第58話 ソラ
この話も途中でソラ視点になります。
パーティーメンバーにとって初めての護衛任務だったが、今までも真白とライムに気を配りながら戦ってきていたのと、クリムとアズルが増えて負担が分散されるようになったので、何も問題なく終えることが出来た。難易度のそれほど高くないダンジョンをゆっくり攻略しながら、それぞれの役割分担や連携を再確認できたのは大きい。初めての護衛対象が気さくに話せる相手で、ダンジョン見学という目的なのも幸運だった。
「今日はありがとう、思う存分ダンジョン堪能できた。またお願いしたい、いい?」
「もちろんそれは構わないが、明日と明後日は休みにして欲しいんだ、それでも大丈夫か?」
「何か予定、あるの?」
「年末と年始の二日は、年越しのお祝いをすることにしてるんだよ」
「変わったこと、するんだね、何やるの?」
「少し凝ったご馳走を作って、みんなでこの一年の感謝と、新しく始まる一年を健やかに過ごせるように祈願するんだよ」
「ご馳走!?(じゅるり)」
真白の言葉を聞いたソラは、お昼のサンドイッチを思い出したのか、口元が緩んでいる。そのままだと涎が垂れそうだから気をつけて欲しい、可愛い顔が台無しになってしまう。
「良かったら一緒にお祝いする?」
「ソラおねーちゃんも、泊まっていっていいよ」
「……迷惑に、ならない?」
「俺たちの借りている家は七人用だから、ソラが増えても大丈夫だ」
「みんな私の話、凄く真剣に聞いてくれる、だからもっと話をしたい」
「それなら一緒に年越ししながら、いっぱいお話しようよー」
「私たちも小さな村から出てきたばかりで、世の中のことをあまり知りませんから、落ち着ける場所でじっくりお話を聞かせて欲しいです」
「それなら、泊りがけで行きたい」
「ソラはこの街にある【黄雷の里】って場所を知ってるか?」
「知ってる、けど身元保証がないと、泊まれない場所、だったはず」
「旅の途中で知り合った人が身元保証をしてくれたから、俺たちはそこで宿泊してるんだ」
「そんな場所、紹介できる人、一体何者……」
「優しいおじーちゃんとおばーちゃんだよ」
「でも私、部外者だから、泊まれない」
「俺と真白とライムは特別依頼の達成者だから、その点は問題ない」
模様の入ったカードを三枚差し出すと、ソラは食い入るようにそれを見つめている。
「私、凄い人たちに声、かけてしまったかも……」
少し驚かせてしまったみたいだが、真白がお昼も一緒に食べようと誘った結果、明日の昼前に宿の近くまで来てくれることになった。冒険者ギルドの飲食スペースを後にして、出口の前でソラと別れる。帰りに買い出しをして、明日と明後日の準備をしっかり進めておこう。
◇◆◇
家に帰って夕食を食べ、コールに清浄魔法をかけてもらい、ライムの羽を拭いたりヴェルデのお湯浴びを終わらせた後、いつものようにベッドの上でまったりとした時間を過ごす。しっぽのブラッシングを終わらせたアズルは、真白の膝枕で頭を撫でてもらいながら、絶賛液状化中だ。
「年の瀬に面白い人と出会えたね、お兄ちゃん」
「今年の締めにダンジョンに行ってみようと決めてよかったな」
「ソラさんって凄く可愛らしいし、私より背が低いから抱きしめて頭を撫でたくなります」
「ライムもコールおねーちゃんに、そうやってなでてもらうの好きだから、きっとソラおねーちゃんも好きになると思う」
「小人族で冒険者活動をする人は少ないみたいだから、こうやってじっくり話す機会はなかったが、あの身長でもう大人の大きさなんだな」
「私たちの村に、子供のいる小人族の夫婦がいたよー」
「はふぅ……大人の夫婦でも、ソラさんと同じくらいの身長でしたー」
「妖精の血が混じってると言われてるみたいだが、何か特殊な能力があったりするのか?」
「う~ん、特にそんな話は聞いたことないかなー」
「手先が器用な種族なのでー、細かい細工の民芸品を作ったりするのが上手ですよー」
「前に冒険者の人が小人族はすばしっこいって言ってたよ」
「今日もかなりキビキビと動いていましたし、私や獣人族みたいに何か種族スキルがあるのかもしれませんね」
クリムのしっぽをブラッシングをしながらソラのことを思い出していたが、以前出会ったピアーノと同じか少し低いくらいの身長だ。ライムやピアーノは頭身も低く年齢相応の体型をしているが、ソラは中学生や高校生をそのまま小さくしたような体型なので、子供とは違った可愛らしさがある。
「みんなに相談があるんだが、構わないか?」
「ソラちゃんをパーティーに誘いたいんだよね、お兄ちゃん」
さすが真白だ、俺の言いたいことを正確に先読みしてくる。
「ソラの持っている知識はこの先も俺たちの力になってくれると思う、それにパーティーを組めば依頼は関係なしに一緒にダンジョンに行けるから、彼女の負担も減らせるハズだ。
まぁ、本音を言うと一番大きな理由は、ソラと話すのが楽しいからなんだけどな」
「ライムもソラおねーちゃんと一緒だと楽しい」
「私たちの冒険者活動は竜人族を探す旅が一番の目的ですから、色々な場所に行って様々なものに触れたいソラさんの希望にも添えそうですし、誘ってみるのはいいと思いますよ」
「私も賛成だよー、ソラちゃん可愛いし物知りだしー」
「私もいいと思いますよー、何となくですけどソラさんも同じように思ってるんじゃないかなって感じがしますしー」
「お兄ちゃんが誘わなかったら、私から言ってみようって思ってたから、もちろん賛成だよ」
「それじゃぁ、明日泊まりに来た時に誘ってみることにしようか」
アズルの言っていたことが当たっているかわからないが、もしソラも俺たちと一緒に活動したいと思ってくれているなら、この先の冒険者活動が更に楽しくなる予感がする。そんな未来に思いを馳せながら、いつものようにブラッシングやなでなでをして、寝るまでの時間を過ごしていった。
―――――*―――――*―――――
宿屋に戻ってベッドの上にあがり一息つく。今日は念願のダンジョンに入ることが出来て、とても充実した一日だった。ダンジョンの中は見るもの全てが新鮮で、本を読むだけではわからない色や触感、それに匂いや雰囲気まで私を興奮させてくれる。
「また、ダンジョンに行くの、楽しみ……」
つい独り言がこぼれてしまう程の刺激を、たった一日で味わえた。こんな生活が続いたら一体どうなるんだろう、もしかしたら元の暮らしに戻れないかもしれない、そんな予感までしてしまう。
「みんな、いい人だった」
お金を一生懸命ためて、やっと何度か依頼を出せる最低限の金額になったので募集してみたが、まさかあんなにメンバーの多いパーティーに受けてもらえるとは思ってなかった。いくら魔物から出た魔晶やアイテムを渡すと言っても、あちこち見て回りながらなので歩く速度も遅いし、割に合わないのは確かだ。それなのに嫌な顔をせず、逆に私の話を興味深そうに聞いてくれた。
「話すの、こんなに楽しいなんて、初めて」
普通に話そうとしても途切れとぎれになってしまうので、とても聞き取りにくいのは自分でもわかっている。興奮するとうまく喋れるのは謎だけど……
でも、今日一緒だったみんなは感心したり質問してくれたり、そんな私の話を真剣に聞いてくれた。他に人に話しても「生活するために必要じゃない知識は無駄だ」とか、「学校にも行ってないくせに、学者になんかなれないぞ」とか言われてしまう。だから、あんなにいっぱい話をしたのは、生まれて初めてだ。
私の両親は二人とも放任主義だった、多分子供なんか欲しくなかったんじゃないかと思う。愛情を向けられたという記憶はないし、一人で出歩けるようになったらお金だけ渡され、ごはんも全て外で食べていた。その頃になると両親もほとんど家に戻ってこなくなり、私は父の書斎にあった本ばかり読んでいた。
そこには辞典や歴史の本の他に、神話や創作の物語を書いたものもあり、それらを読み耽るうちに自然と字も覚えた。そんな子供時代を過ごしたので友達もおらず、喋り方も治らないままだ。
「お昼ごはん、美味しかったなぁ……」
マシロは確か“はむかつ”って言ってたけど、あんな料理どこの店でも食べたことが無い。茶色くなるまで揚げた、表面がザラザラしている不思議な食べ物を野菜と一緒にパンに挟んでいたが、ソースが衣に染み込んでいて絶品だった。それに“おむれつ”と言っていた、茹でた野菜をフワフワに焼いた卵で包んでパンに挟んだ方も、口に入れるだけで幸せになる味だ。
こんな食べ物は創作の世界にだって存在しない、そんな調理法を一体誰が考えたんだろう、凄く興味がある。明日は彼らの家に行って一晩泊まらせてもらえるので、一体どんな料理が食べられるのか楽しみすぎて、今夜は眠れないかもしれない。
「明日は、ライムをいっぱい、撫でさせてもらおう」
幻の種族と言われる、竜人族の子供に出会えたのは驚いた。しかも育てているのは人族の男女だ。異種族間で親子関係が成立するなんてありえないと思ってたし、男性の方は二人の獣人族と主従契約まで結んでいる。主従契約なんて、代々王家に忠誠を誓っている獣人族が成し得たという記録しか残っていないはずだ。しかも、ここ数代の王とは主従関係を結べていない。
「やっぱり、なでなでとか抱っこ、秘訣なのかも」
リュウセイに抱き上げられたライムは楽しそうにしていたし、頭を撫でてもらっているクリムとアズルも幸せそうに表情がとろけていた。それにコールもツノを触ってもらっていたが、鬼人族にとって誇りともいえる部分なので、そんな行為は家族くらいにしか許さないはずだ。
「家族……」
リュウセイに抱っこしてもらったり頭を撫でてもらったら、私にも家族の愛情が感じられるだろうか。ライムとそんなに身長が変わらないから、お願いしたら抱っこくらいしてくれそうな気がする。でも、私はもう大人だから笑われてしまうかも……
「……やっぱり、一人は寂しい」
みんなで食事を食べる楽しさを知ってしまったから、一人で生活する味気なさをいつも以上に感じてしまう。湧き上がってくる寂しさをごまかすようにベッドへ体を沈めると、目をつぶって無理やり眠ろうとする。
――枕が少し濡れて冷たい気がした。
資料集へのソラの追加は62話投稿後に、身長対比の画像も含めて更新する予定です。
(ちなみに小人族の身長は1メートル程度で、ソラも110cmです。
日本人の平均身長だと5~6歳女児くらい)




