第269話 女神の帰還
翌日の朝、彩子さんを天界まで送りに祭壇へやってきた。シェイキアさんは仕事があるからと、ヴァイオリさんと一緒に帰っていったが、ベルさんはクレアのことを考えて今日も泊まってくれる。
そんなベルさんとはすっかり母娘になっており、クレア曰く二人の母親で二倍お得とのこと。「増量キャンペーン期間中みたいなもんやな」とは彩子さんの弁である。
彩子さんと三人でお風呂に入ったり、二人の母親に挟まれて眠ったり、二倍効果を存分に堪能していた。こうした順応性の高さは、彩子さんのスキルで生み出された人類共通の特徴らしい。
そもそも明確に親と言える存在がいないため、自分の意志と直感で血縁認定するそうだ。確かに言われてみれば、出会ったばかりのライムが俺を父親と慕ってくれたのも、クレアがその人の持つ“気”と呼ばれる雰囲気で親を判別していたのも、その特徴で説明できる。
今日からしばらく一人いなくなってしまうし、ベルさんも仕事があるので四六時中一緒というわけにはいかない。寂しがってしまうことは避けられないと思うけど、そこは父親である俺がフォローしよう。父さんと母さんも祖父母として支えてくれると言ってくれてるから、きっと大丈夫のはずだ。
「ほな、クレアちゃんのことよろしゅう頼むわ」
「母親として、リュウセイくんや家族と一緒に、立派に育ててみせます」
「ん……パパやベルママのいうこと聞いていい子にしてるから、アヤコママも仕事頑張って」
「ホンマにみんなえぇ人ばっかやから、ウチも安心して役目を果たせるっちゅうもんや」
彩子さんとクレアから母親として認められたベルさんは、子育てにかなり情熱を燃やしている。
ライムの母親になった真白は、日本にいた頃とは違う魅力を身につけたが、母親としての意識を目覚めさせたベルさんも同様だ。
クレアを優しく見つめる姿は母そのもので、カリン王女がキラキラとした目で見つめていた。その慈愛に満ちた横顔は、永久保存しておきたいくらいだったからな。
なにせサンザ王子でさえ思わず息を呑むくらいだから、世の中の男たちは絶対に放っておかないだろう。いずれ性別を偽った活動をやめる日が来るかもしれないけど、それまで女性の格好で出歩けないのは残念だ。人目のつかない場所に、親子三人で出かける機会は必ず作ろう。
「ありがとうございます、彩子さん。おかげで最高の人生を送れますよ」
「孫が二人もできて本当に幸せです、ありがとうございました彩子さん」
「少しでも罪滅ぼしになったんやったら、ウチも嬉しいわ」
「じーちゃんとばーちゃんに会わせてくれて、ライムすごくうれしかった!」
「祖父母っちゅう生き物は、孫に激甘なんや。ぎょうさんおねだりして、お小遣い手に入れたりオモチャ買うてもらうんやで」
子どもたちに、あまり変なことを吹き込まないでくれ。二人の喜びようを見ると、本当に何でも買い与えそうだからな。
「また洋食をごちそうしますから、いつでも来てくださいね」
「真白ちゃんの料理は、そこいらのレストランより美味しいからな。また近いうちに寄らせてもらうわ」
みんなとも別れの挨拶をすませ、彩子さんが祭壇の中心に立つ。
来た時とは違い、転移と同じように祭壇のフチから白い光が立ち昇ってくる。
「ん……夏になったら泳ぎに行くから、アヤコママも絶対来て」
「バーベキュー楽しみやから、絶対行かせてもらうで!
ほな、そろそろ時間や。みんな達者でなー」
天井まで伸びた白い光が消えると、そこには誰もいなくなっていた。
クレアは祭壇の様子をじっと見てるけど、表情を曇らせたり涙目になったりはしていない。これはベルさんのおかげだろう。
俺と一緒にクレアの手をつないでいるベルさんに視線を向けると、同じようにこちらを見てしっかりうなずいてくれた。心が通じ合っているみたいで、胸の奥に温かいものがこみ上げてくる。
◇◆◇
午後から少しだけベルさんが家に戻らないといけなくなり、父さんと母さんがこの世界を案内して欲しいと申し出てくれた。ライムとクレアを連れて、赤井家だけの時間を過ごしてみたいそうだ。
「本当にお前の魔法は便利だな」
「さっきの滝もすごかったけど、この湖も綺麗でいいわ」
「いいチート能力を引き当てたもんだ」
「でも、危ないのじゃなくてよかったわね」
「じーちゃんとばーちゃんは、ふつうの魔法しかつかえないんだよね」
「ん……ちょっと残念」
「父さんたちは俺が召喚したせいで、特殊な魔法が発現しなかったみたいだな」
流れ人にチート能力がつくのは、男の神が召喚した影響らしい。クリムとアズルは彩子さんが転生させたので、そうした魔法が発現しなかった。
父さんは赤の飛翔系で火属性、母さんは黄色なので付与魔法だ。二人には開放されてない魔法枠も無いから、この世界にいる一般の人と何ら変わらない。
「お父さんとお母さんも、ダンジョンに行ってみる?」
「もちろん魔法を使ってみたいから必ず行くが、低層階だけで十分だぞ」
「お母さんも広墨さんも、座ってばかりの仕事だったから、体力ないものね」
「お前たちもダンジョン攻略をメインにしてないようだし、無理のない範囲で連れて行ってくれ」
「それだけでも日本にいたら体験できないことだし、すごく楽しみなのよ」
「とーさんに強化してもらったら、ばーちゃんがまひさせて、じーちゃんの魔法でたおせるよ!」
「ん……安全確実が一番」
母さんの付与魔法を三倍強化すれば必中と永続がつくし、父さんには耐性無視が乗った上位属性の魔法が放てるからな。恐らく中層域くらいでも、一対一なら負け無しだろう。
「雨の多い月になったらダンジョンに行くことが多くなるし、必ず連れて行くよ」
「ねぇ、他に行ってみたい所ない?」
「それなら温泉に行ってみたいわ」
「お前たちが入浴剤を作った白い温泉に連れて行ってくれ」
シェスチーに行くんだったら二人の湯浴み着も買って、ついでに露天風呂も入ってくるか。ライムとクレアは父さんと家のお風呂に入っているから、気兼ねなく混浴可能だ。
◇◆◇
転移先にある源泉の吹出し口を見学して、湯浴み着を買った後に露天風呂までやってきた。さすがに冬の季節はお湯から上がる湯気の量が多く、街の中も霧が出たようにけむっている。
「日本にも川が温泉になった場所はあるが、異世界はスケールが違うな!」
「入浴剤のお風呂も気持ちよかったけど、やっぱり天然の温泉はいいわね!」
「じーちゃん、ひざにすわっていい?」
「遠慮せず来ていいぞ、ライムちゃん」
「ん……私はパパに座る」
「いいぞクレア、こっちにおいで」
父さんと母さんのテンションは、川の近くにある露天風呂に入った時から、うなぎのぼりだ。その気持はとても良くわかる、俺や真白も初めてここに来たときはそうだった。この光景を見て興奮しない日本人はいないだろう。
「真白ちゃんって、また大きくなった?」
「こっちの世界に来て、お兄ちゃんにいっぱい愛してもらってるから、少しづつ成長してるよ」
「日本にいた頃より、ワンカップ大きくなったんじゃないかしら」
「この世界の下着って、サイズが細かく分かれてないから、あんまり気にしたことなかったなぁ」
身長はほとんど伸びてないと思うけど、やはり栄養はそっちの方に行っていたのか。そういえば去年も冬に買った水着が海水浴前には合わなくなっていたし、一体どこまでまろやかになるんだろう。
父さんがこっちをジト目で見てるけど、愛したってのはそういう意味じゃないからな。むしろそれで変化があるなら、ライムの寄与が大きいはずだ。
「一体誰に似たのかしらね」
「おばあちゃんはどうだったの?」
「えっとね、彩子さんと変わらないくらいだったわよ」
「父さんの家系はどうなんだ?」
「俺も一人っ子だから自分の母さんしかわからんが、普通だったな」
つまり突然変異!
「あっ、お兄ちゃん、今すっごく失礼なこと考えたでしょ」
「ナンノコトカナ?」
「ん……パパがまた人形になってる」
「とーさんのかお、へんな方にむいてるよ」
つい人外っぽい姿を思い浮かべていたのを、読み取られてしまったか。そうした存在が活躍する映画もあるけど、自分の妹と重ねるのはやめよう。
俺の態度から何かを察したクレアが膝から降りてくれたので、代わりに真白を呼び寄せる。
「すまなかった、何をしたら許してくれる?」
「前みたいに抱っこして、後ろからギュッてしてくれたら許してあげる」
やはり要求してくるのはそれか。大切な妹のおねだりだし、それくらいならやってあげよう。前回の試練を突破した俺に、もう素数大先生の出番はないはず。
今日は乳白色のお湯だしな!
「どこの世界に行っても、お互いがどんな姿になっても、真白は俺のいちばん大切な妹だよ」
「お兄ちゃんの妹として生まれたのが、私にとって一番の幸せなんだから、ずっと隣りにいてね」
「……なぁ母さん、あれ完全に夫婦だぞ」
「広墨さんの若い頃を思い出すわ」
「俺はあんな歯の浮くセリフを、言ったりしないぞ?」
「それは広墨さんが気づいてないだけで、今の龍青くんと同じようなこと、何度も囁いてくれたんだから」
「嘘だろ!?」
「やっぱり親子揃って天然ねぇ……」
俺の何気ない言動を聞いた家族からも言われたことがあるけど、これは父さんからの遺伝だったのか。そんな部分も好きだと真白が言ってくれてたし、無理に変わらなくてもいいんだろうな。
その後も交代で三人を抱っこしながら、お互い離れていた間の話を続ける。そろそろ上がろうかという時になって、父さんと母さんが少し真面目な顔をして近寄ってきた。
「聞くまでもないと思うが、龍青と真白は今の生活に満足してるか?」
「子供ができて家族が増えて、父さんと母さんにも会えて、俺にこれ以上望むことはないよ」
「お兄ちゃんと夫婦になって、同じ人を好きになったお嫁さんもいっぱいできたし、すごく幸せだよ」
「ライムちゃんとクレアちゃんはどう?」
「かぞくやお友だちがいっぱいできて、ライムはせかいでいちばん幸せだよ!」
「ん……今の生活が無くなるなんて、想像したくないくらい楽しい。地上に来てよかったと思ってる」
黒い思念体の件では色々と思う所はあったけど、二人の神は色々手を尽くしてくれたみたいだから、遺恨はない。逆にそれがこの世界へ来るきっかけになっているし、結果だけ見れば得たもののほうが大きいとも言える。
俺があのまま日本にいたらどうなっていただろう……
大学に進んでも人との距離がうまくつかめず、寂しいキャンパスライフを送っていたかもしれない。志望校は県外だったので、合格したら真白とは離れ離れになっていた。
そんな状態で俺は幸せだっただろうか?
今なら断言できる、そんな生活はまっぴらごめんだと。
「まだ答えは出せないかもしれないけど、父さんと母さんはどうだ?」
「まだこの世界のことをよく知らんが、いい所なのは間違いない。少なくともお前の周りにいる連中は、超がつくくらい善人だし、気立てのいい子ばかり揃ってる。それに俺の夢がかなったんだ、文句なんてつけようがない」
「龍青くんと真白ちゃんの子供を抱く夢がかなったし、クリムちゃんとアズルちゃんからお母さんなんて言われて、泣きたくなるくらい嬉しいわよ。広墨さんと一緒になって、あなた達を授かることができて本当に良かったわ」
父さんが隣りに座っている母さんを抱き寄せ、お互いに熱い視線を交わしている。なんというか、相変わらず仲睦まじい二人だ。そんな部分は俺と真白、もちろん家族にも受け継がれてるんだろう。
何十年先になっても、今の家族とあんな風に心を通わせ続けたい。
膝の上に座っている真白を少し強めに抱きしめながら、俺はそう固く決意した。
主人公の喋り方もそうですが、天然ジゴロな部分も父親の影響です(笑)
明日は2話連続で更新します。
ついつい書きたいことが多くなって、エピローグが前後編に分かれてしまったので!