第50話 かけっこ
翌朝、村人全員に見送られながらトーリへ向けて移動を開始した。村を救ってくれたお礼だと、新鮮な野菜やミルクを提供してくれたので、この先の食事も楽しみだ。ライムとすっかり仲良くなった村の子供たちは、別れをかなり惜しんでいたが、転移魔法でいつでも来られるようになったから、会いたくなったら遊びに行くのも良いだろう。
「ご主人さまのおかげで、ほぼ手ぶらですから凄く楽です」
「今まで大きなカバンを背負ってたもんねー」
「食料や水の心配がないのもありがたいです」
「かさばるし重いから大変だったよー」
「私も村から出てきた時に食料とかあまり持ち出せなかったので、途中で森に入って果物を採ったりしてました」
「私たちも似たような感じでした」
「あの村も食べ物を分けてもらうために寄ったんだしねー」
「そのおかげで、ご主人さまや皆さんと出会えて良かったです」
「ほんとだよー、あるじさまたちに出会えてよかったー」
クリムとアズルの二人は振り返りながら後ろ向きに歩いたり、俺たちの周りをくるくる回ったり、とても元気に歩いている。荷物がなくなって身軽になった分、体力が有り余っている感じだ。
「しばらく歩いたら広い道に出るから、昨日言っていた競争をやってみるか?」
「そうだね、そうしよー」
「頑張ろうねヴェルデ」
「ピピッ!」
「私も参加していいですか?」
「ライムもいっしょに走ってみたい」
「リュウセイさんやマシロさんも走ってみましょう」
「私とお兄ちゃんはついて行けないと思うから、後ろから追いかけるね」
「真白を一人にはさせられないから、二人で一緒についていくよ。みんなも夢中になりすぎて、離ればなれにならないようにな」
「ライムちゃんから目を離さないようにしますね、ご主人さま」
「ちゃんと目の届く範囲で走るから大丈夫だよー、あるじさま」
「ライムもはぐれないように気をつける」
大きな街道は見通しもいいし危険も少ないので大丈夫だと思うが、身体強化の使える二人とヴェルデの補助魔法のサポートがあるコールは、本気になるとどの程度の運動能力を発揮するかわからない。俺と真白もフォローしつつ、楽しく競えればいいだろう。
◇◆◇
広い街道に出て見通しの良い場所があったので、そこで競争を始めるみたいだ。数百メートル先だろうか、大きな岩がある場所をゴールに設定する。ヴェルデが飛んできて俺の手に止まってくれたので、二倍の色彩強化をかけたらいよいよスタートだ。
「みんな、準備はいいー?」
「ライムはいつでも大丈夫だよ!」
「ヴェルデ、お願いね。
……私も準備できました」
「クリムちゃんより私のほうが、少しだけ素早いですから、負けるわけにはいきません」
「じゃあ俺が手を叩くから、それを合図に走り始めてくれ。
いくぞ……用意――」
―――パンッ!
四人が一斉に走り出し、俺と真白も後ろから駆け足でついていく……というか、全力を出した彼女たちについていくのは到底無理だ。
「あれオリンピック選手より速いんじゃないか?」
「なんかそんな気がするよ」
「土煙も上がってるし、どれだけスピードが出てるんだ……」
「コールさん速いね」
「鬼人族は力や耐久性はあっても、俊敏はそれほどでもない種族のはずだが、獣人族を凌駕してしまってるのは驚きだな」
「魔物の攻撃を受け流したりするのも他の人より上手だし、料理の腕もどんどん上達してるから、元々器用なんだと思う」
「小柄で力は鬼人族の男性に劣るから、それ以外の部分が厳しい戦いの中で磨かれていったんだとすれば、これまで行いが決して無駄じゃなかったってことだ」
ずっと格上の魔物と戦ってこられたのも、ヴェルデの守護だけでなく彼女自身の技巧も優れていたからだろう。そうした経験で種族としての弱点をある程度克服していた所に、大幅な身体補助の効果が乗ったからあのスピードを出せるのか。
「それにライムちゃんも、お兄ちゃんと同じくらい速いよね」
「子供たちと遊んでる時は、周りに合わせてたってことか?」
「ライムちゃん自身は手加減してるとか、意識してないと思うよ」
「それが自然に出来てるならいいが、変に我慢してストレスを溜めてないか心配なんだ……」
「お兄ちゃんと一緒にいる時の笑顔を見てる限り、そんな心配は無用だから安心して」
「俺にはその辺りのことを、まだ読み取ってやれないな」
「これは母親の勘みたいなものだから、お兄ちゃんには男の人しか出来ない視点や接し方をしてあげる方が、いいはずだよ」
そう言って真白は、いつもの安心できる笑顔を見せてくれる。こうした妹の姿を見ていると、俺もまだまだ父親としての自覚や自信が足りてないと思ってしまう。頼れる仲間も増えてきたし支えてくれる妹もいるので、これからも良い父親でいられるよう前進あるのみだ。
◇◆◇
やがてゴール地点の大きな岩に最初のランナーがタッチして、こちらに向けて大きく手を振ってくれる。駆け足で追いかけていた俺たちも、だいぶ遅れながらその場所までたどり着いた。
「やっぱりコールが一番だったか」
「出だしから速かったもんね」
「まさかコールちゃんに負けちゃうとは思ってなかったよー」
「種族の特性すら覆してしまう補助魔法は凄いですね」
「体が思った通りに動くので、凄く気持ちよかったです」
「ライムもがんばったけど、おいつけなかったね」
「ライムは父さんと同じくらい速いと思うぞ」
「ホント!?」
「ちょっとお兄ちゃんと競争してみたら?」
「とーさんと競争してみたい!」
真白の合図でスタートし、親としての威厳もあるので全力でゴールを目指す。こちらも本気なので結構いい勝負をしてると思うが、ライムも負けていないどころかわずかにスピードは上だ。この世界に来てからも運動をサボった覚えはないが、舗装されていない道路と運動用じゃない靴のハンデが……という現実逃避じみた言い訳はやめよう、ライムだって同じ条件なのだから。
「とーさんも速いね」
「まだまだ……はぁはぁっ……娘に負けるわけにはいかないからな」
ちょっと大人げなく力を出し切ってしまい、俺は息も絶え絶えだ。ライムはケロッとしてるので、幼いとはいえ身体能力の高さには目を見張ってしまう。
結果はほぼ同着だった。正確に言えば俺のほうが少しだけ速かったが、それは腕の長さの違いだ。二人の走るスピードはほぼ一緒だったので、こうしてヘタっている俺の負けだろう。
「お兄ちゃんかなり頑張ったね」
「体の大きさがこれだけ違うんだから、総合的には俺の完敗だな」
「補助魔法を持っていない人族としては、ご主人さまも速い部類に入ると思いますよ」
「ライムちゃんが速すぎるんだよねー、さすが竜人族だよー」
「とーさんといっしょに走るの、すごく楽しかった!」
「ライムにそう言ってもらえると嬉しいよ」
抱き上げると嬉しそうに頭を抱えてくれるが、このままだとメンバーの中で戦闘力が一番低くなってしまう。荷物持ちと道案内だけの存在になるのは避けたいところだから、これからも鍛錬は怠らないようにしよう。
「でも魔法込みだとリュウセイさんが一番ですよね?」
「瞬間移動は反則だからな」
「はぐれと戦った時のアレだよね、それ使って競争してみようよー」
「それは構わないが、何かハンデキャップを付けた方がいいかもしれないぞ」
「なら私が重し代わりに、お兄ちゃんと一緒に移動するよ」
「それはあまり意味がないと思うんだが……」
「いいからいいから、お兄ちゃんは私を落とさないように、お姫様抱っこしながら移動してね」
こちらに極上の笑顔で両手を差し出してくる真白を見てると断るのが申し訳なくなり、そのまま背中と膝の裏に手を入れて抱き上げた。首に手を回して負担にならないようにしてくれるが、普通に走るならこの状態は大きく不利になる。
「落ちないようにちゃんと掴まってるんだぞ」
「この世界に来てから、お兄ちゃんとやりたかった夢がどんどん叶うから幸せだよ」
「マシロちゃんいいなー、私もあるじさまにああやって抱っこして欲しいよー」
「ライムもあんな抱っこしてもらったこと無いんだよ」
「私はご主人さまと出会った時に、あの姿勢で運んでもらいましたが、何度でも体験したいです」
「私もやって欲しい……」
「なら次の勝負で勝った人が、お兄ちゃんのお姫様抱っこの権利を獲得するってことで!
いくよー……よーい――」
俺の意思は関係なく、なぜか次の勝負の戦利品として、お姫様抱っこの権利が賭けられてしまった。真白の号令で一斉に走り出したが、呪文のタイムラグがあるとはいえ、十メートル程度を一瞬で移動してしまうこの魔法は反則だ。
「これが瞬間移動なんだ、景色が一瞬で切り替わって楽しいねー」
真白は腕の中で大喜びだが、俺は転ばないように走りつつ呪文を唱えるのに精一杯で返事を返せない。しかし、こうして遊園地のアトラクションに乗った子供のようにはしゃぐのはライムと同じだ、似たもの母娘ってことなんだろう。
今度も少し先に見える大きな木をゴールに設定していたが、途中で何度か呪文を噛みそうになりながらも、俺が最初に到着した。割と混戦になってしまったので、途中で失敗していたら負けていただろう。
「魔法を使ってなんとか勝てるんだから、コールは無茶苦茶速いな」
「走るだけなら今の状態でも思った通りに体を動かせますが、魔物と闘うような複雑な動きだと力に振り回されてしまいそうです」
「そればかりは時間をかけて慣れていくしか無し、焦らずいこう」
「これだけ走っても、コールちゃんは疲れた感じじゃないねー」
「ご主人さまに強化してもらった補助魔法の、持久力向上が効いているんだと思いますよ」
「ヴェルデちゃん、すごいね!」
「ピピピー」
「私たちが勝っちゃったから、賞品は全員がお兄ちゃんにお姫様抱っこしてもらうって事でいいかな?」
「「やったー」」「異論はありません」「さすがマシロさんです」
クリムとライムがバンザイしながら喜びの声を上げ、アズルは落ち着いた声で同意しているが表情がほころび、コールは可愛くガッツポーズを決めていた。また勝手に話が進んでしまっているが、真白も自分だけだと悪いと思ってこうして提案してるんだろうから、それに乗ることにしよう。
そうして俺は全員をお姫様抱っこして、瞬間移動の体験をさせてあげることになった。みんな大喜びだったし、こうして広い場所ではしゃぐのも悪くない。
色々と手探り状態で子育てしている二人ですが、やがて転機は訪れます。
この章は、あと2話で終了します。
(もちろん走ってイチャイチャするだけでは終りませんので、ご安心を(笑))




