第265話 オトメは流れ人に恋してる
大陸中央にある祭壇の本格的な調査を申請するため、王立考古学研究所へやって来た。夜の女神である彩子さんも、面白そうだからという理由でついてきている。
シエナさんから祭壇の概要や祝詞の抄訳を所長に説明し、彩子さんのスキルで生み出された半神であるクレアのことも軽く紹介。俺がこっそり貰っていた女神特典についても判明したが、家のキャパシティーを考慮して口止めしておくことに。
結局最後は所長がブチ切れて、全員でシェイキアさんの家へ向かうことになった。
「真竜を連れて帰ったと思えば、ふらっと大陸中央へ遊びに行ったついで女神を拾ってくるとか、どう考えてもおかしいと思わないか? 少年」
「ウチは捨て犬かなんかか!?」
「そういえばクレアもちょっと犬っぽいんだよな……」
「匂いで肉親を判断してるのとかぁ、言われてみれば似てるよねぇ~」
「突然現れた正体不明の女に女神だと言われ、受け入れられるのは度量が大きいにも程がある。そう私は思うんだが……」
そう言われても、彩子さんの話をまとめると、全ての辻褄が合うんだから仕方がない。登場の仕方から日本の話題、それにクレアのママ認定も大きな確定要素だ。
「私も最初わぁ、疑ってたんですよぉ~」
「自称女神とか言ってたもんな」
「だってだってぇ、喋り方も胡散臭いしぃ、言ってることは適当なんだもん~」
「まだそないなこと言うとるんか! えぇ加減にしとかんと、ドタマかち割って脳みそストローでチューチュー吸うたるで!」
「わぁ~ん、やっぱり何いってるかわからないけど怖いよぉ~」
俺に抱っこされているシエナさんが、頭に抱きついてガタガタ震えだす。俺も知らない脅し文句だけど、なんか迫力あるんだよな。
もっともシエナさんの場合は言葉の意味より、両手を上げてガーッと迫ってくるポーズで怖がってるっぽい。
「お前たち三人とも、すっかり仲良しになってるな」
「所長にはそう見えるんですかぁ~?」
「特に少年とシエナは、主従関係というより夫婦と言ったほうが、しっくりくる」
「俺としては可愛い娘という気持ちが大きんだが」
「もぉ~、リュウセイくんはすぐお姉さんのことをぉ、娘にしたがるんだからぁ~」
「建物の中でも、みんなに生温かい目で見られとったで」
「身だしなみを整えるようになって、所員から可愛がられているし、仕方あるまい」
「お菓子とかぁ、いっぱい貰えるようになったんだよぉ~」
完全に近所の子供扱いじゃないか。
まぁ本人は嬉しそうだし、それでいいなら別に構わないけど……
でもこれでシエナさんを抱っこしながら歩いてたとき、優しい視線を向けられた理由がわかった。研究所のマスコットが可愛がられている姿を見て、みんなほっこりしていたんだな。
「どうだ少年、シエナを嫁にもらっては」
「シエナさんって、結構いいところのお嬢様じゃないのか? 庶民の俺とは結婚できないだろ」
「ほぅ、それはシエナに聞いたのか?」
「研究者になるには学校を出る必要があるって聞いたから、それなりに裕福な家庭で育ってるんじゃないかと予想してるだけだ」
「その予想は当たっているが、シエナに関しては問題ないぞ」
「どういうことだ?」
「私って末っ子だしぃ、家はもう兄弟が継いじゃったからぁ、学校を出た後に縁は切れちゃってるんだよぉ~」
どうやら子供が独立するまではしっかり面倒を見るけど、その後は自由に生きていけという教育方針の家らしい。シエナさんの家族は兄弟も多く、どこかに勤める人がいたり、商売や冒険者をやったり、みな家から離れて自由に暮らしている。
当の両親でさえ、シエナさんが独り立ちした後に家督を息子へ譲り、夫婦で旅に出ると告げたきり全く連絡がない。どこでどうしてるのか誰も知らないという、ある意味自由奔放すぎる家だ。
その自由な生き様は、しっかり娘にも引き継がれている。
主に悪い方向として。
「それなら養女として迎え入れても、誰にも文句を言われないわけか」
「一応シエナの両親から、悪い男にだけは引っかからないよう頼まれてはいるが、少年なら何の問題もない。養子でも妻でも好きにしていいぞ」
「もぉ~、所長も勝手に私の将来をぉ、決めないでくださいよぉ~。仮にリュウセイくんと一緒になるならぁ、ちゃんと家族のお姉さんとして甘やかしてよぉ~」
「前にも言ったと思うけど、自堕落を加速させるようなことはお断りだ。俺の娘としてライムやクレアと一緒に、毎日のお手伝いから運動までちゃんとやってもらうぞ」
「リュウセイくんのバカバカぁ~。こうなったら既成事実を作ってぇ、絶対に嫁だって認めさせてやるんだからぁ~」
既成事実がそっち方面なら自重してもらおう、なんか寝込みを襲われそうな気がする。みんな一つのベッドで寝てるんだし、どうやっても誤魔化しようがない。
俺がそんなことを想像している間も、シエナさんは頭をポカポカ叩いてくる。何度かこうされたことはあるけど、いつも肩たたきくらいの威力だ。まさかとは思うけど、これで全力ってわけじゃないよな?
まぁ可愛いからどうでもいいか。
可愛いければ全てが赦される。
心の中ではちゃんと大事なお姉さんと思ってるけど、本当の気持はまだ伝えないでおこう。今の関係はかなり楽しいから、俺のちょっとした我がままだ。
「龍青君って子供にむっちゃ甘いし、別にそれでもえぇと思うんやけどなぁ」
「シエナのこんな姿を引き出せる少年は本当に凄い、ちょっと尊敬してしまうよ」
そんな風にじゃれ合っていたら、シェイキアさんの家まで到着する。所長もいるし、俺もすっかり顔なじみになったから、門を警備している男性もあっさり通してくれた。
◇◆◇
屋敷に入って玄関で待っていると、二階からシェイキアさんが現れる。ベルさんとヴァイオリさんも一緒だ。
「あら、珍しい取り合わせだね、何かあったの?」
「私の手に負えんことが発生してな、シェイキアに丸投げしようと思って来たんだ」
「尋常じゃないわねー、一体どんな難題を投げに来たのよ」
「シエナと少年が女神を拾ってきた」
「はい?」
三人とも目が点になってるけど、やっぱり拾ってきた設定でいくのか。
「野良女神の彩子ゆうんや、よろしゅうな!」
彩子さんもノリがいいなー、さすが関西人。
「頭のかわいそうな人?」
「なんやてっ!? どいつもこいつもウチのことバカにしくさって、スマキにして淀川沈めたんで!」
「うわ~ん、なんかわからないけど怖いよリュウセイくーん」
シェイキアさんがしがみついてきたので、もう片方の腕で抱き上げる。こうやって二人同時に抱っこする時は、普段から鍛えておいて良かったと思う瞬間だ。
いつの間にかヴァイオリさんが身構え、彩子さんの前に立ち位置をずらしているのに気づく。この人の臨戦態勢って、初めて見たな。恐らく言葉の意味はわからないだろうけど、本能で当主の危機を察知したんだろう。
あれはちょっと威嚇してるようなものだから、野犬の唸り声くらいに思っておけば大丈夫。
その動きより早くしがみついてきたシェイキアさんは、流石といって良いんだろうか? ヴァイオリさんはちょっと落ち込んでいるけど、魔法の補助無しでそこまで動けるほうが凄いと思う。
「とりあえず詳しい話をしたいから、上がっても構わないか?」
「そうだね、応接室に行こっか」
「そういやアンタ、この王国が出来た時から、ここに居る古代エルフでええんやな?」
「そうだよ、その頃からずっと国に仕えてるけど、どうかした?」
「頑張るんはええんやけど、色仕掛けは程々にせんとあかんで」
「なっ……!?」
古代エルフの魅了に近い能力があれば可能かもしれないけど、もしかしてシェイキアさんは経験豊富なんだろうか。百戦錬磨とか、魔性の女とか、傾国の美女とか、そんな言葉が頭をよぎる。
「一体何をやったんだ?」
「ち、違うんだよリュウセイ君! あれはちょっとした出来心っていうか、致し方なかったっていうか、不可抗力みたいな? っていうか、それを知ってるってことは、本当に女神なの?」
「これで信じてもらえたんちゃう?」
「信じた、信じました! 貴方様は女神です! だからこれ以上変なこと言わないでー」
シェイキアさんがちょっと涙目だ。
アージンで見た泣きそうに謝ってる時と違い、今日の姿はとても可愛らしい。頭を撫でてあげたいけど、あいにく両手がふさがってるし、座ってから慰めてあげよう。
◇◆◇
全員で応接室に入りソファーに座らせてもらうと、当然のようにシェイキアさんが膝に乗ってくる。ちょっと落ち込んでる彼女を軽く抱きしめ頭を撫でていると、隣りに座ったベルさんがじっとこちらを見つめていた。
もしかして、ケーナさんに続いて貴女も膝抱っこを、ご所望でしょうか?
「それで、シェイキアは何をやらかしたんだ?」
「ウチがいくら女神やからって、そないに詳しゅうわかったりせぇへんで。あの頃それっぽい波動を感じたさかい、カマかけただけや」
「くっ……」
「つまりシェイキアは見事に自滅したというわけか」
「私はリュウセイ君一筋だからねっ! 身も心も乙女……いえ処女だし! 初めてはリュウセイ君に捧げるって、ベルちゃんとも約束したんだから」
「おっ、お母様っ! そんな大きな声で恥ずかしいこと言わないで。それに私の初めては、もうリュウセイ君に……」
「……え!?」
「あっ!!」
今度は俺が驚く番だった。
一体いつの間に……と考え、そんなチャンスは二人だけで、地脈源泉結界へ行った日しか無いと思い当たる。
あの時は膝枕をしてもらったけど、起きた時に体の違和感や、着衣の乱れはなかったハズだ。初めてというのは、膝枕のことか? それとも、もっと別の具体的な何か? いかん、思考がまとまらない。
ベルさんの顔は真っ赤になってるし、そんな恥ずかしいことを俺にやったのか!?
「ベルちゃん抜け駆けするなんて酷い! 一体何やったの? 正直に話しなさい」
「うぅっ……」
「ベェールゥーチャーァーン?」
「…………………………………」
「よく聞こえないわよ、ベルちゃん」
「だから、マシロちゃんと同じことって言ったの!」
つまり、おでこにキスしたってことか。それくらいならと思わなくもないけど、ベルさんの顔は羞恥心で泣きそうになっている。きっと俺の心を軽くするため、精一杯の勇気を振り絞ってくれたんだろう。そう思うと愛おしさがどんどんあふれてきた。
少し体をずらしてベルさんの頭を抱き寄せ、赤みを帯びたきれいな金色の髪を撫でながら、今の素直な気持ちを言葉にする。
「ありがとうベルさん。初めてを捧げてくれて、すごく嬉しいよ。今こうして俺が日常生活を送れているのは、全部ベルさんのおかげだ」
「(……きゅうぅぅ)」
シェイキアさんを膝に乗せた状態の体は斜めに傾き、ちょうどベルさんの耳元で囁く体勢になっていた。やはり彼女もこれには耐えられず、目をぐるぐる回しながら意識が旅立ってる様子。
こちらも気持ちが高揚していたとはいえ、ケーナさんを倒した技の封印を解いてしまうとは、あまりにも迂闊すぎだ。
後でちゃんと謝らねば……
彩子の使ってる脅し文句、転移した年代的に知らない可能性が高いんですが、ツッコミはなしの方向で!(笑)
サラッと流しましたが、これでシエナの両親問題も一応解決。
貴族なのか商家等の裕福な家庭なのかは、永遠の謎です。




