第34話 ベッドは一つ
真白が温め直してくれたスープを飲んだコールが、その美味しさに感動してまた泣きそうになったりしたが、ひとまず荷物をまとめて冒険者ギルドに向かうことにする。ヴェルデはずっと俺の頭の上に止まっていたが、ライムや真白には同じことをしなかった。触らせてくれるし呼びかければ鳴き声を返してくれるので、嫌われているわけではないが、なぜか俺の頭の上を気に入ってしまったみたいだ。
コールの荷物はわずかな着替えと冒険に必要な小物しかなく、廃材を利用して雨風をしのげるようにした場所に置いてあったリュックに収まる量だった。必要なものは今後そろえていくとして、まずはパーティー登録と彼女に課せられたペナルティーを軽減できるか聞いてみないといけない。
ギルドの建物に入ると、朝あの場にいた冒険者が数人いて、こちらの方に近寄ってくる。コールは少し怯えるようにして真白の後ろに下がってしまったが、抱き上げていたライムに頭を撫でてもらっている姿はほっこりする。
「その様子を見ると答えは想像できるが、どうだった?」
「彼女とパーティーを組むことにしたよ」
「さすがだなリュウセイ」
「マシロちゃんとライムちゃんに頼まれたら、断れないわよね」
「私はリュウセイ君に優しくされたら、ついて行くわよ」
「ライムちゃんもあんなに懐いてるし、やっぱり私に足らないのは胸の大きさかしら」
「お前に足らないのは若さだろ」
集まった冒険者たちが何か言い合いを始めてしまったが、コールの胸は確かにとてもまろやかそうだった。体を拭いたり持ち上げたりするとき、なるべく意識しないように心がけていたが、どうしても目に入ってしまうのは不可抗力だろう。あれはノーカウントでお願いしたい。
「ともかく良かったじゃねぇか、これから四人で頑張りな」
「もう無理するんじゃないわよ」
「見てるこっちがハラハラするからな」
「皆さん、心配かけてしまってごめんなさい」
「なに、同じ冒険者仲間だ気にすんな」
「我ら鬼人族の力でリュウセイたちの支えになってやれ」
「はい、頑張ります」
これまでどうして差し伸べてくれた手を払い続けていたのかや、こうして心変わりした理由を問いたださずに祝福だけしてくれるのは、冒険者同士の仁義を通してくれているからだろう。こういった所はとても好ましく、俺がこの世界の冒険者やその活動を好きな理由になっている。
話が一段落したところで受付けに向かったが、そこには朝に見かけた上司らしい女性職員が待ってくれていた。コールは抱いていたライムをおろし、その女性に向かって頭を下げる。
「今まで申し訳ありませんでした」
「あまり心配をかけないで下さい」
「この人たちに救っていただいたので、もう二度とあんな真似はしません」
その女性も朝の凛としたキツめの声と違い、優しく語りかけるような話し方になっている。朝は職務上ああいう言い方をしていたが、この人の本来の話し方はこんな感じなのだろう。
「彼女に課せられた制限を、解除するか緩和できないかと相談に来たんだが、可能だろうか?」
「これからはコールさんとパーティーを組んで、一緒に活動していきますのでお願いします」
「コールおねーちゃんもライムたちと同じところに泊まって、いっしょに暮らしていくからおねがいします」
俺たちは四人分のギルドカードをカウンターの上に並べる、三枚は模様付きの青いカードで一枚は水色のカードだ。それを確認しながら女性は少し考え込むが、すぐに顔を上げてくれる。
「特別依頼達成者の三人がいるなら問題ないでしょう。ですが、現在級位の三人が段位に昇格するまで、白級と青級で受けられる難易度に制限させていただきます」
「はい、それで構いません、ありがとうございます」
「俺たちはもうすぐ水段に上がれるから助かるよ、ありがとう」
「よかったね、コールおねーちゃん」
「水段になったらダンジョンに連れて行ってくださいね」
「はい、任せて下さい」
ギルド側の計らいで、コールのペナルティーはかなり軽減された。こんなところでも特別依頼達成の肩書が有利に働いているのは、とても有難いことだ。
◇◆◇
四人でギルドを出て、宿屋へ向かって歩いていく。ヴェルデは呪文で消えたり現れたりできるので、人目の多い場所では隠しているそうだ。今も外を歩いたりギルドに行ったりしたので隠れてもらっているが、部屋に入ったら自由にさせてあげるのがいいだろう。
「特別依頼達成者なんて驚きました、何の取り柄もない私がこんなパーティーに入れてもらっても良かったんでしょうか」
「俺たちが一緒に活動したいと言ったんだから、気にしないでくれ」
「ダンジョンにも興味あったんですけど、私たちだけじゃ行けないって思ってたから、来てくれて嬉しいですよ」
「コールおねーちゃんもフカフカで柔らかいし、ツノもおそろいだからライムうれしい」
「ライムちゃんのツノってとっても綺麗ですよね」
「コールおねーちゃんのは、ちっちゃくてかわいい」
ライムは本当に女性の胸が好きだな、誰に似たんだろう。俺ではないと思いたいが、この子と一番付き合いが長いだけに、自分でも気づいてない願望を読み取られてたりすると困るな。真白とよく腕を組んで歩いていたから、まさか無意識のうちに……いや、これ以上深く考察するのはやめよう、とても危険な予感がする。
「そのツノって大きくなったりするんですか?」
「鬼人族のツノは大人になる時に一度生え替わるんですが、私はもう終わってるのでこれ以上形は変わらないです」
「ライムも生え替わったりするかな」
「竜人族のことは私もよくわからないですね」
鬼人族はツノの生え替わりで成人が決まるので、その年齢はバラバラらしい。コールは十六歳になってすぐ生え替わり、その頃からヴェルデの必要とするマナが上昇しだしたそうだ。しばらくは誤魔化していたが、とうとう隠しきれなくなったので、村を出てこの街に来た。ここまで何とか頑張っていたが、更に必要とするマナが増えた上にポーションの値上がりが発生し、行き詰まってしまったのが大まかな経緯だった。
コールはいま十八歳なので俺より少し年上だが、言葉づかいもすごく丁寧で、名前もさん付けで呼んでくれる。ライムだけは本人の希望でちゃん付けで呼んでいるが、どうも彼女の性格らしく直すことは出来ないようだ。真白は彼女をさん付けで呼ぶようにしたみたいだが、俺は呼び捨ての方がいいと言われたので、そうすることにした。
「ただいま戻りました」
「おう、おかえり……知らない子がいるがどうしたんだ?」
「今日からライムたちと、いっしょに住むことにしたの」
「お客を連れてきてくれたのか、ありがとよライムちゃん」
「この人たちと一緒のパーティーになったので、今日からお世話になります」
「ならどうする、近くの一人部屋にするか?」
「俺が一人部屋に移って、女の子三人で今の部屋を借りてもいいぞ」
「ライムはとーさんと、いっしょに寝るほうがいい」
「私もお兄ちゃんの腕枕じゃないと眠れないよ」
「あの……私もみんなで一緒の部屋がいいです」
「おいおい、ライムちゃん以外の他種族の女性にまでこんな風に言われるたぁ、兄さんも隅に置けないな」
宿屋の親父さんは少し驚いた顔をしているが、異種族の男女が仲良くしているのは、そう珍しいことではないと思うんだが。様々な種族でパーティーを組んでる人もいるし、同じテーブルを囲んで仲良く談笑してる人たちもいる。俺にはコールの表情から今の気持ちを読み取ることは出来ないが、この世界独特の価値観はまだまだわからない事が多い。
「これだけ仲が良かったら、ベッドは一つでもいいな?」
「……えっ?」「はい、問題ないですよ」「ライムもそれがいい」「私もこの人となら大丈夫です」
「それなら一階にある一番奥の部屋が開いてるからそこに移りな、先払いの分は差額だけ支払ってくれればいい」
俺が何か言う前に、ベッドが一つの部屋に決まってしまった。宿屋の親父さんは、こっちをニヤニヤ見つめながら片目をつぶってサムズ・アップしているが、さてはこの状況を楽しんでるな。
◇◆◇
結局、二階の三人部屋を引き払って、一階の奥にある四人部屋へと引っ越しをした。部屋の中には更に大きくなったベッドと広くなった机があり、今のメンバーだと六人でも何とか暮らせそうだ。
「こんな場所で暮らせるなんて夢みたい……」
「本当に俺と一緒の部屋で良かったのか?」
「ヴェルデがこんなに懐いてるんですから、一緒にいてくれたほうが私も嬉しいです」
部屋に入ってから呼び出したヴェルデは、しばらく部屋の中を飛び回っていたが、また俺の頭の上で羽を休めている。守護獣は精霊に近い存在らしく、それらと同じように汚れたりしないし、何かを食べたりもしない。でも体はちゃんと温かいし、手ざわりも鳥と同じ羽毛の感触がする。
「パーティーを組んでマナも共有する仲になったんですから、遠慮は無しにしてくださいね」
「まだまだ他の人との付き合い方に慣れなくて、色々ご迷惑をかけてしまいますが、よろしくお願いします」
「俺も元の世界では人付き合いが苦手だったんだが、この世界に来て少しづつ出来るようになってきたから、一緒に慣れていこうな」
「ありがとうございます、リュウセイさん」
「ライムはみんなが一緒がうれしいから、もうあんなこと言わないでね」
「はい、もう“一人でも大丈夫”とか“私は野宿で十分です”とか言いません、こめんなさいライムちゃん」
野宿をやめて俺たちと一緒の宿で生活しようと提案した時に、コールは激しく遠慮してきた。手持ちのお金はほぼ尽きていたが、こちらの支援をなかなか受けようとはしてくれず、ライムが泣きそうになってしまった。あんな顔は、初めての食事でスプーンを落とした時くらいしか見たことが無かったので、俺も狼狽えてしまったが、コールはかなり心を動かされたようだ。
「生活を維持していくために必要なお金は俺の収納にある程度入っているし、それ以外のお金はパーティー口座に入れているから、必要な時は断りなく引き出していいからな」
「加入したばかりの私に、そこまでしていただいていいんでしょうか」
「ライムはコールおねーちゃんのこと好きだから、だいじょうぶだよ」
「俺は娘の直感を信じてるし、コールのことも懐いてくれてるヴェルデのことも好きだから、問題ないぞ」
「ピピッ!」
その言葉を聞いてヴェルデは頭の上で鳴き声を上げてくれ、コールは目を伏せながら視線を外してしまった。なにせマラクスさんの性別をひと目で見抜いてしまったライムだ、信用のできる人や相性のいい人は本能で判断してしまうんだろう。その子がこれだけ懐いて心を寄せているし、俺も最初に見かけた時からずっと気になっていた、それで十分だろう。
「お兄ちゃんって、こんな所がちょっと天然だよね」
「はい、他種族の人に言われると、どう反応したらいいか困ります」
「何か変なことを言ったのか?」
「ううん、何でもないよ。それでこそ私の大好きなお兄ちゃんだから、これからもそのままでいてね」
軽々しく好きと言ったのは、やはりまずかったのだろうか。妹も俺のことをそういい続けてくれているし、同じような感覚で言ったつもりだったのだが……
この世界に来て自分の容姿や喋り方で何か言われることが無くなり、他人との関わり方や距離感が大きく変化したが、この辺りの心の機微はまだまだ経験値不足だ。
作中でもちょくちょく語られますが、この世界では異種間に明確な壁が存在します。
雑に言うと、友達以上恋人未満がボーダーラインです。
(主人公とライムの関係が驚かれるのは、そうした一線を越えているから)
もう少し突っ込んだ話は次章で登場します。




