第25話 旅は道連れ
目が覚めると、ブラインドのようにルーバーを取り付けた鎧戸の隙間が、うっすらと明るくなっている。ライムは相変わらず俺の上に登ってスヤスヤと眠っているし、真白は空いた隙間を詰めてきていて、腕を抱えながら肩を枕にして気持ちよさそうに眠っている。場所は変わっても、いつもと同じ朝の光景だ。
この大陸は全体が一つの国だが、治安の維持や不正の撲滅にはかなり力を入れているらしく、アージンの街でも小さなトラブルはあったものの、日本だと警察が動くような大きな事件は発生しなかった。主要街道も同様に定期的な巡回と整備がされていて、そうした安心感と簡易結界のおかげで、ぐっすりと眠れたらしく調子もいい。
「……ん………おふぁよー、お兄ちゃん」
「おはよう真白、眠いならもう少し寝ててもいいぞ」
「お兄ちゃんが隣にいてくれたら、私はどこでも熟睡できるから大丈夫」
「外も明るくなってきてるようだし、窓を開けてくるよ」
「あっ、私が開けてくるから、お兄ちゃんはそのままライムちゃんを寝かせてあげて。私は起きて朝食の準備と、お弁当も作っちゃうね」
「旅の間は、真白に負担をかけてばかりだな」
「いいんだよ、そんなこと気にしなくても。それにお兄ちゃんとライムちゃんに美味しいものを食べてもらうのは、私の務めだから!」
布団から出て小さくガッツポーズをした真白が、窓と鎧戸を開けてくれる。相変わらず言葉に別のニュアンスが含まれている気がするが、本人はとても楽しそうにしているので、それに甘えさせてもらおう。
窓からは優しい光と爽やかな風が吹き込んできて、とても気持ちがいい。日はまだ昇っていないので朝の早い時間だが、睡眠は十分に取れた感じがする、これなら今日一日歩いても平気だろう。真白は台所で朝食の準備をしていて、その音を聞いていると凄く穏やかな気持になって二度寝しそうになる。ライムの頭を優しく撫でながら、ゆったりした時間を存分に楽しませてもらった。
◇◆◇
しばらく歩いていくと、分かれ道に到着する。ギルドで購入した地図によると、片方が王都の方面に行く道で、もう片方が南に向かって伸びる道だ。王都の方向は大きな街も多いが、南の方は中小規模の街が多いので、この先は旅をする人も減っていくかもしれない。
「王都の方にも、いつか行ってみたいね」
「何か探すなら人の多いところの方が情報は集まりやすいと思うが、森や湖や自然が多いのは南の方だから、竜人族のいる可能性は高いと思うんだ」
「ライムも人や建物がいっぱいのところより、木や水がいっぱいの方がすき」
「王都には俺も行ってみたいと思ってるから、北の方に行くことになったら途中で寄ろうな」
「王都でしか食べられない料理とか、手に入らない食材とかあるだろうから楽しみだなぁ」
「かーさんのご飯がおいしくなるなら、ライムも王都にいってみたい!」
宿屋でも時々作ってくれていたので、ライムもすっかり真白が作る料理の虜になってしまっている。今朝も俺の好物である、カリカリに焼いたベーコンエッグを作ってくれたが、ライムも同じ焼き方が好きらしく、とても喜んでいた。
「どこか見晴らしのいい場所があったらお昼にしようね」
「やったー!」
お昼はサンドウィッチを作ってくれているらしいので、どこか登れるような場所でお弁当を広げれば、今日もピクニック気分を味わえそうだ。
◇◆◇
道が大きく曲がった先に、段差になっている部分を見つけたので、そこに登ってお昼にすることにした。これから進む先の街道が遠くまで見渡せ、天気もいいのでかなり見晴らしが良い。あと数日で紫月に入るが、そこから徐々に寒くなるらしいし、その次の黒月になると曇りの日が多くなるので、こうして今の時期に移動を開始したのは正解だった。
「多めに作ってるから、たくさん食べてね」
「今日のお弁当もおいしそう!」
「これは世界チェーンのサンドイッチみたいな感じだな」
「使える具材は限られてるけど、色々な組み合わせをしてみたんだ」
細長いパンを途中まで半分に切って、その中にお肉やチーズそれにスライスした野菜が挟まれていて、とても美味しそうだ。朝食べた冷めても美味しいというスープも出してくれたので、濡れた手ぬぐいで手をきれいにして早速食べようとする。
「こんにちは、楽しそうな声が聞こえたから近くに来てみたんだけど、そこに登っても構わないかな?」
突然、下から声が聞こえたのでそちらを覗き込むと、さっぱりと切りそろえられた短い髪の毛で、背中に大きめのリュックを背負った、旅人らしき人が見上げながら微笑んでいた。声は少し高いハスキーボイスで、歳は二十代だと思うが少年っぽく聞こえる。細身の優しそうな顔をしていて、旅のせいで少し汚れているが、かなりのイケメンだ。
「はい、構いませんよ」
「いっしょにお昼たべる?」
「僕もちょうどお昼にしようと場所を探していたんだ、こうして出会えたのもなにかの縁だと思うし、そう言ってもらえると嬉しいよ」
その男性はそう言うと、大きな荷物を背負ったまま、ヒョイヒョイとここまで登ってきた。ひとつ下の段差まで登ってきたので手を差し伸べると、それに掴まって上がってくれる。一人旅をするくらいだからそれなりに鍛えているんだろう、こちらをしっかり握り返してくれた手は力強い。
「旅の途中で親切な人に出会えて嬉しいよ、ありがとう」
「かなり身軽だったから余計なことかもしれないと思ったんだが、背中の荷物が重そうだったからつい手が出てしまった、差し出がましい真似をしてすまない」
「そんなこと気にしなくてもいいよ。男の僕にこうして手を差し伸べてくれるなんて、なかなか出来ることじゃないからね」
「お兄ちゃん優しいもんね」
「おっと、自己紹介もまだだった。僕の名前はマラクスと言って年齢は二十二歳だよ、よろしくね」
「俺の名前は龍青といって十七歳だ、よろしく頼む」
「私はお兄ちゃんの妹で、十五歳の真白っていいます」
「とーさんとかーさんの娘で、ライムって言います。まだ生まれたばかりだけどよろしくお願いします、マラクスおねーちゃん」
ライムが目の前の男性にお姉ちゃんと言ってしまい、それを聞いたマラクスさんも驚いた顔をする。
「ライム、マラクスさんは男の人だぞ」
「ちがうよとーさん、女の人だよ」
「ごめんなさい、マラクスさん。ライムちゃんも悪気があって言ってるんじゃないと思いますから、許してください」
「まいったなぁ……男らしくないとはよく言われるけど、女の人と間違われたのは初めてだよ。ライムちゃんはどうしてそう思ったんだい?」
「どうしてって言われてもわからないけど、おねーちゃんが女の人なのはわかるよ」
「ライムは竜人族だから、俺たちとは物事の捉え方が少し違うのかもしれない、失礼なことを言ってすまなかった」
「いや、いいんだ。それにしても竜人族と出会えるなんて驚いた、それなら気づかれても仕方ないかな……」
マラクスさんは困った顔をして頭をポリポリと掻いているが、その口からは“気づかれても仕方ない”と漏れていた。
「じゃぁ、ライムの言ったことはホントなのか?」
「今まで初対面の人にバレたことは一度もなかったけど、ライムちゃんの言ってることは本当さ」
「マラクスさんは、どうしてそんな格好や喋り方をしてるんですか?」
「僕は国の仕事で、冒険者ギルドの査察官をやってるんだ。あちこちの街に行くことが多いから、男のふりをしている方が仕事もやりやすいし、安全に旅ができるからだよ」
「国の仕事をしてるって、マラクスさんは優秀な人なんだな」
「いや、僕なんて色々な街に派遣されて調べ物をするだけの下っ端だよ」
「おねーちゃんのことは、おにーちゃんって呼んだほうがいい?」
「そうしてもらえると嬉しいよ、ライムちゃん」
「わかった、そうするね」
女性だとわかった上で見るとそう見えなくもないが、女性にしては高めの身長で髪型や顔の印象も、イケメンと言ったほうがしっくり来る。それをひと目で見破ったライムは、おそらく本能的にわかってしまったんだろう。
「マラクスさんも良かったら、私たちのお弁当食べませんか?」
「え!? いいのかい?」
「少し多めに作ってますから、構いませんよ」
「なら遠慮なくいただくことにするよ。
……って、無茶苦茶おいしそうだね、これ」
「かーさんのご飯は、とっても美味しいんだよ」
「君たちは荷物もほとんど持ってないようだけど、旅の途中でこれだけのものが作れるってことは、誰か収納持ちがいるのかい?」
「俺が収納魔法を使えるんだ」
「へー、そうなんだ、羨ましいなぁ……
僕の魔法は赤だから、荷物はこうして運ぶしかないからね」
マラクスさんは隣に降ろした大きなリュックをポンポンと叩き、少し困った笑い顔になる。そんな姿もイケメンオーラを放っているので、女性にかなり人気があるんじゃないだろうか。俺は彼女の性別を知ってしまった影響で、有名な歌劇団に所属する男役のように見えてしまう。
◇◆◇
広げた布の上に四人で座り、俺たち三人はいただきますの挨拶を、マラクスさんは短く祈りを捧げてから食べ始めた。冒険者の中にこうして食べ始める人はいなかったので、しっかりとした家柄の女性なのかもしれない。
「なにこれ……凄くおいしいんだけど」
「お口に合ってよかったです、お代わりも食べてくださいね」
「かーさん、ライムもこれすごく好き」
「ライムちゃんにも喜んでもらえて良かったよ、生で食べられる野菜がたくさん手に入ったら、また作ってあげるね」
「ソースもちょっと酸味があって美味しいな」
「これ、食堂のおじさんに作り方教えてもらって、私なりにアレンジしてみたんだ」
「正直驚いたよ、こんなの王都でだって食べられないね」
「かーさん王都よりすごいって」
「さすがに褒め過ぎだと思うけど、ちょっと嬉しいな」
「お世辞なんかじゃないよ、焼いたお肉にチーズと生野菜を加えてパンと一緒に食べると、こんなに美味しかったなんて」
「野菜はお兄ちゃんに魔法で収納してもらうと、虫の心配がないから安心して生で食べられるんですよ」
「これは収納魔法の意外な活用法だね」
真白の料理はマラクスさんにも好評で、お弁当はきれいに無くなってしまい、追加でデザートも切ることになった。水や雑貨を満載した荷車を収納から取り出すと、とても羨ましそうな顔をされてしまったが。
◇◆◇
「いやー本当にありがとう、これは何かお返しをしないといけないね」
「さっきも言われてましたけど、こうして出会ったのもなにかの縁ですから、気にしないでください」
「いやいや、そうもいかないよ、僕に出来ることが何かあったらいいんだけど……」
そう言ってマラクスさんは考え込んでしまったが、旅の途中でなにかお返しと言っても出来ることは限られるだろう。
「マラクスさんの目的地って、教えてもらっても大丈夫なのか?」
「僕はこれからドーヴァの街まで行く予定だよ」
「俺たちもその街まで行くんだが、もし良かったら途中まででも構わないから、旅の仕方について教えてもらえないだろうか」
「そんな事でいいのかい?」
「俺たち家族はこうして旅をするのが初めてなんだ、何もかもわからないことだらけで、経験の豊富な人に色々教えてもらえると、とても助かる」
「へー、そうだったのかい。でもそうだね……僕は旅の途中で狩りをしたりしながら食べるものを調達してきたから、それを提供するって感じだと少しはお返しなるかな」
「旅の方法を教えてもらったり、新鮮な食材を提供してもらえるなんて十分すぎますよ、良かったら一緒にドーヴァまで行きましょう」
「ライムもマラクスおにーちゃんと、いっしょに行きたい」
「僕としても、こうして美味しい料理のご相伴に預かれるなら、こちらからお願いしたいくらいだし、一緒に行こうか」
出会ったばかりの人に、いきなりこんなお願いをするのは不躾かもしれないが、一緒にご飯を食べて話をしてみると、人を惹き付ける魅力を持った人に感じた。それは彼女の見た目ではなく、不思議な雰囲気がそう思わせたからだ。いきなり性別を当ててしまったライムもよく懐いていたので、きっと悪い人ではないだろう。
こうして、女性なのに男性の格好や喋り方をしている、少しミステリアスなマラクスさんを加え、四人で旅を続けていくことになった。
彼(彼女)の声は緒方恵美さんや、田村睦心さんみたいなイメージで書いてます。
脳内再生でお楽しみ下さい(笑)




