第1話 刷り込み
新しく連載を始めてみようと思います、よろしくお願いします。
家族や仲間を大切にしながら旅を続け、この世界の住民とのふれあいや、新しいパーティーメンバーの加入で徐々に強くなっていく、そんな物語が書ければ良いと思っています。ど派手な作品にはならないと思いますが、安心して読める物語を目指していきたいです。
(スキマ時間解消のお手伝いが出来たと思われましたら、ブックマークや評価いただけると嬉しいです)
本日中に何度かに分けて、主人公がチート能力を発現するまで投稿します。
明日中に二章の第一話まで投稿予定なので、ご期待下さい。
拙い作品ですが、お楽しみいただけると幸いです。
――ここは人の訪れることのない深い山の中。
学校のグランドほどありそうな広場の片隅で、小さな影がうごめいた。広場を取り囲む崖の一部は大きくくり抜かれ、屋根のようになっている。その下でゆっくりと立ち上がった小さな影の後ろから、地鳴りのように低い声が発せられる。
『目が覚めたのか?』
「・・・・・」
その小さな影は空気を揺らす程の声には反応せず、一点をじっと見つめるだけだ。崖の上や広場の近くにある森にいた鳥や動物は、地の底から響いてくる様な声に驚いて、月明かりだけが周りを照らす夜にもかかわらず、一斉にその場から逃げ出していた。
やがて少しおぼつかない足取りで、見つめていた先に向かって歩き始める小さな影。それを見た声の主がその方向に意識を向けると、突然なにかの気配がそこに出現した。どこかから移動してきた訳でもなく、上から落ちてきた訳でもない、何もなかった空間に前触れもなくソレは現れたのだ。
青白い燐光を薄っすらと周りから上空へ立ち上らせるソレに小さな影が近づくと、仰向けに倒れているその顔をじっと見つめる。さっぱりと切りそろえられた黒に近い茶色の髪を持ち、白いシャツに色の濃いズボンを穿いている男の顔を穴の開くように見つめ、小さな手で頬を撫でるような仕草をした後、小さくつぶやいた……
「……とーさん」
そのまま男性の胸元にしがみつくと、再び眠りについてしまう。屋根のある場所からゆっくりと出てきた大きな影が、倒れている男と安心しきったように眠る少女を見つめ、巨大な体で二人を守るように横たわる。
『我らにも感知されず突然現れるとは、もしや流れ人か……』
つぶやきにも似た声だったが、それでも周りの空気を大きく揺らし、再び森の中が騒がしくなってしまう。高い場所から二人を見下ろしていた顔を地面に下ろすと、辺りには再び静寂が訪れた――
―――――・―――――・―――――
ゆっくりと意識が覚醒してくると、真っ先に感じたのは硬い床の感触だった。ゴツゴツしていて冷たく、体温が奪われそうな感じだったが、夏休みが終わったばかりの時期なので、身震いするほどではない。その割には肌にまとわり付くような熱気はなく、どちらかというと爽やかな陽気だ。
意識が次第にはっきりしてくるに従って、何故こんな硬い床の上で寝ているのかという疑問が湧いてくる。
確かいつものように市営プールに泳ぎに行った帰りだった――
―――――・―――――・―――――
「お兄ちゃん、お疲れ様!」
「なんだ迎えに来てくれたのか?」
「うん、ちょうど時間が合いそうだったから、ここで待ってたんだ」
「今日も部活だったんだろ?」
「そうだよ、もうじき文化祭だからね」
一緒に通っている高校では、九月の終わりに文化祭が開催される。妹が所属している料理研究会は屋台を出店するらしく、そこで出す軽食のメニューを色々と練っているらしい。小学校高学年の頃から、留守がちな両親の代わりに食事を作ってくれているが、その腕前はかなりのレベルに達している。妹のクラスメイトがお弁当のおかずを分けてもらい、その美味しさに感動して涙を流したという噂があるくらいだ。そんな妹が所属するクラブの出し物は、かなりの人気が出るに違いない。
「当日は必ず買いに行くよ」
「お兄ちゃんのためだけに美味しいもの作るから、絶対来てね」
「他のお客さんのためにも、ちゃんと作ってやってくれ」
こちらを見上げながら「わかってるよー」と言って、花の咲くような笑顔をみせてくれる。兄の自分が言うのもなんだが、妹はとても愛らしい顔立ちをしていて明るく社交性もあり、同じ血を分けた兄妹というのが信じられないくらい違っていた。昔から感情を表現したり気持ちを誰かに伝えるのが苦手で良く誤解されていたが、そんな自分をいつもサポートしてくれる大切な存在だ。
身長が百七十八センチと人より高めで、目付きが悪いと言われていたので、こうしていつも一緒にいてくれる妹がいなければ、学校や街でも今よりずっと孤立してしまっていただろう。高校に入った当初も、地元で有名な女子中学校の制服を着た女の子が、校門で手を振りながら嬉しそうに駆け寄ってくるので、最初はかなり誤解を受けてしまった。
誤解が解けた後は妹を紹介してくれという男子生徒が殺到したが、全て睨みながら断っている。妹に悪い虫が付いていないのは、自分の強面が唯一役に立ったと思える瞬間だったのは、少し苦笑してしまう思い出だ。
「お兄ちゃんのクラスって何やるんだっけ?」
「うちは女子中心で、コスメ関係の店をやるんだ。簡単な化粧やボディペイントシールで、文化祭を盛り上げるらしい」
「じゃぁ、お兄ちゃんは当日ヒマなの?」
「男子は準備や会場作りと、当日は宣伝のビラを配ったりするくらいだから、結構暇だな」
「なら、私が時間のある時に一緒に文化祭回らなない?」
「それくらい全く問題ないぞ」
それを聞いた妹はさらに近づいてきて、腕を組んで歩き始めた。少し恥ずかしいと思うが、よくこうしてくるので、ずいぶん慣れてしまった。近所の商店街でも仲のいい兄妹と有名で、時々店のおじさんやおばさんに夫婦扱いされたりするが、妹はそれをとても喜んでいる。
「お前のクラスは……確か教室を使った出し物だったな」
「私の所はお化け屋敷やるんだ」
「定番だな、それ」
「そうなんだよー、私はクラブがあるからほとんど手伝ってないんだけど、男子が中心になって決めちゃったから、なんか下心がありそうで嫌なんだ」
「お化け屋敷や喫茶店なんかは争奪戦になるから、それを勝ち取ったのは凄いと思うぞ」
文化祭の出し物は同じ種類の制限があり、人気の高いものはすぐ枠が埋まってしまう。一年生でお化け屋敷を開催できるのは、よほどしっかりした企画を考えたんだろう。
「そうだ! 喫茶店といえば、お兄ちゃんのクラスで一度もやった事ないよね?」
「毎年その案が出るんだけど、一度も可決されなかったんだ」
「うー、お兄ちゃんのウエイター姿見たかったのにー」
「俺が接客しても怖がられるだけだろ?」
「そんな事ないよー
執事喫茶とかやって、お兄ちゃんが“お帰りなさいませ、お嬢様”とか言ってくれたら、私は毎日通っちゃうよ」
そう言って更に密着してくると、歳の割にまろやかな感触に自分の腕が包まれていく。妹が自分にぶつけてくれる親愛の気持ちはとても嬉しいし、なるべく応えてやりたいと思う。しかし、こうした普段の言動は、兄妹の域を若干超えていそうで、ちょっと心配だ。
高校生になって初めて共通の話題になった文化祭の話をしながら、夕食の買い出しに向かうスーパーへの道を歩いている。茜色に染まった夕日が見える土手の空気も、夏のうだるような暑さと違い多少涼しくなってきただろうか。しかし、肌にまとわり付くような湿気を含んだ風に、秋の気配はまだ感じられない。
「あれ、危なくないか?」
「何が?」
「ほら、橋の下にあるコンクリートが少し突き出た部分に、仔猫が二匹いるだろ」
「あっホントだ、あんな所に落ちたら這い上がれないよ」
視界の端に何かが映ったような気がして注意深く見てみると、コンクリートで出来た護岸のわずかな出っ張りに、仔猫が二匹しがみついていた。近くに親はいないようだが捨て猫なんだろうか、このままだといずれ力尽きて落ちてしまうだろう。妹も土手の端の方に移動して、背伸びをしながら覗き込んでいたが、その小さな生き物を確認して心配そうな顔になる。
「斜めになってるから、このままだと川に落ちてしまう」
「お兄ちゃん、助けに行こうよ」
「俺が行ってくる」
土手の上に着替えや教科書の入ったバッグを置いて、一気に下へと駆け下りていく。妹も心配なのか、同じ場所に荷物を置いて後ろをついてきている。その場所に近づくと「みーみー」と、か弱い鳴き声が聞こえてきた。コンクリートの上に腹ばいになり下を覗き込んでみたが、色違いの二匹の仔猫は突然上から現れた人間に少し驚いているみたいだ。
妹も近くにしゃがむと、ズボンのベルトをぎゅっと握ってくれた。落ちないように支えてくれている心遣いに感謝しながら、ゆっくりと手を仔猫の方に伸ばす。
「いま助けてやるから、大人しくしてくれ」
「「みー……」」
最初は少し怯えていたが、自分たちに危害を加える人物ではないとわかってくれたのか、こちらをじっと見つめながら暴れたりせずじっとしてくれる。片方の首根っこを優しく掴んでそっと持ち上げると、隣りにいる妹に手渡す。
「もう大丈夫だから安心してね」
仔猫を受け取った妹が優しく語りかけると、抱いている手をペロペロと舐めはじめた。それを確認してからもう一匹の方に手を伸ばし、首根っこを掴んでゆっくりと持ち上げた。腹ばいの状態から起き上がり、服についた汚れを軽く落とす。仔猫を手のひらで包み込むように抱き寄せると、胸元にスリスリと顔を擦り付けてくれた。
「怖かっただろうけど、もう大丈夫だ」
「みー」
「あなたもお兄ちゃんの方に行きたいんだね」
こちらの方に手をのばすように動き始めた仔猫を妹から受け取ると、二匹を一緒にして胸に抱きかかえた。
「「みー、みー」」
「お兄ちゃんって昔から、小さな子供や動物には好かれるよね」
「顔も見ても怖がられなかったら大丈夫みたいだな」
「そんな子は、お兄ちゃんが優しい人だって、ちゃんとわかってるんだよ」
「そうだといいんだが……」
「お兄ちゃんはこんなにかっこよくて優しいのに、みんな見る目がないんだよねー」
何やら兄の素晴らしさを語りはじめた妹の声を聞きながら仔猫の方に再び目を向けると、ずっと不安定な場所にしがみついていたから疲れたのか、胸元に顔を擦り寄せたまま眠ってしまっていた。
「親猫も近くにいないみたいだが、この仔猫たちどうする?」
「う~ん、しばらくウチで面倒見て、里親になってくれる人を探してみるよ」
「母さんは猫好きなのにアレルギーがあるから、帰ってくるまでに何とかしないと大変なことになりそうだ」
「涙や鼻水が止まらなくなるのに、道端の猫とかすぐ触りに行こうとするもんね」
父と一緒に出張に出ていてしばらく帰ってこない母の話をしていた時、突然自分たちの周りが明るくなった。それがどんどん上空へと広がっていき、円柱状の光の中に取り囲まれてしまうが、突然のことで二人ともその場から動けないでいた。
「おっ、お兄ちゃん、これ何!?」
「わからんが、俺のそばから離れるなよ真白!」
「眩しすぎて周りが見えないよ、お兄ちゃんどこ?」
「こっちだ!」
龍青は仔猫たちを片手で抱え直すと手探りで妹を探し、その手が何かの感触を掴んだ瞬間に、光の柱は突然その姿を消した。そこには二人の姿や仔猫もなく、静寂の中に川の流れる音が聞こえるだけだった――