第29話 ドーヴァの冒険者ギルド
四人の旅は順調に続き、そろそろドーヴァの街が見えてくる辺りまで到達した。ドーヴァから王都方面へはよく人が移動しているのか、お昼を同じ場所で食べたり近くで野営する冒険者と毎日遭遇している。その度に真白が食事に誘っていたが、毎回新鮮な野菜や果物やお肉をもらい、旅の間の食事事情が街で暮らしているときよりも豪華になったのは、嬉しい誤算だった。
旅の準備で砥石を買い忘れて困っていた時も、近くで野営していた冒険者にマラクスさんが聞いてくれると、包丁を研いでくれた上に食事のお礼だと予備の砥石をくれたりもした。冒険中に剣を研いだりするのは必須らしく、砥石というのは冒険者にとって必需品らしい。この辺の知識や経験は、まだまだ俺たちに足りていないと痛感した。
様々な出会いと同行者のおかげで、初めての都市間移動は快適かつトラブルも皆無で終了しようとしている――
―――――・―――――・―――――
「あれがドーヴァの街だよ」
「無事ここまで来られてよかったね、お兄ちゃん」
「マラクスさんや途中で出会った人たちのおかげだな」
「ありがとう、マラクスおにーちゃん」
「僕の方こそ、こんなに快適な旅ができて嬉しかったよ」
前方には壁で囲まれた街が見えてきたが、ここも高い建物はあまり無く、事前に聞いていたとおり、街の規模もアージンと変わらない感じに見える。中に入る門の近くで、門番が通行人に声をかけているのも同じだ。
「ここはどんな街なんですか?」
「街の大きさはアージンとほぼ一緒だけど、近くに大きなダンジョンがあるから冒険者の数は多いかな」
「真白の受けられる依頼は多そうだ」
「治癒魔法の使い手は歓迎してもらえると思うよ」
「お兄ちゃんの受けられそうな依頼ってありますか?」
「ここは冒険者が多いから、そういった人たちに提供するお肉の生産も盛んでね、リュウセイ君の受けられる依頼も多いはずだよ」
「たびの途中でもらったお肉がそうだったね」
「彼女はここで購入したと言っていたから、間違いないよライムちゃん」
「あれ、すごくおいしかった!」
旅の途中で一緒に野営した男女二人のパーティーから、この街で購入したというお肉をもらい、それを真白がメンチカツ風に調理してくれたが、肉汁たっぷりでとても美味しかった。この世界に存在しなかったパン粉を使った料理なので、マラクスさんや冒険者には驚かれたが、もちろん全員に好評だった。特にライムはメンチカツサンドを気に入り、同じ肉が手に入ったらまた食べたいと、真白にお願いしていたくらいだ。
「ドーヴァの街へようこそ。お久しぶりです、マラクスさん」
「久しぶりだね、また仕事でしばらくお世話になるからよろしくね」
「ギルドの受付嬢たちも喜ぶと思います。ところで、そちらの三人はお知り合いですか?」
「この人たちは旅の途中で知り合ってね、ここまで一緒に移動してきたんだ」
「そうだったんですか、マラクスさんと一緒に旅をしたなんて言ったら、羨ましがられますよ。それじゃあ、ギルドカードや通行証とか持っていたら、見せてもらってもいいかな」
門の所で声をかけてくれた中年の男性に三人分のギルドカードを渡すと、それを確認して驚いた顔になる。
「君たちまだ若いのに、特別依頼の達成者なんて凄いね」
「僕も最初に聞いた時は驚いたよ」
「ライムのお友達のおかーさんを、とーさんとかーさんが助けてくれたの」
「優秀な冒険者が来てくれると嬉しいよ、ここにはしばらく滞在するのかい?」
「予定は特に決めてないが、しばらく留まるつもりだ」
「なら病気に気をつけて頑張るんだよ」
「何か病気が流行ってるんですか?」
「そういう訳じゃないだけど、薬やポーションの材料が手に入りにくくなったとかで、よその街より値段が少し高くなってきてるんだ」
「そうだったんですか、教えていただいてありがとうございます、気をつけますね」
冒険者の多い街と言っていたから、需要と供給のバランスが崩れてきているのか。強化した真白の治癒魔法や、アージンでもらったポーションはあるが、無駄遣いはしないようにしよう。
◇◆◇
入場の手続きを終え、冒険者ギルドへ向かって四人で歩く。俺たちは特別依頼達成の特典があったが、マラクスさんも国の仕事をしているので、通行税は必要なかった。街の中は帯剣したり防具をつけている人が多く、魔物との戦いで有利な鬼人族や獣人族もアージンより目立つ。
「お耳のついた人や、おっきな人がおおいね」
「マラクスさんが言っていた通り、ダンジョンに潜る人が多いんだろうな」
「治療の時に耳やしっぽに触れることがあるんだけど、ふさふさしてて凄く手ざわりがいいんだよ」
「お耳はさわらせてもらったことあるけど、しっぽはないから、かーさんうらやましい」
「俺はまだどちらも触ったことがないな」
ギルドで治療を担当していた真白は、どちらも触ったことがあるらしく、ちょっと羨ましい。俺もあの狐や犬みたいなしっぽを、思う存分モフってみたい。
「あれが冒険者ギルドの建物だよ」
「前のところよりおっきいね」
「ホントだね、建物も立派だよ」
「ここは出入り口を開放してるんだな」
「朝や夕方は冒険者が殺到するから、渋滞にならないようにそうしてるらしいよ」
今は昼前なので人はあまりいないが、大きな入口のドアは開け放たれていて、建物の中もよく見える。窓口の数もアージンのギルドより多く、素材の買取カウンターも広い。四人で建物の中に入ると、受付嬢たちが一斉に立ち上がった。
「「「「「「いらっしゃいませ、マラクスさん!!」」」」」」
「やぁみんな久しぶりだね、元気だったかい?」
「「「「「「きゃーーーーーーっ」」」」」」
「いつ見ても凛々しいお顔」
「それにあの甘い声がたまらないわ」
「一緒にいる若い二人と小さな子は誰かしら」
「マラクスさんのお知り合いなんて羨ましい」
「胸の大きな女性がマラクスさんの恋人ってことはないわよね」
「子供を抱いてる男性に寄り添っていますから、彼の奥さんじゃないんでしょうか」
「「「「「「それならマラクスさんの貞操はまだ無事ね」」」」」」
さすがマラクスさんは受付嬢に大人気だ、室内にいた女性冒険者もこちらに熱い視線を向けている人がいるので、この街ではかなり有名なんだろう。
「それじゃぁ僕は仕事に行くよ、ここまで本当にありがとうね」
「俺たちの方こそ、色々学ばせてもらってありがとう」
「一緒に旅ができて楽しかったです」
「マラクスおにーちゃん、また会おうね」
「僕もまた会えるのを楽しみにしてるよ、王都に来た時は声をかけてね」
「その時は必ず連絡するよ」
「マシロちゃんはいつでも僕のお嫁さんになりに来ていいからね」
「「「「「「マラクスさんが求婚してる!? いったい彼女は何者なの?」」」」」」
「真白のことは諦めてくれ」
「「「「「「修羅場よ! 修羅場!!」」」」」」
「私には心に決めた人がいるからごめんなさい」
「「「「「「マラクスさんがフラれた!?!?!?!?!?」」」」」」
「最後までマシロちゃんには振り向いてもらえなかったね」
「「「「「「マシロちゃん、恐ろしい子!!!」」」」」」
旅の間にすっかり恒例になったやり取りだが、こんな場所でしたものだからギルド内が大騒ぎだ。しかし、この世界の冒険者やギルド職員は誰もがこんなノリなんだろうか、全員の息がぴったりで声がきれいにハモっている。
笑いながら手を振って建物の奥に行くマラクスさんと別れ、三人で受付窓口へ向かうが登場の仕方がアレだっただけに注目されている。
「ドーヴァの冒険者ギルドへようこそ」
「騒がせてしまってすまない、この街に本拠の移動をお願いしたい」
「みんな楽しんでましたから大丈夫ですよ。でも、マラクスさんがあんなに楽しそうにしてるなんて、初めて見たかもしれません」
「八日くらいずっと一緒に旅をしてきましたから」
「そんなに長く一緒に行動されていたんですか、ちょっと羨ましいです」
「マラクスおにーちゃんの話、とってもおもしろいんだよ」
「こんな子供にまで懐かれるのは、さすがにマラクスさんですね」
受付嬢は椅子に座った真白の膝に抱っこされているライムの頭を撫でてくれるが、やはり違和感を感じたのかこちらを伺うような目で見つめる。
「あの……鬼人族の人とは違う場所にツノがありますけど、この子って何の種族なんですか?」
「ライムは竜人族なんだ」
「うわー、私はじめて見ましたよ」
「この街やその周辺で、竜人族を見たって話を聞いたことないですか?」
「もしかして迷子なんですか?」
「山の中に一人で眠っていたんだが、生まれて最初に見た俺を父として懐いてくれたから、一緒に暮らしていくことにしたんだ」
「とーさんはおっきくて優しいし、かーさんはおっきくてフカフカだから大好き」
「他種族の子供にこんなに懐かれてるなんて凄いです……っと、竜人族の目撃情報でしたね。他の職員にも問い合わせてみますが、私は聞いたことありません」
隣りにいる受付嬢にも目配せしてくれるが、全員が首を横に振っているので、すぐにはわからないみたいだ。マラクスさんもギルドの幹部に聞いてみると言っていたので、その情報を待つことにしよう。
三人のギルドカードを差し出すと、特別依頼の達成者だということで驚かれたが、無事に本拠地の移動も完了した。建物から出る時にアイテムの販売コーナーを見てみると、確かにポーションの値段はアージンより高い。物流が発達していない世界だから、徒歩で十日程度離れた場所でさえ物価がこれだけ違うのか。在庫も少ないようだし、ダンジョン攻略の必需品だから多少高くても売れてしまうんだな。
通りに出た後は、マラクスさんお勧めの【青い泉亭】に向かって歩いていく。食堂は併設していないが、清潔で値段もリーズナブルな上に、子供が一緒でも安心して泊まれる宿らしい。彼女はどこに泊まるのかと思って聞いてみたが、国が所有している施設があるので、そこを利用すると言っていた。
すっかり四人でいることに慣れてしまったので少し寂しいが、気持ちを切り替えてこの街で活動をしていこう。
資料集のサブキャラの項目に、行商の女性や旅行者たちを追加しています。
奴等です(笑)




