第57話 歩く百科事典
ソラの話し方は助詞が所々抜けたり、句読点がおかしかったりしますが、その理由は次回語られます。
整備された入口を抜け、七人でダンジョンの中に入る。クリムとアズルは階層のない洞窟型のダンジョンに入ったことがあると言っていたが、ソラは初めての経験らしく興味深そうにあちこち視線をさまよわせている。
「これがダンジョン……本に書いてあるとおり、明るくて気温も外と違う、実に興味深い」
「そこまで興味があったなら、少し覗いてみたりしなかったのか?」
「それ考えた、中途半端に見ると気になって眠れなくなる、準備できるまで必死に我慢した」
「その辺りはしっかりしてるんだね」
真白の言う通り、そういった部分の自制心はしっかりしているみたいだ。興味を優先して危険なことをされては困ると思っていたが、その心配は無さそうで安心した。
「私だと我慢できずに見ちゃいそうだなー」
「クリムちゃんは先に好きなものを食べる性格ですから」
「だって、お腹が空いてる時に好きなものを食べた方が、美味しいって感じるんだよー」
「クリムさんのその気持、私もわかる気がします」
「そうだよね! コールちゃんも仲間だー」
「ライムは順番にいろいろ食べるよ」
食べ方は人それぞれ自由でいいと思うが、みんな美味しそうによく食べるメンバーばかりなので、食事の時間がとても楽しい、それが一番重要だろう。
「ライムは父さんと同じだな」
「かーさんのご飯はぜんぶ美味しいから、一番とか決められないの」
「確かにライムちゃんの言うとおりです、マシロさんの料理にハズレはありません」
「私の体と心はあるじさまに捧げたけど、食欲はマシロちゃんに捧げてるよー」
「私もご主人さまとマシロさんの料理から、離れられなくなってしまいました」
「マシロの料理、そんなに美味しいの?」
「お弁当を作ってるから、良かったらお昼に食べてみる?」
「いいのっ!? ……楽しみ増えた、凄く嬉しい」
この世界の人にも好評な真白の料理は、小人族のソラにも喜んでもらえるだろう。全員で和気あいあいと話しをしながら、いつものように装備の最終確認をして奥へと出発する。
「ヴェルデを呼んでもらってもいいか?」
「はい、リュウセイさん」
《ヴェルデ、出てきて》
コールの呪文でヴェルデが現れ、少しだけ周りを飛び回った後に俺の頭の上に止まる。その光景をソラはじっと見つめていたが、やはり好奇心を刺激したらしく頬が紅潮していく。
「この鳥、守護獣?」
「はい、私の守護獣でヴェルデという名前です」
「ピピッ!」
「守護獣、初めて見た……
どんな守護、授けてくれるの?」
「この子は緑の身体補助魔法で土属性を持ってるんです」
「鬼人族の種族スキル合わせたら、かなり効果、上がるよね?」
「コールちゃんはハグレの攻撃を全部受け止めてたんだよー、あれは凄かったなー」
「私の他にも障壁使いのアズルさんがいますし、このパーティーなら安全にダンジョン攻略できると思いますよ」
「主従契約できる二人、信頼してる。守護獣もいる。でも、なんでリュウセイの頭の上?」
「ピピ?」
ヴェルデの鳴き方から、「そんな当たり前のことを、どうして聞くの?」みたいな気持ちが伝わってくる気がする。パーティーメンバーでないソラに全てを話すわけにもいかないから、この場は当たり障りのない答えで濁すしか無い。
「ヴェルデと相性が良いらしく、出会った頃から懐かれていたんだ」
「お兄ちゃんは動物とかによく好かれるからね」
「普通そんな事ありえない、リュウセイは守護獣に好かれる力、持ってるのかも……」
やはり、なかなか鋭いなソラは。ヴェルデがこうして懐いてくれるのは、俺の持っている強化魔法でコールを守護するためだが、かなり核心に近い考察をしている。
「ライムもとーさんのこと大好きだから、きっとヴェルデちゃんも一緒なんだよ」
「ピピピー!」
「竜人族、守護獣、主従契約……このパーティー凄い、多分この国で唯一無二」
これで俺と真白が流れ人だと明かすと、思いっきり食いついてきそうだな。その辺りをどこまで話すかは、もう少し付き合ってみてから決めよう。
◇◆◇
時おり遭遇する魔物を倒しながらダンジョン奥へと進んでいくが、まだ上層階なので危険な場面は全く無い。ビブラさんに戦闘技術を習ったおかげで、攻撃の避け方や間合いのとり方のコツがつかめ、最小限の動きで見切ったり致命傷を与えられるようになった。
その分時間にも余裕が生まれているので、ソラは興味のある場所に触れたり観察したり、思う存分楽しんでいるみたいだ。
「ダンジョンの中、時間によって環境変わる、それを見極めると薬草探し効率上がる」
「今まで適当に歩き回って探すだけだったから、それがわかると助かるな」
「例えばあそこ、少し色ちがう場所」
ソラが指さした場所は、ぱっと見ただけではわからないが、じっくり観察すると微妙に土の色が違う。
「土の光り方が若干弱い気がするな」
「あんな部分、薬草生えやすい、数日中に出るはず」
「あれって芽が出て育っていくものなんじゃないのか?」
「ダンジョンの植物、突然あらわれる」
「不思議だねー」
「どんな仕組みで生えてくるんでしょう」
「研究はされてる、けどわからない。生えている薬草、突然消えたりする、謎だらけ」
「ダンジョン内を薬草が転移してるんでしょうか」
「コール鋭い、そんな学説ある」
俺が転移魔法を使えるから、そういった現象がダンジョン内で起こっても不思議ではない。ダンジョンは地上の常識が通用しないと言われているが、その証明みたいなものだろう。
「ソラおねーちゃんのお話おもしろいね」
「ダンジョンって別の世界に繋がってるみたい」
「マシロのそれ、当たってるかもしれない」
「ホントに別の世界なの?」
「外から穴つくってもダンジョン行けない、不思議な壁に阻まれる。ダンジョンのある空間、別の世界と融合してる、その説が有力」
ソラはこうして書物から得た知識を披露してくれるが、その情報量には圧倒される。ダンジョンや魔物の生態に詳しいだけでなく、歴史や文化に風習まで幅広く網羅していて、歩く百科事典みたいな人だ。この依頼を受けたのは大正解だった、話を聞きながら俺はそんな風に考えていた。
◇◆◇
初めてのダンジョンということで、見る場所も多くあまり奥の方まで進めていないが、そろそろお昼にしようということになった。
「少し待って、安全な場所、調べる」
ソラはそう言って、腰につけたポーチから緑の石を取り出すと、それを握って呪文を唱えた。
《感知、開始》
緑の彩色石は、魔物の沸かない場所を感知するものだ。俺たちはまだその瞬間を見たことがないが、魔物はダンジョンの壁から生まれてくる。さっきの薬草の話と同じで、安全地帯は時間によって変化するので、ギルドで売っている地図にも場所は記載されていない。それがわからない場合は、広くて壁から離れた場所で休むのがセオリーだ。
「地図、見せて」
「これがこの階層の地図だが、俺たちは今この場所にいて、こっちの方向を向いて立っている」
「リュウセイ、ほとんど地図見てない、場所とか方角がわかるの、不思議」
「俺の特技みたいなものだからな」
「あるじさまがそんな特技を持ってるなんて知らなかったよー」
「迷ったり同じ場所をグルグル回ったりしないのは、ご主人さまのおかげですね」
「前にいた街にはとても大きなダンジョンがあったのですが、一度も迷わずに攻略できたんですよ」
「依頼受けてくれたの、このパーティで良かった……
安全な場所、ここ、早く行こう」
感知魔法の情報がどう見えているかわからないが、そこから地図上の場所を即座に割り出せるのも、結構凄いと思うんだが……
お弁当が楽しみなのか、軽い足取りで先に行こうとするソラを全員で慌てて追いかける。安全地帯だと感知された場所は、普通の休憩地点としても良い感じに開けている。そこに布を敷き、手をきれいに拭いた後にお弁当を広げる。
「今日はハムカツとオムレツのサンドイッチだよ」
「見たことない料理、色もきれい」
お弁当箱の中には、パン粉を付けて揚げたハムを野菜と一緒に挟んだパンと、小さく切った色とりどりの野菜が入った厚い卵焼きを挟んだパンがあって、どちらも美味しそうだ。南の方に近づいているせいか、今の時期でも生野菜が食べられるのはありがたい。
「かーさんのお弁当、今日もおいしそう」
「少しだけお手伝いしましたけど、野菜をしっかり食べられるように工夫してるのは、相変わらず見事です」
「マシロちゃんのおかげで、苦手な食べ物が無くなってきたんだー」
「動いても疲れにくくなってきたのは、きっとマシロさんが作る料理のおかげですね」
「これ、食べていいの?」
「遠慮しないでたくさん食べていいよ」
「ありがとう! じゃぁ卵の方……」
ソラはオムレツを挟んだパンを手にとって一口食べると、その顔がみるみる幸せそうになる。ライムと頭一つ分くらいしか変わらない身長なので、小さな口を開けて一生懸命パンを頬張る姿は、俺の中の庇護欲に少なくない衝動を与えてくる。
「お兄ちゃんの父性が刺激されてるんじゃないかな?」
「よくわかったな真白」
「私も頭を撫で回したくなってるからね」
隣りに座っている真白が、小声でそう話しかけてきた。あの姿を見ていると、同じ気持ちになっても仕方がないだろう、そう思えるくらいの愛らしさがある。
小さな体のどこに入るんだという位たくさん食べて、食後のデザートまで平らげたソラの顔はとても満足そうだった。そして少し休んだ後にダンジョン探索を再開し、午後からも色々な話を聞かせてもらった。




