第264話 隠し女神特典
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両親を召喚した翌日、執事服を身につけた俺は彩子さんとシエナさんを連れ、王立考古学研究所へ向かっている。他のメンバーは両親のギルドカード発行手続きや、ケーナさんとリコを職場まで送り届けるため別行動だ。
シエナさんは俺に抱っこされてご機嫌だし、彩子さんは街並みに視線をさまよわせていた。
さすがに白い布を巻きつけたような格好は目立つため、今は身長の近い真白から服を借りている。だが下着のサイズだけ合わず、「今どきの若者は発育良すぎるわ! ウチらの時代は……」と昔語りされてしまったが。
昨日の様子だとちょくちょく遊びに来そうだから、帰りにでも買い揃えてしまおう。
「こないにして誰かと街を歩くんは、初めての体験や」
「前に地上へ来たのはいつ頃なんだ?」
「二つの大陸が沈んでしばらく経ってからやさかい、ずいぶん昔やで」
「ずっと天界にいてぇ、暇じゃないのぉ~?」
「天界には時間の概念がないねん。戻したり進めたりはでけへんけど、意識しとったらここと同じくらいの速度で流れるし、ボケーッとしとったら、あっちゅう間に日にちが経ってまう」
それに地上の全てを見通せるわけではないみたいだ。ダンジョンの中はいわば別次元なので、見ようと思ったら自分が直接出向くしかないらしい。だからダンジョン内に潜伏していた男は、神の目でも見つけられなかった。
ちなみに俺たちの家は結界が強力すぎて、意識しないと情報が入ってきづらいとのこと。やっぱりすごいな、うちの聖域は。
そもそも映像としてではなく、抽象化された事象の情報として入ってくるため、プライバシーが侵害されているわけではないから安心だ。
「そういえば聞きそびれてたけど、悪魔の呪いってどこで発生してるのかわかるのか?」
「あれはな、こっちに住んどる人が“これは悪魔の呪いや”って意識してくれんと、ウチらにも伝わらんのや。それらしい気配みたいなんは追ってるんやけど、悪魔の呪いやって断定できなんだ。せやから今んとこ大丈夫や思といてえぇよ」
「まぁ俺たちが生きてる内に、発生を感知したら教えてもらえるか? クレアと一緒だったら、大陸のどこでも転移できるし、出来る範囲で助けてあげたい」
「あの反則技があったらぁ、好きな場所へ調査に行けるねぇ~」
「誰でもって訳にはいかないけど、シエナさんは大切な人だから、いつでも協力するよ。行きたい所があったら、遠慮せず声をかけてくれ」
「えへへぇ~、なんだか愛されてるって感じがしてぇ、お姉さん嬉しいよぉ~」
「龍青君ってホンマ、天然のタラシやな」
彩子さんが何か言っているが聞き流しておこう。
気軽に付き合える友人としても、一人の女性としてもシエナさんのことは好きだ。いくら俺でも、そんな感情を持てない人に、さっきみたいなことは言わないぞ。
「クレアちゃんの名前で思い出したんだけどぉ、どうして異世界風の名前にしなかったのぉ~?」
「あぁ、言われてみればそうだな、どうしてだ?」
「あの子は男の神さんの容姿が強う出とるし、“シロ”や“ハク”みたいな日本風の名前は、ピンとくるもんが無うてな、透き通るっちゅう意味の英語から名前にしたんや」
「なるほどクリアーから一文字取ったら、クレアになるな」
「ウチの知識も多少刷り込まれとるけど、純真無垢な状態で生まれとるから、ええ名前や思たしな」
「私もその“えいご”っていう言語をぉ、教えてほしいなぁ~」
「ごめんやけど、ウチはほとんど知らんで。龍青君は?」
「俺も学生レベルだけど、父さんは英語をかなり話せるぞ。あと、母さんは学生時代に留学してたから、フランス語が堪能だ」
「リュウセイくんやアヤコちゃんの世界ってぇ、どれくらいの言語があったのぉ~?」
シエナさんが具体的な数字を聞いてくるけど、パッと思いつくだけでも十個程度は挙げられる。地球で使われている言語を細かく分類していけば、何百何千とあったはずだ。
彩子さんの情報によると、こっちの世界に飛ばされた時に身につけた翻訳スキルは、マルチリンガルに対応していない。その人が何語で考えているかを元に、こちらの言語に変換される。日本で一般的なカタカナ語でも、生の発音で伝わってしまうことがあるのは、スキルの限界や誤作動ってことだろう。
そんな話をしながら歩いていると、王立考古学研究所の門が見えてきた。
今日も所長が門で待ち構えたりは……してないようだ。
◇◆◇
いちいち降ろすのが面倒なので、シエナさんを抱っこしたまま建物内を歩く。所員の人たちが優しい眼差しを向けてくれるのは、なんでだろう。やはり執事服の影響だろうか。
「おはようございますぅ~、所長ぉ~」
『シエナか、こんなに早くどうした、腹でも壊したのか?』
「そんなことで早く来たりしないもん! それより入っていいですかぁ~」
相変わらず所長はシエナさんを弄り倒してるが、その気持はすごく良くわかるぞ。反応がいいから、ついついやってしまうんだよな。
入室の許可が出たので、挨拶をしながら扉をくぐる。
「なるほど、少年と一緒だったから早いのか。相変わらず仲が良くて羨ましい限りだ」
「紹介したい人がいるんだけど、いま時間をもらっても構わないか?」
「あまり人に聞かれたくないからぁ、奥の応接室を使わせてくださいぃ~」
「ふむ、取り立てて急用もないし、よかろう」
所長は俺の隣に立つ彩子さんを一瞥し、後ろの棚から一枚の紙を取り出す。それに軽く目を通したあと、奥の応接室へ案内してくれた。
この面子を見て、新たな現地調査とでも当たりをつけてくれたんだろうか。さすがシエナさんとの付き合いが長いだけあって、きっちり行動を先読みできるようだ。
一人がけのソファーに所長が座り、ローテーブルを挟んだ対面にある、三人がけのソファーに俺たちが座る。当然のようにシエナさんは、俺の膝に腰を下ろす。
「まずはそうだな、おめでとうと言っておこう」
「あのぉ、私の誕生季は熱い頃ですよぉ~?」
「今のは誕生季の祝いではないぞ、シエナ。
この書類を渡す前に、私の方から軽く説明をしよう。産休は出産予定日の六十日前から取得できる。シエナのように親や親戚が街にいない場合、育児休暇は出産後から数えて最長三年だ」
「むっちゃ長いな! ものすごい高待遇やんけ」
「国営の事業所は、どこも似たようなものだぞ?」
「ウチもこんな会社で働きたかったわ……」
「乳母などを雇う場合、育児休暇は最長で一年になるが、給与とは別に雇用手当が出る」
「えっとぉ、誰に子供が生まれるんですかぁ~?」
「もちろんシエナと少年の子だ。隣の女性は乳母で雇うつもりなんだろ?」
全く行動は読めていなかった。
ちょっと所長のことを尊敬した気持ちを返して欲しい。
テーブルの上に置かれた書類を見てみると、産休や育児休暇に関する申請書だ。俺とシエナさんが出会って、まだ三ヶ月くらいしか経ってない。いくらなんでも気が早すぎると思うんだが。
「今日の用事はそんなんじゃないですよぉ~」
「なんだ違うのか? 確かに私も早すぎるとは思ったんだが、少年は流れ人だからな。この世界より短い可能性を考慮してみた」
「そんなの考慮しなくていいですからぁ~」
「何だ、シエナは少年の子供が欲しくないのか?」
「それはまぁ、ディストくんみたいに可愛い男の子わぁ、欲しいと思いますけどぉ~」
「この書類はお前たちにやるから、頑張って励めよ」
「なぁ、龍青君」
「どうしたんだ?」
「おもろい所長さんやな」
ノリが良くて変な所で気が合う人なのは確かだ。
まさかこんな風に誤解と早とちりするとは思ってなかったけどな!
それよりもシエナさんが子供を望んでいたことに、少なくない衝撃を受けてしまった。ちょっと想像してみたけど、娘のクレアより背が低いだけあり、犯罪臭が半端ない。
「そもそも俺は、こっちの世界にいる人と子供を作れるのか?」
「それやったら問題ないで」
「人族は地球とそれほど違いがないとは思ってたけど、やっぱり大丈夫だったんだな」
「ふっふっふ、甘いでぇ龍青君。この間ウチがクレアちゃんの居るとこに、飛べるようしたったやろ。そん時にもう一個特典つけたった」
「一体どんな特典なのぉ~?」
「それはな……龍青君やったら種族を問わず、女の子を妊娠させられるで! 生まれてくるんは相手の種族やさかい、ソラちゃんでもスファレちゃんでも、安心して子供産めるんや」
思いっきりドヤ顔を決めている彩子さんだが、なんて特典をつけてくれるんだ。これを家族に知られるのは、非常にまずい気がする。一人二人なら大丈夫だけど、子供が増えすぎたら、あの家で暮らせなくなってしまう。
「さすが女神様だねぇ~」
「せや、自己紹介がまだやったな。ウチの名前は虹野彩子、龍青君らと同じ世界から来た流れ人なんやけど、今はここで女神やっとる。よろしゅうしたってな」
「あー、すまん。目の調子に続いて、耳までおかしくなったようだ。申し訳ないが、もう一度お願いしてもいいか?」
「ウチの名前は彩子っちゅうて、この世界に二人おる神のうちで、夜を司っとる女神や。昼の神さんは命を育む力でな、夜の神やっとるウチは命を生み出す力を持っとる」
所長は完全に固まってしまった。まぁ、いきなり目の前に神と名乗る人物が現れたんだ、こればっかりは仕方ないだろう。
「……シエナ説明しろ、一体何があったんだ」
「えっとぉ、一昨日の夕方からリュウセイくんたちと竜人族の隠れ里に行ってぇ、温泉に入ってきたんですよぉ~。その後にこの大陸のどこかにあるって資料に残されてたぁ、祭壇の下見に行ってみたんですぅ~」
「あれは実在したのか!?」
「ちょっと場所は違うんですけどぉ、この本にも書かれてますよぉ~」
ソラから借りてきた本をシエナさんがテーブルに置くと、手に取った所長がパラパラとページをめくり、また固まってしまった。それ、王立図書館にも所蔵されてない稀少本だしな。
「頁がばらばらになって、一部しか残されていなかった本の完全版だと!? これをどこで手に入れた」
「リュウセイくんの家族が持ってた本でぇ、他にも貴重なのが何冊かありましたよぉ~」
「代々好奇心旺盛な家系で生まれた子がいて、先日ジェヴィヤの実家にあった本を全部引き継いできたんだ。その中に貴重な本が何冊か含まれていた」
「まさか、これが民間に残っていたとは……」
その後、祭壇であった出来事をかいつまんで説明していくが、所長の顔がどんどん厳しいものになり、こめかみを指で押さえながら眉間に深いシワを刻んでいく。
「それでぇ、もう一度本格的な調査をしに行きたいんですぅ~」
「竜人族の隠れ里、神と交信する祭壇、半神の少女、極めつけは女神が顕現しただと!? こんなもん考古学の範疇をとうに超えてる! 私の手に負えるかっ、シェイキアの所に行くぞ!!」
所長がブチ切れた。
シェイキアさんにも報告しておきたかったし、丁度いいから全員で向かうことにしよう。
女神スキルの下位互換といった辺りでしょうか……
あんまり詳しく書くとノクターンになるので、本編では軽く流す程度に(笑)
第0章を更新して、夜の女神を追加しています。
資料集の方には年齢シートの画像他、今更ながら時間のこと、そして最後に古代史なども追加。
主人公の両親に関しては詳しく書く予定はないので、資料集の方は最後の更新になると思います。




