第47話 契約
クリムとアズルが元いた世界から転移というより転生した人物とわかり、その時の経緯をライムやコールにも説明しておいた。あの時、俺たちの周りにいたのは確認できる範囲では二人と二匹なので、これで全員が再会できたことになる。
二人は村の近くにあった森で発見され、見つけてくれた犬人族のお年寄りに育てられたそうだ。その人物も老衰で亡くなり、赤と青の魔法が発現した二人は冒険者として身を立てるために、街を目指す旅の途中だったらしい。
俺と真白はこの世界に来た時間がひと月近くずれてしまったが、クリムとアズルは十二年前この世界に転生した。そのまま育て親の家でずっと暮らしていたため、違う世界から来たという情報は伝わらず、猫人族の捨て子として育てられたみたいだ。
「元は動物だったのに、この世界で獣人族になるなんて信じられませんが、ちょっと感動しました」
「二人はライムのおねーちゃんになってくれる?」
「クリムとアズルさえ良ければ、これから一緒にパーティーとして活動していきたいんだが、どうだろう?」
「それは私たちの方からお願いしたいくらいです」
「私もみんなと一緒がいいー」
「それなら決まりだね! あまり凝ったものは出来ないけど、これからみんなのご飯を作るよ。コールちゃん手伝ってくれる?」
「はい、任せて下さい」
貸してもらった家は玄関のスペースがとても広いので、そこに荷車を出して必要な材料や調理器具を使ってもらう。水は今日中に汲みに行けなかったが別に急ぐ旅でもないし、明日の朝お願いして汲ませてもらってから出発してもいいし、もう一日この村に滞在したって構わない。
「あのね、お願いがあるんだけどー」
「どうしたんだ?」
「私たちと主従契約を結んでもらえませんか?」
「主従契約って、パーティメンバーの間に変な上下関係は作りたくないんだが」
「そんなんじゃなくて、獣人族に伝わる誓いの儀式みたいなものなんだよー」
「私たちの祖先である獣族は、闘うことを生業にしていました。強い力を持っていましたが、必ず仕えるべき人を決めていたそうです」
「その名残なんだー」
「私たち姉妹は川に落ちそうなところを助けてくれてくれた人と、ずっと一緒にいたいと夢みていたんです」
「でも、それが叶って更に助けてもらっちゃったからー」
「この先も共に在りたいという、誓約みたいに考えていただいて構いません」
「そういうことなら、二人の望みを叶えたいと思うが、アズルの治療をしてくれた真白じゃなくていいのか?」
「この縁はお兄ちゃんが紡いだものだし、二人の思うようにしてあげるのが一番だと思うよ」
「リュウセイさんはパーティーリーダーですし、私たちの家長みたいな人ですから、良いと思いますよ」
食事の準備をしながら聞いていた真白とコールがそう言ってくれたので、二人と主従契約を結ぶことにした。なんとなく日本の戦国時代や三国志が頭に浮かんだが、この世界でも同じようなニュアンスで使われているかは不明だ。
「すみませんが、私の耳としっぽを同時に触っていただいてもいいですか」
「これでいいか?」
頭の上にピンと立った小さくて可愛い耳と、自分の意志で動かせるのか前の方に持ってきてくれたしっぽをそっと触る。くすぐったかったようでピクリと反応したが、その顔には笑みが浮かんでいる。
「獣人族にとって大切な場所の耳としっぽを同時に触ってもらうのは、全て委ねますという意味があるんです」
「無闇に触らせない場所と聞いているな」
「頭を撫でてもらう時に耳を触られることはあるけど、しっぽと同時に触ってもらうのは家族でもあまり無いんだよー」
「では儀式を始めますね」
そう言うと、アズルは右手を伸ばして俺の胸にそっと触れた。
《私の力はあなたのために》
少し気恥ずかしかったが、お互いにしっかり見つめ合っていたので、アズルの首元に薄っすらと何かの模様が浮かび上がるのに気がついた。
リボンをクロスさせたようなその模様は端の部分に切れ込みが入っていて、そこがなんとなく猫の耳みたいで可愛い。
「次は私だねー」
クリムの耳としっぽにも同じように触れると、嬉しそうな顔をして俺の胸に手を当て呪文を唱えた。
《私の力はこの人のものー》
二人の呪文が違うのは、魔法と同じようにトリガーとなる言葉は自分で好きに作れるからだろう。クリムの首元にも同じようにクロスしたリボンっぽい模様が、薄っすらと浮かび上がった。
「二人の首元に出た印が誓約の証なんだな」
「これでおねーちゃんたちと、ずっと一緒にいられるってこと?」
「ご存知かと思いますが、この世界では他種族同士が家族になるのは大きな困難を伴います」
「ライムと、とーさんとかーさんは親子だよ?」
「それって凄いことなんだよー」
「その壁を超えて強い関係を結ぶのが今の儀式というわけだ」
「はい、そうです。これで私はあなたのものです、ご主人さま」
「これからよろしくねー、あるじさまー」
「少し待ってくれ、俺の呼び方はそれで決まりなのか?」
「これが主従契約ですから」
「私たちの夢がかなったねー、アズルちゃん」
もっとゆるい関係かと思っていたが、なんとなく言葉巧みに誘導された気がしないでもない。しかし、クリムとアズルは嬉しそうに手を取り合って微笑んでいるので、本当にこの関係を望んでくれていたのがわかる。
「その特別な呼び方ってすごくいいね、私もなにか考えてみようかなぁ」
「わっ、私も変えたほうがいいでしょうか、例えば……兄さんとか?」
「コールのほうが少し年上じゃないか」
「お兄ちゃん呼びがコールさんと被るから、私は旦那様で」
「別に同じ呼び方が何人いても問題ないと思うんだが……」
「ライムもなにか変えたほうがいい?」
「ライムは父さんで構わないからな、ずっとそのままでいてくれ」
そんな俺たちのやり取りを、クリムとアズルの二人はニコニコしながら眺めている。元の世界での因縁があって、少し変わった関係になってしまったが、俺にとっては全員が等しく大切なパーティーメンバーであり、家族のようなものだ。
主従契約という風習には少し驚いたが、義務や役目にとらわれない関係を二人とは築いていきたい。
◇◆◇
食事とコールの生活魔法で体をきれいにしてもらった後は、約束通りみんなが満足するまで抱っこしたりなでなでしたり、いつもより時間をかけてゆったりした時間を過ごした。
そして俺はクリムとアズルにある提案をしてみた――
「ご主人さまぁ……これ以上はもう無理です、私ダメになるうー」
「何を言ってるんだアズル、まだ先っぽだけだぞ?」
「そっ、そんなぁ……これ以上されると戻れなくなっちゃうよー」
「毎日やってやるから、戻れなくなっても大丈夫だ」
「アズルちゃんのこんな姿、私も見たことないよー」
「私も今度やらせてもらおうっと」
「ライムもやってみたい!」
「あまり人前でやる行為ではないと思いますが、獣人族をここまで魅了してしまうのは、さすがリュウセイさんです」
「この後は私の番だから楽しみー」
目の前のアズルは全身の力が抜け、されるがままになっている。少し背伸びをしたような話し方も抜け、肌を上気させながら未知の感覚に耐えている姿が、とても可愛らしい。俺は特別上手なわけではないと思うが、こうして気持ちよさそうに受け入れてくれると、これから毎日やってあげようという気持ちになる。
「慣れるまでゆっくり進めていくから、どうしても我慢できなかったら言ってくれ」
「私はもうご主人さまのものだからぁ……何でも受け入れられるように頑張るー」
「よし、その意気だ」
アズルの覚悟を聞いて、俺はゆっくりとブラシをしっぽの付け根の方に進めていく。髪と同じ青色の毛がブラシで整えられ、ランプのほのかな光を反射して美しく光る。コールの清浄魔法でサラサラになっているが、ブラッシングをすることで毛の間に空気を含み、ボリュームも増して手ざわりが更に良くなった。
「今までこうやって、しっぽの手入れをすることは無かったのか?」
「育ててくれたじいちゃんは、きれいに洗って拭いてくれるだけだったし、私たちのしっぽってあまり毛が長くないから、やったことなかったなー」
「短い毛でもこうやるとフワフワになるから、これから毎日続けような」
「もう……ご主人さま無しでは、生きていけない体にされちゃったー」
現場を見ないで声だけ聞いていると誤解を受けそうな会話を続けていた気もするが、何もやましい事はしてないから大丈夫なはずだ。
……多分。
◇◆◇
「ふにゃぁぁぁ……アズルちゃんの言ってたことがわかったー
……これ、私たちをダメにするやつだー」
「気に入ってくれたか?」
「腰が抜けて立てないくらい気持ちいいよー、あるじさまー」
「私はどこかに飛んでいきそうになりました」
クリムのブラッシングを開始したが、こちらも気に入ってくれたみたいで、ちゃんと座ってられずに女の子座りになって、手をベッドの上につきながら堪能している。
「アズルはさっきみたいな喋り方を続けないのか?」
「あれはちょっと恥ずかしいですし、年上の人には失礼ですから」
「俺も丁寧に話すのは苦手だし、ここにいるみんなはどんな喋り方でも気にしないから、あまり気負いすぎないようにな」
「はい、ご主人さま」
アズルは俺の背中に手を添えて、そのままもたれかかるように寄り添ってくる。ブラッシング効果なのか、そばから離れなくなってしまったが、変に遠慮したり主従を意識しすぎて距離を置かれるよりも、こちらの方が断然いいので好きなようにしてもらおう。
「すっかりお兄ちゃんから離れられなくなったね」
「とーさんとおねーちゃんたちが仲良しだと、ライムもうれしい」
「種族の壁を超える包容力があるのは、リュウセイさんもマシロさんも同じですね」
「あるじさまが近くにいてくれるとー、なんか安心できるよー」
「ご主人さまはとても大きく感じられますから」
酔ったコールにも言われたが、体の大きさ以外の要素なのは間違いないとして、そう感じるのはどんな理由が絡んでいるんだろう。娘ができたことで、そんな力かオーラみたいなものが強くなったのなら、ライムのおかげだな。
「ご飯もすごくおいしいしー、ブラッシングが気持ちいいしー、みんな優しいから大好きー」
「素敵なご主人さまに、可愛いライムちゃん、それに料理上手なマシロさんや、優しいコールさんやヴェルデさんに出会えて、私たち幸せです」
こうして、元の世界から猫人族として転生した二人が、仲間に加わることになった。
契約印は適当にでっち上げてますが、ぼんやりとしたシミや痣のようなイメージです。




