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第27話 三人の攻防

 マラクスさんが森から戻ってくると、手には鶏くらいの大きさをした肉の塊がぶら下げられていた。こうして狩った獲物の下処理にも慣れているんだろう、捕獲して首を落としてから毛も全部取ってくれたようだ。



「ただいま、みんな。おいしそうなのが捕まえられたよ」


「お帰りなさい、マラクスさん。丸ごとの鳥なんてお祝い(クリスマス)の時くらいしか食べられないから、ちょっと時間のかかる料理にしてみますね」


「もしかして丸ごと焼くのか?」


「ここにはオーブンや石窯がないから、蒸してからテリヤキみたいにしようと思うの」



 真白は内臓を取り出しフォークで何か所も穴をあけると、表面や体内に塩と香草を刷り込んでいく。そして、予め用意していた下ごしらえ済みの野菜を詰め込み、それを深めの鍋に入れると蓋をして蒸し始める。



「マシロちゃんて凄く手際がいいよね」


「昔から料理を作るのが好きで毎日やってましたから、自然と上手になってきたんです」


「最初は失敗も多かったな」


「でも、お兄ちゃんが美味しいって何でも食べてくれたから、喜ぶ顔が見たくて上手に作れるように頑張ったんだ」


「ライムががんばって、スプーンを使えるようになったのと一緒?」


「そうだよライムちゃん、失敗しても諦めずに頑張ったから上手になったんだよ」



 最初は焦がしたり味付けを失敗して塩辛くなったり、微妙な出来のものが多かったが、それでも真白の手料理は全部美味しく思えた。劇的に上達しだしたのは、中学に上がってスマホを持ち始めてからだったな。レシピサイトや動画を見ながら、次々と新しい料理に挑戦していた。中二の頃に自分の小遣いで買った刺身包丁を使って、魚を卸してお造りにしたら、父さんが感動して調理器具を一新してくれたっけ。



「なんかマシロちゃんみたいなお嫁さんが欲しくなるね」


「マシロにそんな趣味はないと思うぞ?」


「いやだなーリュウセイ君、冗談だよ冗談。そんな怖い声を出さないでくれよ」


「私はお兄ちゃん以外に嫁ぐつもりはないから、大丈夫だよ」


「ライムのかーさんだもんね」



 凄んだつもりはなかったが、声が低くなってしまったんだろうか。真白が幸せになれるなら結婚は反対しないが、まだまだその時は訪れそうもなので少し安心した。もちろん、あくまでも兄としてホッとした、そう思っている……はずだ。



◇◆◇



「みんなお待たせ、鳥の丸ごと香草テリヤキだよ」


「おっきくておいしそう!」


「すごくいい匂いがしていたから、どんな味か楽しみだよ」



 大きなお皿の上には蒸した後に焼き色を付け、濃い色のタレを何度も丁寧にかけた鳥が丸ごと置かれている。醤油がない世界なので日本で作るテリヤキとは違うが、表面もきれいに照りが出ていて美味しそうだ。真白はそれを器用に切り分け、中に詰めた野菜と一緒に盛り付けると、上からタレをかけて一人ひとりに配ってくれる。


 いただきますの挨拶と短いお祈りを済ませ、さっそく食べ始める。



「かーさん、これすごい!」


「お昼のパンも凄かったけど、出来たての料理だとここまで美味しくなるんて、驚きしかないね」


「肉も柔らかくて、野菜の旨みがよく染みているから美味しいな」


「あんまり時間をかけられなかったから、ちょっと手抜きなんだけど、喜んでもらえて嬉しいよ」


「手抜きなんてとんでもない、良くあれだけの時間でこんな美味しいものが作れるね、ちょっと感動してしまうな」


「そう言ってもらえると嬉しいです。パンと一緒に食べても美味しいと思うから、試してください」



 小さめに切って並べられているパンの上に肉と野菜を乗せ口に入れると、ボリュームが増して食べごたえが出てくる。ライムも喋ることを忘れて、パンと一緒に次から次へと口に運んでいた。



「新鮮な食材が手に入るのは凄いな、これもマラクスさんのおかげだ、ありがとう」


「いやいや、お礼を言うのはこっちの方だよ。明日からも狩りを頑張るからね」


「料理は一生懸命作りますから、よろしくお願いしますね」


「おいしいものが食べられて、ライムしあわせ」



 鳥を丸ごとなんて、四人でも食べ切れるかと思ったが、きれいに無くなってしまった。取り出した骨はスープの材料にするらしく、鍋に入れてコトコトと煮込み始めていた。



◇◆◇



 お茶を飲みながら食休みをしているが、全員お腹いっぱいで満足そうな顔をしている。



「マラクスさんは今夜どうされるんですか?」


「僕はいつものように外にテントを張って寝るよ」


「マラクスおにーちゃんも一緒に寝ないの?」


「流石にそこまでお世話になるわけにはいかないし、家族で寝ている場所に他人がお邪魔するのは気がひけるからね」


「この家には認識阻害の簡易結界が組み込まれてるから夜も安心して眠れるし、こういう事を言われるのは不本意かもしれないが、マラクスさんも女性なんだから、ここで寝てもらうほうが良いと思うんだ」


「そうですよ、ここの方がテントより安心して眠れますから、泊まっていってください」


「認識阻害の簡易結界って、君たち本当に色々凄いね。でも、そこまで言ってくれるなら、玄関の隅っこでも貸してもらえると嬉しいかな」


「ここで寝てもらうんだったら、これを使ってくれればいい」



 俺は席を立つとテーブルから少し離れて、空いた場所に収納から小さなシングルベッドを取り出した。鬼人族の使えるものではないのであまり大きくないが、大人の男性でも十分寝られるサイズだ。



「リュウセイ君はさっき細々としたものが入ってるって言ってたけど、ベッドはその範疇に入らないと思うよ?」


「荷車より小さいし嵩張(かさば)る物じゃないから、これと同じ大きさのを二つ収納してある」


「……なんかもう、君の収納魔法の容量に関して考えるのをやめるよ」



 諦め顔になったマラクスさんは、今夜からここに泊まってくれることを了承した。ライムは大喜びで、いっぱいお話をすると気合を入れていたので、予備のベッドを入れておいて良かったと思う。



◇◆◇



 ベッドを一旦元に戻し、お湯を沸かして体を拭くことにする。衝立(ついたて)で目隠しが出来るとはいえ、家族以外の女性がいるので、俺は家の外で待機している。簡易結界のある家から離れるのは心配になるからという意見で、玄関の近くの壁にもたれかかって空をぼーっと見つめているが、星もよく見えて月もきれいだ。



「そんなにきつく締めていたら苦しくないですか?」


「慣れてしまえばそうでもないよ、それに僕はマシロちゃんみたいに大きくないからね」


「でもやわらかいよ」


「ライムちゃん、あまり触られるとくすぐったいよ」


「マラクスさんは形がきれいだから、ちょっともったいないな」


「マシロちゃんの方こそ張りがあって、何も身につけていないのにしっかり形を保っていて、凄いじゃないか」


「私はこの胸より、マラクスさんくらいの身長が欲しかったです」



 家の中からは楽しそうな会話が聞こえてくるが、このままだとあらぬ想像をしてしまいそうなので、慌てて声から意識を逸らす。うん、今日も月がきれいだ。


 しかし、マラクスさんは不思議な人だ。半日付き合ってみて悪い人じゃないのはわかるし、俺たちを騙そうとか何かの目的があって近づいたとか、そんな感じとは違うと思う。疑問があるとすれば、やはり徒歩で移動していることだろう。乗合馬車が苦手なのと、移動中に出会った人から街や冒険者ギルドの生の声が聞けるので、仕事に役立つのが理由だと言っていたが。


 彼女の地位や立場はわからないが、国の仕事をしているならチャーター便とか、職場で移動用の馬車を所有していそうだが、本人が言ったように下っ端だから利用できないんだろうか。謎の多い人ではあるが、根掘り葉掘り聞くのは失礼だろう。とりあえず今は、お互いに笑って快適に旅ができればいいと思う。



「寝る時もそれをつけるんですか?」


「そうだよ、誰に見られるかわからないからね」


「この家は窓も鎧戸で目隠しできますし、お兄ちゃんがついてるから大丈夫ですよ」


「そのお兄さんに見られるのが恥ずかしいんじゃないか」


「お兄ちゃんは私のを直接見て慣れてるから、他の女性に変な目を向けることはありません」



 一緒にお風呂に入ってたのは小学校の頃だぞ、真白。

 見えそうになったことは少し前にあったが……



「それは、僕のものが取るに足らない存在と言われてるみたいで、傷つくんだけど」


「そんなことないです、マラクスさんは理想的な形をしてるんだから、お兄ちゃんにしっかり見てもらいましょう!」


「マシロちゃん、さっき僕が言ったこと聞いてたかい?」


「とーさんはライムのも見てるから、だいじょうぶ」


「ライムちゃんまで何を言い出すのかな!?」



 真白がこの世界に来るまで、ライムの体は俺が拭いていたから見ているが、年齢は一応0歳だし体型も四歳前後だからな。それにライムは娘だから、何もやましい気持ちなんてない。


 小屋の中から聞こえてくる三人の会話を聞いていると、二対一のせいか何となく真白とライムの方が優勢な感じだ。あまり不自然な格好で寝てもらいたくないという気遣いだと思うが、出会ったばかりの女性に一体何をやらせようとしてるんだ、俺の妹と娘は。



◇◆◇



「何か変じゃないかな、リュウセイ君」


「いや、少し不思議な感じはするが、その姿も素敵だと思う」


「君が感情を表に出すのを苦手にしていて良かったよ、変に反応されたり狼狽(うろた)えられたら、僕の羞恥心が振り切れるところだった」


「俺のこの体質を、そんな風に言ってもらったのは初めてだ」



 結局マラクスさんが折れて、胸を締め付けずに寝ることにしたらしい。こうして見るとしっかり女性がとわかってしまうが、肌着は用意してなかったようなので、直視するのは避けるようにしよう。


 少し頬を染めながら胸を隠すような仕草をするマラクスさんは、最初に会った時のイメージから随分と離れてしまった。もう彼女を男の人として見ることは出来ないと思うが、正体をばらして仕事の邪魔をしないようにだけは、気をつけないといけない。



「どう? お兄ちゃん」


「どうと言われても答えようがないが、あまりマラクスさんを困らせないようにしろよ?」


「うん、本気で嫌がるようなことはしないし、一緒にいるのがお兄ちゃんじゃなかったら、こんな事言わないよ」


「ライムもちゃんと気をつけるね」


「よし、二人ともいい子だな」



 並んで立っている真白とライムの近くに行って頭を撫でると、二人とも嬉しそうに微笑んでくれる。正直に言うと、俺も家の中にいるときや寝る時は、仕事を忘れてありのままの姿でゆっくりしてもらいたいと思っている。



「まさか僕も旅の途中で、こうやって過ごせるとは思ってなかったよ」


「家ではいつもそうやって過ごしてるのか?」


「さすがに家の中でも外と同じ格好だと、気が滅入ってしまうからね」


「なら夜の間だけでも、ゆっくりくつろいで欲しい」


「君たちって本当に優しいね、僕とても嬉しいよ」



 そう言って浮かべてくれた笑顔は、とても魅力的だった。


意識的に性別を使い分けているキャラのギャップは、素晴らしいと思うのです(個人の感想です


資料集のサブキャラの項目にマラクス(ベル)のプロフィールを追加しました。

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後日談もよろしくお願いします!

色彩魔法あふたー
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