第26話 世は情け
いつもと違う区切り記号の後に、また視点が第三者(神)へ切り替わります。
旅の途中で知り合った、女性なのに男性のふりをしているマラクスさんと行き先が同じ街だったので、一緒に行動することにした。これまでの旅で起きたトラブルやエピソードを聞かせてもらったが、面白おかしく話をしてくれるので、ライムも大喜びだった。
彼女の性格や性別を隠しているという事情もあるのだろうが、乗合馬車というのはかなりストレスが溜まるみたいだ。予約も取りにくいし日程も自由にならないので、もしある程度まとまった人数で移動するなら、貸し馬車のほうが安くて早く移動できる、なんて情報も教えてもらった。
「君たちが流れ人だったなんて、僕はとても珍しい人に声をかけてしまったんだね」
「王都だと保護を求めてくる流れ人とかいそうだが、そんなに珍しいのか?」
「流れ人は時々この世界に呼ばれるって話だけど、一般の人には物語の登場人物みたいな存在だし、王都でもそう簡単に見られるものじゃないよ」
「なら竜人族と一緒に行動してる俺たちは、非常に稀な事例ってことか……」
「竜人族は人の多い場所には出てこない種族で、森や山の中でそれっぽい人影や生活跡を見つけられるくらいだから、君たちが一緒に行動してるのは、この国の歴史に残るくらいの出来事じゃないかな」
ライムのことは出会った時に話したが、一緒に行動しているとこの世界には存在しない単語や話題がどうしても出てしまうので、俺たちの素性も明かすことにした。
「竜人族がどんな生活をしているのかとか、食文化や子供の育て方とか知りたくて、ライムちゃんの仲間を探す旅をすることにしたんです」
「森の中は迷いやすいし、山の奥は危険な動物もいるから、今の君たちでは難しいと思うけど、この世界に突然飛ばされたのに、しっかりとした目標を持って子供を育てながら旅をしようなんて、とても素晴らしいことだから僕は応援するよ」
マラクスさんはそう言って、俺の背中で眠っているライムの頭を、優しい笑顔を浮かべながら撫でてくれる。
「森の探索とか普通はどうやってるんだ?」
「大きな部隊を組んで人海戦術でやったり、乱暴で時間はかかるけど道を切り開きながら探索するのが一般的かな」
「私たちにはどっちも無理だね」
「後はそうだね、エルフ族がいれば迷うことはないよ。ただ、エルフも人の多い所にはあまり出てこない種族なんだけどね」
エルフのことを詳しく聞いてみたが美男美女ばかりで耳が長いという、俺たちのイメージする姿と同じ見た目をしているみたいだ。そうした容姿や特技を持っているため、パーティーを組もうという誘いが後を絶たず、外見も良いので性的な視線を向けられること多いせいで、他種族の……特に異性だと近寄っただけで逃げられることもあるらしい。俺も真白もそんな目で他人を見ることは無いと思うが、男女のパーティーだしエルフを仲間にするのは難しいかもしれないな。
「でも他種族の子供がこんなに懐いてるなんて、なんか不思議だね」
「出会ったときから奇妙な縁を感じたし、俺がこの世界に来た理由がライムに関係してるかもしれないから、こうしていられるんじゃないかと思ってる」
「だけどライムちゃんがこんなに懐いてるのは、お兄ちゃんだからだよ」
「真白にも会った時から懐いてるし、俺だけが特別ってわけではないと思うが」
「そんなことないよ、言葉ではうまく言い表せないんだけど、ライムちゃんもきっと私と同じものをお兄ちゃんに感じてると思うな」
「そうなのか……真白がそう言うなら、そうかもしれないな」
隣に寄り添うように近寄ってきた真白が、いつもの安心できる笑顔を浮かべてこちらを見てくれる。妹が向けてくれるこの顔を見ると、理由はわからなくても納得できる感じがしてしまう。
「あー、改めて確認したいんだけど、君たち二人は夫婦とか恋人同士ではないんだよね?」
「真白は俺の大切な可愛い妹だ」
「お兄ちゃんとは固い絆で結ばれた兄妹だよ」
「……なんというか、まぁ、お幸せにって感じかな」
俺たち二人の間に流れる空気に当てられたのか、マラクスさんは少しげんなりした顔で後ろの方に下がっていった。そのままの隊列で俺たち四人は、今日の野営地点目指して歩いていく。
◇◆◇
「早めに野営の準備をしたいんだが、この辺りでも構わないか?」
「僕の荷物も収納してくれたおかげで、いつもより多く移動できてるくらいだから問題ないよ」
「じゃぁ、お兄ちゃんお願いね」
「わかった、ライムと一緒に少し離れていてくれ」
昨日の反省を生かして、日が陰ってくる前に街道の広くなった部分を見つけたので、そこを野営地にすることにした。道に沿って崖になっている部分があり、そこから少し離れた場所で呪文を唱える。
《ストレージ・アウト》
今日もうまく取り出せたのでみんなの方を見たら、マラクスさんが驚いた表情で固まっている。
「お兄ちゃん、窓を開けてくるね」
「ライムもお手伝いするー」
「マラクスさん、俺たちも中に入ろう」
「……少し確認したいんだけど、君の収納にはさっき取り出した荷車の他に、この小屋まで入ってたのかい?」
「他にも細々としたものを入れてるが、大きな物は荷車二つとこの小屋だな」
「荷車二つ!?」
単体で取り出せたほうが便利な武器や道具とか、非常時に役立ちそうな物を詰め込んだリュックは個別にしまっているが、あとの荷物は全てまとめて入れている。
「俺のマナ量はかなり大きらしくて、荷運びの仕事でも重宝してもらっていたよ」
「これは大きいとかそういう次元じゃない気がするけど……」
真白のマナメーターによれば、この小屋の大きさだと俺が元から持っていたマナの半分程度らしい。それにマナ共有のチートスキルと、俺の十倍ほどあるライムの膨大なマナがあるから、入れようと思えばもっと大きなものでも大丈夫だ。
「自分の持つ技能は最大限に生かしたほうがいいと思ったから、快適に旅ができる方向に利用してみたんだ」
「うん、その考えは正しいと思うよ」
「この世界の生活様式と少し違うから、一緒に来てもらっていいか?」
「……僕は流れ人って存在を、甘く見すぎていたかもしれないなぁ」
少し遠くの方を見つめているマラクスさんを連れて中に入り、靴を脱いで床に上がることなどを説明していく。中の設備も驚かれたが、淡々と事実を受け止めることにしたらしく、日本式の暮らし方にも馴染んでもらえた。
「晩ごはんの準備を始めますけど、苦手なものとか食べたいものとかありますか?」
「あっ、そうだった、食材を提供する約束だったね」
「俺もなにか手伝おうか?」
「いや、リュウセイ君の役目はこの家族を守ることだから、ここにいてくれるかい」
「こちらで準備してる食材もありますから、無理に行かなくても大丈夫ですよ」
「そうはいかないよ、約束もあるし僕もマシロちゃんが新鮮な食材で作る料理を食べてみたいからね。この辺りの森には大きくて美味しい鳥がいるんだ、それを捕まえてきてあげるよ」
そう言ってマラクスさんは靴を履いて、玄関から飛び出してしまった。旅に関してはベテランみたいだし、赤の攻撃魔法を持っていると話していたので心配はないだろう。俺たち三人は鳥肉に合いそうな材料を準備したり、部屋を掃除したりしながらマラクスさんを待つことにした。
―――――*―――――*―――――
小屋を飛び出したマラクスは、森へ向かって一直線に走る。そのまま倒木や下草をものともせず、どんどん奥へと入って行き、少し開けた場所まで走り抜けると、そこで停止して周りをゆっくりと見渡す。
するとどこからともなく、数人の男女がマラクスの周りに集まってきた。全員目立たない格好をしていて、顔も目の部分以外を布で覆っているので、性別がわかるのは体型だけだ。
「みんなご苦労さま、いつもありがとう」
「ベルお嬢様もお疲れさまでした」
男の格好をしている時は“マラクス”と名乗っているが、彼女の本名は“ベル”だった。
「あのような者と行動を共にされて、ベルお嬢様に万が一のことはございませんか?」
「あなた達がいるから大丈夫よ、それにあの子たちはとても素直で優しいわ」
「確かに他人に害をなすような人物には見えませんが……」
「竜族は他者の害意に敏感なの、ライムちゃんもその血を引いているから、同じように気づくはずよ。そんな子があれだけ二人に懐いているのだから、安心して構わないわよ」
ベルは周りに集まった隠密たちを見回すと、優しい笑顔で微笑んだ。口調も変わり普段の凛々しさが鳴りを潜めた彼女の笑顔は、見るものを魅了するとても美しいものだった。
「お嬢様の素性がひと目で見破られましたが、お仕事に影響はありませんか?」
「あの子たちには表の仕事しか伝えていないし、私のことは黙っていてくれるって約束してくれたから、信じていいと思ってるの」
「お嬢様がそこまで言われるのであれば、我々も彼らを信頼いたします」
彼女の表向きの仕事は冒険者ギルトの査察官だが、実際には別の任務も帯びている。ベルの実家は王家の密偵として現在の王国が樹立して以来仕えてきた一族で、貴族や権力者の不正を秘密裏に調べるのが本来の仕事だ。ドーヴァの街で以前から進めていた内偵が終わり、直接乗り込んで証拠を叩きつける任務を受けていた。
「ベルお嬢様、この森で捕まえた鳥をご用意しています」
「ありがとう、これでマシロちゃんの美味しい料理が食べられるわね」
隠密の一人が持ってきた鳥は、首をはねて血抜きを済ませ、毛も全てむしり取られている。面倒な下処理はすべて終わらせている辺りに、彼らの高い能力が伺われた。
「ベルお嬢様、マシロさんの料理というのはそれほど美味なのでしょうか?」
「まだお昼にパンとスープしか食べていなけど、彼女は本物よ」
「お嬢様の口からそのような言葉が出るなんて、驚きです」
「異世界からの流れ人と言ってたけど、王都でも見たことのない調理法で、味も言葉では言い尽くせないほど美味しかったわ」
「「「「「そっ、そこまでですか……」」」」」
周りに集まった隠密たちの喉がゴクリと鳴った。
「ベルお嬢様だけズルいです、私たちもマシロさんの料理を食べてみたい」
「俺もちょっと興味がある」
「一体この鳥がどう調理されるんだろう」
「マシロさんの料理を一口だけでもいいから食べてみたいです」
「私もです、何とかなりませんかお嬢様」
「みんな落ち着きなさい。そうね……あの子の優しさにつけ込むようで気が引けますが、あなた達が通りすがりを装って、食事どきに新鮮な材料を提供するようにしたら、食べさせてもらえるんじゃないかしら」
「「「「「それだっ!!!」」」」」
この場に集った五人の心が、一つになった瞬間だ。五人は円陣を組むと、登場する順番や提供する食材の打ち合わせを開始する、そんな姿をベルは少し苦笑交じりに眺めていた。
◇◆◇
打ち合わせが終了した隠密たちに、ベルが話しかける。
「この旅の間は、あの子たちも護衛対象にしてもらって構わない?」
「もちろんですベルお嬢様、マシロさんの料理は命を賭してでもお守りします」
「料理じゃなくて、私とあの子たちの安全を守ってね」
まだ実際に口にしたことのない者まで魅了する、真白の料理はそこまでの魔力を秘めていたのだった……
隠密や御庭番と言っても、彼らは忍者じゃありません(笑)
それに上下関係は結構ゆるゆるです。
◇◆◇
設定の齟齬が生じたため終盤の地の文を変更しました(2019/11/07)
「代々仕えてきた」→「現在の王国が樹立して以来仕えてきた」




