第55話 訓練終了
お互いに得意な得物を持って対峙する、俺は全長七十センチ程の木製ショートソード、クリムは魔法で具現化したハンマーを使うわけにはいかないので、先端に布を巻き付けた柄の長さと同じサイズの棒、アズルは障壁魔法を使うが安全のために籠手を装備している。
「そろそろ行くぞ、準備はいいな」
「いつでも大丈夫だよー」
「クリムちゃんは私の後ろにいて」
「任せてー! 絶対あるじさまに当ててみせるんだからー」
剣を構えながら間合いを詰めていくが、ショートワープは使わない。この二人はまだビブラさんのように、目線で出現位置を見切ることは出来ないが、動体視力と反応速度が良いので飛んだ瞬間のスキが大きすぎる技は使いにくい。最初こそ動きについて来れず翻弄されていたが、訓練を続けるうちに二人の反射神経もどんどん研ぎ澄まされていき、今では少しフェイントを掛けたくらいだと確実に反応される。
自分の間合いまで近づくと一気に距離を詰めて、アズルめがけて斬りかかかった。
「甘いですっ!」
アズルの展開した障壁に剣は弾かれるが、これは想定内だ。二人の注意が攻撃を受けた方向に逸れたところで、逆側に飛びアズルの横に回り込む。そして最初から狙っていた後ろのクリムに、剣を構え直して突進した。
「みえみえだよーっ!」
しっかりこちらの動きについてきたクリムは、俺の攻撃を後ろに宙返りしながらかわす。獣人族の身軽さと反応速度は、ちょっと反則だ。
《ショート・ワープ》
だが、ここでショートワープを使い一気に距離を詰めると、着地した瞬間のクリムに肉薄して反撃される前に剣を軽く腕に当てた。
「あっ、しまったー」
「ご主人さまの瞬間移動は相変わらず反則です」
「横に避けられていたら、俺のほうが攻撃を当てられていたかもしれないな」
「クリム君は状況に合わせた回避行動を取らないとダメだよ、集団行動中に大きな動きで攻撃を避けると、他の者を危険にさらす場合もあるから気をつけなさい」
「つい体が動いちゃうんだー、もっと気をつけるようにします」
「アズル君は防御の時にも相手から目線を逸らさないようにしっかり見て、攻撃をしのいだ後も次の一手を常に考えることが大切だ」
「障壁魔法って目に見えないですから、ちゃんと攻撃を止められたか、つい確認してしまって……
相手を常に視界に収めて思考を止めないよう、もっと心がけます」
「リュウセイ君はまだ動きが直線的すぎるね、相手との駆け引きや瞬間移動の使い方は良くなってるから、もっと動作のつなぎを意識するといいよ」
「わかった、色々取り入れてみる」
「三人とも攻撃や防御の後にどう動くか、常に一手二手先を意識しながら状況に気を配るよう気をつけなさい」
離れた場所で見ていたビブラさんに、注意点をアドバイスしてもらいながら、訓練を続けていく。とにかく指摘が的確でわかりやすいのと、悪い部分を一つひとつ丁寧に直してくれるので、教えられたことを確実に身に着けていくことが出来る。
「次はコールくんと私でやってみよう」
「わかりました、よろしくお願いします」
「いつでもかかってきて構わないよ」
コールは左手に籠手をはめ、右手に短剣を持ついつものスタイルで、俺と同じショートソードを持ったビブラさんと対峙する。ヴェルデの補助魔法を発動したコールは一気に距離を詰めて、振り下ろされたビブラさんの剣を籠手で受け止める。
最初は細かい動きをうまく制御できず大振りになっていたが、訓練を続けるうちに思い通りに動かせるようになってきている。獣人族に対抗できるスピードや、鬼人族の男性に迫るパワーを持て余すことなく、受け止めた攻撃を捌いて自分の短剣を繰り出す。
ビブラさんは決して力で対抗しようとせず、攻撃の手を止めるとバックステップで短剣をかわし、円を描くように横へ移動する。俊敏の補助魔法がかかったその動きは、地面の上を滑っているように見える。
一定の動きで相手との距離をとっていたビブラさんが前触れなくスピードを上げ、突然の変化に慌てるコールへ近づくと、剣をピタリと彼女の体に当てた。
「急に動きが変わって目が追いつきませんでした」
「同じ動きに目が慣れてしまうと、突発的な変化に対応できないからだよ」
訓練を受けて全員のレベルはかなり上がっていると思うが、スピードやパワーだけでは対抗できない領域にビブラさんは立っている。
「変則的な動きにはどう対応したらいいんでしょうか?」
「月並みな答えだが、落ち着いて自分に有利な間合いを取れるように心がけることだ。今の場合でも逆にこちらの懐に飛び込んで短剣を繰り出せば、私は避けるしか無かったからね」
「相手の不利になる間合いに、敢えて飛び込むということですか」
「魔物によって手や足の長さが違うし、中には物を投げたり尻尾を武器にしてくるものもいる。間合いのとり方は全員が意識しないといけないことだが、相手の攻撃を受け止めて反撃につなげるコール君やアズル君は、特に重要になるね」
経験や理論そして精神面でも、ビブラさんは強いということがわかる。限られた時間で追いつけるとは思っていないが、こんな凄い人の教えを受けたことは、メンバー全員の大きな糧になっていた。
◇◆◇
「みんなー、お昼ごはんが出来たよ」
「ライムもいっぱいお手伝いしたよ!」
「今日のご飯は何かなー、楽しみだなー」
「激しく動くとお腹が空くので、私も楽しみです」
「マシロさん、お水は足りましたか?」
「うん、いっぱい出してもらってたから大丈夫だよ」
「運動した後のご飯は特に美味しいから、俺も楽しみだ」
「ビブラおじーちゃん、いっしょに行こ」
「手をつないで家まで行こうか」
「うん!」
ライムとビブラさんが手をつないで、楽しそうに話しながら家へと歩いていくが、こうしている姿は本当に孫とおじいちゃんみたいに見える。ビブラさんとマリンさんには息子が二人いて、両方とも結婚はせずに仕事で各地を飛び回っているという話だったので、本当の孫のように思ってくれてるのかもしれない。
「明日でお別れなんてちょっと寂しいね、お兄ちゃん」
「ライムもあんなに懐いてるし、確かにそうだな」
「でも、色んなことを教えてもらって面白かったー」
「私たちを育ててくれたおじいちゃんには、体を動かす技術しか習えなかったので、ビブラさんに教えていただいた理論や駆け引きは、とても勉強になりました」
「私もずっと一人で活動してきて、戦い方もほぼ独学でしたから、こうした機会に巡り会えて本当によかったです」
「午後から総仕上げの訓練があるから、目一杯学ばせてもらおうな」
馬車の修理が終わったので、ビブラさんとマリンさんは逗留予定の街へと移動することになった。まだまだ教えてもらいたい事はあるが、これでも滞在期間を少し延長してもらっているので、これ以上のわがままは言えない。
訓練のおかげで、後衛職の真白や非戦闘員のライムを守る技術が大きく上昇したのは確かだから、これからは一段と安全に冒険者活動を続けていける。教えられたことを自分の中で昇華して、更に高い場所に行けるように頑張ろう。
◇◆◇
「「「「ありがとうございました」」」」
「私の方こそ、久しぶりに思い切り動いて楽しかったよ。若者に自分の技術を伝えるという、心が踊る体験を味わえたから、こちらこそ感謝してる」
「あなたは少し若返った気がするわね」
「確かに少し体が軽くなった気がするな、毎日の運動と美味しい食事のおかげだ」
「私も異世界の料理を色々教えてもらえて楽しかったわ」
「まだまだ作りたいものが一杯ありますから、次にお会いする時までに食材や調味料のことをもっと勉強しておきます」
「楽しみにしてるわ」
「こんどはライムたちが王都に会いにいくね」
「暖かくなる頃には戻っているから、待ってるよ」
お昼を食べて少し休んでから訓練の総仕上げをして、修理を終えた馬車の受け取りに行くことにしている。お礼を言ったり再会の約束を告げたりした後、運動した五人は清浄魔法で綺麗にしてもらい、全員で街へと繰り出した。
「そういえば、ゆっくり街を見て回ったりしてなかったねー」
「ずっと訓練をしていただいて、そちらに没頭していましたから」
「ライムとかーさんとマリンおばーちゃんは、買い物でいろいろなところに行ったよ」
「荷物運び出来なくて悪かったな、人数も増えたし重かっただろ」
「ライムちゃんやマリンさんにも手伝ってもらったし、私も荷物を運んだりしないと体がなまっちゃうから、気にしなくてもいいよお兄ちゃん」
「ライムも偉かったな」
「いっしょうけんめー、お手伝いしたよ」
「頑張ってくれたライムにご褒美だ」
隣を歩いていたライムを抱き上げ、肩車すると嬉しそうに頭に抱きついてくる。ずっと訓練をしていたから、こうして歩くのもなんか久しぶりの気がする。
「わーい、かたぐるま、かたぐるま♪」
「ライムちゃんは、本当にリュウセイさんの肩車が好きですね」
「遠くまでみえるし、とーさんと一つになれるみたいだから好き」
「あるじさまと一つになれるんだったら、私もやってもらおうかなー」
「訓練で習得した技術にご主人さまとの絆を加えて、更に高みを目指すのもいいですね」
「リュウセイさんにお姫様抱っこはしてもらいましたが、肩車をしてもらったことはありませんし、私も体験してみたいです」
クリムとアズルならギリギリ問題はないと思うが、彼女たちより身長が低いとはいえ歳の変わらないコールを肩車しても良いんだろうか。出来ればやんわり断りたいと思いつつ、伺うようにこちらを見つめる三人の視線が、俺から選択肢を奪っていく。
「街の中はダメだが、家でなら構わないぞ」
「やったー、あるじさまの肩車ー」
「今夜はたっぷりご主人さまの肩車を堪能します」
「お父さんの肩に座らせてもらったことはありますが、肩車は初めてなので楽しみです」
確かに男性鬼人族の体格だと、小さな子供を肩に座らせることもできそうだが、俺だと無理なく出来るのはぬいぐるみサイズか、ヴェルデくらいだろうか。
とにかく全員年頃の女の子なので、変に意識しないようにだけは心がけよう。
「私にならどんな気持ちになっても大丈夫だから、みんなと一緒に肩車してねお兄ちゃん」
また心が読まれてしまったんだろうか、相変わらず恐ろしい子だ……真白。
「リュウセイ君はパーティーメンバー全員のお父さんって感じだね」
「このパーティーは全員が家族みたいだから、本当にそうかもしれないわ」
「みんなのとーさんだね」
「ねぇねぇお父さーん、あっちからいい匂いがするから見に行こうよー」
「屋台で何か売ってるみたいですよ、行ってみましょうお父さま」
みんなのお父さんと言われて、クリムとアズルが父呼びに変更しておねだりをしてきた。訓練を通じてお互いの遠慮が無くなってきたので、こうした茶目っ気が見られるようになったのは素直に嬉しいし、可愛いと思う。
「リュウセイお父さん、私も運動した後なので少しお腹が空いてしまいました」
「今日はおやつを食べてないから、パパに何か買ってもらおーっと」
二人に釣られたらしく、コールも真白もノリノリだ。
「父さんが買ってやるから、みんな好きなものを選んでくるといい」
こうなったら俺もこの流れに乗るしか無い。嬉しそうな笑顔を浮かべるみんなを連れて、屋台で買い食いをすることにした。そんな俺たちの姿を、ビブラさんとマリンさんは愉快そうに眺めている。
訓練の間も充実していたが、やはりこうしてみんなで出かけるのは楽しい。これからもこんな時間は大切にしていこう。
作中では途中経過を省略していますが、ちゃんとそれなりの期間が経過しています(笑)
(実はこの作品、内部で明確な日付設定が存在するんですが、色々な齟齬が発生しそうなので公開はしていません)




