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第33話 コール

 時間にしたら一時間くらいだろうか、この小屋でお昼を食べてしばらく経った頃、ベッドで寝ていた鬼人族の女性が目を覚ました。真白とライムは外に出て彼女の服を洗濯してくれているので、落ち着いて話ができるようだったら呼んでこよう。



「………んっ……こ…こは?」


「目が覚めたか?」


「あなたは……確かいつも声をかけてくれた人族の男の人」


「道端で倒れていたから、悪いが勝手に治療してベッドで寝てもらった」


「そういえば体が痛くない……」


「それから君に謝らないといけないことがある、治療とはいえ服を脱いだ姿を見てしまって申し訳ない」



 俺が頭を下げると女性は顔を真っ赤にして、布団を鼻のあたりまで引き上げてしまった。



「えっと……見られたのは恥ずかしいけど平気です。でも、傷が治ったのなら魔物狩りに行かないと」


「待つんだ、今の君はギルドの依頼を受けることも、素材を買い取ってもらうことも出来ないんだぞ」


「……あっ」



 恥ずかしさをごまかすように起き上がって、魔物狩りに出ようとする女性を引き止める。今朝ギルドで言われたことを思い出したのか、表情が一気に暗くなり布団を握る手にも力が入った。


 しばらくそうしていたが、何かを決意するようにこちらに向けた顔には、悲壮感が漂って見える。



「あの……私を買っていただけませんか?」


「買うというのはどういうことだ?」


「言葉通りの意味です。

 お金さえいただければ、道具として酷使してくれてもいいですし、奴隷のように扱ってくれても構いません」


「ちょっと待ってくれ、そんな人身売買みたいなことは出来ないぞ」


「それなら私の体を自由にしてくれてもいいです、人族との間なら子供も出来ませんし、飽きたら捨ててもらっても文句は言いません」


「俺には子供もいるし家族だっている、そんな事を言うのはやめてくれ」


「男の人は苦手ですけど、私の髪を褒めてくれたあなたなら、何をされても平気です。お願いです、何でもしますから……もう時間がないんです」



 こちらに縋り付くように迫ってくる姿は必死すぎて、理性的な判断力を失っているように感じる。最近までただの高校生だった俺にそんな事を言われても困るだけだし、少し落ち着いてもらうために核心に触れてみることにしよう。



「そこまで必死になってお金を工面しようとするのは、やはりマナ回復ポーションを買うためか?」


「どっ……どうしてそれを」


「ギルドの冒険者たちもみんな心配して教えてくれたし、薬屋にいた女性も最近あまり買いに来なくなったと気にかけていた」


「先月くらいからポーションの値段が上がってきて、私の稼ぎで買えなくなってきたんです」


「確か倍近く高くなったと言っていたな」


「だからもっと難易度の高い依頼や、高価な素材集めで何とか稼ごうとしたんですが……」


「それで怪我をしても治療せずに無茶をしていたんだな」


「……はい」


「なぁ、そこまでしてマナ回復ポーションが必要な理由は何だ?

 君に発現したのは生活魔法だと聞いているが、頻繁に使うものじゃないだろ?」


「助けていただいたのに申し訳ありませんけど、その理由は……言えません」



 女性はこちらから視線を外すと、布団をさらに強く握りしめ下を向いたが、その姿勢からは強い拒絶を感じてしまう。だが、ここで諦めてしまっては今までと同じだ、とことん関わると決めたからには、もう一歩踏み出さないと彼女には届かないだろう。



「俺と、君の治療をしてくれた妹の真白は、違う世界から来た流れ人なんだ。それに娘のライムは素直で優しい竜人族だから、どんな理由があったとしても受け入れてやれると思う」


「……違う世界から来た?」


「俺と妹は“地球”という星の、“日本”という国からこの世界に飛ばされてきたんだ」


「どちらも聞いた事の無い名前です」


「他の人に知られて困ることなら誰にも言わないと約束するし、この世界の人とは違った物事のとらえ方が出来るから、思いもよらない解決法を見つけられるかもしれない」


「その話は事実なんですか?」


「それを証明するのは難しいが、元いた世界のことを少し話してみるから、それを聞いて判断して欲しい」



 俺は電車や車などの交通機関の話、電気やガスなどのインフラについて、それにスマホやインターネットなどIT技術の話を聞かせてみる。目の前の女性は困惑の表情を浮かべるだけだが、この世界とは全く違う生活様式や存在しない技術だと理解は出来ているみたいだ。



「何を言われているのかよくわからない部分のほうが多いですが、作り話にしてもここまで壮大だと逆に真実じゃないかと思ってしまいますね」


「いま外にいる妹に聞いても同じようなことを話してくれるし、これ以上はもう俺という人間を信じてもらうしかないな」


「ずっと私のことを気にかけていただいていましたし、あなたの事は信じてもいいと思っていますが、頼ってしまっても構わないんでしょうか?」


「俺たちのワガママで理由を聞きたいと言ってるんだから問題ないし、すぐに解決策が見つからなくても、ポーションの安い別の街に行く手伝いだって出来る」


「移動に必要な買いだめが出来なかったから、そう言ってもらえると嬉しいです。

 ……わかりました、私の話を聞いて下さい」



 俺は一度ベッドのそばから離れると、外にいた真白とライムを呼んでくる。どんな話をしてくれるかわからないが、三人で力になってあげよう。



◇◆◇



 真白が用意してくれたライムが好きな少し甘いお茶を飲みながら、ベッドから起き上がった女性と一緒にテーブルを囲む。先にスープを飲むかと聞いていたが、話を聞いてもらってからと断っていた。心の憂いが解消するなら、その後のほうが美味しく食べられるだろうし、まずは話を聞いてみよう。



「とりあえず自己紹介からだな、俺の名前は龍青というんだ」


「私はお兄ちゃんの妹で真白です、勝手に怪我の治療をしてしまってごめんなさい」


「とーさんと、かーさんの娘のライムです」


「私の名前はコールといいます、怪我の治療してくれて本当にありがとうございました。それから……」



《ヴェルデ、出てきて》



「ピー……」



 コールが水をすくうように両手を揃えて呪文を唱えると、その上に緑色の羽で全身が覆われている可愛い小鳥が現れた。しかし泣き声も弱々しく起き上がる力も無いようで、横たわったままわずかに首を動かしただけだ。



「可愛い小鳥だね」


「ライムの髪とおなじ色だ」


「これは召喚魔法か?」


「この子はヴェルデという名前で、私の守護獣(しゅごじゅう)なんです」


「守護獣なんて初めて見たな」


「持っている人はとても少ないみたいです」



 コールの説明によると、この世界の人は産まれた時に小さな動物を授かることがあるそうだ。それは“守護獣”と呼ばれ、守護対象に様々な恩恵をもたらす。人間と同じ色の魔法を使うことが出来、コールの授かったヴェルデの場合は耐久上昇、つまり緑の強化系で土属性の魔法を使える。しかも、その影響範囲は守護対象にまで及ぶため、鬼人族の耐久性の高さと合わさると、かなりの相乗効果があるらしい。



「ねぇ、コールおねーちゃん。ヴェルデちゃんが元気がないのは、どうしてなの?」


「ヴェルデは私のマナを使って生きてるんです。だけど成長するに従ってどんどん足りなくなって、今はマナ回復ポーションを飲んで我慢してもらってる状態です」


「それであんなに高いポーションが必要だったんですね」


「しかし守護対象のマナで維持できない守護獣というのは変じゃないか?」


「時々こういった子が現れるんですけど、それを“暴食の守護獣”と呼んでいます。持ち主のマナを食い尽くして殺してしまうから処分するのが決まりなんですけど、この子は自分が消えそうになってもそんなことしないんです。だから……私…ヴェルデと別れたくなくて………村を飛び出して、この街で冒険者活動をする事に……」


「……ピー」



 コールの瞳が潤みだし、今にも泣きそうになっている。ヴェルデもそれに気づいたのか、慰めるように小さく鳴き、懸命に動こうとしている。



「つまり知られると処分されるから、ずっと隠し続けていたんだな」


「……はい、そうです」


「お兄ちゃん」


「とーさん」



 真白とライムが俺の方を見るが、言いたいことは良くわかる。自分の半身とも言える守護獣と別れたくない一心で、これだけ無理を重ねてきたコールに笑顔を取り戻してあげたい。その力なら俺たちにある。



「真白もライムも賛成か?」


「だってこんなに優しい人と守護獣なんだよ、反対する理由なんてないよ」


「ライムもコールおねーちゃんと一緒にいたいし、ヴェルデちゃんにも元気になってほしい」


「そうだな、俺もそうしたいと思っている」


「あの、一体何の話をされてるんですか?」


「一つ確認したいんだが、もしコールのマナが多かったらヴェルデは元気になれるのか?」


「マナを貯蔵できるという不思議な指輪を使って、暴食の守護獣を飼いならした記録があると聞いたことがありますから、同じようなアイテムが存在するなら大丈夫かもしれません」


「それなら問題ないな……

 よし、そうと決まればコールに提案がある、俺たちとパーティーを組んで一緒に冒険者活動をやっていかないか?」


「コールおねーちゃんといっしょに依頼をしたり、旅をしたりしたい」


「野宿もやめて私たちと同じ宿で、一緒に暮らしましょう」


「えっ!? えっ!?」


「俺たちの秘密を共有する負担はかけてしまうが、これが最善の方法だと思っている」


「あなた達とパーティーを組んで秘密を共有したら、ヴェルデは元気になるんですか?」


「さっき言っていた指輪の話が本当なら、同じ効果を生み出せるはずだ」


「お願いしますパーティーに入れて下さい、秘密は絶対守りますから」


「それならそこに立って、目をつぶってもらって構わないですか」


「はい、こうですか」



 席を立って目をつぶったコールに真白が近づくと、その(ひたい)にゆっくりと顔を近づける。



コネクト(接続)



「終わりましたよ」


「あの、額に何か柔らかいものが当たったんですが、こんなことでヴェルデが元気になるんですか?」


「ヴェルデの様子を見てやってくれ」



 テーブルの上に寝かせていたヴェルデにコールが近づくと、ゆっくりと起き上がって羽を広げて飛び上がった。



「ピピピピ、ピーーッ」


「ヴェルデッ!! 良かった、本当に元気になった……」



 両手で包み込むようにヴェルデを抱きしめ、その体に頬ずりするコールの両目からは、嬉し涙がこぼれている。



「マナの減り具合はどうだ?」


「ちょっと大きめのヒール一回分くらいかな、全然余裕だよ」


「よかったねコールおねーちゃん」


「あの……これって一体どういうことなんですか?」


「真白には、さっきの額に触れる儀式で接続した人と、マナを共有する力があるんだ。俺はいま使っている小屋を収納しても余裕のあるマナの量があって、ライムは更に十倍くらいの大きさを持っている。そのマナを全て一つにして、コールも使えるようになったんだ」


「この大きな建物が入る収納魔法と、その十倍のマナ……」


「私にはもう一つ力があって、どれだけマナを使ってるかわかるんですけど、ヴェルデちゃんの使う分なら全く問題ないですよ」


「すごい、夢みたい……ありがとうございます、マシロさんライムさん」



 コールはまた瞳を潤ませながら真白とライムに抱きつき、ヴェルデもその上空をクルクル回っていたが、しばらくすると俺の頭の上に飛んできて羽を休めだした。



「コールが笑顔になって良かったなヴェルデ」


「ピッ、ピピッ!」


「えっ、嘘!? 守護獣は持ち主以外には絶対懐かないのに、リュウセイさんの頭の上に乗ってる……」


「お兄ちゃんは昔から動物に好かれてたから、守護獣も例外じゃなかったね」


「ライムのとーさんだからね」


「リュウセイさんも凄いです、私このパーティーに入れてもらえて本当によかった」






 こうして鬼人族のコールと、その守護獣ヴェルデが俺たちのパーティーに加入することになった。


資料集にコールとヴェルデのプロフィールを記載し、モブキャラの項目にドーヴァの街にある宿屋の主人を追加しています。宜しければご覧ください。

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後日談もよろしくお願いします!

色彩魔法あふたー
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