第38話 ダンジョン初挑戦
新章の始まりです。
主人公たちはいよいよダンジョンに挑戦することになりますので、今話はお勉強回です。
資料集の真ん中あたりにある種族欄の下に、魔物についての詳細を追加しています。
コールが俺たちのパーティーに加入してから二十日近く経過した、その間も順調に依頼をこなし青級だった三人も水段へと昇格した。白級と青級の依頼に制限されていたコールも清掃や採集をやりながら、俺に魔物との戦い方を教えたり、連携の練習に付き合ってくれている。
一緒の生活に加え、真白とは料理を通じて、ライムとは毎日の抱っこ、俺とは戦闘訓練をすることで、コールと三人の絆は大きく深まった。
◇◆◇
今日はいつもより早い時間に目が覚めてしまった。四人が水段に揃ったので、いよいよダンジョンに挑戦してみようということになり、少し興奮しているみたいだ。
ライムはいつものように俺の上に移動して気持ちよさそうに寝ているし、真白もいつもどおり腕を抱きかかえてピッタリくっついて眠っている。そして反対側には、きれいな黒髪の間から可愛らしい白いツノを覗かせたコールが、俺の腕を枕にして寝息を立てていた。
最初の日は真白の向こう側で寝ていたコールだが、腕枕の素晴らしさを力説され、次の日には俺の横で寝ることになった。遠慮がちに横に来て、ずっと緊張していたコールの頭を撫でていたら、いつのまにか寝入っていた。その日はかなりぐっすり眠れたらしく、それ以降こうして腕枕を続けている。二人の間にヴェルデがいるのも、今ではすっかりおなじみの光景だ。
全員が起きるまで身動きが取れないが、この朝のまどろみの時間が好きだったりする。
「……ん…ふぁ………リュウセイさん、おはようございます」
「おはよう、コール。もう少し寝ていても大丈夫だぞ」
「いえ、なんとなく目が覚めてしまって……久しぶりにダンジョンに行くのが、楽しみなのかもしれません」
「俺も少し興奮しているのか、いつもより早く起きてしまったから同じだな」
二人で少し笑い合っていたが、コールが目を閉じてこちらに近寄ってくる。俺に頭を撫でて欲しかったり、ツノを触って欲しい時は、こうして控えめにだが甘えてくるようになった。腕に力を入れて頭を抱き寄せるようにしながら、しっとり艶のある髪の毛と一緒に癖になりそうな触り心地のツノを撫でていく。
「はふぅ……やっぱりそうしてもらうと、すごく落ち着きます」
「いつもそうやって喜んでくれるから、俺も撫でがいがあるよ」
頭を撫でたりツノを触った後は、必ず熱い吐息のような声を出すので妙に色っぽくてドキッとするが、本人は興奮しているのでなく、とても落ち着けると言っていた。熱いお茶を飲んだ時に出る、ため息と同じなのかもしれない。
「そういえば最近、薬やポーションの値段が前と同じになりましたね」
「材料の在庫が復活したと言っていたな」
「どうしてあんなに高くなってしまったのか、すごく不思議です」
「あの値上がりが無かったら、コールもあんな無理をしなくても済んだかもしれないと思うと、原因を調べて二度と起きないようにしたいよ」
「あの値上げが無くても、いずれ行き詰まっていたと思いますから、皆さんと出会うきっかけになって幸運だったのかもしれません」
「コールがそう思っているのなら、俺がとやかく言うことじゃないかもしれないな」
「でも、私のためにそうやって言ってくれるのは嬉しいです」
こちらにより一層体を預けてきたコールの頭を撫でていると、再び意識を手放してしまったらしく、静かな寝息が聞こえてくる。体に触れているまろやかな感触から意識を逸らし、肩に当たるツノの心地よい刺激で気を落ち着かせながら、朝の穏やかな時間を楽しんだ。
◇◆◇
ドーヴァの近くにあるダンジョンは、全階層が三十二階とあまり深くはないが、一つのフロアがとても大きい。入り口も三つあり、どこから入っても中で繋がっているという、かなり珍しいタイプのダンジョンだ。階層は大きく四つに分かれていて、八階ごとに上層・中層・下層・最下層と区別されている。最下層は特に広大で、その一部は街の下まで伸びていた。つまりドーヴァは、ダンジョンの上に建っている街ということになる。
「ライムちゃんみたいな小さな子が、ダンジョンに入っても大丈夫なんだよね?」
「鬼人族や獣人族は、赤ちゃんの頃からダンジョンに連れて行くらしい」
「親の背中を見せることで強く育てると言って、私も小さな頃に入ったことがありますよ」
「ライムは竜人族だからだいじょうぶだよ、かーさん」
「黒竜のドラムによれば、生まれたばかりの竜人族でも、俺たち人族より体は頑丈だと言ってたからな」
「大人の竜人族には、どの種族も敵わないと言われてますね」
「凄いんだね、ライムちゃん」
「ライムも大きくなったら、みんなのお手伝いするね」
四人で話しながら街を出て、ダンジョンの入口がある場所に向かっているが、同じ方向に歩いている冒険者の数は多い。ポーションの値段が以前と同じ水準になったことや、在庫の心配がなくなったことで、冒険者活動も活性化されたらしく、ギルドもこの街に来たときより大賑わいになっている。
小さな丘になった場所はトンネルの入り口のように整備されていて、冒険者を次々と飲み込んでいく。この先に魔物の巣食う世界があるのかと思うと緊張してしまうが、今日はまだ下の階に行く予定はないので落ち着いていこう。
「おっ、リュウセイたちも今日はここに来たのか」
「水段に昇格したから、初めて来てみたんだ」
「まぁ、経験者がいるから大丈夫だと思うが、無理はするんじゃないぞ」
「今日はお互いの連携を確かめるくらいだから、安全第一でいくよ」
「怪我で動けなくなってる冒険者の人がいたら治療に行きますから、呼びに来てくださいね」
「マシロちゃんがいてくれるなら心強いな! すれ違った奴らには伝えておいてやる」
人族二人と獣人族一人のパーティーが、こちらに手を振りながらダンジョンの奥に入っていった。その後も何組かのパーティーに声をかけられたが、ライムも一緒にいることに関して誰も気にしていないようだった。
◇◆◇
「ダンジョンの中って、あかるいんだね」
「壁や天井全体が光ってるのは不思議な光景だよ」
「真っ暗のダンジョンもあるんですけど、そんな所はあまり人気がないですね」
「この照明が街でも使えると便利なんだがな」
「ダンジョンから出すと光らなくなるんだよね」
「魔物が生み出されるだけあって、外とは別の環境という証拠なんだろう」
整備されたトンネルを抜けると、硬い土で出来た洞窟が広がっていた。全体がうすぼんやりと光っていて、動き回るのに苦労はしない程度の明るさがある。入ったばかりの場所は広場になっていて、装備やアイテムを確認しているグループも多い。
「俺たちもここで確認しておこうか」
「そうですね、リュウセイさんのおかげで忘れ物はないと思いますが、万全を期しておきましょう」
「慣れてくるとつい油断して確認が疎かになるから、普段からしっかり確かめる癖をつけておくのは大切だよね」
「ゆだんたいてき、ってやつだね」
「ライムはよくそんな言葉を知っていたな」
「まえにギルドで聞いたことあったの」
さすがに学習能力が優れているだけあって、難しい言葉もしっかり理解して覚えているのは、親としてかなり嬉しい。コールと一緒に熱冷ましに効く花の採集で森に入ったときも、以前絵本で覚えた知識を遺憾なく発揮して、俺が教えてもらうこともあった。親としてライムに負けないように、俺もさらに頑張ろう。
俺は腰につけた剣や、ポーチの中身を確認する。基本的に全員軽装で、普段より肌の露出が少ない服を着ているくらいだ。コールが魔物の攻撃を受ける役目なので籠手を装備しているのが目立つが、鎧の代わりに魔物の牙や爪を通しにくいインナーを全員が身に着けている。
「問題ないみたいだし行こうか」
ギルドで購入した地図をもう一度確認して、ダンジョンの奥へと進んでいった。
◇◆◇
上層の浅いフロアは、俺たちより若い冒険者も多い。単独でダンジョンに入るには、ある程度の年齢と実績がないと許可は出ないが、上位冒険者と一緒に活動するのに制限はない。
「リュウセイさん、あそこの魔物を倒してみましょう」
「わかった、よろしく頼む」
「大抵の魔物は防御すると怯みますので、そこを狙って切りつけてみて下さい」
「了解だ」
「お兄ちゃん、頑張ってね」
「とーさんとコールおねーちゃんの背中を、ちゃんと見てるからね!」
真白とライムの声援を受けながら、コールと一緒に魔物に近づいていく。視線の先には赤く燃えるような光を放つ目をした、ネズミとよく似た魔物がいる。攻撃力もあまり高くなく、数十単位の集団で襲われでもしない限り、脅威度はそれほどでもない魔物だ。
先行するコールをじっと見つめていた魔物だが、少し溜めるような動作をした後に走り出し、一直線に近くまで来て大きくジャンプした。それを手に装備した籠手で弾くと、着地した魔物がその場で硬直する。そこに走り込んでいって剣で斬りつけたが、肉や骨を断ったという感じではなく、粘土みたいなものに刃を突き立てたような感触だった。魔物は俺の一撃で形が揺らぐと、そのまま小さな黒い塊を残して、煙のように消えていった。
「あまり斬ったという手応えがないな」
「魔物の体はマナが固まったものと言われてますから、動物みたいな手応えはありませんね」
「この黒くてちっちゃいのが、魔物のおとす素材?」
「そうですよライムちゃん、これは燃料に使う魔晶です」
「料理をする時に使う、あの黒い塊だよね」
「これを粉にして混ぜると良く燃えるようになるので、他の材料と組み合わせて固めたのが、マシロさんも使っている燃料ですよ」
魔物はマナの淀みから発生すると、長年の研究から判明していた。それは基本的にダンジョン内でしか生まれず、動物や昆虫に擬態する習性を持っている。その核になるものが、マナが結晶化して出来た“魔晶”と呼ばれる塊だ。今のは弱い魔物だからビー玉ほどだが、強い魔物ほど品質が高くなりサイズも大きくなる。
それは様々なものに加工され、この世界の生活を支えている。今ドロップした黒は燃料の添加剤として利用できるし、赤・緑・青は切れ味を増加させたり、軽量化や耐久を上昇させるため武器や資材に使われる。黄色はマナを通しやすくなるので魔道具の素材に、水色・紫色・白色はポーションの材料になる。
ドロップ率は黒>赤・緑・青>黄・水・紫>白の順で、魔道具やポーションが高額なのはそのせいだ。特にドロップ率の低い白は、マナを回復するポーションに必要なので、コールが困窮する原因にもなっていた。
「姿が動物に似てるだけに、やっぱり違和感があるよ」
「中には見た目の可愛いのもいますが、赤い目をしたモノには容赦しないで下さい」
「わかった、気をつける」
お互いの連携や役割も確認しつつ、エンカウントした魔物を倒していく。斬りそこねて反撃されたり、ヒヤッとする場面もあったが、今のところ怪我もなく順調だ。
「この先の分かれ道はどちらに行きますか?」
「左に進むと少し前に通った広場に出てしまうから、右に行ってみよう」
「何度も分かれ道に遭遇していますが、地図も見ずによくわかりますね」
「お兄ちゃんって、昔からこういった探索は得意だったもんね」
「このダンジョンはとても広いから全体はまだ把握できてないが、今まで通ってきた道やさっき地図で確認したこの周辺なら、今どの辺りにいるかわかるな」
「とーさんがいると、迷子にならないね」
「本当ですね、ちょっと驚きました」
ロール・プレイング・ゲームでダンジョン探索するときも、最初は手探りで進んでいかないといけないが、ある程度攻略が進んでいけば、行ってない場所や自分の現在位置が把握できるようになる。頭の中にマッピングされていくので、ゲームのマップ機能はほとんど使わなかったし、このダンジョンのように地図を見ながらだと、迷う可能性はほぼ無い。ゲームで役に立っていた特技が、まさか現実世界で活かせるとは思っていなかったが。
「入ってきた所とは別の入口がこの先にあるから、今日はそこまで進んでみようか」
「そうですね、そうしましょう」
浅い階層ということもあり、その後もトラブル無く初ダンジョン挑戦は無事終了した。擬態した動物由来の牙や爪などのレアアイテムは出なかったので、買取金額はそれほどではなかったが焦る必要はないだろう。自分たちの練度を見極めながら、ゆっくりと攻略を進めていこう。
荷物持ち以外の才能がありました(笑)
2Dも3Dゲームもプレイしているので、方向感覚や土地勘の良さは日常生活はもちろんのこと、ダンジョンでは最大の効果を発揮します。




