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第36話 魔法の水

今回はコール視点の話になります。

(最後は主人公視点に戻ります)

 宿屋につれてきてもらってから四人でお話をして、今はマシロさんと一緒に食事の準備をしている。何だか、自分がこうして屋根があって部屋やベッドのある場所にいるなんて、まだ信じられない。村を飛び出してから、冒険者が多いというこの街に来て、最初は寝る間も惜しんで依頼をこなしランクを上げ、水段(みずのだん)に昇格してからはひたすら魔物と戦った。


 人の来ない廃材置き場にこっそり住み着き、食べるものも森で採ってきた果物や動物で済ませることが多かった。とにかく稼いだお金は全てマナ回復ポーションにつぎ込み、ヴェルデと少しでも長くいられるように頑張ってきた。


 でも冒険者活動を続けていく中で、ヴェルデが必要とするマナが一段、もう一段と増えていった。目の前のことに精一杯で、その時は気が回らなかったが、魔物と戦うことで守護獣の加護を使いすぎた結果、ヴェルデの力が成長していたんだと、冷静になれた今ならわかる。私は自分で自分の首を絞めてしまっていたんだ。



◇◆◇



 夏の終り頃からポーションの値段が上がりだし、私は難易度の高い依頼を無理に受けるようになったが、それでまたヴェルデが成長してしまったんだろう、とうとう加護の力を使えないほどに弱ってしまった。それでもひたすら魔物を狩り続けたが、ヴェルデの力を失った私は怪我が絶えなくなり、ギルドから何度も注意を受けた。



「おっと、すまない、大丈夫か?」



 その日も傷だらけになりながら何とか素材を手に入れ、痛む体を引きずるようにギルドの外に出た時だった。ちょうど死角から現れた人を避けきれず、壁にもたれかかるようによろけてしまった。怪我をしていない状態なら、ぶつかられた位でふらつくことはないが、今日の戦いでそこまでの力は残っていなかった。



「おねーちゃん怪我をしてるよ、大丈夫?」


「治療を受けなくて平気なのか?」



 声をかけてくれたのは緑色のきれいな髪の毛をした小さな女の子と、背が高めの人族の男性だった。私は他の冒険者とほとんど交流はないが、見たことのない人物なのでこの街に来たばかりの人だろう。小さな女の子が心配そうにこちらを見ているけど、黒くて不気味とか気味が悪いと言われていた私の髪の毛と違い、明るい緑色の髪は少し羨ましい。



「私は鬼人族ですから、これくらい一晩寝れば治ります」



 ギルドで治療してもらうのは他より安いとはいえ、そんなことにお金はかけられない。値段が倍近くになってしまったマナ回復ポーション以外に、使うわけにはいかないからだ。何とか断って立ち去ろうとしたが、その男性は何もない所から水筒と手ぬぐいを取り出し、それを濡らして軽く絞っている、この人物は空間収納を使えるみたいだ。



「黒くて艶があってきれいな髪なんだから、もっと大事にしたほうがいいと思うぞ」



 それを私の方に差し出しながら、信じられないことを言いはじめた。私以外に見たことのない真っ黒の髪は、種族を問わずあまりいい印象を持たれない。しかし目の前の男性と子供は、本気で綺麗だと思っているようだ。一体どんな所から来たのか知らないが、かなり世間知らずな父娘なんだろう。でも、初めて言われた言葉は何故かとても恥ずかしく、私はその場から走って逃げてしまった。



◇◆◇



 その日から、その人族の男性は時々話しかけてくれるようになった……と言っても、いつも体の心配ばかりだが。余裕のない私は、突き放すように拒絶し続けた。


 彼と一緒に来たという若い女性はかなり優秀な治癒師らしく、ギルドでもよく話題になっていた。それに彼と子供のことも話している人は多いが、親しい友人も仲間もいない私は全て聞き流していた。


 そして、とうとうギルドから依頼票の受理を拒否され、素材の買い取りも制限すると言われてしまった。私は目の前が真っ暗になり、フラフラと建物から出るとあてもなく街をさまよっていた。このままだとヴェルデと別れなければいけない、これまでずっと頑張ってきたのに、あの子がいなくなったら私は生きる意味を失ってしまう。生まれてからずっと一緒にいた、自分の半身といえる存在が失われる恐怖に足が震え、お腹の中に何も残っていないのに何度も吐いた。


 先の見えない苦しみから逃れるように、私は深い深い闇へと沈んでいった……



◇◆◇



 気がつくと、何故か柔らかいものの上に私はいた。それはとても気持ちよくて、このまま何もかも忘れて眠り続けていたい、そう思わせるような感触だった。次第に意識がはっきりしてくると、ここは建物の中というのがわかった。そして、こちらをじっと見つめている男性は、いつも私に声をかけてくれていた人族だ。


 部屋の中には彼一人だけのようだが、こんな状況はどうしても緊張してしまう。子供の頃は髪の毛の色で(からか)われたり、守護獣を授かった嫉妬でいじめられることが多かった。特に男の子はすぐ手を出してくるので苦手だったが、それは大人になってからも変わっていない。でも他の人と違って、目を合わせるのも怖いという気持ちにならなかったのは、少しだけ不思議だ。



「道端で倒れていたから、悪いが勝手に治療してベッドで寝てもらった」



 その言葉で自分の今の状況がだいたい理解できた、私はあのまま意識を失ってしまっていたんだ。治療してくれたという私の体はどこも痛くなく、今までずっとあった倦怠感(けんたいかん)や、(かせ)をつけられたような全身の重さもなくなっている。これならまだ間に合うかもしれない、そう思って起き上がろうとしたが、彼の言葉で動きを止めてしまった。



「それから君に謝らないといけないことがある、治療とはいえ服を脱いだ姿を見てしまって申し訳ない」



 自分の裸を見られてしまった、それを意識すると一気に顔が熱くなる。治療だから仕方がない、それはわかっている。でも、他の種族とはいえ彼も男性だ、やっぱり恥ずかしいのは仕方がない。赤くなった顔を見られないように布団で顔を隠したが、頭を下げられた後にじっとこちらを見ている視線に耐えられず、跳ねるように体を起こすと、ここから出ていこうとした。怪我が治ったのならお金を稼がないと、ヴェルデを失ってしまうことになる。



「待つんだ、今の君はギルドの依頼を受けることも、素材を買い取ってもらうことも出来ないんだぞ」



 その言葉で私の目の前がまた暗くなり、頭の中で様々な感情がうずまき、思考がまとまらなくなってしまう。これまでの思い出が次々と浮かんでは消え、また苦いものがこみ上げてきた。そんな状態のまま何か打つ手はないかと必死に解決策を探し、ある方法を思いついた私は覚悟を決めた。




 ―――もう、自分の体を売るしかない。



◇◆◇



 結局その覚悟は無駄に終わり、私はリュウセイさんたちのパーティーに入れてもらうことになった。マシロさんの力とライムちゃんの膨大なマナのおかげで、ヴェルデが消えてしまう心配もなくなり、特別依頼達成者と一緒に行動することで、ギルドの懲罰も軽くなった。それに、リュウセイさんの魔法でヴェルデの力が更に大きくなるのが、とても嬉しかった。持ち主以外には絶対に懐かない守護獣が、ああしてリュウセイさんから離れようとしないのは、私を守るための力が強くなるとわかっていたからなんだ。



「コールさん、この鍋に水を入れてもらってもいい?」


「はい、任せて下さい」



水をお願い( 製 水 )



 私が鍋の上に手をかざして呪文を唱えると、魔法で生まれた綺麗な水が徐々に溜まっていく。今までは自分の飲む水を作るくらいで精一杯だったが、マシロさんの持つマナ共有のおかげで、どれだけ魔法を使っても体がだるくなったりしない。



「ありがとう、コールさん。でもやっぱり生活魔法って便利だよね」


「私の魔法をそんなふうに言ってもらえたのは初めてです」


「魔法で作った水は安心して使えるから、すごく助かるよ」



 鬼人族はマナの少ない種族だから、魔法で褒められることは殆どない。そんな私がこうして頼りにしてもらえるのは、嬉しくもあるし少しくすぐったくもある。


 洗い物や洗濯は井戸の水を利用するが、料理に使う分だけ魔法で作って欲しいとお願いされた。私にはよくわからないが、水の状態によって料理の味が変わってしまうので、安定した水質がとても重要らしい。そんな細かいこだわりがあるだけあって、マシロさんの料理の腕はかなり高い。私が皮を剥いたり種をとった野菜を、次々切り分けて一つの料理に仕上げてしまう姿は、魔法を見ているようだ。



「マシロさんって、どうしてそんなに料理が好きなんですか?」


「う~ん、やっぱりお兄ちゃんに美味しいものを食べてもらいたいからかな」


「こんなに料理が上手な人がいるリュウセイさんは幸せですね」


「今はライムちゃんもいるし、コールさんも来てくれたから、もっと作り甲斐があるよ」



 そう言って微笑むマシロさんは、とても可愛らしい。彼女にリュウセイさんたちと同じ喋り方をして欲しいと頼んだが、一緒にるだけで元気になれるような凄く明るく親しみやすい女の子なので、人付き合いが苦手な私でもこうしてお話ができる。



「ライムちゃんは違う種族なのに、とても仲良しですよね」


「血は繋がってなくても、私とお兄ちゃんの子供だから当然だよ」


「あの……マシロさんとリュウセイさんって、結婚してるわけではないんですよね?」


()()結婚はしてないけど、子供もいるし事実上の夫婦と同じだね」


「なら、いつか正式に結婚したいって思ってるんですか?」


「この世界でも兄妹は結婚できないって聞いて少し残念だけど、私は諦めたりしないよ」



 マシロさんは両腕に力を込めて気合を入れているが、二人の関係は本当の夫婦のように見える。それに小さな子供が、他種族の男女を実親と同じように慕っているのは驚いた。それは家族の絆が子供のいる夫婦と同じか、それ以上に深いからだろう。



「そんな場所に私が混じって、邪魔にならないでしょうか?」


「その前に教えてほしいだけど、コールさんはお兄ちゃんの事どう思ってる?」


「他種族の男性なので、これがどういった気持ちなのか良くわかりませんが、近くにいて欲しい人という感じがします」



 男性が苦手な私だったが、リュウセイさんに対してはその気持が表に出てこない。それは初めて出会った時に髪の毛を褒めてくれたり、ヴェルデがあれだけ懐いているからだろう。それに、自分の体を好きにして欲しいなんて、リュウセイさん以外にはとても言えない。


 あれは思い出すだけで顔が熱くなってしまう、どうしてあんな事を言ってしまったのか、もう後悔しかない。あの瞬間に戻れるなら、全力で自分を羽交い締めにして黙らせたいくらいだ。リュウセイさんは感情が顔に出にくい人らしいので意識せずに済んでいるが、さっさと記憶の彼方に追いやって封印したい。



「私はお兄ちゃんと仲良くしてくれる人が増えるのは大歓迎だよ」


「他の種族とは言え私は女ですが、それでもですか?」


「この国は奥さんや旦那さんが複数いても大丈夫みたいだし、コールさんはお兄ちゃんに抱かれても構わないって思ってるんだよね?」


「……えっ!?」


「あの時、小屋の外で洗濯してたんだけど、ちょうど服を干そうとして近くにいたから聞こえちゃったんだ、ゴメンね」



 こちらの方に申し訳無さそうな顔を向けるマシロさんを見て、私の羞恥心が一気に振り切れてしまう。ライムちゃんに聞かれなかったのは不幸中の幸いだが、やっぱりあの時に戻って殴ってでも自分を止めたい。


 恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてしゃがみ込んでしまったが、優しく抱きしめてくれたマシロさんの胸はとても柔らかかった。




―――――*―――――*―――――




 宿屋にある厨房から二人が戻ってきた。今日からコールも料理を手伝ってくれることになり、真白はとても喜んでいた。なんでも、この世界の水は日本のものより硬度が高いので、料理の味に影響するらしい。魔法で作った水は日本と同じ軟水なので、味付けがしやすいみたいだ。



「今日のご飯も美味しそうだな、コールも手伝ってくれてありがとう」


「いっ、いえ、私は水を出したくらいですから」


「少し顔が赤いが大丈夫か?」


「大丈夫です、何でもありません、体調はすこぶる健康ですから、魔物の攻撃は全て受け止められます」


「真白の浄化を受けてるから、変な病気にはなってないと思うが、調子が悪かったら無理せず休んでくれ」


「はい、ありがとうございます、リュウセイさん」



 コールはこちらの方をチラッと見て、すぐに目を逸らしてしまった。真白がその頭を優しく撫でてくれているが、あの様子だと恐らく病気ではないんだろう。鬼人族の女性はコールくらいの背の高さが平均らしく、頭半分くらい身長の高い真白に撫でられていると、姉妹が逆転してしまった感じに見える。



「かーさん、おなかすいた」


「そうだね、ご飯にしようか」


「水が変わると味にどんな変化があるのか楽しみだな」


「すごく味付けがしやすくなったから、きっと気に入ってもらえると思うよ」



 テーブルの上に並べられた食事は彩りも豊かで、今日も美味しそうな匂いがしている。コールの歓迎会をしたいところだが、今日は買い物をする時間もなかったので、日を改めてやることにした。“いただきます”と“ごちそうさま”の意味をコールにも教え、四人揃って食事を開始する。



「うす味だけと、すごくおいしい!」


「素材の旨味がいつも以上に引き出されてるな」


「魔法で作った水だと、こんな料理が作りやすいんだよ」


「素朴な味付けですけど、とても美味しいです」


「コールさんにも気に入ってもらえて、すごく嬉しいよ」



 料理をしながら仲良くなったのか、真白の話し方が俺や友達にする口調と一緒になっている。しかし、水が変わるだけで、こんなに味が変化するとは思っていなかった。今までの料理も十分美味しかったが、これは日本で作ってくれていた和食に近い味わいがある。俺にとってそれはとても食べ慣れた味で、そんな料理が作りやすくなったというのは、とても有難いことだ。



「魔法で作る水は凄いんだな」


「お肉をじっくり煮込んだりする時は、こっちの水の方がいい場合もあるんだけど、やっぱり味付けのやりやすさは、魔法で作った水のほうが上だよ」


「コールおねーちゃんが来てくれてよかったね」


「本当だな、これから一緒に暮らしていく生活が楽しみだよ」


「あぅ……リュウセイさんやライムちゃんにも、そう言ってもらえると嬉しいです」



 コールの顔がまた少し赤くなってしまったみたいだが、料理の最中にいったい何があったんだろう。真白はニコニコしてるだけなので、変なことがあったのではないと思うから、落ち着くまで静かに見守ることにしよう。


今までまともな食事をしていなかったコールに、いきなり油ものやこってりしたものは内臓に負担がかかるという、真白の気遣いも薄味料理の理由です。料理に関するスペックの高さは、こんなところにも発揮されていますね(笑)


硬水はパスタを茹でる時も適してます。

麺にコシが出て(アルデンテ)、食感が良くなります。

(茹でる時に塩を入れるのもミネラル分補充の効果が)

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後日談もよろしくお願いします!

色彩魔法あふたー
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