第31話 黒髪の女性
今日からギルドで依頼を受けてみることにしたが、冒険者が多い街ということだけあり、建物の中は人で溢れかえっていた。窓口には順番待ちの列ができていて、依頼が貼り出されているボードの前も人が大勢詰めかけている。
「人がいっぱいだね」
「これは確かに入り口を開けっ放しにしないと対応できないな」
「アージンだったら中にいた人が声をかけてくれたけど、ここだと人が多すぎて誰が入ってきたかわからないね」
「みんないそがしそう」
「明日は少し時間をずらしてみる?」
「どんな依頼がどれくらい残るかわからないが、時間を変えながら通ってみることにしようか」
三人で依頼が貼り出されているボードの近くに行くが、紫や白の場所は比較的空いている。依頼の内容はここでもよく似た感じで、倉庫の整理や資材の運搬の他に、貴重品の護送や遠征するパーティーの募集もある。街の近くに食肉用の動物を飼育している場所があるので、その関連の依頼が多いのがこの街の特徴か。
「何か見つかった? お兄ちゃん」
「俺は飼料の運搬をやってみようと思う、真白はどうする?」
「私はいつもどおり、ギルドで治療をする依頼を受けるよ」
「怪我をする人も多いだろうし、大変だと思うがしっかりな」
「お兄ちゃんとライムちゃんも、怪我をしないように気をつけてね」
「うん、がんばってくる」
「真白の世話にならないように気をつけるよ」
「お兄ちゃんとライムちゃんだったら、かすり傷だって治してあげるからね」
そんなことを言いながら依頼の紙をピンから外して、受付け待ちの列に並ぶ。少し前の方には、この世界では珍しい黒い色の髪の毛で小柄な人物がいる。日本では一般的な色だが、この世界には様々な色を持った人ばかりだ。ライムの緑色もそうだが赤や青や金色など、アニメやゲームで出てくるキャラクターのような人も多い。
俺は生まれつき暗めの茶色で真白は少し明るい茶色だが、この世界だとありふれた色になってしまう。
「申し訳ありませんが、あなたの実績だとこの依頼を受けることは出来ません」
「そんな……お願いします、どうしても受けたいんです」
「どのような事情があっても、規則で禁止されていますので諦めてください」
「でも、これくらいの依頼じゃないとダメなんです」
「もう少し難易度を下げるか、パーティーを組まれるのがいいと思いますよ」
「それだと報酬額が……
うぅっ……わかりました、常設の素材集めをしてきます」
「くれぐれも無理はしないでくださいね」
押し問答のような声が聞こえてきた方向に視線を向けると、前の方に並んでいた黒髪の人物が受付嬢に諭されているところだった。声の感じからして若い女性のようだが、依頼を受理してもらえず肩を落としながら歩く額に、二本のツノがちらっと見えた。
「あれは鬼人族の女性か……」
「あの鬼人族の女は、最近やたらと無理な依頼を受けようとするんだ」
「そうなのか?」
「体の頑丈な種族だから少しくらい上の依頼でも大丈夫なんだが、あの女はちょっと無茶し過ぎだな」
「最近は怪我することも多いみたいだし、誰かと組めばいいのにな」
「あの子はいつも何かに追い立てられてる感じでさ、ちょっとついて行けないよ」
「声をかけても必ず断ってくるから、誰も誘おうとしなくなったのよ」
「髪の毛が真っ黒で表情に影もあるから、不気味だっていう人もいるわね」
近くで順番待ちしていた冒険者たちは、窓口から離れていった女性のことを次々に話してくれたが、他人との関わりを避けているらしく、対人関係が苦手だった俺は少し共感してしまう部分がある。しかし、あまり無理なことを続けるとギルドからペナルティーもあるので、程々にしておいた方がいいだろうな。
「かーさん、あの人が怪我したら治してあげてね」
「私の担当になったら頑張って治療するよ」
「あんた白の魔法持ちか」
「はい、今日はここで治療の依頼を受けようと思ってるんです」
「こんな若くて可愛い子が治療してくれるなんて最高だな」
「男の人に触られるより断然いいわね」
「私も治療を受ける時はこの子になるように、お願いしてみようかしら」
「頑張って治療はしますけど、無理はしないでくださいね」
「「「「「当然[だぜ/よ]!!!」」」」」
周りにいた冒険者たちが一斉にサムズ・アップするが、やっぱりこの街でも同じノリなんだな。アージンとはギルドの雰囲気が少し違っていたが、ちょっと安心だ。
◇◆◇
今日の依頼も無事終わり、ライムを抱きかかえながらギルドに向かっている。今日は家畜の餌を運ぶ仕事だったが、ライムが一生懸命手伝う姿は依頼者も喜んでくれ、ミルクで作ったお菓子をもらってしまった。濃縮したミルクに甘みを加えて固めたような濃厚な味をした飴で、何となく“ママの味”で有名なお菓子を思い出した。真白にもお土産で残してあるので、食べた後に感想を聞いてみよう。
「おっと、すまない、大丈夫か?」
考え事をしながら歩いていたので、ギルドから出てきた人物に気づかずぶつかってしまった。壁の方によろけるようにして手をついたのは、背が低くてきれいな黒い髪をした額からツノの生えた女性だ。今朝、受付嬢と押し問答していた人物だが、あちこち汚れて髪の毛にも何かの液体が付着して固まっていた。
「大丈夫です、こちらこそボーッとしてしまってごめんなさい」
「おねーちゃん怪我をしてるよ、大丈夫?」
俺の腕から降りたライムが近寄って心配そうに覗き込んでいるが、よく見ると体のあちこちから血が滲み、腫れている部分もある。
「治療を受けなくて平気なのか?」
「私は鬼人族ですから、これくらい一晩寝れば治ります」
「かーさんに治してもらった方がいいよ?」
「今日から新しい治癒師も増えているから、遠慮せず治してもらった方がいいぞ」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
「そうか、それなら無理にとは言わないが、少しだけ待ってくれ」
俺は収納から水筒と手ぬぐいを取り出して、水で濡らしてから軽く絞る。
「自分では見られないと思うが、頭の上の方が汚れてるから拭いたほうがいい」
「手ぬぐいが汚れてしまうので、やめてください」
「黒くて艶があってきれいな髪なんだから、もっと大事にしたほうがいいと思うぞ」
「……きれい、ですか?」
「あぁ、俺はそう思う」
「ライムもきれいだと思うよ」
「そんなこと言われたの初めてです……でも、本当に結構ですから」
そう言って、わずかに頬を染めた鬼人族の女性は、俺たちの前から走り去ってしまった。
「行っちゃったね」
「走る元気があるなら大丈夫だとは思うが、少し心配だな」
「かーさんにお願いしたら治してもらえるのに……」
「彼女にも何か事情があるかもしれないし、また見かけたら声をかけてみよう」
「うん」
ライムと手をつなぎながら中に入り、依頼達成の報告を終わらせた後に、真白と合流して宿屋へ戻った。
鬼人族の肉体強度が高いのは事実でも、どこまでの負荷や怪我に耐えられるのか俺はよく知らない。少し話をしただけだが、顔色も良くなかったし表情からは疲れがにじみ出ていた。なにか理由があって無理をしてるんだとしても、あんな状態になるような戦いを続けていたら、いずれ動けなくなってしまうだろう。なにか手助けできることがあれば協力してやりたいが、今日の反応を見る限り受け入れてもらえる可能性は低いかもしれない。
ギルドでも無茶な活動はさせてもらえないはずなので、まずはそちらの対応に期待しよう。
◇◆◇
宿屋に戻って真白の作ってくれたご飯を食べ、お湯で体を拭いた後にゆったりとした時間を過ごす。作った料理を宿屋の主人におすそ分けしたらしく、お湯を貰いに行った時に「可愛くて料理上手で最高の奥さんじゃないか」と言われ、代金を無料にしてくれた。
「今日もらってきれくれた飴、すごく美味しかったね」
「ライムあれ大好き」
「店でも売ってるみたいだから、また買ってみような」
「なんか女の子が印刷されたパッケージで売ってた飴を思い出したよ」
「やっぱり真白もそれを連想したか」
「色もそうだし、口当たりもなんか似てるもんね」
「とーさんや、かーさんの世界のおかしも食べてみたい」
「この世界の材料で作れそうなお菓子があったら挑戦してみるよ」
「やったー!」
オーブンやレンジの無い世界だが、石窯があれば作れるお菓子もあるらしい。ただ火加減がかなり難しいので、以前泊まっていた緑の疾風亭でも、思った通りに作れなかったようだ。この宿に石窯は置いていないが、真白なら思う存分使える場所があったら、すぐ上達するんじゃないかと思う。
「そういえば真白、鬼人族って怪我とかしても一晩で治ってしまうのか?」
「あの人たちはとても丈夫だから、あまり怪我はしないみたいだけど、治る速度はそんなに変わらないと思うよ」
「あのおねーちゃん、ウソを言ったの?」
「たぶん俺やライムに心配をかけさせないように、言ってくれたんだと思う」
「もしかして今朝見かけた女の子に会ったの?」
「依頼を終わらせてギルドに戻ってきた時に、入り口でぶつかってしまってな」
「あちこち怪我をしてたの」
「治療を受けないか聞いてみたんだが、一晩寝れば治るから大丈夫だと言って、走り去ってしまった」
「とーさんが渡そうとした手ぬぐいも、うけとってもらえなかったんだよ」
「う~ん、何か事情があるのかなぁ……
誰も見てないところでなら、こっそり治療してあげてもいいんだけど」
真白もギルドの依頼で治療をしているので、緊急時や冒険者活動中以外に所構わず魔法を使うのは良くないらしい。以前のように、怪我をして泣いてる子供に対してとかなら何も言われることはないが、目立つ場所では控えた方がいいと、依頼のサポートしてくれていたベテランギルド職員に教えてもらったそうだ。
「俺も見かけたら声をかけてみようと思ってるし、真白もちゃんと治療を受けてるか、それとなく聞いてみてくれ」
「うん、そうするね」
「ちょっとお節介かもしれないが、何となく放っておけなくてな」
「ライムもすごく心配」
「私はお兄ちゃんのそんな優しい所が大好きなんだよ。それにライムちゃんも同じで嬉しい」
真白は膝の上に座ったライムを抱きしめ、そのまま俺の方に一層背中を預けてくる。そんな二人をまとめて抱きしめるように手を回し、眠くなるまで色々な話をした。
ミ○キー(笑)




