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第44話 ハグレ

今回の話も、途中で視点が変わって元に戻ります。

詳細な表現は避けていますが、重傷を負うシーンがありますのでお気をつけ下さい。

「たっ、大変だー! 放牧場にハグレが出たぞー!!」



 こちらに向かって転がるように駆け込んできた男性の言葉で、その場にいた全員に緊張が走る。本来の生息場所とは違う環境で生まれた“ハグレ”と言われる魔物は、同じ動物や昆虫に擬態していても力が強かったり、特殊な能力を持っている場合がある。


 滅多に発生するものではないが、街や村の自警団で対処できない場合、ギルドに討伐依頼が出たり国の兵士が出動したりする。



「放牧場で働いていた者たちは無事か?」


「はぁっ……はぁっ………白が一頭やられましたが、世話を手伝ってくれていた冒険者がなんとか食い止めている間に、全員で避難してるところです、村長」


「その冒険者の人たちは大丈夫なんですか?」


「かなり苦戦してるみたいだから、若い連中を集めに来た」


「安全な場所に避難して、ハグレをやり過ごすことは出来ないのか?」


「獲物がいるとわかったハグレは、何度も同じ場所を襲いに来るんだ、何とかしないと村で生活できなくなる」


「村が出来てからハグレに襲われたことは無かったというのに……」



 ハグレにはそんな習性があったのか……

 それならここで倒しておかないと、この村を放棄する事態にまで発展しかねない。食い止めているという若い冒険者の二人も心配だし、ここは加勢に行こう。



「俺たちも行こう!」


「うん、そうだね、お兄ちゃん」


「手助けに行きましょう、リュウセイさん」


「俺たちもハグレの撃退に協力してきます」


「ありがとうございます、村の代表として感謝します。

 小さな村でろくな手助けはできませんが、何かあれば言って下さい」


「それでしたら、ライムちゃんのことをお願いします」


「あの子のことは任せてちょうだい」

「無理はしたらだめだよ」

「手に負えないようなら逃げてきなさい」


「誰か道案内を頼む」


「俺が行こう」



 騒ぎを聞いて近くに来ていた大柄の男性が先導して、放牧場のある方角に走っていく。



「コール、ヴェルデを呼び出してくれ」


「わかりました」



 走りながら呼び出してくれたヴェルデに手を差し出すと、そこに止まってくれたので色彩強化の呪文を唱える。これでコールの物理耐性が大幅に上昇して、多少のことでは怪我をしにくくなるはずだ。



「お兄ちゃん、念の為に私にもお願い」


「わかった、走りながら手を握るぞ」



 速度を落とさないように真白の手を握り、色彩強化の呪文を唱える。どんな攻撃をしてくるかわからない魔物だし、大きな怪我をした時の感染症予防にもなるだろう。




―――――*―――――*―――――




 村にある放牧場の柵が一部破壊され、その近くには白くて毛の長い動物が一頭倒れているが、その体の一部が赤く染まりピクリとも動かない。そこから少し離れた場所で、赤い髪と青い髪の少女が動き回りながら魔物を食い止めていた。二人の頭にはピンと立った耳が二つ付いていて、上着の(すそ)から髪の毛と同じ色の長いしっぽが伸びている。


 戦っている相手は、全身に茶色い毛を生やして腕が異様に長く、身長が二メートル近くある猿に擬態した魔物だ。少し前に傾けるような姿勢になった上半身には赤く燃えるような目が光っていて、魔物であることを誇示していた。


 赤い髪の少女は手に大きなハンマーを持ち魔物に何度も攻撃を加えるが、少し動きを止める程度でダメージを受けた様子はあまりない。青い髪の少女は少し疲れた様子で動きにキレがないものの、呪文を唱えながら魔物の攻撃を受け止めている。



「このっ、このー! いいかげん倒れろー!!」


「クリムちゃん近づきすぎると危ない」


「だってこいつ全然攻撃が効かなんだよー」



◇◆◇



 冒険者として身を立てるために街へと移動していた二人は、この村に来て仕事を手伝う代わりに食べ物を分けてもらおうと滞在していた。こうして旅先で食料の調達をするのは冒険者には良くあることだと教わっていたし、村の人たちも快く受け入れてくれた。


 この村で暮らさないかと言われるほど住人たちに気に入られたが、冒険者になる夢を捨てられず明日にでも旅を再開しようとしていた時だった。突然放牧場の柵が破壊され、赤い目をした茶色の魔物が乱入してきた。布の材料になる長い毛をした白い動物は逃げまどい、そのうちの一頭が捕まって高く持ち上げられると、か弱い鳴き声が聞こえてくる。魔物はそんな姿に満足したのか、笑っているような不気味な表情になり、手にした動物を地面に叩きつけた。


 誰かが「ハグレだ!」と叫んだ途端、辺りはパニックになり泣き出す子供や座り込んでしまった女性を、他の人が必死に避難させようとしている。その光景を見た瞬間、二人は魔物に向かって走っていた。自分たちに良くしてくれたこの村の人たちを助けないといけない、赤の魔法と青の魔法が発現した自分たちにはその力と責任がある。


 獣人族の持つ種族スキルである身体強化を発動して一気に加速し、二人は魔物に向かって一直線に走る。まずは赤い髪の少女が先制攻撃とばかりに呪文を唱えると、その手に二百リットルドラム缶より幾分小さいヘッドを持った、大きなハンマーが赤の魔法で具現化された。



「くらえー!」



 土で出来たそのハンマーが魔物に当たると鈍い音をたてたが、一瞬動きを止めただけですぐさま反撃の体制に入る。目の前でウロウロとする白い動物から、自分に攻撃を加えた赤い髪の少女にターゲットを変更したからだ。



「させません!」



 大きく上げた手を赤い髪の少女めがけて振り下ろすと、そこに青い髪の少女が割り込み呪文を唱える。青の魔法で発生した物理障壁が魔物の腕を受け止めてスキを作ると、赤い髪の少女がハンマーを何度も打ち付けた。



◇◆◇



 そうして何とか近くにいる人や家畜たちを逃がす時間を稼ごうとしていたが、まだまだ魔物との実戦経験が少ない二人には荷が勝ちすぎていた。



《固くな……》



「……あっ」



 何度目かの攻防の途中で集中力を切らし、呪文が間に合わなかった青い髪の少女が、横薙ぎに振られた魔物の腕をまともに受けてしまい、小さくて軽い体が宙に浮く。そうして受け流したため骨が折れたりはしなかったが、急激な横Gで脳が揺られて意識がブラック・アウトしてしまった。しかし、彼女にとってそれは幸運だったかもしれない……


 その姿を見た魔物は獲物も逃さないとばかりに大きくジャンプをして、地面に倒れた青い髪の少女の片足を靴の上から踏み抜いた。もし意識があったなら、その衝撃に少女の精神は耐えられなかっただろう。



「うわぁぁぁぁぁーーー、アズルちゃんから離れろー!」



 赤い髪の少女がハンマー何度も魔物の背中に叩きつけるが、冷静さを欠いた攻撃はほとんどダメージを与えられない。魔物も鬱陶しそうに身をよじるだけで、目の前の獲物を掴み取ろうと手を伸ばしていた。




 ――龍青たちが現場に到着したのは、ちょうどその瞬間だった。




―――――*―――――*―――――




「魔物の相手を少しだけ頼む、俺は下敷きになってる子を助け出す」


「わかりました、任せて下さい」


「ピピッ!!」



 魔物が倒れている少女を掴み取ろうとした瞬間、コールが間に割り込みそれを阻止する。獲物を狩る邪魔をされたと思ったのか、魔物はゆっくりとコールの方に赤い目を向けると、腕を振り上げながら襲いかかろうとして、下敷きになった少女から離れた場所に誘導されていった。



「アズルちゃんしっかりして、目をさましてよー」


「落ち着くんだ。近くに白の魔法を使える治癒師がいる、そこまで一旦引くぞ」


「ホント!? アズルちゃん、ちゃんと治る?」


「大丈夫だ、とても優秀な使い手だから、きっと何とかしてくれる」



 赤い髪の少女が泣きながら青い髪の少女に縋り付いていたが、こちらの言葉が届いたようで顔を上げてくれた。そうは言ってみたものの、魔物に踏まれていた足は地面に埋まっていて、靴の上からでもわかるほど状態が悪い。血も流れ続けているので、一刻も早く止血しないと危ないだろう。



「お願いだよ、アズルちゃんを助けて、何でもするから」


「今は一刻の猶予もない、辛いと思うが頑張れるか?」


「……わかったよ、アズルちゃんのために頑張ってみる」


「よし、いい子だ。

 とにかく少しでも早く治療してもらわないとダメだ、この子は俺が運ぶからついてこれるな」


「アズルちゃんをお願いします」



 こちらに縋り付いて懇願してくる少女の頭を撫でながら言い聞かせるようにゆっくり話すと、少しだけ落ち着いてきたようだ。青い髪の少女を抱きかかえ、真白のいる場所まで走って移動する。



「真白、この子を頼む」


「私の全部をあげていいからアズルちゃんを助けて、お願いします」


「絶対助けてあげるから心配しないで」



 頭を下げてお願いする赤い髪の少女を、真白が優しく撫でてくれる。コールの方に目を向けると、何度も攻撃を受け流されたから警戒しているのか、魔物と睨み合って膠着状態(こうちゃくじょうたい)になっていた。倒すなら今がチャンスだろう。



「君の名前を教えてくれないか?」


「……えっと、クリムっていいます」


「わかった、クリムだな。

 クリムはアズルの仇を討ちたいか?」


「うん、あの魔物をやっつけたい」



 俺の言葉で不安に揺れていた瞳に力が宿る、この子はかなり芯の強い子なんだろう。



「俺がクリムにその力を授けてやる」


「そんなこと出来るの?」


「俺にはその力がある、信じてくれ」


「お兄さんとは初めて会ったけど何かそんな気がしないし、信じられるよ」


「それなら左手を出してもらえるか」


「これでいい?」



 握手するように差し出してきた左手に触れると、少しだけビクッとされたが構わず呪文を唱える。



カラー(色彩)ブースト(強化)



「よし、終わったぞ」


「こんな簡単なことでいいの?」


「自分の魔法を表示してみてくれ」



《まほーひょーじ》



 クリムが呪文を唱えた後に、自分の左手の甲を見ながら驚いた顔をする。



「なんか今までと違うことが書いてある」


「“具現(強化)【土】”だな、これで今までよりずっと強い魔法が使える」


「これで思いっきり魔物を殴ればいいんだよね?」


「その力ならあの魔物だって倒せるはずだ、思いっきりぶつけてやれ」


「わかったよ!」



 アズルの治療は真白に任せ、俺とクリムは二人で魔物に向かって走る。色彩強化でブーストされた魔法なら、必ずダメージを与えられるはずだ。


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後日談もよろしくお願いします!

色彩魔法あふたー
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