第42話 新しい街へ
あれからダンジョンも何度か潜り、攻略階層を順調に伸ばしていった。防御と攻撃の役割分担もうまく機能し、守護獣の加護を思う存分使えるようになったコールと、剣の扱いにも少しづつ慣れてきた俺とで、後衛の真白やライムに危害が及ぶことなく進んでいけた。
薬草や薬の材料になる魔晶の買取金額も落ち着いてきたのと、今のメンバーで下層域への進出はリスクが高いので攻略を切り上げ、別の街へ移動することにした。
◇◆◇
「色々優遇してくれて助かったよ」
「お菓子ありがとうございました」
「厨房を自由に使わせてくれたので、旅の準備も整えられて助かりました」
「こんな宿に泊まるのは初めてでしたけど、とても快適でした」
「こっちこそ、いつもお裾分けもらって感謝してるよ、またこの街に来たら利用してくれ」
この街でお世話になった、青い泉亭を後にする。親父さんはすっかり真白の作る料理のファンになったらしく、厨房は自由に使って構わないとスペアキーを預けてくれるまでになった。おかげで旅の準備は十分整えられたし、コールが清浄魔法を覚えてからも、ヴェルデがハマってしまったお湯浴びと、ライムのおねだりで続けていた羽を拭くために使うお湯を、好きな時に入手できた。
退去の挨拶をした時にもらった、ミルクを固めた飴を持ったライムも嬉しそうだ。マラクスさんお勧めの宿だったが、この街に来た時にはまた利用させてもらおう。
◇◆◇
転出手続きのために冒険者ギルドに行くと、コールのペナルティーを軽くしてくれる時にお世話になった女性が対応してくれた。この人は受付嬢たちを統括している主任らしく、冒険者の間では“女帝”と呼ばれていた。
「色々ご迷惑をおかけしました」
「もう気にしなくても構いません、貴女にも良い出会いがありましたし、それは私も同じです」
噂ではギルド長ですら逆らえないらしいが、コールの膝の上に座ったライムの頭を撫でるその姿は、クラリネさんと同類だ。他の受付嬢からは「主任だけズルい」という声が聞こえてくる。
「色々気にかけてくれて感謝してる」
「竜人族の件ではお役に立てず、申し訳ありませんでした。もし手がかりが見つかっていたら、ライムさんのような子に会えたかもしれないのに」
俺たちを見かけるたびに近くに来てコールに声をかけてくれたが、その手はいつもライムの頭の上だった。
「職員の皆さんにはとても良くしてもらったので、それだけで十分ですよ」
「マシロさんの治療は、冒険者の皆さんにも好評でしたから名残惜しいですが、次の街でも頑張って下さい。それにライムさんのサラサラの髪の毛とも、今日でお別れです」
本人は表情や口調を変えないよう注意しているみたいだが、こうして本音がポロポロと漏れる辺り、それが功を奏しているとは言いがたい。まぁ、撫でられているライムも喜んでいるし、何だかんだと色々な相談に乗ってもらえたので、優しくて面倒見のいい人なのは間違いないだろう。
「ライム、おねーちゃんになでてもらうの好き!」
「……うっ。
確か次はトーリの街に向かわれるご予定でしたね、私も転勤届けを……」
そこまで言ったところで、いつの間にか背後に立っていた男性に首根っこを掴まれ、奥へと連れて行かれてしまった。必死にこちらへ手を伸ばす姿が哀愁を誘う。
「おもしろいおねーちゃんだったね」
「ライムは特に気に入られてたからな」
「私とお兄ちゃんの娘だもん、あんなになっちゃうのは仕方ないよ」
「最初は怖い人だと思ってたんですが、とても優しい人でした」
受付嬢たちをまとめるリーダーが突然いなくなったら現場は混乱すると思うから、頑張って職務を全うして欲しい。
「気をつけて旅をしろよ」
「別の街で会ったときは声をかけてくれ」
「お兄ちゃん、また頭なでてね」
「ライムも元気でな、また遊ぼーぜ」
「マシロちゃんの治療には世話になったよ、ありがとな」
「コールちゃんも頑張ってね、リュウセイ君みたいな男は離しちゃダメよ」
ギルド内にいた冒険者たちが、口々に別れの言葉をかけてくれる。この街では仲間も増えて、ダンジョンで実戦経験を積むことが出来た。薬やポーションの材料になる素材を高く買い取ってもらえたので、別の街へ移動する資金を無理なく貯められたのは予想外の収穫だ。
特に防御面や生活面で頼りになるコールが加入してくれたのは、何者にも代え難い出来事だった。こうした出会いも冒険者活動の素晴らしいところだし、これからも大切にしていきたい。
◇◆◇
門番に挨拶して街を出て、街道を歩き始める。黒月に入って、空はずっと薄曇りなので少し肌寒く感じるが、風が無いから身震いするほどではない。ライムは俺の肩の上でいつものようにご機嫌にリズムをとり、寄り添うように歩いている真白も楽しそうだ。コールも隣を並んで歩きながら、呼び出したヴェルデが気持ちよさそうに飛び回る姿を眺めている。
「トーリってどんな街かな」
「おいしいものが、いっぱいあるといいね」
「ドーヴァに比べると小さな街ですが、街道の分岐点にあるので倉庫が多いですね」
「俺のできる依頼が多そうだな」
「近くには小さなダンジョンがあるので、冒険者もそれなりにいるはずです」
「コールさん詳しいんだね」
「私の住んでいた村がちょうど中間あたりにあったので、どっちの街に行こうか悩んで冒険者の多いドーヴァを選んだんです」
「そういえばコールの住んでいた村がこの方向だったな、途中で寄らなくてもいいか?」
「かなり内陸の方にあるので遠回りになってしまいますし、村にはもう身内はいませんから」
「そうか……余計なことを言って悪かった」
「両親が死んで随分たちますし、今はこうして仲間に恵まれて幸せですから、気にしないで下さい」
こちらを見上げながら微笑むコールの頭を撫でると、嬉しそうにして肩が触れる位置まで近づいてくれる。両親は病気で亡くなったと聞いたが、その二人のためにもこの笑顔を曇らせないようにしたい。
「コールおねーちゃんは、ライムたちの家族になったんだもんね」
「みんなで支え合っていこうね」
「はいっ!」
ライムが伸ばした手を真白とコールが握り、俺の頭の上に降りてきたヴェルデと一緒に、四人と一羽が並んで街道を歩いていった。
◇◆◇
お昼は真白の作ってくれたお弁当を食べ、今日も街道の広くなった場所に小屋を取り出して、野営の準備を始める。南下しているとはいえ日差しの弱い黒月だから、夜になると更に冷え込んでくる。俺たちはベッドで寝られるから大丈夫だが、この時期は旅行者や街を移動する冒険者も少ない。今日すれ違ったのも、大きな荷物を積んだ馬車くらいだった。
「前の旅の時はすれ違う人が多かったけど、今回はほとんどいないね」
「商隊や乗合馬車はまとまって移動するみたいだから、ちょうど人の少ない時期なんだろう。今回は途中にある村に寄り道するから、その時は色々な人に会えるはずだ」
「お友だちになれる子いるかな」
「小さな村でも子供は結構いますから、きっとお友達が増えますよ」
「ライムすごく楽しみ!」
今回の旅では途中にある村へ、物資の運搬をする依頼を請け負っている。荷物を運ぶ予定の馬車同士が衝突事故を起こし、急遽ギルドに出された依頼だったが、俺の収納だと十分運べる量なので受けてきた。緊急依頼のため報酬も高く、次の街で完了報告すればいいので、ついでの仕事として好都合だったからだ。
「冬の間に動物たちが食べる大事な餌だから、しっかり運んであげないとね」
「行程が二日ほど伸びてしまうが、近くにきれいな湧水があるらしいから、利用させてもらおうと思ってる」
「私も行ったことのない村ですから、どんなところか楽しみです」
「おいしいお水がのめるかな」
「そのお水で料理も作ってみようね」
水が変わると料理の味も変わると真白はよく言っているし、実際にコールが作ってくれる水になってから、素材の旨味を生かした調理法が多くなってきている。日本にいた頃は蛇口をひねれば水が出たし、種類も水道水とペットボトルで売ってる水くらいの認識だったが、この世界に来て水の大切さや違いをかなり意識するようになった。
大量の水が必要なことといえば、二十五メートルプールに淡水を溜めて泳ぐなんて贅沢は不可能だろう。どうしてもやりたければ、泳げそうな川や湖を探してみるくらいか。水場が好きな竜人族なら、そんな場所を知ってるかもしれないな。
◇◆◇
「細く切った野菜を、薄切りのお肉で巻いて作った揚げ物だよ」
「今日もおいしそう!」
「こっちは体の温まるスープです、パンを浸して食べるとおいしいですよ」
「夜になると冷えてくるからありがたいな」
「寒くなると煮込み料理が美味しくなるから、色々挑戦してみるよ」
「かーさんがいると、いろんな料理をいっぱい食べられるね」
「私も知らない料理ばかり食べられますし全部美味しいので、食事の時間が楽しみでたまりません」
「コールさんの作ってくれる水のおかげだから、期待に応えられるように頑張るね」
「真白とコールの二人がいると最強だな」
嬉しそうに微笑み合う二人を見ながら、全員でいただきますの挨拶をして食べ始める。少しとろみのある白いスープをスプーンですくって食べると、体の中から温まってくる。アージンの宿屋で食べていたものより、あっさりした味付けだが旨味は強く、パンを浸して食べても美味しい。
パン粉を使った揚げ物も、だし汁のようなあっさりしたスープにつけるおかげで、油っこさが消えていくらでも食べられそうだ。真白はこの世界の調味料や食材を、どんどん自分のものにしていってるのが凄い。
「かーさん、おいしいね」
「マシロさんが食堂を開いたりすると、大繁盛間違いなしですよね」
「将来はそんなお店をやってみたいと思ってるんだよ」
「ライムが“かんばんむすめ”だからね」
「私も頑張ってお水を作ったり料理を運んだりしますよ」
前回と同様、旅の初日はやっぱりこの話題になるのか。俺の役目は変わっていないだろうが、食事時にする話でもないし黙って聞いておこう。
◇◆◇
後片付けと洗濯を終わらせて、コールの清浄魔法をかけた後にライムの羽をお湯で拭いて、今日もベッドの上でくつろいでいる。
「私の治療をしてくれた時にも思いましたが、こうしていると宿屋にいるのと変わりませんね」
「コールがいてくれるから、前回の旅より格段に過ごしやすくなってるよ」
「体を拭く時間が短縮できるだけでも、すごく余裕が生まれるよね」
「とーさんに撫でてもらう時間がふえるから、うれしい」
「鬼人族はこんなに魔法を連続で使えませんから、そうやって頼りにしてもらえるのはすごく嬉しいです」
最初から設置してあるベッドは三人でも余裕があったので、今夜はここで全員一緒に寝ることにしている。宿屋で過ごしていた時と全く同じ状態で眠れるので、コールがそう感じてしまうのも無理ないだろう。
髪の毛をすき終えたライムを膝に乗せて、あごの下やツノを優しく撫でていると、体の力がどんどん抜けて身を委ねてくる。お湯浴びを終えたヴェルデも、俺の頭の上でくつろぎタイムのようだ。
「あちこち旅をするのに、すごく向いてるパーティーだよね」
「こうして行く先々でお金を稼ぎながら、全国を旅してみるのも面白そうだな」
「ライムも役にたてるように、がんばるー」
「ライムちゃんには元気を分けてもらってますから、十分役に立ってますよ」
「ほんとー、コールおねーちゃん」
少しずつ眠くなってきたライムは、語尾が伸びてゆったりとした喋り方になってきた。コールの言う通り、旅の途中で元気に走り回る姿は、俺たちに活力を与えてくれる。今日はヴェルデと競争するように走ったりしていたが、二人でとても楽しそうにしていたので、守護獣にもいい影響を与えているだろう。
「ヴェルデがこんなに楽しそうにしてるのも、ライムちゃんのおかげです」
「ピピッ!」
それを聞いて嬉しそうに「よかった」とつぶやいて、ライムは眠ってしまった。しばらく三人で他愛のない話をしていたが、会話が途切れたところで明かりを消し、並んで横になった。
資料集のサブキャラの項目に、主任の女性を追記しています。




