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第37話 王家の犬

第3章の最終話になります。

次章はいよいよダンジョンに挑戦したり、別の街に移動もします。

意外な仲間や知り合いが増えますので、ご期待下さい。


この話も途中から視点が変わります。

 食事も終わり後片付けをした後にお湯を貰いに行ったら、今日も無料にしてくれた宿屋の親父さんに「頑張れよ」と言って肩を叩かれたが、仲間になったばかりの女性と妹や娘を相手に何を頑張ればいいんだろう。まぁ、言いたいことはわかるんだが、そこまで無節操ではないつもりだ。



「ヴェルデは一緒に水浴びしたりしないのか?」


「ピピ、ピッ?」


「そうだよな、汚れたりしないから必要ないよな」


「ピピー」


「試しに俺と一緒に浴びてみるか?」


「ピー?」



 ベッドに腰掛けながら、ヴェルデと成立しているのか良くわからない会話を続けているが、それは後方から意識を逸らすためだ。


 俺は部屋の外に出ようかと思っていたのだが、これから一緒に冒険者活動をしていくんだから、これくらい慣れてもらわないとダメだと、真白に言われてしまった。森で野営をする時なども、近くで見張りに立って着替えたり体を拭いたりするのは普通らしく、コールもその事例を持ち出して逃げ道を塞いできた。


 結局、多数決で決めることになったが、男が一人だけのこのパーティーで俺に勝ち目はない。あの二人は健全な元高校生にこんな試練を与えて、何を目指しているのか謎だ。宿屋の親父さんがしてくれた応援は、もしかしてこれを予想していたんだろうか。長年の経験からくる直感というのは侮りがたい……



「服を着ている時から思ってましたけど、やっぱりマシロさんは綺麗ですね」


「コールさんだって、その身長でこの大きさは反則だよ」


「でもマシロさんの方が大きいですよ?」


「小柄だと余計に迫力が増すから、そっちの方が凄いよ」


「ライムはどっちもフカフカだから好き」


「ライムちゃん、下からそんなに持ち上げるとくすぐったいです」


「コールおねーちゃん、ここ少し赤くなってるよ?」


「そこはちゃんと拭かないと汗で肌が荒れたりするし、下着の大きさが合ってないかもしれないね」


「ライムが下から拭いてあげようか?」


「大丈夫ですライムちゃん、今までは水でサッと済ませていただけなので、これからはお湯でちゃんと拭きます」


「じゃぁ、背中はライムが拭いてあげるね」


「服は明日にでも見に行こうね」



 衝立(ついたて)の向こうからは楽しげな声が聞こえてくるが、部屋が大きくなって洗い場も広くなったので、三人一緒に体を拭きに行った。ライムの身長は一メートル位しかないので、下から見るとさぞ大迫力の……って、いくら何でもあっちの会話に集中しすぎだ。向こうも俺が近くにいるのはわかってるので、話題は選んでると思いたいが、意識しないように木目でも数えていよう。



◇◆◇



 壁の端から端まで木目を数え終わった頃に試練も終わった、長かったのか短かったのか良くわからないのは、途中から無心になっていたからだ。悟りを開くとは、こういうことを言うんだろうか……



「ヴェルデが水浴びするなんて驚きました」


「興味深そうに見ていたから勧めてみたんだが、問題なかったか?」


「えぇ、すごく楽しそうにしてるので大丈夫です」


「ピピーッ!」


「良かったね、ヴェルデ」



 俺が体を拭いている時に、衝立の上に止まったヴェルデがじっと見ていたので、近くにあった洗面器くらいの桶にお湯を入れてみたら、そこに飛び込んで羽をばたつかせながら水浴びを始めた。いくら汚れないといっても、こうしてきれいなお湯で全身を洗うとスッキリするだろう。



「あっ、お兄ちゃん、コールさんの髪の毛をブラシでといてあげてよ」


「それは構わないが、俺が触ってもいいのか?」


「マシロさんが、すごく気持ちがいいから一度体験してみてと言っていたので、お願いしてもいいですか?」


「それは問題ないから、そこに座ってくれ」


「ライムちゃんの髪は、お母さんがやってあげるね」


「わーい」



 ベッドの上で女の子座り(とんび足)したコールの後ろに回り込み、髪を少しずつ持ち上げながらゆっくりとブラシで()いていく。ランプのほのかな光を綺麗に反射する髪は、しっとりとしていてとても美しい。



「初めて会った時にも思ったが、コールの髪はやっぱり綺麗だな」


「実は私、最初は何を言っているんだろうこの人って思ってたんです」


「やはりそんな風に言われたことが無かったからか?」


「正直に言うと、すごく世間知らずな人だと勘違いしてました」


「この世界はまだまだ知らないことの方が多いから、それは当たっているな」


「でも、違う世界から来た流れ人と聞いて、納得できましたよ」


「俺たちのいた国だと、黒い髪をした人が多かったから、素直な感想だったんだ」



 真っすぐ切りそろえられたストレートの髪は、日本人形を思わせる可憐さがある。額から生えた白くて可愛らしい二本のツノに、ブラシが当たらないよう注意しながら梳いていったが、軽く指が触れただけでピクリと反応する。



「もしかして、ツノはすごく敏感だったりするのか?」


「そういう訳ではないんですが、リュウセイさんに触れられると、なぜか体が動いてしまいます」


「問題なかったら続けるが、どうする?」


「はい、どちらかと言うと気持ちがいいので気にしないで下さい」


「ライムがとーさんに、あごの下やツノを触ってもらう時といっしょだね」


「私だとくすぐったがられるんだよね」


「かーさんに触られるのも好きだけど、とーさんは気持ちいいの」


「不思議ですね」



 ライムの(あご)の下にある逆鱗(げきりん)やツノを触ると、気持ちが良くなるというより落ち着く感じに近い気がする。触っているといつもウトウトとしてしまうので、寝る準備が終わって布団に入る直前にすることにしている。もしかしてコールにも、同じような効果があるだろうか。



「コールのツノにも少し触ってみたいんだが構わないか?」


「いいですよ」



 かなり立派なツノが生えている鬼人族の男性もいるが、コールのツノは鋭利な感じもなくて、先端に当たっても痛くはない。確かに骨のように硬い部分ではあるが、母さんが愛用していたツボを押す時に使う健康グッズみたいで、これなら押し付けられても平気だろう。



「不思議な手ざわりだな」


「私も頭を撫でる時に触らせてもらったけど、肌でもないし骨でもないけどスベスベしてて、ちょっと癖になりそうな触り心地だった」


「ライムも後でさわってもいい?」


「もちろん構わいませんよ」


「確かにこれは、いつまでも触れていたくなる感じだ」


「はふぅ……家族以外にこうしてもらったことはありませんでしたが、皆さんにならいつでも触ってもらっていいです」



 自分たちに無い部分を眼前にして興味本位で言ってしまったが、ランプの淡い光に照らされた雰囲気に流されすぎたみたいだ。後ろからなので顔は見えないが、吐息を漏らすようなゆったりとしたコールの話し方に気恥ずかしくなってしまい、ツノを触るのをやめて髪をとくことに集中する。


 その後は真白の髪もブラシでとき、並んで布団に入って眠りについた。




―――――*―――――*―――――




 ここはドーヴァにある、貴族や富裕層が居を構える区画。そこには立派な屋敷がいくつも建っており、中には門番が警備している場所もある。どの屋敷も既に明かりは消え、辺りは静寂に包まれていた――




 月明かりだけが差し込む書斎に、うごめく影があった。背が低く太った体を苛立たしげに動かしながら、机の引き出しをかき回している。



「こんな夜中に働いているなんて、仕事熱心ね」


「だっ、誰だ!?」



 暗い場所で急に声をかけられ驚いた男性は辺りを見回すが、窓際にあるカーテンの後ろからスラリとした体型の影が現れた。



「こんばんわ、今日はいい月が出ているわね」



 そう言って歩いてきた声の主が、月明かりに照らされる。髪は短く声も少年を思わせるハスキーボイスだが、話し方とタイトな服を着たシルエットは女性そのものだ。そう、彼女は龍青たちとこの街にやってきたベルだった。



「貴様どこから入ってきた」


「門を通って玄関から入らせてもらったわよ」


「警備の連中は何をやってたんだ」


「彼らには少し眠ってもらってるけど、朝には目を覚ますから安心してね」



 侵入者が女性だとわかって安心したのか、太った男の話し方にも余裕が出てくる。



「ワシの屋敷に無断で忍び込んで、無事に帰れるとは思っていないだろうな」


「お約束の台詞(セリフ)すぎて、返す言葉もないわね……

 それより貴方の探しものはこれかしら?」


「きっ、貴様どうしてそれを!」



 ベルの差し出した手には数枚の書類が握られていて、それを見た男の顔が驚愕の表情に変わる。



「下手に動かないほうがいいわよ、足元をよく見てみることね」


「ぐっ、ぐぬぅ……」



 いつの間にか男の周りには、硬い土で出来た無数の針が出現している、これは土属性で作った赤の設置魔法だ。



「飛び越そうとしても無駄だからね」



 ベルが小声で呪文をつぶやくと、机の上にあったペンに土の弾丸が当たり弾け飛んだ。



「おのれ、二枠持ちだと」


「貴方は生活魔法しか持っていないし、これでゆっくりお話ができるわね」


「貴様と話すことなど何もない!」


「そうはいかないわよ、ポーションや薬の材料を横流しして私腹を肥やしていた貴方には、罪を償ってもらわないといけないからね」


「ふんっ、王家の犬め……

 商売人がより高く買ってくれる取引先に商品を売って何が悪い」


「開き直っても無駄よ、貴方はその取引先で何を作っていたか知ってたわよね」


下賤(げせん)な連中がどうなろうと、ワシの知ったことではないわ」



 男が横流ししていた取引先で作っていたのは、混ぜ物でかさ増しした粗悪品だった。効果が薄いだけならまだしも、副作用や依存症が発生するため問題視されていた。足がつきにくいように、地方の街や村で売りさばいていたようだが、密偵が各地に派遣されその全貌が判明した。


 そして、その情報を意図的にリークしたベルが、証拠隠滅を図ろうとする男を、ここで待ち構えていたのだ。



「貴族の風上にも置けない貴方は、資産没収と爵位剥奪は確実だから、覚悟することね」


「こうなったら貴様ごと証拠も燃やしてやるわっ!」



 男が右手を前に伸ばすと、はめられていた指輪から炎の玉が飛び出した。生活魔法しか持っていない男だったが、いざという時のために高価な魔道具を身に着けていたのだ。指輪から飛び出した炎はベルへと飛んでいき、その体を赤く覆いつくす。



「ワシのことを侮りおって、馬鹿な女だ」


「家の中で炎の魔法を使うなんて、バカは貴方よ」


「なっ……!」



 炎の中からベルが現れたが、その体には火傷も焦げた跡もない、それどころか彼女の体を炎が避けている。



「どういうことだ貴様っ!」


「私が何の対策もなしに、ここにいるはずないでしょう?」



 そう言うと、ベルの後ろから青い目をした黒猫がゆっくりと現れた。



「なー」


「ありがとう、助かったわ」


「しゅ、守護獣だと……」


「もう観念なさい、私がこの場に来た時点で、貴方は既に終わっていたのよ」


「・・・・・」



 ベルが呪文を唱えると、土の弾丸が男の眉間に命中し、その体がゆっくりと後ろに倒れていく。



「お疲れさまでした、お嬢様」


「寝ているところを縛り上げるのが簡単だと思うのだけど、毎回々々面倒だわ」


「こういったことには、手順というものが必要ですから」

「相手の心を折ってからでないと、後々面倒ですからね」

「いわゆる“様式美”というやつです」


「でも、今回は旅の途中で素敵な出会いがあったし、この男には感謝しないとね」


「「「あの料理は素晴らしかったです……」」」



 ベルの周りに集まった隠密たちは、遠くを見つめながら一気にとろけた顔になる。



「また一緒に旅をしたい人たちに出会えるなんて、初めての経験だったわ」


「「「彼らのパーティーに加入したい……」」」


「そんなことになったら、お母様が黙っていないと思うわよ」


「「「………!!!」」」



 一瞬で正気に戻った隠密たちが、いそいそと後始末を開始した。それを苦笑交じりに見つめるベルだったが、彼女も少しだけ同じことを考えていたのだった。



◇◆◇



 こうして、ドーヴァの街で発生していた薬やポーションの材料不足は、解消されることになった。新しい卸業者も取引を開始し、在庫や値段も元の水準まで戻っていった。


魔法の火は隠密たちがこっそり消火していますので、所々焦げたくらいで済んでいます(笑)


マラクス(ベル)が男性のふりをしているのは、王家の密偵が近づいているという情報が漏洩しにくくなる効果も狙っています。チャーター便や組織の所有する馬車を使わないのも、目をつけられないようにするため。


資料集のサブキャラ項目に記載していた、マラクスの欄に魔法の詳細を一行追加して、その下に守護獣の情報も追記しています。作中ではまだ出てきませんが、ちゃんと名前の設定があります。

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後日談もよろしくお願いします!

色彩魔法あふたー
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