第39話 打上会
ギルドで素材の買い取りを終わらせてから街に買い物に行く、今日は初めてダンジョンに挑戦した記念で少し奮発して、例の高級なお肉も買ってきた。他にも女性に人気だと店員におすすめされた、きれいなピンク色をした飲み物も購入したので、これで乾杯をする予定だ。
「今日はメンチカツも作るから、楽しみにしててね」
「パンにはさむと、すごくおいしいやつだ!」
「そうだよライムちゃん、美味しいのを作るからいっぱい食べてね」
「やったー、ライムとってもうれしい」
「あれは美味しかったから俺も楽しみだ」
「聞いたことのない名前ですけど、マシロさんの作る料理はどれも美味しいものばかりですから、私も楽しみです」
真白がコールにメンチカツの材料や作り方を説明しながら歩き、ライムは俺の肩の上で、歩くリズムに合わせて体を揺らしながら大喜びだ。いつもの「かたぐるま、かたぐるま♪」の代わりに、「めんちかつ、めんちかつ♪」と歌うように繰り返していた。
今日はダンジョンに行ったので、宿屋に到着した後にまず体を拭いて着替えを済ませ、食事の準備に取り掛かることになった。
◇◆◇
「それじゃぁ、全員が水段に並んだ記念と、初ダンジョン挑戦が終了した記念に、乾杯!」
「「「かんぱーい!!!」」」「ピピッ!」
俺の乾杯の音頭で全員がコップを軽く掲げ、飲み物に口をつける。少し鼻から抜ける清涼感があって、甘くてとても美味しい。
「これ甘くて飲みやすいね」
「こんな飲み物、初めてです」
「甘くて色もきれいだし、女性に人気なのが何となく分かるよ」
「ライムはこれちょっと苦手」
「ライムちゃんはいつもの果実水にする?」
「そっちの方がいい!」
スッとする感じが苦手なのか、ライムは自分のコップを真白に渡し、代わりに果実水が入ったものを受け取って飲み始めた。メンチカツサンドに手を伸ばし、口を大きく開けてかぶりついているが、その顔は幸せそうだ。
皿の上に乗ったメンチカツにナイフを入れると、肉汁がじゅわっと染みだし食欲をそそる。口に入れるとサクサクの衣とジューシーな中身で、まさに理想のメンチカツに仕上がっている。
「作っているところを見ても味の想像ができませんでしたが、とんでもなく美味しいですね」
「今日はいつもより、いいお肉も使ってるしね」
「いくら素材が良くても美味しくなるかは腕次第だからな、やっぱり真白が作ったからこれだけの料理に仕上がってるんだよ」
「お兄ちゃんにそう言ってもらえるとすごく嬉しいな、頑張った私の頭を撫でて」
そう言ってこちらの方に体を寄せてきたので、食事中に行儀は悪いが頭をそっと撫でる。嬉しそうに頬を染めてはにかむ真白は、とても幸せそうだ。
「あのっ、私も一生懸命お手伝いしましたから、撫でて欲しいです」
コールもこちらに体を寄せてきたので、同じように優しく頭を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じて頬を染めている。いつもは控えめな彼女が、こうやって言葉にしておねだりするのは珍しい。
「ライムはご飯のあとに、抱っこしてなでてね」
「あぁ、寝る前にな」
「私も抱っこしてほしいなぁ……」
「私もリュウセイさんになら……」
俺はこの時気づくべきだった、二人の様子がいつもとは違うことに。ここで止めていれば、この後の惨劇を回避できていたかもしれない。
◇◆◇
料理も全て食べ終わり、買ってきた飲み物が入ったビンも空になった。今日の出来事を笑顔で話し、楽しい食事の時間は終了したのだが……
「今日はちょっと暑いね」
「私も何だか暑くて汗が出てきそうです」
「ライムは暑くないよ?」
「そうかなー、お母さんすごく暑いから服脱いじゃおっと」
「私もそうします」
言うやいなや、真白とコールは服に手をかけて脱ごうをし始める。部屋着は首元にあるボタンを外さないと脱げないが、そのまま引き抜こうとするので二人とも苦戦していた。
「あれー、脱げないよー、お兄ちゃん、脱がせてー」
「服が引っかかって抜けません、これは何かの陰謀でしょうか。リュウセイさん、このよからぬ策略を打ち砕いて下さい」
小さな頃ならともかく、高校生の妹の服を脱がすのは、兄として問題がありすぎる。それに陰謀でも策略でもない、ボタンが外れていないだけだ。
「二人ともちょっと待て、男の俺がいるのに服を脱ごうとするな、目のやり場に困る」
「お兄ちゃんなら見られても平気だよー、むしろもっと見てー」
妹がこの世界に来た時に、何も身に着けていない姿は見てしまったがギリギリ背中だったし、多少過失はある気がするが事故だ。こうやって正面から見せつけられたら、平常心でいられる自信はない。
「私はもう全部見られていますから、毎日しっかり食べて健康になった姿を、思う存分再確認して下さい」
あれは緊急時だったから意識せずに済んだし、下着はつけていたから全裸ではない。確かに一緒に暮らすようになってから、顔色も良くなったし肌の艶も増してきた。たった二十日くらいしか経過していないが、あの時より魅力的になっているのは確かだろう。
……いや、何を考えているんだ俺は。
同じ飲み物を飲んでいるし、俺も少し酔っているみたいだ。
「かーさんとコールおねーちゃん、どうしたの?」
「今日買ってきた飲み物は、弱いお酒みたいだったんだ」
「ギルドにいる人みたいに、よっぱらってるんだ」
「どう見てもこれはその状態だな」
「とーさんは平気なの?」
「少し気持ちが落ち着かないが、大丈夫だ」
初めてのダンジョンと、久しぶりの魔物狩りでテンションが上ってるんだと思っていた。頬を染めていたのも撫でられて嬉しかったり、照れているだけなんだろうと思いこんでいたのは失敗だった。あのピンクの飲み物には、少量のアルコールが含まれていたらしい。
俺は少しフワフワした感じだけで済んでいるが、粕汁を飲んでもほろ酔いになる真白は、すっかり出来上がっている。首や胸元も上気していて、いつもの姿より艶めかしい。コールも同じような状態なので、彼女もお酒には弱かったんだろう。ライムが一口だけ飲んで、果実水に変更したのは幸運だった。
「ねー、お兄ちゃーん、脱げないよー」
「早く脱がないと私の身が危険です」
「二人とも無理に脱ごうとするな、服が傷むし脱いだほうが危険だ」
「だって暑いもーん」
「そうです、この暑さは深刻です」
「裾をめくり上げて脱ごうとするんじゃない、下着が丸見えになるだろ」
何があっても服を脱ごうとするこの二人をどう止めればいいんだ、力任せに押さえつけるようなことはしたくないし、誰か助けて欲しい。藁にもすがる思いでヴェルデの方を見たが、ベッドのヘッドボードに避難して傍観の構えだ。何気に知能が高いだけあって、手に負えないとわかって逃げたな。
「とーさんが抱っこしてあげたら、かーさんもコールおねーちゃんも喜んでくれると思う」
「試しにそうしてみるか」
「うん、とーさんだったら、きっとだいじょうぶだよ」
こうやって助け舟を出してくれるライムは、まさに天使だ。二人が落ち着いたら、抱っことなでなでを思う存分やってあげよう。
「真白、抱っこしてやるから、こっちに来い」
「ホント!? わーい、おにーちゃーん」
真白は服を脱いでいた手を止めると、俺の胸に飛び込んで頬を擦り寄せてくる。その姿はなんとなく犬っぽく、尻尾があったら大きく揺れているだろう。抱きかかえたままベッドに連れて行き、スリッパを脱がせて上にあがる。
「うー、マシロさんだけズルいです」
「コールも次に抱っこするから、少し待ってくれ」
「じゃぁ、私はこうして待つことにします」
コールもスリッパを脱いでベッドに上がってくると、俺の背中から抱きついてきた。肩に頭を乗せるように密着しているので、二つのまろやかな感触がダイレクトに伝わってくる。
「おにーちゃーん」
「なんだ?」
「ライムちゃんにやるように、顎の下も撫でてー」
「これでいいか?」
「くすぐったくて気持ちいいー……
うにゃーん、ゴロゴロゴロ」
――犬ではなく猫だった。
◇◆◇
母さんが酔った父さんを介抱している姿を思い出し、ライムにテーブルの上にあった水差しとコップを持ってきてもらう。
「ありがとう、ライム」
「あとでいっぱい抱っこしてね」
「今夜はライムの好きなことを何でもやるからな」
「わーい」
受け取った水差しとコップを、ベッドの横においてある小さなテーブルに乗せ、水を注いでいく。
「酔い醒ましに水を飲んでおくんだ」
「おにーちゃーん、口移しで飲ませてー」
「流石にそれは勘弁してくれ」
「えー、これくらい兄妹だと普通なのにー」
真白の中の兄妹像が一体どういうものなのか、ちょっと不安だ。
「俺が飲ませてやるから、それで我慢するんだ」
「お兄ちゃんはテレ屋さんだなー、でもそんな所が大好き!」
「俺も真白のことは大好きだから、おとなしく水を飲んでくれ」
そう言ってコップを近づけると、嬉しそうな顔をこちらに向けた後に水を飲み始めた。それで満足したのか、選手交代のようにハイタッチを交わし、真白が背中に移動してコールが膝の上に座る。俺たちの前ではしゃいだ姿を見せたことのないコールが、伸ばした足をパタパタさせながら喜んでいる姿は、少し子供っぽくて可愛い。
「りゅーせーしゃんの膝の上、お父しゃんよりしゅきかも」
「それは光栄だよ」
「お父しゃんより小さいけど、とっても大きい気がしゅる」
背中に張り付いている時はほとんど喋らなかったが、更に酔いが回ってきたのか呂律が怪しくなってきていた。身長が二メートルを超える鬼人族の男性からしたら、俺なんて子供みたいな体格だが、大きく感じる理由はなんだろうな。
「コールも水を飲んでおいてくれ」
「私なら口移しれも、問題ないれしゅよね?」
「コールまで何を言い出すんだ……」
覗き込むように見上げてきたコールの目は、少し据わっている。
「私もりゅーせーしゃんのこと、大好きなんりゃけどなぁ……」
「それはお酒に酔っていない時に聞かせてくれると嬉しいよ」
「なら、ましろしゃんと同じように飲ましぇてー」
「こぼさないように、ゆっくり飲むんだぞ」
口元にコップを持っていくと、少しずつ喉を鳴らしながら飲んでいく。その姿は庇護欲を掻き立てる愛らしさがあって、背の高さ的に中学生の妹ができたみたいだ。
「りゅーせーしゃん」
「何だ?」
「ツノをなれてほしー」
「構わないぞ……これでいいか?」
「ふあぁー……きもちいいれふー」
全身の力が抜けてより一層背中を預けてきたが、いつもと違ってベタベタに甘えてくるコールはとても新鮮で、俺もこの状況が楽しくなってきた。
「かーさんもコールおねーちゃんも、今日は子供みたいだね」
「時々なら、こんなに甘えられるのは悪くないかもしれないよ」
「りゅーせーしゃーん……うれし…ぃ………」
「……おにいちゃーん、また抱っこぉ……してね」
「二人とも寝ちゃったみたい」
「ベッドに寝かせて、後片付けしてくるよ」
「ライムもてつだうー」
「ライムはいい子だな、さっさと片付けて抱っことなでなでしようか」
「うんっ!」
俺もコップに水を注いで飲み干すと、汚れた食器を持って厨房へと向かう。食器を洗って片付けた後に部屋に戻り、いつも以上に甘えてくるライムとゆったりした時間を存分に過ごした。
多少トラブルはあったが、今日の打ち上げは楽しかった。この世界だと真白も飲酒が出来る年齢だが、二人ともアルコールには弱いみたいなので、今後は控えるようにしよう。
この世界では発酵の度合いが低く、糖度の高いものはソフトドリンクとして売られています。
水に混ぜて硬水を飲みやすくする、みたいな利用のされ方。




