからねー」
「それにとても温かいです」
「ライムちゃんや私、それにクリムさんとアズルさんもそうでしたが、やはり小人族のソラさんもこうなってしまいましたね」
「お兄ちゃんだからだよ」
「異世界人だから種族の壁は感じないが、特別なことはしていないと思うぞ」
「私もこうして腕枕してもらっていますが、不思議と抵抗がないんですよね……」
「私は前の世界で会ってたことを思い出せたから、最初から抵抗はなかったなー」
「私も最初に抱き上げられた時、すごく懐かしい感じがして抵抗がなくなりました」
「こうして色んな人と仲良くしてる、お兄ちゃんの姿を見られるのは嬉しいよ」
「元の世界だと考えられなかったな」
第一印象で避けられることが多かったから、こうして誰かに囲まれているのは自分でも不思議な感じがする。女性ばかりというのは少し予想外だが、男の仲間だとこうしたスキンシップの仕方は出来なかっただろう。小さな男の子なら腕枕や抱っこくらい抵抗なくできるが、同年代や上の年齢と添い寝とかは流石に嫌だ。
以前マラクスさんが言っていた、仲間にするなら女の子のほうが良いという話が、実現してしまったな。
知らない人からは、ハーレムパーティーみたいに見られるかもしれないが、仲が良くて気の合う仲間たちと楽しくやっていけるなら、世間の評価はどうでもいい。変に意識して溝ができるような事だけには、ならないように気をつけよう。
ヴェルデ:「ピピー? ピッ!」(もう戻れない場所に立っていることに気づかないのか? このチーレム野郎!)
うそです、そんなことは思ってません(笑)
お兄ちゃん先生も、別のベッドで寝るという選択肢を全く考えていない辺り、色々末期の気もしますが……




