第52話 二段ベッド
4章の最終話になります。
野営の出来そうな広い場所があったので、ビブラさんたちとも相談して今夜はここに泊まることにする。馬の背中に乗せてもらったライムはずっとご機嫌で、降りた後も頭や首をなでているが、すっかり仲が良くなったみたいだ。
小屋や荷車を取り出して準備を進めていくが、さすがにこの大きさのものを収納していることは驚かれてしまった。ビブラさんによると、国家お抱えの上級魔法使いと同じくらいのマナ容量があるんじゃないか、ということだ。人より多いことはわかっていたが、魔法に特化した専門家に匹敵するとは思ってなかった。俺より一桁多いライムのマナ容量は、やはり別次元なんだな。
「馬の飲み水を作って清浄魔法をかけてもらっていいか?」
「はい、任せて下さい」
「コールおねーちゃんがきれいにしてくれるから良かったね」
馬の世話を体験させて欲しいとお願いして、移動の最中にやり方を色々教わったので、餌やブラッシングの準備を進めていく。コールに清浄魔法をかけてもらった馬は一瞬身震いをしていたが、体がきれいになったのがわかったようで、機嫌良さそうに嘶いている。
「みんなもブラッシングやってみるか?」
「ライムやってみたい」
「私も少しだけやらせて、お兄ちゃん」
「私もやってみていいですか?」
「ご主人さまから頂いている気持ちよさを、この子にも分けてあげたいです」
「私も気持ちよくしてあげるねー」
全員で順番にブラシングをやっていったが、清浄魔法できれいになった鬣や尻尾はフサフサで、触り心地がとても良かった。長くて立派な毛にブラシを掛けながら、確か筆やバイオリンの弓なんかにも使われてたな、なんて思い出してしまった。この世界でも、そういった需要はあるんだろうか。
「みんな上手ね、この子も気持ちよさそうにしてるわ」
「清浄魔法で綺麗にしてもらうことなんて無いし、大切にしてくれて嬉しいよ」
「コールさんの出してくれる水は美味しいから、そっちも喜んでたね」
「こうして喜んでもらえると嬉しいです」
「ブラッシングは皆さんお上手ですから」
「私やアズルちゃんは、起き上がれなくなるくらい気持ちよくしてもらったからねー」
「今日もライムがやってあげるね」
「うん、楽しみにしてるよー」
「俺も負けないようにブラッシングの腕を上げないといけないな」
「ご主人さまは少し自重して下さい、これ以上気持ちよくなると本当にダメになってしまいそうですから」
「みんなとやってることは同じだと思うが、耐えられないようだったら誰かに変わってもらうか?」
「いっ、いえ、今のは言葉の綾ですから、ブラッシングはご主人さまにしてもらうのがいいです」
「俺もブラッシングの時間は楽しみにしてるから、今夜も頑張るよ」
「はい……よろしくお願いします」
うつむきながら頬を染めて答えてくれたクリムは可愛いが、やりすぎて嫌がられないようにだけは気をつけよう。
「種族はバラバラなのに、こんなに仲が良いのは素敵だわ」
「あぁ、良いパーティーに出会えたな」
俺や真白は別の世界の人間なので種族の壁は意識していないが、普通とは違う目で見られてしまうこの世界の人に、こんな風に言ってもらえるのは嬉しい。世間の目ばかり気にしていても仕方がないし、そうした偏見のない人もいるのだから、今のこの関係はずっと続けていきたい。
◇◆◇
馬は家の裏につなぎ、全員で家に入ってご飯を食べることになったが、さすがに八人になるとこの小屋でも手狭になってしまう。大きなベッドは収納にしまえるからスペースは確保できるが、テーブルや椅子は買い足しておかないと、こうした事態に対処できない。せっかく大容量の収納が使えるんだから、次の街で増やしておこう。
そんな問題は発覚したが、ちょうど村で新鮮な食材が手に入ったこともあり、今日の料理は真白が存分に腕をふるってくれた。ビブラさんとマリンさんにも好評で、ここでも王都以上だと評価をもらって嬉しそうだ。コールが作ってくれる水の恩恵も大きいが、妹が褒められると兄としても誇らしい。
「そうだ、あるじさまー、寝る場所はどうするのー?」
「私たちが床で寝てもいいですよ」
「私たち夫婦が急に押しかけてしまったのだから、君たちはベッドを使ってくれたまえ」
「家の中で眠れるだけでも十分なのだから、私たちのことは気にしないでいいわよ」
「それに関しては大丈夫だから、みんな少し手伝ってくれ」
「お兄ちゃん、アレを出すんだね」
「ライムもお手伝いするね」
「リュウセイさん、何か秘策がるんですか?」
「職人さんにお願いして作ってもらった、とっておきがあるんだ。今から取り出すから、みんなで組み立てよう」
机と椅子を一旦収納にしまい、空いたスペースにパーツを並べていく。厚みのある凹型をした枠をベッドの前後に向かい合わせに置いて、下の部分は貫で固定する。その上に落下防止用の柵がついた、梁の役目をする寝台をはめ込むと簡易二段ベッドの完成だ。軽くて強い素材で作ってもらったので、女性ばかりのこのパーティーでも十分組み立てられる。
「うわー、これ凄いねー、登ってみてもいいー?」
「私もいいでしょうかご主人さま」
「天井があまり高くないから、頭をぶつけないようにな」
クリムとアズルは横についている梯子を登って上段に行くと、身を乗り出すようにこちらを見下ろしてくる。ジョイント部分はきっちりはめ込むような構造になっているので、ガタついて不安定になったりすることはない。さすが一流の職人が作ってくれただけあって、完璧な仕事をしてくれている。
「あるじさまー、今日はこっちで寝てもいいー?」
「マットレスがあまり厚くないから、寝心地が少し犠牲になるが構わないか?」
「村で使っていたベッドと変わらないくらいフカフカで十分快適ですし、こんな高い場所で寝るのは初めてですから、ちょっと楽しみです」
「とーさん、ライムも登ってみたい」
「落ちないように気をつけるんだぞ」
ライムも梯子をスルスル登っていくと、アズルに抱きかかえてもらいながら布団の上へ降り立った。
「ここだと、とーさんより背が高くなるね」
「客船でこんなベッドのあるお部屋はあるけど、家の中に作ってしまうのは凄いわ」
「しかも既存のベッドにかぶせるように組み立てるだなんて、よく思いついたね」
「私もちょっと驚きました……
でも、これだと八人でも十分眠れます」
「ビブラさんとマリンさんは、このベッドを使って欲しい」
シングルのベッドを二台取り出して並べれば、全員が眠れる寝室の完成だ。
「お兄ちゃんと私が子供の頃、こんなベッドを使ってたんですよ」
「別々に使えたり重ねて二段にしたり、横につなげて一つにできたり面白いベッドだったな」
「最初は二段で使ってたんだけど、私がいつもお兄ちゃんのベッドに行っちゃうから、横につなげて使うようになったんだよね」
お互いの個室が出来るまではずっと連結して使っていたが、別々の部屋が与えられてからはベッドも普通のものに買い替えた。組み立て式だったのでバラして物置にしまってあるはずだが、懐かしいな。
「この家も随所に工夫が凝らされているようだし、流れ人の知識というのは驚くことばかりだ」
「靴を脱いで上がる家だからとても寛げるし、洗濯物を干す場所も便利で良かったわ」
「普通の宿屋より快適に過ごせますし、よく考えられた家ですよね」
「私たちはここに泊まるのは初めてだけど、すごく落ち着けるよー」
「クリムちゃんの言う通り、自分の家にいるのと同じくらい安らげます」
「とーさんとかーさんと職人のおじちゃんが、なんどもお話して作ったんだよ」
「色々とこの世界に無いものをお願いしたから、苦労かけちゃったね」
「だが、こちらの想定していた通りのものを作ってくれたから、すごく優秀な職人さんだったよ」
「おもしろかったって言ってくれてたね」
言葉や簡単なイラスト、最終的にはジェスチャーも交えながら説明したり、職人さんが木組みの模型を試作してくれたり、色々と手間や時間はかかったがとても楽しかった。職人さんも最終的にはノリノリだったし、未知の構造やギミックにロマンを感じるのは、異なる世界でも一緒なのかもしれない。
◇◆◇
ベッドの組み立てと設置も終わったので、寝る時間になるまでそれぞれが思い思いに過ごす。みんなの髪をとかした後は、クリムとアズルのしっぽをブラッシングだ。
「今日はどっちから始める?」
「私からお願いします、ご主人さま」
「私はあるじさまの背中を堪能するー」
「ライムはとーさんの足の上で、ブラッシングのおてつだいする」
「今日は私が膝枕してあげますね」
「お願いします、コールさん」
「私はお兄ちゃんの隣を確保だよ」
みんなが配置についた後、青くてサラサラのしっぽをそっと持ち上げると、ゆっくりとブラシを入れていく。クリムもブラッシングの刺激に多少慣れてきたようだが、やはり気持ち良さで全身の力が抜けていき、コールの膝に頭が沈んでいく。
「やっぱりリュウセイさんのブラッシングが、一番気持ちいいですか?」
「皆さん同じように気持ちいいんですがー、ご主人さまとは特別なつながりを感じるので、何となくですが絆が深まっていく気がするんですー」
「前におねーちゃんたちが、とーさんにつかった魔法のおかげ?」
「そうだよーライムちゃん、こうして毎日あるじさまにブラッシングをやってもらってたら、私たちもっと強くなれるかもしれないねー」
クリムは俺の背中により一層体を寄せてきて、アズルはコールに髪や耳を撫でてもらって、更に気持ちよさそうにしている。たとえそんな効果がなくてもこの時間は大切にしたい、そう思わせるようなひとときだ。
「これだけの種族がこんなに仲良くしてる光景なんて、なかなか見られないわね、あなた」
「私も主従契約が成立した獣人族を見るのは初めてだよ」
「ビブラさんは主従契約について、何かご存知なんですか?」
「私も主従契約で身体能力が上がるという噂くらいしか知らないんだが、王家には代々仕えている獣人族がいて、優秀な武人が多いんだよ。彼らも昔は国王様と主従契約を結んでいたらしいんだが、近年はそれが成立したことは無かったようだ」
「とーさんやおねーちゃんたちみたいに、仲良くなかったの?」
「そんな事はなかったよ、彼らも国王様に忠誠を誓っていたし、いつもその力で助けてくれていたからね」
ビブラさんは要人護衛の経験があるらしいが、こうした事情に詳しいということは、王家やそれに連なる人たちを守っていたのかもしれないな。
「何が理由で契約できなくなっちゃったんだろうねー」
「私やクリムちゃんとご主人さまとの繋がりはー、忠誠心とは少し違う気持ちですねー」
「君たちを見ていると尊敬や忠義以外に、もっと心のつながりが必要だったんじゃないかと感じるよ」
「王家の人たちも子供の頃から、臣下になる人物ともっと触れ合っていくべきだったかもしれないわ」
「リュウセイさんやマシロさんの話が国王様に伝わったら、次の世代やそのさらに先でクリムちゃんやアズルちゃんみたいな存在が、育っていくかもしれませんね」
「流れ人の情報は王家にも伝わってるはずだし、それで国が良くなるんだったら参考にしてもらえると嬉しいよ」
この世界に来てそれなりに時間が経ったが、街やそこに住む人たちを見ていると、ここは良い国だというのがわかる。きっとそれは国王が善政を敷いているからだろう。そんな国の未来に良い影響を与えられるなら、協力したいと思う。
「ご主人さまぁー、そろそろブラッシングは勘弁して下さいー」
「おっと、すまない……話しながらだったから、ついやりすぎてしまったな」
「次は私の番だねー、コールちゃんの膝枕も楽しみだなー」
「いつでも来て下さい」
「ご主人さまー、今夜もありがとうございましたー、えへへへへへ」
クリムと背中を交代したアズルが、上機嫌でおぶさるように密着してくる。背中に当たるほんのりまろやかな感触は、二人とも全く一緒だ。それから意識を逸らすように、コールに膝枕してもらってご機嫌なクリムのしっぽを軽く持ち上げ、ライムと一緒にブラシを入れていく。
「ふにゃぁぁぁ……こうしてもらってる時が一番幸せー」
「クリムおねーちゃん、気持ちいい?」
「うんー、ライムちゃんのも、あるじさまのも気持ちいいよー」
「私もしっぽが欲しくなっちゃうな」
「この気持ち良さはツノを撫でてもらう時と同じなんでしょうか、ちょっと気になります」
「コールも後からツノを撫でるか?」
「はい、寝る前にお願いします」
「私はなでなでね、お兄ちゃん」
「とーさん、ライムもなでなでしてー」
「わかった、順番にやろうな」
「本当に素敵な人たちね」
「あぁ、これはパーティーというより、もう家族と言ったほうが良いだろうな」
ビブラさんとマリンさんのそんな声を聞きながらクリムのブラッシングを進めていき、その後は全員をなでなでしてから眠りについた。
天井の高さが足りず、上に持ち上げて被せるという運用ができないため、バラバラにして組み立ててます。
(収納魔法で取り出すには位置決めがシビアすぎるので(笑))
二段ベッドにしたりシングルで使ったり、繋げて一つにするようなベッドは実際に存在します。
色々なメーカーから出ていますが、作中で参考にしたのは“Oslo3”という製品。




