第53話 トーリの宿泊施設
新章の開始です。
主人公たちパーティーの実力が大きく底上げされ、それが新たな出会いにも繋がります。
ぜひお楽しみ下さい。
今回の旅は途中でクリムとアズルが仲間になり、馬車の破損で立ち往生していたビブラさんとマリンさんの夫婦を加え、賑やかに楽しく移動ができた。子育て経験の豊富なマリンさんには特にお世話になり、移動時間を利用して色々な話を聞かせてもらえた。
叱ったり褒めたりすることの大切さや、子供だからとごまかさず言動に一貫性を持ち、しっかり筋を通すこと。自分に都合の良い行動や言葉を引き出そうとせず、一人の人間として尊重することなど、自分の育てられてきた記憶を探りながら、手探りでやってきた部分をしっかり言葉で伝えてもらえたのは、俺や真白だけでなく他のメンバーにも良い経験になったみたいだ。
ライムがまっすぐ健やかに成長していることを褒めてもらえたので、それが自信につながったのは良かったと思う。慢心だけはしないように、これからもしっかり育てていこう。
移動中に激しく体を動かすのは無理なので、まだ簡単にしか手ほどきを受けていないが、ビブラさんには戦い方のノウハウを教えてもらえることになった。トーリの街で馬車の修理も兼ねてしばらく滞在するそうなので、その時に本格的な訓練を受けさせてもらえる。俺は冒険者ギルトで武器の扱い方を学んだだけだし、クリムとアズルは育ての親から技術を学び、コールはほぼ独学らしい。これからはチームを組んで戦う必要も出てくるから、集団戦の知識があるビブラさんから、立ち回りや連携をしっかり学んでいきたい。
そして数日の移動の後、トーリの街が見えてくる場所まで到着した――
◇◆◇
「とーさん、向こうの方に建物が見えてきたよ」
「ホントだな、あれがトーリの街か」
「私たちにとっては初めての街です」
「何があるかたのしみだねー」
「私も別の街に行くのは初めてですから楽しみです」
「使ったことのない食材や調味料が手に入るといいな」
「マシロちゃんは料理が本当に上手だから、私も色々教えてもらうのを楽しみにしてるわ」
「移動中も食事は任せっきりだったが、街に着いてからもお願いして構わないのかね?」
「お兄ちゃんやみんなの訓練をしてもらえるんですし、そのお礼にやらせて下さい」
ビブラさんがいつも利用している宿泊施設を紹介してもらい、そこに泊まることになった。家族で移動する人や中小規模の商人が利用するその場所は、一つの敷地内に数件の家を備えた、元の世界でいうコテージ村みたいな施設のようだ。数人から十人程度が泊まれる家が数種類あり、宿屋で複数の部屋を借りる場合と同程度の金額で利用できるらしい。
共同の厩舎が数カ所あり、積み荷の整理などを想定しているので、建物同士の間隔も広く道路の幅もある。家にはパン焼き窯のあるキッチンが完備されているとの事なので、真白が大喜びで何を作ろうか悩んでいた。一つの敷地に複数の家屋が存在し、商人がよく利用する場所ということで身元保証が必要になるが、ビブラさんが引き受けてくれた事と、特別依頼達成者が三人いるため問題はない。
「ようこそトーリの街へ、ギルドカードか通行証を見せてもらえますか」
物流拠点というだけあって門も大きく、荷物を満載した馬車が何台も入場手続きをしている。ビブラさんたちは通行証を、俺たちは三人が模様がついた水色のカード、コールは無地の水色で、クリムとアズルはこれからギルドで登録する。
「王家発行の通行証と特別依頼達成者の組み合わせは珍しいですね、この街で何かあるんですか?」
「旅の途中で馬車が故障して困っていたところを、このパーティの人達に助けてもらってね、ここまで一緒に旅をしてきたんだよ」
「そうだったのですか、見たところ収納魔法を持った人物がいらっしゃるようで、良かったですね」
「おかげで私たちも快適に旅をさせてもらったわ」
二人の持っている通行証は、長年王城で働いたものに発行される特別なものらしい。実はビブラさんが国王の側仕えで侍従長の地位にいて、マリンさんは王族の子供たちの世話係として働いていたそうだ。色々と王家について詳しかったので、もしかしたらと思っていたが、実際に聞いた時には驚いてしまった。
三人分の通行税を支払って門をくぐると、やはり目につくのは車道の広さだ。大型の荷馬車が並んで移動できるほどの幅があり、地球風に言うと四車線道路といった感じだろうか。
「人がいっぱいいるねー」
「こんなに人の多い場所は初めてなので、迷子になりそうで少し怖いです」
「ライムちゃんは私が抱っこするから、お兄ちゃんは二人と手をつないであげて」
「そうだな、そうしようか」
「ライムちゃん、こっちにおいで」
「うん!」
ライムが俺の腕から真白の胸に飛び込んで抱き上げられたのを確認して、クリムとアズルを近くに呼ぶ。
「二人は俺の隣な」
「ありがとー、あるじさま」
「ありがとうございます、ご主人さま。これなら安心して歩けます」
「コールさんも私と手をつないで歩こうね」
「はい、マシロさん」
隣に並んだクリムとアズルが手を握って、ぴったり寄り添って歩き始める。しっぽがピンと伸びてユラユラ動いているのは、とても嬉しい時のサインだ。こうして感情がわかってしまうのは、ちょっと可愛らしい。
「とっても道がおおきいね」
「反対側に行くのが大変だそうだよー」
「おじいちゃんと三人で住んでいた家が、何軒も並べられるくらい広いです」
「通行量の多い時は道の色が違う場所に行くと、安全に渡れるんだよ」
「道が濃い部分は歩く人が優先になっていて、王都にもあるのよ」
「そんな場所があるなら、私でも渡れそうです」
地球と違って信号機はないようだが、横断歩道に相当する場所はちゃんと作られているみたいだ。泊まる場所まで行って荷物を整理したら、ギルドで二人の冒険者登録とパーティー加入処理をして、買い物をしていこうと思ってるので、その時に利用してみよう。
◇◆◇
宿泊施設のある敷地に到着し、管理棟に行って入居の手続きを済ませる。国の仕事をしていて信用のあるビブラさんと、特別依頼達成者の俺たちがいるので、簡単な確認だけで完了した。
そこには大小いくつかの家が並んでいて、建物もかなり立派だ。山の中にあるログハウス的な小屋を想像していたが、ちょっとした別荘みたいな作りに見える。家同士の間も広く取ってあり、塀もつけられているので、外から覗かれにくいのが嬉しい。
「凄いねお兄ちゃん、これ宿泊所というより普通の家だよ」
「まさか庭付きとは思わなかったよ」
「大きさも色々あるね」
「リュウセイさん、私たちの借りた家は何番なんでしょうか」
「八番だからもう少し先だな」
「あるじさま、あの辺りがそうかなー」
「番号の小さい順に並んでいるみたいなので、クリムちゃんの指差してる家がそうですね」
「私と妻が借りたのは三人用だから、すぐそこの家だよ」
「まずはビブラさんとマリンさんの荷物を下ろしちゃおうか」
ここは三人・七人・十一人用と三タイプの家があり、個室の有無などで更に何種類かにわかれている。ビブラさんたちが借りたのは一般的な家と同じ、食堂とリビングと寝室に部屋が別れているものだ。裏手には数軒が共同で使う厩舎もあるので、旅の間にすっかり仲の良くなった馬をつないでおく。厩舎に入ると常に一緒にいられないのがわかったのか、名残惜しそうに俺とライムに頭を擦り寄せてきた。
「夕方になったらまた来るから、少しの間お別れだ」
「またブラッシングしてあげるからね」
「うちの子もすっかり君たちに懐いてしまったな」
「毛艶も良くなって、旅を続けてきたとは思えないくらいね」
コールの清浄魔法と毎日のブラッシングのおかげで、輝くような体毛になった馬を全員で撫でて、旅のあいだ預かっていた荷物を取り出していく。馬車は工房に修理に持っていくので、二人分の荷物をみんなで運ぶと、あっという間に終了した。
一旦二人と別れ、パーティーメンバーだけで八番の表札がつけられた家に入ると、やはり目立つのはロフト構造になった二階部分だ。そこにはベッドが並べられていて、その下には収納スペースの他に、脱衣場や体を拭く場所などがある。
「とーさん、上にいってみていい?」
「二階は靴を脱いで上がるらしいから、そこで脱いで行くようにな」
「わかったー!」
「あるじさまー、私も行ってくる」
「私も行ってみたいです、ご主人さま」
「俺たちはリビングと食堂を見てくるから、二人とも行ってきて構わないぞ」
ライムに続いてクリムとアズルも靴を脱いで、パタパタと二階へ駆け上がっていく。俺たちはそのまま奥に入り荷車を取り出して荷物を整理していくが、キッチンに備え付けられた石窯も確認して、真白が笑顔になっている。ここで暮らす間の食事が楽しみだ。
収納スペースへ日常生活で使うものを詰めていき、脱衣場や体を拭く場所も確認する。
「これだけ広かったら、一緒に体を拭いても大丈夫だね、お兄ちゃん」
「真白にはそろそろその話題から卒業してほしいんだが」
「クリムちゃんとアズルちゃんが増えたから少しは控えるようにするけど、こうしてお兄ちゃんと話すのは心の潤滑剤みたいなものなんだよ」
「一体何が潤うんだ……」
「でも、あの二人なら抵抗なくリュウセイさんと一緒に体を拭きそうです」
「確かに“ご主人さまに全身をくまなく綺麗にして欲しいです”とか“あるじさまだったら全部見ていいよー”とか言いそうだね」
真白の願望も少し混じっていそうだが、あの二人なら言い出しかねないのは少し怖い。いくら主従契約をしたからといっても、超えてはいけない一線はしっかり守っていこう。
◇◆◇
「とーさーん、かーさーん、コールおねーちゃーん」
「あるじさまー、みんなー」
「ご主人さまやマシロさんとコールさんも、こっちに来ませんか?」
リビングに戻ると、ロフトから三人が顔を出して一斉に呼びかけてくる。ヴェルデの姿が見えないと思ったら、そっちに行っていたらしく、手すりに止まって羽を休めている。
「寝室はどうだ?」
「ベッドがフカフカだよ」
「たくさん並んでるから面白いよー」
「寝る時は連結して一つにしましょう」
「出かける前に並べ直しちゃおうか」
「そうしましょう、マシロさん、リュウセイさん」
「それを終わらせて、みんなでお出かけだな」
ロフトに上がると、吹き抜けになっているリビングもよく見えるし、玄関まで見通せるので来客があっても大丈夫だ。男性の鬼人族に合わせたサイズのベッドを四台並べると、固まって眠る俺たちなら十分の広さになる。
「二段ベッドも面白かったけど、やっぱり並んで寝るのがいいねー」
「今夜はご主人さまの隣で眠りたいです、いいでしょうか?」
「旅の間、二人には上で寝てもらうことが多かったから、今夜はそうしようか」
こちらを見上げてくる二人の頭を撫でると、しっぽも嬉しそうにユラユラと揺れる。街に来るのは初めてなので、色々とストレスを溜め込んでしまわないように、二人のことは特に気を配るようにしよう。
資料集のサブキャラにビブラとマリンを追加しました。
(鍵盤打楽器夫婦)




