第49話 驚異の二倍効果
クリムとアズルに俺たちの持つ力を説明するため、まずは二人の魔法を見せてもらう。
クリムは一度見せてもらっていたが、正確には[具現【土】|□□]で解放されていない枠を一つ持っている。魔法色は赤の具現系なので、あの巨大なハンマーを武器にしていた訳だが、取り回しの良い剣やリーチの長い槍を選ばなかったのは、“一番強そうだったから”と教えてくれた。彼女らしい理由と言えるが、具現化する武器は何度も使っているとそれに固定されてしまうので、今から変更するのは不可能だ。あの大きさだと狭い場所の戦闘がやりにくそうなので、次に発現する魔法に期待しよう。
アズルは[障壁[物理]【水】|□□|■■]と表示されているが、発現する魔法にダブりは無いはずなので、いずれ物理・魔法・状態異常の全てを防御できる、守護の要として頼れる存在になるだろう。水属性は青の魔法だと持続時間増加の効果がつくため、更に安定感が向上する。
「クリムは魔法の枠をもう一つ増やせるぞ」
「ホントなのー!?」
「俺の固有魔法で枠を増やせるから、解放しておこうか」
「うんっ! やってやってー、あるじさまー」
「なら左手を握らせてくれ」
「わかったよー」
差し出した俺の右手に、自分の左手をちょこんと乗せる仕草は、なんとなくお手をする犬っぽい。猫人族なら手を軽く握って乗せてくるのが似合いそうな気もするけど、そんな事はどうでもいいな……
軽く握ってスロット解放の呪文を唱えると[具現【土】| ]に変化し、薄い部分が完全な透明になった。
「ホントだー、今まで見えてなかったのに、何も書いてないのが増えてるー」
「何の条件で新しい魔法が発現するかわからないが、そのうちなにか使えるようになると思う」
「私も気がついたら使えるようになってました」
「コールおねーちゃんの時みたいに、きっとヴェルデちゃんが教えてくれるよ」
「ピピッ!」
「ご主人さま、私はどうでしょうか?」
「アズルは全部で三つの枠があるな」
「本当ですか!?」
「全て発現すれば障壁使いとして、とても心強い存在になれるはずだ」
「嬉しいです……この力で必ず皆さんを守ってみせます」
抱きついてきたアズルの頭を撫でた後に、左手を握ってスロット解放の呪文を唱えると、魔法の表示が[障壁[物理]【水】| |■■]に変化した。スロット操作できない濃い枠が残ってしまっているのはコールの時と同じだ、次の魔法が発現したら解放できるようになるだろう。
「枠の解放は一つづつしか出来ないから、次の魔法が発現するまで待ってもらえるか」
「こんな事が出来るなんて、さすがご主人さまです」
「普通だと使えない魔法の枠を操作できるのは俺の力だが、複数の枠を持ってるのはクリムやアズルの才能だからな」
「コールさんは全部で四つも持ってるしね」
「今は三つ目の魔法が発現するのを待ってるところなんです」
「ライムは一つだけしかなくて残念」
「ピピィ~」
「ヴェルデも枠は一つだけですね」
「守護獣にそういう制約があるのかわからないが、強化は出来るから試してみるか?」
「ピピピーッ!」
ヴェルデが飛んできて手の上に止まってくれたので、効果が二倍になった色彩強化の呪文を唱える。左羽に表示してくれた魔法を見ると、[身体補助(強化)【全】]になっている。今までは【全】の部分が【土】だったので耐久向上だけだったが、全属性になったことで筋力・俊敏・耐久・持久の全てが向上するんだろう。
「これはまた破格の効果だな……」
「とーさん、どういうこと?」
「ヴェルデは今まで土属性の補助魔法しか使えなかったんだが、それが全ての属性に変化したんだ」
「お兄ちゃんに見せてもらった資料だと、火が筋力・風が俊敏・土が耐久・水が持久だったよね」
「それがぜんぶ強くなるってこと?」
「しかも普通の補助魔法より強化された状態で、全ての能力が向上する」
「すごいねヴェルデ!」
「ピピーッ、ピピー!」
新しい力を得られて嬉しかったんだろうコールは、めったに見せない興奮した様子で、ヴェルデを抱きしめて頬ずりしている。
「力や素早さが大きく上昇するはずだし、体を動かす時に違和感が出ると思うから、少しづつ慣れていってくれ」
「はい、旅の途中でも体を動かしてみますから、ヴェルデに強化魔法をかけてあげて下さい」
「私と競争しようねー、コールちゃん」
「リュウセイさんとヴェルデの力があれば、クリムさんにもきっと負けませんよ」
いつも控えめなコールが、こうして負けん気を見せている姿はとても新鮮だ。同じパーティー内で競える相手がいるというのは、案外いいのかもしれない。
「ご主人さま、私の場合はどう変化するんでしょうか」
「アズルの障壁魔法も試してみようか」
「よろしくお願いします」
まずは通常の強化魔法をかけてみたが、アズルの左手に出ている表示は[障壁[物理](強化)【水】]になる。これはクリムやヴェルデにかけた時と同じで、単純に強化されただけだろう。そして二倍の強化魔法をかけると、表示は[障壁[物理](完全)【水】]に変化した。
「これも驚異的な効果だな」
「アズルちゃんはどんな効果がついたのー?」
「攻撃を完全に防げる障壁魔法が使えるみたい」
「凄いねアズルちゃん!
あるじさま、私にもかけてみてー」
クリムは前の日に普通の強化をかけているので、いきなり二倍を発動してみた。すると左手に表示された文字が、[具現(上位)【土】]に変化する。上位魔法は高価な魔道具で補助しないと使えなかったはずだが、それが生身で使えてしまうということか。
「道具無しで上位属性が使えるというのも常識破りだぞ」
「そんなに凄いことなのー?」
「あのねクリムちゃん、上位属性の魔法を使うには特別な道具が必要なんだよ」
「アズルちゃんよく知ってたねー」
「クリムちゃんも、おじいちゃんに同じこと教えてもらったはずだけど……」
「ちゃんと聞いてなかったよー
でも面白そうだから、ちょっと使ってみるねー」
玄関から外に出て呪文を唱えると、強化した土のハンマーより一回り小さいものが具現化された。外はだいぶ薄暗くなっているが、岩の塊を切り出して形を整えたようなハンマーは、明らかに土より強力な武器だとわかる。そんな大きくて重そうな武器を、片手で軽々と振り回している光景は少し異様だ。
「クリムおねーちゃん、それ重くないの?」
「魔法で出来た武器は、作った本人は重さをほとんど感じないんだよー」
「自分の背の高さと同じくらい大きい土のハンマーも軽々振り回してたな」
「ハグレを一撃で倒してしまいましたから、近くで見ていて驚きました」
「その時の武器より強力になってるのは確かだと思う」
「これで、あるじさまやみんなを守ってあげられるねー」
強化魔法は一度発動すると効果が消えるので、連続攻撃や長時間の防御には向かないが、使い所さえ間違わなければ大きな力になってくれるだろう。
「お兄ちゃんの魔法を強化するとどうなるの?」
「それも試してみないといけないな」
収納を強化すると空間魔法へと変化して、短い距離を瞬間移動できるようになったが、次に現れるとしたら恐らくアレだろう。そんな期待を込めながら、自分自身に強化魔法をかける。
すると予想通り、左手に表示が[空間[収納|縮地|転移]]に変化した。
「リュウセイさんは何が出来るようになったんですか?」
「いちおう予想はしてたんだが、転移魔法が使えるようになったよ」
「それって別の場所に行ける魔法かな?」
「縮地が短い距離を移動する魔法だったから、転移はそれの長距離版だと思う」
「とーさんの行ったことある場所に行けるようになるの?」
「ちょっと試してみようか」
ショート・ワープと違い転送先を直接視認できないから、いきなり転移してしまうことはないと思う。そうなると瞬間移動というより、空間をつなげる門を作るイメージだろうか。何となくその考えがハマっているような気がしたので、まずはこの村のことを思い浮かべながら呪文を唱えてみた。
《ゲート・オープン》
すると目の前の空間がゆらぎ、別の風景が見えてくる。これはハグレと戦った放牧場のようだ、今日修理した柵も確認できるので間違いないだろう。クリムの魔法を確認してから家の中に戻ってきているので、縮地のように空間を縮める魔法だと壁に阻害されて移動できない、つまり転移は離れた空間をつなげる魔法ということだ。
「ご主人さま、ここは放牧場ですね」
「ねぇ、これくぐってみてもいいー?」
「俺もすぐ行くから、向こうでどう見えるか確認してもらえるか」
「わかったー」「わかりました」
「すまないけど真白とコールはここで、この門がどうなるか見ていて欲しい」
「ずっとここに残ったままだと危ないもんね」
「わかりましたリュウセイさん、気をつけて行ってきて下さい」
「ライムはどうする?」
「とーさんといっしょに行く」
ライムを抱き上げて門をくぐると、先に来ていたクリムとアズルが驚いた顔になる。
「どんな感じだった?」
「何もない所から、あるじさまが急に現れたからびっくりしたー」
「あちらからはここの様子がわかりましたが、こちらからは見えないみたいですね」
「つまり一方通行の門が開いたわけだな」
「アージンやドーヴァにもすぐ行けるかな?」
「家に帰ってから確かめてみようか」
四人で家まで戻って門がどうなったか聞いてみたが、俺がくぐり終えると消えたらしい。術者がその場から離れると消えるのなら、誰かが間違って侵入してしまう事故も防げる。
その後は色々使い方を研究してみたが、門は強制的に閉じることも可能で“ゲート・クローズ”の呪文も新たに決めておいた。転移できる場所は、その周囲で一番印象に残っている地点が選ばれるらしく、アージンは魔法の練習をした大岩の辺り、ドーヴァはコールを介抱した倉庫地区が転移先になった。どちらも人のあまり来ない場所なので、門をひらく場所としては最適だろう。
再生魔法という霊薬に匹敵する効果を生み出した新しい色彩強化は、高価な魔道具の補助を不必要にしたり、完全防御を実現したり、通常ならありえない全属性の補助も可能にしてしまった。転移魔法もそうだが既存の魔法を拡張するというのは、とてつもない可能性を秘めているみたいだ。
常識はずれの収納量や転移魔法はお約束ですね(笑)
第0話の資料集の更新もしています。
クリムとアズルの追加や、色彩強化で魔法がどう変化するのか、それぞれの登場人物の欄に追記しています。




