第43話 納品先の村
コールとヴェルデが加わった旅は前回同様トラブルもなく、トーリの街へと日々近づいていた。
今日は街と街とを結ぶ主要街道から外れて、小さな街道を進んでいる。道幅は狭いがしっかりと整備されていて、移動するのに苦労はない。このペースで行けばお昼すぎには村に着くはずだから、依頼された荷物を取り出して整理する時間は十分あるだろう。
「村ではどんな動物を飼ってるのかな」
「ドーヴァは食肉用やミルクを搾るための動物が多かったが、その村では布の材料になる動物を飼育してるらしい」
「なんか、フワフワモコモコの動物がたくさんいそうで楽しみだなぁ」
「ライムたちが着てる服も、その動物さんから作ったのがあるんだって」
「そうなんですか、知りませんでした」
出発の準備で忙しかった真白とコールは荷受けの時に参加していなかったので、村で飼っている動物の種類を興味深そうに聞いている。俺もライムといっしょに少し話を聞いたが、なんとなくヒツジっぽい動物を想像している。途中から馬車二台分の飼料を収納しきった事に驚いて、スカウトされたりしたせいで詳しい話は聞けなかったから、実際に見てみるのが楽しみだ。
「動物の毛で作った服って、なんとなく温かいイメージがあるから、今の時期に着る服にはたくさん使われてそうな気がするね」
「触らせてもらえるかなー」
「ライムちゃんがお願いしたら、触らせてくれそうな気がしますよ」
「一緒にお願いしてみようね」
「うん、かーさん」
そんな話をしながら歩いていると、遠くの方に人工物が見えてきた。街のように高くて丈夫な壁で守られているわけでなく、太い木で組んだ柵みたいなものに囲まれた場所に、小さな家が何軒も建っている。密度の低い柵の部分は放牧場になっているんだろう、白っぽい動物が何頭も見えた。
柵の一部が門になっていて、横に若い男性がひとり立っている。
「こんにちは」
「あんたら冒険者か?」
「ギルドの依頼で飼料の運搬を任されてきたんだ、中に入っても構わないか?」
「そう言えば、そんな時期だったな……
あんたらは何も持ってないようだが、荷物を積んだ馬車は後から来てるのか?」
「来る予定の馬車が事故を起こして動けなくなったから、代わりに収納魔法で運んできたんだ」
「あの量を収納魔法でか!?」
「とーさんの魔法はすごいんだよ」
「わっ、わかった、少し待っていてくれ、村長に連絡してくる」
男性はそう言い残し村の中に駆け込んでいった。
「やはり驚かれたな」
「マナの量がだいぶ減ってるから、かなり大きいんだよね?」
「重くはないが嵩張る干し草が多いから、場所を取ってしまうんだ」
「ほかにも袋がいっぱいあるよ」
「あの小屋が入っているだけでも普通は驚かれますからね」
干し草をまとめて四角い形にしたものや袋に入った豆類があって、無駄に容量を消費していた。真白のマナ共有がなければ、小屋を諦めるか荷物を半分に減らすか、選択を迫られただろう。それだけ数が多いので収納は“草+連番”と“袋+連番”で収納していて、紙に書いた目録を別に用意している。
◇◆◇
しばらくすると門番の男性が、年配の男性を連れてきてくれた。村長さんと挨拶を交わし、作業を手伝ってくれる住人たちと村にある大きな倉庫へと案内されたが、やはりあの量が本当に収納できているのか半信半疑のようだ。
「まず干し草から出していこうと思うが、どこに置いたらいい?」
「そのへんに出してくれれば、俺たちが運んでいくぜ」
「収納魔法でその場に出せるから、なるべく置く場所に近い所に出すよ」
「そうなのか、便利なんだな。それなら、あっちの端から出してもらえるか」
「わかった」
「とーさん、ライムもおてつだいする」
「私たちに出来ることある?」
「私も運びますよ、リュウセイさん」
「小さな袋に入ったものもあるから、それを頼むよ」
餌になる豆は何種類かあって袋の大きさもそれぞれ違うので、目録を見ながら小さな荷物を取り出して棚の近くに並べる。三人は村の女性と一緒に中身を確かめながら、種類別に棚にしまっていく。
俺もさっき指定された場所に干し草を取り出し、それを村の男性と一緒に動かして、端から詰めて並べていった。
「収納魔法ってすげーな」
「馬車から下ろして運ぶのは、結構時間ががかるからな」
「なぁ、あんたこの仕事をずっと続けるのか?」
「いや、今回は緊急の依頼だったのと、トーリの街に行く途中で立ち寄っただけなんだ」
「そうか、残念だなー」
「まぁ運送屋に勤めてるわけじゃ無さそうだし、仕方ないな」
「ドーヴァから来たんだろ、ずっと旅を続けてるのか?」
「最初はアージンに住んでいて、それからドーヴァに来て今はトーリに向かってる最中だが、色々な場所を旅してみたいと思ってるんだ」
「俺たちは村からほとんど出たことはないが、冒険の旅ってのも憧れるよな」
「赤の魔法が発現したやつは、村を出て街に行ったりするがな」
「なぁなぁ、あの二人のどっちが嫁さんなんだ?」
「黒髪の子は鬼人族だし、もう一人の方だろ」
「あのちっちゃな子も、母さんと言ってたしな」
「真白は俺の妹だぞ」
「「「「「お前、妹と子供を作ったのか!?!?!?!?!?」」」」」
どうしてこの世界の人は、こうも息がぴったりなんだろう。
「ライムは俺たちの娘だが、竜人族の子供なんだ」
「幻の種族じゃないか」
「そんな子を育ててるなんて、あんた凄いな」
「でも、あんなに可愛かったら種族とか関係なく、娘にしたいよな」
「確かにそうだ」
「鬼人族の子も髪の色は地味だが、かなり可愛いぞ」
「うちの村にいる女どもは、みんな恐ろしいからな」
「あんたたち、聞こえてるよ!! 口ばっかり動かしてないで、ライムちゃんやコールちゃんを見習って、しっかり働きな!!!」
真白たちと荷物を運んでいた鬼人族の女性に怒られ、その後は黙々と干し草や豆の入った袋を取り出して整理した。いつもより早く荷物も片付いてかなり喜んでもらえ、村長さんが家でお茶を振る舞ってくれることになったので、湧き水の利用もその時に頼んでみよう。
◇◆◇
周りの建物より一回り大きい家に案内され、奥さんだと紹介してくれた人の淹れたお茶を飲む。甘みは弱いがライムの好きなお茶とよく似た味で、隣を見ると嬉しそうな顔でコップを傾けている。
「おかげで安心して冬を越せそうです、ありがとうございました」
「運良く依頼を見つけられて、役に立つことが出来て良かったよ」
「しかし、あの量を収納できるとは驚きました」
「とーさんと荷物をとりにいった時も、おどろかれたんだよ」
「馬車二台分の荷物ですから仕方ないでしょう……
やはり幻の種族を引き取って育ててらっしゃる冒険者の方は違いますな」
「この近くで竜人族を見かけたなんて話を聞いたことはありませんか?」
「私どもの村では聞いたことがありません、お役に立てず申し訳ない」
「そんな、気にしないで下さい」
「ちょうど別の村から冒険者登録をしにやってきたという若者が滞在していますから、その方にも聞いてみてはどうですか?」
「あの、どんな人が来てるんですか?」
村長さんによると猫人族で双子の少女が、冒険者登録をしに街へ移動してる途中らしい。この村に来て食料を分けてもらうために、ここ数日滞在して仕事の手伝いをしているみたいだが、明日くらいには村を発つ予定だと言ってるので、目的地によっては一緒に旅ができるかもしれない。
「皆様、本日はどうされるのですか?」
「どこか空いた土地があれば使わせてもらえるとありがたいんだが、構わないだろうか」
「それと、お水を汲ませてもらっても構わないですか?」
「水は近くに湧いている場所があるので、自由に使ってくださって構いませんよ。泊まる場所も宜しければ空いている家をお使い下さい」
「本当ですか、ありがとうございます」
双子の少女も空いている家を使わせてもらっているらしく、その隣を貸してもらうことにした。ここより森に近い村の出身みたいなので、食事を一緒に食べながら話を聞くのが良いだろう。真白の料理ならきっと喜んでくれるはずだ。
◇◆◇
村長の家を出て、水の湧いている場所を案内してもらう。水が湧き出る場所は切り出した石を組んで小さな池のように整備しているので、住民たちの憩いの場になってるらしい。
街とは違い土がむき出しになった道を歩いていると、母親に抱かれた小さな子供や近くで遊んでる子供たちが、見慣れない俺たちに興味深そうな視線を送ってくる。ライムがニコニコとしながら手を振ると、安心したのか近くに寄ってきた。
「お兄ちゃんやお姉ちゃんたちは冒険者?」
「そうだぞ、今日はこの村に荷物を運んできたんだ」
「お兄ちゃんが抱いてる女の子の名前は何ていうの?」
「ライムだよ、よろしくね」
抱いていたライムを地面に下ろすと、子供たちが一斉に取り囲んで名前を教え合ったり、どこから来たのか聞いたりしている。村長と赤ちゃんを抱いた女の人も、そんな姿を微笑ましそうに見ているので、このまま子供同士で遊ばせてあげよう。
「一緒に遊んでくるか?」
「いいの?」
「父さんたちは水を汲んで、今日泊まらせてもらう家を見てくるから、みんなで遊んできたらいい」
「あっちに広い場所があるから、そこに行って遊ぼうぜ」
「誰が一番に着くか競争だ」
「ちょっとライムちゃんは場所知らないんだから、勝負にならないでしょ」
「私たちと一緒に行きましょう、ライムちゃん」
「うん! とーさん、かーさん、行ってきまーす」
男の子たちが我先にと一斉に走り出し、その後を女の子たちが手をつないで走っていく。ライムの身体能力なら年上の男の子ともいい勝負すると思うが、同じくらいの背格好をした女の子と仲良く駆けていく姿は、やはり可愛らしい。
「すいません、ライムちゃんのことよろしくお願いします」
「私たちが見てるから、安心して水を汲んでらっしゃい」
「まだ若いのに、しっかりしたお父さんとお母さんね」
「お嫁さんが二人もいるんだから、これくらいどっしり構えてないとね」
何やら変な誤解を受けてしまったようだが、真白は元の世界にいた時と同じ嬉しそうな視線を俺に送ってくるし、コールも「リュウセイさんのお嫁さんなんて……」と言いながら少しクネクネしているが、否定の言葉は口にしていない。真白とはよく夫婦扱いされていたので、ある意味慣れてしまった部分はあるが、そこにコールまで加わってしまい少し驚いている。二人の種族は違うが、そんな風に見えてしまっているんだろうか。
そんな事を考えていたら、向こうの方から男性がこちらに走ってくるのが見えた。かなり慌てているみたいで、転びそうになってもお構いなしで走ってくる。
「たっ、大変だー! 放牧場にハグレが出たぞー!!」
その言葉で村長やその場にいた女性の顔に焦りの色が浮かんだ。本来ならダンジョンの中でしかその存在を維持できない魔物が、何かの拍子に外で産まれることがある。
それが“ハグレ”という魔物だ。
資料集に村の情報を追加しています。




