第51話 乗馬体験
今日は競走をしていつもより動き回ったせいで、ライムはお昼を食べた直後から俺の背中で眠ってしまっている。一緒に走った時はスタミナの多さに驚いたが、電池が切れたように眠ってしまうのは、やはりまだ幼い子供っぽくて可愛らしい。
「今日はなかなか起きてきませんね」
「いっぱい走ったもんね」
「みんなは疲れてないか?」
「私たちはこれくらいなら平気だよー」
「獣人族ですし体力にはそれなりに自信があります」
「私もヴェルデのおかげで平気です」
「ピピーッ!」
「私はちょっと走っただけだし、お姫様抱っこで気力と体力が回復したから大丈夫だよ」
「あれにはそんな効果があったのか?」
みんなはニコニコ笑うだけで答えは返ってこないが、全員ごきげんなのでお姫様抱っこした甲斐は十分ある。ちょっと腕がだるいくらいは我慢しよう。
「今日はすごく楽しかったよー」
「移動中にこうやってはしゃぐ事はありませんしね」
「私も村から出てきた時は一人で黙々と歩くだけでしたので、このパーティーに入れてもらってから、旅がすごく楽しいです」
「私も話し相手がたくさんできて嬉しい」
「でも、コールちゃんには競走で勝ってみたいなー」
「主従契約をした私たちの身体強化スキルは、ご主人さまとの絆の深さで向上するという話が本当なら、もっと仲良くなれば勝てるでしょうか……」
「主従契約してなにか変化はあったのか?」
「う~ん、まだ実感できないかなー」
「もしかしたら変化に気づいてないだけかもしれませんが、走ってみた限りでは自覚できませんでした」
「もっとあるじさまとイチャイチャしたら、強くなれるかもー?」
「ご主人さまに身も心も全て差し出せばいいのでしょうか」
頬を染めながらこちらを上目遣いで見上げるアズルは、一体何を考えているんだろう。さすがに十二歳の少女に手を出すのは、この世界といえども問題があると思うんだが。
「鬼人族にそんなスキルや風習がないのが残念です……」
「コールさんは普通にお兄ちゃんと愛し合えばいいんじゃないかな」
「えっ……!? でも……リュウセイさんは他の種族の男性ですし………」
頬を真っ赤にして下を向きながら、もじもじし始めたコールはちょっと可愛い。今までの境遇のせいなのか、自己評価がいつも低いのはもったいないと思う。
「コールは魅力的な女性なんだから、もっと自信を持ったほうがいいぞ」
「はぅっ……あまりからかわないで下さい」
「いや、かなり本気でそう思ってるんだが……」
「前にも言いましたけど、他の種族の方にそんなこと言われると困ってしまいます」
最近のコールは甘えてくることに関して抵抗は無くなってきたが、異性として見ようとすると途端に壁を作ってしまう。
「ずっと不思議に思っていたんだが、種族の違いにこだわりがあるのは何故なんだ?」
「そっ、それは……」
「あのですね、ご主人さま。この世界だと他種族の異性とお付き合いするのは、体だけの関係と言われたりするんです」
「そんなつもりがないのは頭でわかっていても、リュウセイさんがそういった目で見られるのは辛いんです」
「俺はそんなこと全く気にならないし、冒険者同士仲良くしてる人も多いから、普通に恋人や夫婦になったりすると思ってたよ」
「たまにそんな人もいるけど、子供はできないしねー」
「それは以前コールも言っていたな」
「……っ! あっ、あれは忘れて下さい! あの時はそれしか思いつかなかったんですっ」
珍しく強い口調で話しているが、耳まで真っ赤に染まりうろたえる姿は庇護欲を掻き立て、ライムを背負ってなかったら抱きしめてなでなでしてしまいそうだ。
「コールちゃん何を言ったのー?」
「ご主人さまに、そういう関係を迫ったのではないでしょうか」
「はっ、はぅぅぅぅぅぅ……」
涙目になったコールは真白に縋り付くと、その胸に顔を埋めてしまった。それを優しく抱きしめて頭を撫でている姿を見ると、どっちが年上かわからないな。あの時はそれだけ切羽詰まっていたんだろうし、この話題はあまり触れないように封印しよう。
「大丈夫だよーコールさん、私やお兄ちゃんの住んでた世界には人族しかいなかったから、どんな種族でも自分たちと同じ存在に見えるの。後ろめたい気持ちになる必要はないから遠慮しちゃだめ、世間の目や常識に囚われすぎてると、後で後悔しちゃうからね。私だってお兄ちゃんとの子供を諦めてないし、いずれ実力行使も辞さないつもりだよ」
……ちょっと待て真白、どさくさに紛れて何を口走ってるんだ?
◇◆◇
ちょっと生々しい話をしてしまったが、ライムが起きてなくて良かった。思春期の男としては可愛い女の子に慕ってもらうのは嬉しいが、今は成り行きとはいえ娘もいるんだし、赤裸々な話題は少し自重した方がいいだろう。しばらくするとコールも落ち着いてきたので移動を再開したが、こちらをチラチラと見る顔はまだほんのり赤い。
何か気の紛れることでも提供しようと考え、糸口になりそうなきっかけを探していると、前方に小さな馬車が止まっているのに気がついた。街で見かけるような後ろに箱型の車体がついたものでもなく、かといって荷馬車でもないようなので、移動中の冒険者だろうか。
「前の方に馬車が見えるが、斜めになってるからどこか壊れたみたいだな」
「本当ですね……あれは車輪が取れてしまってるんでしょうか」
「ご主人さま、先行して事情を聞いてきます」
「アズルちゃん、私も行くよー」
「どんな人が乗ってるかわからないから、気をつけて行ってきてね」
「突然襲われるようなことは無いと思うが、念のため強化魔法をかけておくよ」
クリムとアズルに二倍の強化魔法をかけると、身体強化を発動して一気に遠ざかっていった。馬車の近くまで行って何か話をしているみたいだが、こちらに向かって大きく手を振っているので、危険な人物は乗っていなかったみたいだ。
「ご主人さま、馬車の車軸が折れてしまって困ってらっしゃるようです」
「おじいちゃんと、優しそうなおばあちゃんだったよー」
走って戻ってきた二人が言っているとおり、馬車の横には六十歳くらいの男女がいて、こちらに会釈してくれた。
「こんにちは、お困りのようですけど大丈夫ですか?」
「突然車軸が折れてしまってね、点検は怠っていないつもりだったのだが失敗したよ」
「若くて可愛らしい子ばかりのパーティーね、それに小さな子供もいるのかしら」
男性の方は引き締まった体つきで、年齢を感じさせない迫力みたいなものがあった。女性の方は優しく温和そうな顔で、こちらを見ながらニコニコと微笑んでくれている。片方の車輪が外れて斜め傾いた馬車を見てみたが、車軸が途中でポッキリと折れ、金属の板を重ねたバネもバラバラに外れてしまっていた。
「車体も破損しているし、動かすのは難しいかもしれない」
「荷物や馬を放置しておくことはできないから、大きな商隊が来たら運んでもらえないか、お願いしようとしていたところなんだよ」
「リュウセイさんなら、運んであげられませんか?」
「そうだな、この大きさなら何の問題もないし、そうしようか」
「君たちは荷物を全く持っていないが、収納魔法が使えるんだね」
「途中の村に荷物を納品した後で容量には余裕があるから、良ければ運んでいこうと思うが、どうだろう?」
「商隊はいつ通りかかるかわからないから、もし運んでもらえるならお願いしても構わないかな」
「お二人は徒歩の移動でも大丈夫ですか?」
「私も妻も重い荷物を持たなければ、長距離を歩くのは問題ないよ」
「若い子に比べて歩く速度は遅くなってしまうけど、いいのかしら」
「予定のない旅だから気にしないで欲しい」
「途中の村でも一日滞在期間を延長したりしてますから、何の問題もありませんよ」
お互いに自己紹介をすませたが、男性はビブラさんで女性はマリンさんという名前だ。二人は王都に住んでいて、仕事を引退してからは夫婦で旅行するのを趣味にしているらしい。この冬も避寒のために南部地域に行こうと移動していたら、今回のトラブルが発生してしまった。
話の途中でライムが起きてきた後、可愛く挨拶をしたらマリンさんが大喜びで、撫でたり抱っこしたりしてくれた。なんでもベビーシッターや家庭教師の仕事をしていたそうなので、子育てのことを色々聞かせて欲しいと真白がお願いしていた。
そしてビブラさんは在職中に要人護衛もやっていたらしく、精悍な体つきや最初に見た時に感じた迫力は、その経験から来ているみたいだ。年配の夫婦が二人だけで旅をしても大丈夫なのは、ビブラさんがいてくれるからとマリンさんが嬉しそうに言っていたから、その技術やノウハウはぜひ教わってみたい。
◇◆◇
持っている二台の荷車を少し整理して、そこに二人の荷物を積み直し、馬の餌などは個別に収納していく。軽くなった荷台部分を俺とクリムたちで持ち上げて片側だけ残った車輪を抜き取り、壊れた部品や馬具などと一緒に積み込んで収納にしまっておいた。
「お二人は怪我とかしていませんか?」
「馬車が壊れた時に私を守ってくれましたけど、大丈夫ですかあなた」
「少し背中がヒリヒリするが問題ない」
「私が治療しますから、見せてもらってもいいですか?」
「かすり傷だが構わないのかね?」
「かーさんに治してもらって、はやく痛くなくなったほうがいいよ」
ビブラさんが背中を見せてくれたが、斜めになってバランスを崩した時に身を挺して奥さんを守ったんだろう、背中の皮がめくれて血が滲んでいる。本人はかすり傷だと言っていたが、結構痛かったんじゃないだろうか。でも、体を張って大切な人を守るというのはカッコいい、俺も同じ男としてその姿には憧れる。
「すまない、助かったよ」
「よかったわね、あなた」
「馬車が壊れてしまった時はどうしようかと思っていたが、大容量の収納魔法や治癒の使い手に出会えたのは幸運だったな」
背中の傷もきれいに治って嬉しそうにしている二人から離れ、ライムといっしょに馬の方に近づいていく。荷運びの仕事で馬には何度も出会っているが、いつもは荷台の方で作業をしているから、ここまで近づくのは実は初めてだったりする。
「お前は怪我とかしていないか?」
「どっか痛いところとかない?」
競馬で見るような馬と違い、背は低くて足も太く力の強そうな体型をしているが、クリっとした目がとても可愛らしい。手綱を握っているわけでもないのに、勝手にどこかに行ったり騒いだりしないのは、かなり行儀が良くて大人しい性格なんだろう。心配していることがわかったのか、抱き上げたライムと俺の頭に顔を擦り寄せてくれる。
「あるじさまは馬とも仲良しだねー」
「きっとご主人さまやライムちゃんが優しい人だって、わかってるんですよ」
「こんなに近くで馬を見るのは初めてですけど、可愛いです」
クリムとアズルとコールが近くに来て馬の頭や首筋を撫でてくれるが、目を閉じてじっとしてるのは気持ちいいからだろうか。
「人になれてるし大人しいし、いい馬だな」
「背中に乗ってみるかね?」
「いいの!?」
「馬具を付けていないから乗り心地は悪いが、ライム君くらいなら乗っても大丈夫だよ」
「ライム乗ってみたい!」
馬と触れ合っている俺たちに向かって、ビブラさんがそう言ってくれたので、ライムを背中に乗せてみる。手綱を短くして握らせてみたが、初めて騎乗したとは思えないほど様になっている。ライムはかなりバランス感覚がいいので、馬の上でも安定した姿勢を保っているからそう感じるんだろう。
「馬に乗るのは初めてかい?」
「うん、ライム初めて!
高くて遠くまで見えるから、とーさんのかたぐるまと同じくらい好き」
「このまま少し歩いてみても構わないだろうか?」
「初めてと思えないくらい安定してるし、両足で馬の背中をしっかり掴んでおけば大丈夫だから、ゆっくり歩くなら問題ないだろう」
「私たちが横でついていきますから、安心して下さいご主人さま」
「私も反対側にいるから安心してねー」
「このまま少し歩いてみようか、ライム」
「うん!」
背中にライムを乗せたままゆっくりと進んでみたが、手綱をしっかり握って足を固定しているので、落ちたりしそうな様子はない。肩車の時と同じように歩くリズムに合わせて「おうまさん、おうまさん♪」と歌うようにはしゃいでいる姿が可愛い。コールと真白も近くに来て、そんなライムの姿を嬉しそうに見守っている。
「あなた、あの子もとても楽しそうね」
「こんな旅もいいものだな」
その日は野営の出来る場所まで、ライムは騎乗しながら移動することになった。こんな体験は滅多にできないだろうし、いい経験になったと思う。
コールが抱えている躊躇いの理由と、相変わらず兄に関しては残念思考になる妹さん(笑)
老夫婦の詳細は次章開始と同時に追加します。




