第32話 お節介
この街で初めて依頼を受けてから十日近く経ち、新しい場所の雰囲気にも徐々に慣れてきた。鬼人族の女性には出来るだけ目を配るようにして、見かけたら声をかけ続けているが「大丈夫」「問題ない」の一点張りで、まったく進展がない。体の傷や顔色の悪さは悪化する一方なので、そろそろ強引にでも事情を聞いたほうが良いかもしれないと思い始めている。
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その日も依頼の紙を持って受付けに向かおうとすると、いつもとは違うキツめの声が聞こえてきた。
「申し訳ありませんが、冒険者ギルドではあなたの依頼票を受理することは出来ません」
「そんな……」
「格上の魔物と戦って自らの命を危険にさらす冒険者は、素材やアイテムの買い取りも制限させていただきます」
「まっ……待って、それだけは許してください」
「何度も警告はしたはずです、それを無視し続けた冒険者に懲罰が下されるのはご存知ですよね」
「それは知っていますが、でも……」
「何も話してくださらないので、あなたの事情はわかりませんが、まずは体の傷を治してからにしてください」
「そんなお金どこにも……」
「ギルドで治療を受けられないのでしたら、本日はお引取りください」
鬼人族の女性に話をしていたのは、受付嬢ではなく今まで見たことのない職員だった。年齢はクラリネさんと同じくらいに見えるから、恐らく上司に当たる立場の人が出てきているんだろう。
依頼票の受理と素材の買い取りを拒否された女性は、フラフラとした足取りでギルドの外へと歩いていく。それを見た真白が近づこうとするが、俺はその腕をつかんで引き止めた。
「お兄ちゃん、どうして」
「今お前が彼女を治療してやっても、同じことを繰り返すだけだ。それに怪我が治ったら、余計に無理なことをするかもしれない」
「でも、このまま放っておけないよ」
「それは俺も同じ気持ちだ。だからちょっと強引にでも、事情を聞き出してみようと思う」
「だからお兄ちゃん大好き!」
「ライムも優しいとーさんが好き!」
真白は俺に飛びついてきて、腕に抱えていたライムは首にしがみついてくる。このまま追いかけて強引に聞き出そうとしても、恐らく今までと同じ対応になってしまうだろう。まずは何故あそこまで必死になっているのか、ヒントになるようなことを調べよう。
「誰か彼女のよく行く場所や、住んでる所を知らないか?」
「リュウセイたちは本当にお人好しだな」
「だが嫌いじゃないぜ」
「リュウセイとマシロちゃん親子の仲の良さの秘訣はこれか」
「これくらい優しくないと、マシロちゃんみたいな可愛い子に好かれないわよ」
「そうかもしれないが、冒険者同士の仁義があるから無茶言うんじゃねぇ」
「私たちには話してくれなかったけど、流れ人のあなた達なら聞き出せるかもしれないわね」
「他種族の子供にこんなに懐かれてるんだ、俺もそんな予感がするぜ」
「あの女はこの街の住人じゃないが同じ冒険者仲間だ、何か出来ることがあるなら協力してやろう」
どうもこの世界の人たちは、冒険者同士のプライバシーに配慮しすぎるところがある。能力や特技に関して根掘り葉掘り聞かれないのはありがたいが、仲間や身内以外の場合は手助けしたいと思いつつ、どこまで首を突っ込んで良いのか図りかねて、ジレンマに陥ってる感じだ。しかし、こうして誰かが突破口を開けば、みんなで協力してくれるのが良い部分だろう。
「おい、誰かあの鬼人族の女のことを知ってるヤツはいないか?」
冒険者の一人が大声で呼びかけてくれたが、それを聞いて何人かこちらの方に来てくれる。
「いつも南区の方に歩いて行ってるのを見かけるな」
「倉庫や資材置き場しかない区画だが、そこで野宿してるって噂があったぞ」
「薬屋にもよく出入りしてるみたいよ」
「上級冒険者が使うような薬やポーションは、彼女には必要ないはずなんだけどね」
「特殊な能力に関することかもしれんから、誰も聞くやつはいなかったな」
「ギルドで売ってる薬やポーション以外は何があるんだ?」
「ここで売ってるやつは飲めば効く普通の物しか置いていないが、薬屋だと持続効果のある高級品が売ってるんだ」
「ただ、この街にあるダンジョンだと、軽く痺れたり気分が悪くなったりする程度の攻撃しかされないから、普通のポーションでも十分間に合うんだよ」
「後はマナを回復させるポーションかしら」
「それこそ彼女には必要ないわよ、だって持ってるのは生活魔法だって言ってたから」
「俺たち鬼人族はマナが少ない種族だから、そんな物を使って戦うようなことはしない」
「彼女が誰かと一緒にいるところは見たことないし、この街にも一人で来たって言ってたから、使うとしたら本人だけなんだけどね」
何のために高級な薬やポーションを必要としていたのかはわからないが、彼女の事情を知る上で大きなヒントになるのは間違いない。
「まずは薬屋に行って、彼女が何を買っていたか調べてみるよ」
「皆さん、色々教えてくれてありがとうございました」
「ありがとうございました」
「可愛いライムちゃんのためだ、どうってことないぜ」
「マシロちゃんにはお世話になってるからね、気にしなくてもいいわよ」
「リュウセイのように、この世界の奴らとは違う感性を持ってるから出来ることもある、頑張ってみろ」
手にしていた依頼票を元の場所に戻し、他の冒険者たちの応援を受けながら三人で建物を出て、そのまま近くにある薬屋を目指す。彼女が何を買っていたか、うまく聞き出せれば良いんだが。
◇◆◇
薬屋には初めて入ったが、日本のドラッグストアのように色々なものを置いているわけではなく、薬が包まれた紙やポーションの入った瓶しか並んでいない。ギルドで売っているものと違い、値段相応の高級そうなパッケージだ。
「やっぱりすごく高いね」
「きれーなビンが、いっぱいならんでる」
「マナを回復させるのはこれみたいだが、特に高いな」
「あんたたち見ない顔だね、ここは初めてかい?」
棚に並んでいる商品を見ていると、店の奥から出てきた年配の女性が声をかけてくれた。
「私たちこの街に来たばかりで、色々なお店を回らせてもらってるんです」
「夫婦と子供で冒険者活動してるのかい?」
「色々な街を回りながら、家族で旅をしているんだ」
「へー、子供にも色々なものを見せてやれるし、いいじゃないか」
「とーさんと、かーさんと旅するのたのしい」
「ウチで取り扱ってるのは、上級ダンジョンにでも行かないと必要ないものばかりだけど、せっかく来てくれたんだからゆっくり見ていきな」
「そういえば最近、薬やポーションの値段が上がってると聞いたんだが」
「なんでも材料が手に入りにくくなったとかで、夏が始まったくらいから少しづつ原価が上がってきててね。ウチの店でも在庫のある分は何とか価格を据え置いてたんだけど、先月から値上げすることになっちまったよ」
「このマナを回復させるポーションとか、特に高いですね」
「それは値上がりの一番激しかったやつで、昔と比べて倍近く高くなっちまってね。定期的に買ってくれてた人もいたんだけど、最近あまり来なくなったし申し訳なく思っちまうよ」
「もしかして、髪の毛の黒いおねーちゃん?」
「そうだよ、良くわかったね。あんたたち彼女の知り合いかい?」
「そういう訳じゃないんだが、魔法を使って戦うことのない鬼人族がどうして必要なのか、冒険者たちの間で話題になってたんだ」
「あたしも不思議に思って聞いてみたんだけど、話をはぐらかされたから、誰かに貢いでるのかもしれないよ」
あっさりと聞き出せてしまったのは結果オーライだが、さっき聞いた話だと他人に渡してる線は薄いと思う。生活魔法しか持っていない彼女が、何のためにこんな高級なものを買い続けていたのかは謎のままなので、これは本人に聞いてみるしかないだろう。
◇◆◇
薬屋を出て、ライムを肩車しながら南区へ向かって歩く。荷運びの仕事で訪れたことはあるが、野宿をしているなら空いた場所の多い区画だろう。仕事で足を踏み入れたことのない方向を目指して歩いていると、倉庫もまばらになってくる。
「とーさん、あそこで誰か倒れてる!」
視点の一番高いライムが真っ先に気づいたが、乱雑に置かれた木箱に隠れるような位置で倒れている人の足が見えた。駆け寄ってみると、黒髪で額からツノの生えた鬼人族の女性だ。どこか傷口が開いてしまったのか、朝には無かった赤いシミが服についている。
「おい! 大丈夫か!」
「……少し…休めば平気……です」
「もうそんなことを言ってられる状態じゃないだろ、悪いが勝手にやらせてもらうぞ」
「放っておいて…く……だ………」
話の途中で意識を失ってしまった女性を横たわらせ、少し空いた場所に小屋を取り出す。その中に抱きかかえて運んだが、食事もあまりとっていなかったのか驚くほど軽い。ひとまず床に大きな布を敷いて、その上で治療をすることにした。
「お兄ちゃん、リュックの中に消毒薬が入ってるからそれを出してから、少しだけお湯を沸かして」
「わかった」
「ライムちゃんは服を脱がせるの手伝ってもらっていいかな」
「うん」
収納から緊急時に使うリュックを取り出して真白に渡すと、テキパキと治療の準備を始める。ギルドの依頼で何度もやっているから手際もよく、とても頼もしく見える。
「あっ、お兄ちゃん、念のため色彩強化をかけて」
「ロクに治療をしてなかったみたいだし、バイキンとか入ってたら大変だからその方がいいな」
真白の左手を握って色彩強化の呪文を唱えた後、コンロでお湯を沸かし始める。しかし、こんな状態になるまで自分を追い詰めてでも手に入れようとしていたマナ回復ポーションは、彼女にとってよほど大切なものなんだろう。何とか事情を聞き出して、力になれるなら手を貸してやりたい。
「背中の方にも傷があるみたいだから、お兄ちゃんも手伝ってくれる?」
「わかったよ、緊急時だし後で謝ることにする」
「ギルドで治療するときも、見たり触れたりする事が問題になったりしないから大丈夫だよ」
なるべく意識しないように上半身を持ち上げたりしながら、消毒したり傷のない部分をお湯できれいにしていく。下着も所々赤く染まっているのは、見ていてとても痛々しい。真白より小さな体で、どれだけ激しい戦闘を繰り返したのだろうか。
治癒魔法をかけた後に、もう一度全身をきれいに拭いて服を着せた後に、小さなベッドを取り出してそこで寝かせる。真白はお腹に優しいスープを作ると言って調理場に立ち、俺とライムが近くに椅子を持ってきて寝顔を見つめている。
「もうだいじょうぶだよね?」
「呼吸も安定してるし、浄化と治癒の両方をかけてもらったから大丈夫だと思う」
「はやく目がさめるといいね」
「そうだな……それに、もうこんな無茶をしないように、事情を話してもらえるといいな」
「とーさんだったら話してくれるとおもうよ」
寝ている姿からは苦しそうだった表情が消え、荒かった呼吸も穏やかになっている。話をする時はいつも伏し目がちで、こうしてじっくり見ることはなかったが、とてもきれいな顔をしている。背が低いので幼く感じていたが、この世界だともう立派な大人の女性だろう。本人に断りなく触ったり素肌を見たことは、やはりちゃんと謝ろう。
資料集は次話投稿後に更新しますが、結構まろやかさんです(笑)




