第267話 シェイキアとベルの本気
所長とシエナさんが研究所へ戻り、着替えをすませたシェイキアさんとベルさんを連れ、自宅への転移門をくぐる。扉を開けて中に入ると、いつものようにメイド服の二人が頭を下げて待っていた。
「ただいま、イコ、ライザ」
「ただいまやでー、おふたりさん」
「お邪魔するわね」
「おっ、お邪魔します」
「お帰りなさいませなのです、旦那様、アヤコ様」
「ようこそいらっしゃいませですよ、シェイキア様、ベル様」
「お二人はこれから、何かの会合に出席されるのです?」
「お二人とも、とても良くお似合いですよ」
正装と言っていたので予感はしたが、二人の服装は丈の長いドレス姿だ。スカートは足首の近くまであり、袖は開口部が広がった七分丈。どちらも淡い色合いの生地で、シェイキアさんが黄緑色、ベルさんがすみれ色をしており、ネックレスやピアスまで身に着けている。
裾や首周りにはレースがあしらってあるし、神樹祭に参加した時より気合の入った服装だ。これを見た彩子さんが「二人は本気や……」と口にしたくらいだから、かなりフォーマルな格好なんだろう。
「リュウセイ君とマシロちゃんのご両親に挨拶するために、ちょっと頑張ってみたんだよ」
「うぅっ、お二人にどう思われるか不安で、お腹痛い」
めかし込んだベルさんとシェイキアさんを見て、どんな反応を示すかわからないけど、変に思われる可能性は間違いなくゼロだ。二人ともどこからどう見ても、いいところのお嬢様にしか思えない。
「大旦那様も大奥様も、お心の広い方ですから大丈夫なのです」
「“ふぁんたじー耐性”が高いと、おっしゃってたですよ」
祭壇に全ての種族が集まっていたおかげで、この世界のことを即座に受け入れてくれた。二人とも異なる種族や、見た目に対する偏見は皆無だし、今の状況を楽しんでくれてる。
特に父さんは異世界に憧れがあったから、これまで見たことがないほど上機嫌だ。母さんは俺たちに会えたことや、孫が二人もできたこと、そしてクリムとアズルの存在に大喜び。ライムとクレアも祖父母として慕っているし、クリムとアズルは実親のように懐いてしまった。
そんな両親だから、たとえ身分差があっても気にしないはず。
……多分、きっと、おそらく。
「買い物から帰ってきてるみたいだけど、みんなリビングに居るのか?」
「暖炉の前でおくつろぎ中なのです」
「買ってきたものの整理はもう終わってるですよ」
着替えや必需品の一部は、後からみんなの分と一緒に魔法で収納しておくとして、まずは二人の紹介だな。こちらの価値観にある程度理解を示してくれているとはいえ、次々増える女性を前にして一体なにを言われるやら……
◇◆◇
リビングに入ると、父さんと母さんはソファーに座り、他のみんなは暖炉前でお喋りをしていた。こちらに気づいたライムとクレアが、立ち上がって駆け寄ってくる。
「ただいま、ライム、クレア、みんな」
「みんな、ただいまやー」
「とーさん、アヤコおねーちゃん、おかえり!」
「ん……パパ、ママ、おかえり」
「うわー、シェイキアさんもベルさんも、すごくきれい」
後から入ってきた二人を見た真白が感嘆の声を上げ、それに気づいて近寄ってきたみんなに取り囲まれてしまう。賞賛の言葉を聞いたシェイキアさんは嬉しそうに微笑んでいるけど、ベルさんはやっぱり恥ずかしそうだ。
俺の服をキュッと握って寄り添ってくる姿は、どうしても庇護欲を掻き立てられる。これはもう頭を撫でるしか無い。綺麗にセットした髪型が乱れないよう、少しだけにしておくか……
「すごく似合ってるから、自信を持っていいと思う」
「この服を着て人前に出るのは初めてだから、どうしても緊張してしまって」
「まさかこんなに早く出番が来るとは思わなかったけど、もしもの時のために作らせておいてよかったわ」
「凄いわ広墨さん、お嬢様よ!」
「あー、龍青。そちらの二人は貴族の方なのか?」
案の定二人は目を丸くしてるけど、この人は貴族より立場が上になる。なんたって国のトップスリーで、建国当初から王家に仕えてきた人だ。
サンザ王子によると、歴代の王族は全員が何かしら弱みを握られているらしい。それでも長年王家に重用されているのは、シェイキアさんがそうした情報を利用する気がないからだとか。
人には黒歴史の一つや二つ、必ずあるもんな。それを暴かれた時の苦悩は、彼女自身が彩子さんに体験させられている。
「初めまして、ヒロズミ様、ミドリ様。私は、国家の情報部門を担当しております家の当主、シェイキアと申します。隣に立っているのはベル、私の娘です」
「はっ、初めまして、ベルと申します。家では現地査察の監督官を務めております」
「これはご丁寧にありがとうございます。息子たちと同じ日本という国から来た、赤井広墨です」
「赤井翠里と申します。息子や娘が大変お世話になったそうで、ありがとうございました」
「こちらこそ国の危機を救っていただき、感謝の念に堪えません」
両親には二人のことも説明しているけど、まさかこんな格好で来るとは思ってなかっただろう。しかし、正装して真面目モードになってシェイキアさんは、いつもと違う魅力があっていいな。
せっかく執事服を着てるんだし、お嬢様呼びしながらエスコートしたい。
もちろんベルさんも、このまま一緒に……
「本日お越しいただいたのは、やはり召喚に関してですか?」
「いえ、そちらは女神であるアヤコ様が承認しておりますので、こちらからは何も申し上げることはございません。本日お伺いしたのは、息子のリュウセイさんと清いお付き合いをさせて頂いている事を、お伝えしたいと思いまして」
「リュウセイと付き合うことは反対せんが、抜け駆けは無しじゃぞシェイキア」
「そんなの早いもの勝ちに決まってるじゃない。なんたってベルちゃんは、リュウセイ君に初めてを捧げちゃってるのよ!」
「……っ! お、お母様!?」
「龍青、話がある。ちょっとこっちに来なさい」
シェイキアさんの真面目モードが突然終わりを告げ、いきなり大きな爆弾を落としてきた。母さんはすごくニコニコしてるけど、手招きしてる父さんの顔はちょっと怖い。
十歳年上の女性を娘扱いしたり、子供のいる未亡人と親しくなってたり、里長の娘を家族として迎え入れていたり、色々と精神負荷をかけてしまってたからな。そこへ国の重鎮が訪問してきて、さっきの爆弾発言だ。
ここはしっかり説明責任を果たしておかないと、大切な人たちに迷惑をかけてしまう。
◇◆◇
多目的ルームへと連行され、他に紹介する嫁はいないか問い詰められた。緑の疾風亭にいるシロフや、冒険者ギルドの受付嬢とか、他にも知り合いの女性はいるけど、友情以上の気持ちを向けてくる人は、もういないはず。
不動産関係でお世話になったラチエットさんや、旅の途中で色々学ばせてもらったビブラさんとマリンさん、船で一緒になったトニックさん夫婦と娘のモニカ、それからアージンの人たちには、両親を連れて挨拶しに行きたい。
この辺りは慌てずゆっくりやっていこう。
そんなことより、俺が問い詰められている間、四人の王たちが何一つ手助けしてくれなかったのがショックだ。エレギーなんか特に面白がってたし、エコォウにも「これくらいの試練を乗り越えられない男に、妖精女王やイコとライザはやれん」と、父親のようなことを言われてしまった。
ヴィオレはサイズ的に難しいけど、イコとライザなら子供ができたりするんだろうか。とはいえ二人の身長もクレアより数センチ低い。
……いかん、これ以上の思考を脳が拒否している。
スキルの返納はできないらしいし、これから事あるたびに頭を悩ませ続けそうだ。
まったく、あの駄女神は余計なことを。
「お兄ちゃん、話は終わった?」
「二人には納得してもらえたけど、そっちはどうだ?」
「うん、ちゃんと説明してもらったよ。だけど、お兄ちゃんの頬と額は、私が一番乗りだからね!」
多目的ルームの入り口から真白が入ってきた。
他の人はいないから、一人で様子を見に来てくれたみたいだ。
真白がまだ幼稚園児だった頃、お礼と言っては頬にキスをしてきてたな。当時はあまり恥ずかしくなかったけど、今されると冷静でいられるか自信がない。
「唇はまだなの? 真白ちゃん」
「何を言ってるんだ、母さんは。龍青と真白は兄妹だぞ」
「家族同士のキスくらい、何の問題もないわよ広墨さん」
「兄妹で仲がいいのは、俺もありがたいんだが……」
「それからね、真白ちゃん。もしもその先に進みたい時は、お母さんも協力するからね」
母さんは昔から、俺と真白の仲を応援してくれてるんだよな。しかし、その先が一体なにを指してるのか怖すぎて、聞くに聞けない。
「家の問題もあるし、順番も考えないとダメだから、その辺はみんなと相談してからかなぁ」
「真白ちゃんのそういう堅実な考え方、お母さんは好きだよ」
順番って、俺は家族に序列を作るつもりはないぞ?
それは真白だって、よく知ってる。
だとすれば一体なんの順番なんだ……
隠し女神特典のことはまだ伝わってないはずだし、家の問題は俺が懸念している広さや部屋数じゃないよな?
なんとなく真白にはバレてそうな気もするし、母さんも何かしら感づいてそうで怖い。
「なぁ、龍青。母さんと真白は、さっきから何の話をしてるんだ?」
「俺にもわからない。というか、むしろわかりたくない」
「ハーレムを作った息子の苦悩なんか俺もわかりたくはないが、何かあったら相談ぐらいは乗ってやる」
「ありがとう、父さん」
地球組だけで話し込んでるわけにもいかないし、そろそろリビングへ戻ろう。せっかく来てくれたベルさんとシェイキアさんを放ったらかしは可哀想だ。
◇◆◇
リビングに戻るとベルさんとシェイキアさんは、ソファーに座ってお茶を飲んでいた。ドレス姿でカップを傾ける姿はとても優雅で、なんだか別の世界に紛れ込んでしまったかのような、現実離れした光景に映ってしまう。
「あっ、おかえりリュウセイ君」
「お母様が変なこと言っちゃって、ごめんなさい」
「話には聞いていましたが、本当に上流階級の人から懇意にして頂いてるなんて、まだ信じられない気持ちです」
「立場上は貴族で住んでる場所も川向こうですけど、独立性を保たせるために爵位は持ってないんですよ。だから、ちょっとお金と地位のある一般庶民と思ってもらって構いません」
その辺りはコンガーのいる武門の家も、トニックさんが次期当主候補になってる文官の家も同じらしい。武門の家は要人警護を兼ねて貴族街にあるけど、トニックさんは一般人と一緒に住宅区で暮らしている。
「先程のお話だと、国内の情報を取り扱ってらっしゃるんですよね?」
「国家の安全保障に関する情報が主ですが、それ以外にも様々な動向を監視していますよ」
「この世界に慣れてきたら、やってみたいことがあります。その時にご助力いただいても、構わないでしょうか」
「はい、こちらで出来ることなら、何なりとお申し付け下さい」
両親がシェイキアさんにお願いしたいのは、自分たちが持っている知識に関することらしい。二人が日本でやっていた新素材の研究が、こちらの世界で役に立たないか知りたいそうだ。
元の世界では研究職を引退し、自由になった時間で世界を周る予定だった。そんなタイミングで異世界に来ることができ、折角だから新しいことに挑戦したいと意欲を燃やしている。
ソラの両親を見ている限り、一般人が研究職につくのは困難だ。しかし、アドバイザーや技術顧問としてなら、開発に関われるかもしれない。二人はそんな伝手を作るため、シェイキアさんを頼ろうとしていた。
「ここならのんびり暮らしていけるけど、本当にいいのか?」
「冒険者ギルドでお前たちの資産を真白に教えてもらったから、それが可能なことはわかってる。だがな龍青、俺や母さんも、可愛い孫や子供たちにお小遣いを渡したり、何か買ってやったりしたいんだ」
「じーちゃん、ばーちゃん、ライムうれしい!」
「ん……いっぱいおねだりする」
「それにソラちゃんの話を聞いてたら、なんだか情熱が戻ってきちゃったの」
「なんでも協力する、出来ることあったら言って」
今までのように仕事一辺倒でなく、俺たちとの旅行や余暇を楽しみながら、収入源になりそうなことをやってみたい。父さんと母さんは、そんな風に話してくれた。
俺たちが入浴剤をこの世界に普及させたように、地球の技術や知識を生かして世界に変化を与えられるなら、男性の神が目指していた結果に繋がる可能性もある。
かなり夢のある話だと思うし、魔道具に関する技術供与ができたりすると、ソラの両親と共同研究なんて道もあるだろう。定年にはまだ遠い二人がこんなに情熱を燃やしてるんだから、息子としても出来るだけ応援してあげたい。
親子三世代で暮らす生活が、ますます充実したものになりそうだ。
オールスター総出演といった感じの最終章ですが、次回は王子たち一家がとある情報を持ってきます。果たして伝えたいこととは……