第3話 アージンの街
他種族の使う魔法には詳しくないとドラムは言っていたが、流石に五百年以上生きているだけあって、基本的な使い方を教えてもらう事が出来た。この世界の魔法は、自分で決めた呪文を使って発動する。要は発動のトリガーにさえなればどんな言葉でもいいらしく、英語を使っても問題なかったのはそのせいだ。
収納魔法の発動は「ストレージ・イン」と「ストレージ・アウト」に決めた。出し入れは少し特殊で、ゲームのように内容物が一覧になって表示されるような機能はなく、何を仕舞っているかちゃんと思い浮かべないとダメだった。抽象的な指定でも大丈夫みたいなので、“荷物1”“荷物2”という感じに覚えておけばいいだろう。
「竜族や竜人族はどんな魔法が使えるんだ?」
『ワシらはマナそのものを塊にしてぶつけるような魔法じゃ』
「ライムはどんな魔法をおぼえられるの?」
『竜人族は人それぞれ違う魔法が発現するはずじゃから、楽しみにしておくのじゃな』
竜の魔法はいわゆるドラゴンブレスみたいなものらしい、そして竜人族は人間とは違う種族固有の魔法が発現するが、それらは総じて強力なものだと教えてくれた。ライムも自分の能力表示の呪文を決めて見せてくれたが、そこには何も書き込まれていない枠が一つだけ表示されていた。
「魔法って一人につき一つしか発現しないのか?」
『その辺りの細かいことはワシにもわからん、人の住む街で聞くのが良いじゃろう』
「その街っていうのはどこにあるんだ?」
『この山脈の向こうに街があったはずじゃから、近くまではワシが送ってやろう』
「それは助かるよ」
『お主には一つ頼みたいことがあるんじゃが構わんか?』
「ドラムにはお世話になってるし、俺に出来ることなら構わないぞ」
『ならその子を預かってはくれんか』
「俺がライムを?」
『この子が目覚めたら誰かに託そうと思っておったのじゃが、お主を父と慕っておるし頼まれてくれぬか』
「ライムは俺と一緒でもいいのか?」
「ライムはとーさんといっしょがいい」
ずっと膝の上に座って三人で話をしていたが、ライムはこちらに体の向きを変えて抱きついてくる。高校生の俺に子供を育てられるか不安だが、こうして懐いてくれる存在を手放したくはない。それに、生まれたばかりの竜人族でも肉体強度は人より高く、滅多なことで怪我をしたり病気になったりしないそうだから、何とかなりそうな気もする。
「俺は一緒にこの世界に来たかもしれない妹を探したいんだけど構わないか?」
「うん、ライムもてつだう!」
「よし、一緒に行こうか」
『話はまとまったようじゃな。
お主にはこれをやるから持っていくがいい』
ドラムは崖がくり抜かれて屋根のようになった場所に行くと、一枚の黒い板を持ってきた。それを持たせてもらったが、プラスチックのように軽く鉄のように硬い、不思議な素材で出来ている。軽く湾曲して角は丸く長細いが、野球のホームベースに近い形をしていて、サイズは大きめの液晶ディスプレイくらいだろうか。
「これは?」
『それはワシの古くなった鱗じゃ、少し小さいが売ればそれなりの値がつくはずじゃ』
「この世界のお金を持ってないから助かるよ、ありがとう」
収納にしまった後に曲げたドラムの手に座らせてもらって、広場になった場所からゆっくりと上に飛び上がる。背中の羽で羽ばたくわけでなく、垂直にスッと上がっていく感覚はとても不思議だ。眼下には遠くまで山が連なっていて、遥か向こうの方には大きな森らしいものも見える。更に遠方は霞んでよく見えないが、この世界も丸い星のようだ。
「すごく高いね」
「違う世界に来ていきなりこんな体験ができるとは思ってなかったが、眺めが良くて気持ちいいな」
『そろそろ行くぞ』
ドラムがそう言うと、山の上に向かって進んでいく。流れる景色が徐々に速くなり、あっという間に山頂を越えてしまう。目立たないようにするためか、地表に沿うように高度を変えながら飛んでいて、かなりのスピード感がある。ライムが怖がってないかと思い、抱きかかえた状態で覗き込んでみたが、「はやい、はやい」と言いながら笑顔で進行方向を見つめていた。
山頂を越えた後は高度を下げながら飛んでいくが、確かに山から少し離れた場所に壁に取り囲まれた建物群がある。あんな構造は確か城郭都市と呼ばれていたはずだ、ここからだと詳細はまだわからないが高い建物は少ない。
「むこうになにか見えるよ」
「あれが街みたいだな」
『あの街は確か“アージン”という名前のはずじゃ』
山を一気に下り、街から死角になった丘の上に降りてくれた。下の方には街道が見えるから、そこを進んでいけば街まで迷わずたどり着けるだろう。
『あまり近くに行くと騒ぎになるので、すまんがこの場所で勘弁してくれ』
「あの場所からここに自力では来れなかったと思うから助かったよ」
「ありがとう、ドラムじーちゃん」
『お主がどうしてこの世界に呼ばれたかはわからぬが、使命にとらわれず自由に生きるのが良いじゃろう』
「俺の目的もあるし、まずはそっちを優先でやっていこうと思ってる」
『もう会うことは無いかもしれぬが達者でな、ライムのことを頼む』
「泣かせたり悲しい思いをさせないように頑張ってみるよ」
「ライムもいっしょにがんばる!」
別れの挨拶を済ませ、ドラムは一気に山の方へ飛び去っていった。来る時とは段違いなそのスピードに驚いた、人を乗せているのでかなり手加減してここまで来てくれたようだ。
「よし、街に行ってみようか」
「うん!」
ライムは裸足だし、身長差がありすぎて一緒に歩くのは難しそうだから、抱き上げたまま街へ向かうことにする。水泳をずっと続けていたから体力にはそこそこ自信があるし、体重が軽いのであまり負担にはならない。
「このまま歩いていくが大丈夫か?」
「ライム、とーさんにのぼってみたい」
「どんな風にだ?」
「えっと……」
俺の頭の上に手を乗せてそのまま自分の体を持ち上げると、肩の上に乗りかかりながら足を回してくる。そうして首を挟むように座ると、両手で頭にしがみついてきた。
「この方が遠くまで見えるからたのしい」
「これは肩車だな」
「かたぐるま?」
「こうやって肩の上に座るの格好をそう呼ぶんだ」
「かたぐるま……
ライム、とーさんのかたぐるま好き!」
「なら、このまま街まで行こう」
「やったー!」
落ちないようにライムの両足を手で支えて、街道に向かって歩いていく。ライムは「かたぐるま、かたぐるま」といま覚えた単語を、歩くリズムに合わせながら歌うように繰り返している。言葉は喋れるが、生まれたばかりなので目にするものは全て新鮮らしく、わからない物があると質問してくるライムに答えながら街道を歩いていると、徐々に街へと近づいてきた。
街の周りは城壁で囲まれていて、上空から見た通り高い建物はあまりない。道の先には門があって、荷物を積んだ馬車や人が出入りしていた。太陽の位置からすると、まだ朝の早い時間なんだろう、順番待ちのような列はないのでスムーズに入場できそうだ。
こちらの方向にはあまり人は来ていないが、すれ違う時にチラチラと見られているのは、この世界の人とは違う服を着ている俺と、みすぼらしい貫頭衣のライムが目立つからだろう。ドラムのくれたウロコが売れて現金が手に入ったら、まずは服を買いに行こう。
「とーさん、あれは何?」
「あれは門だな」
「あの人はだれ?」
「あの人は門番かな」
門の近くには、通行人に声をかけている男たちがいる。何人かで手分けして入場チェックみたいなことをやってるらしく、近くに行くと若い男性が声をかけてきた。
「アージンの街へようこそ、変わった格好をしてるが旅行者かい?」
「俺はこの世界に飛ばされてきた流れ人というものらしい、肩に乗ってるのは途中で知り合った竜人族の子供だ」
「ライムっていいます」
「へー、話では聞いたことあるが、流れ人に会ったのは初めてだよ。それに竜人族なんて滅多に会えない種族が一緒なのも凄いな。ちょっと待ってな、確か決まり事があったはずだから、隊長にどうすればいいか聞いてくる」
ドラムのアドバイスどおりに、自分が異世界から来たと門番に告げると、対応マニュアルがあるらしく、若い男性は近くにある建物の中に入っていった。他の通行人や荷馬車を見ながらライムの質問に答えていると、建物の中からさっきの男性が戻ってくる。
「この札を持って冒険者ギルドに行ってくれ、そこであんたの身分の保証や生活の支援をしてくれる」
「わかった、ありがとう」
「これが地図とギルドの目印になる看板の絵だ」
「色々用意してもらってすまない」
「なに、いいって事よ。それに珍しい二人組に出会えるなんて、仲間に自慢できるぜ」
若い男性はニカッと笑って、気にするなとばかりに手を振ってくる。異世界から来た人間に優しいのは、この国の特徴なのだろうか、丁寧な扱いにホッとした。
「じゃーね」
ライムが門番の男性に手を振り、その場を離れて街の中へと歩いていく。このまま通りを歩いていくと、途中に大きな建物があって、そこが冒険者ギルドらしい。道は切り出した石畳で、縁石を作って歩道と車道に分かれている。建物も石と木を組み合わせた中世風の建築物が多く、外国の観光地に来たみたいだ。
「人がいっぱいいるね」
「色んな人がいるな」
通行人たちも様々で、人間と同じ姿をした者もいれば犬や猫みたいな耳としっぽの生えた人もいる。それに額にツノのようなものが生えた男性は非常に大柄で、百七十八センチの俺より遥かに背が高く体つきもがっしりしている。同じ様に額にツノのようなものが生えた女性は小柄なので、恐らくそういった種族なのだろう。地球では絶対に見られない多種多様な種族を目の当たりにすると、ここが異世界なんだとより一層自覚できた。
お店を見かけるたびに、何を売ってるのかライムと話しながらゆっくりと歩いていると、地図に書いていた看板を掲げた大きな建物が見えてくる。あそこが冒険者ギルドなんだろう、ライムを肩から一度おろし、抱きかかえながらドアをくぐって中に入った。