第263話 父の思い
今夜もシエナさんやケーナさんとリコが泊まっていくので、午後からもみんなでいっぱい話をした。手紙の日付と両親の話で判明したけど、杖の力で異世界間がうまく同期できたらしく、時間の違いがほとんどない。とはいえ、俺が基準になっているようだが……
恐らく、もう一人の神が意図した時間軸に転移できたのが、俺だったからだろう。
「まさか、もうじき十九になる息子と、家風呂に入るとは思わなかった」
「家族の人数が多いから、数人まとめて入ることが多いんだ。今度はライムやクレアとも、入ってやって欲しい」
「今日は母さんに取られたから、明日は二人を誘ってみるぞ」
「きっと喜んでくれると思う」
「さっきちらっと話してたけど、今度はこの世界にある温泉にも、連れて行ってくれよ」
「転移魔法で行ける温泉が二ヶ所あるから、両方行ってみるのがいいな」
夕食を食べ終えたあと順番にお風呂を終わらせていき、今は俺と父さんの二人だけで入らせてもらっている。日本で住んでいた家の近くに、銭湯なんて無かった。一緒のお風呂に入ったのは子供の頃と、家族で温泉旅行へ行ったとき以来か……
そういえば温泉旅行の時に、真白が俺と一緒に入りたがって、説得するのに苦労した。既に混浴への抵抗が無くなっている事も含め、今となっては懐かしい思い出だ。
「露天風呂なんかもあったりするのか?」
「観光地にある温泉は家族風呂みたいに貸し切れる施設と、屋外にある大きな露天風呂がある。もう一か所の温泉は人が入って来られない場所にあって、広い湯船が一つだけだ」
「流石に一緒の風呂は、お前の嫁に申し訳ないし、行けるとしたら観光地の方か」
「ちゃんと湯浴み着を身につけるし、大丈夫だと思うけどな」
「ぶっちゃけると、母さんが出すプレッシャーに耐えられる自信がない」
あー、そっちの理由か。
スファレが近くにいても平気だし、いやらしい目で見たりはしないと思うんだがなぁ……
「母さんって、そんなに嫉妬深かったっけ?」
「そんな事はないぞ。お互いのことを信頼しあってるし、翠里よりいい女は他にいないと思ってるからな」
「二人のラブラブっぷりは俺もよく知ってるけど、なにか避ける理由があるのか?」
「最大の問題は、全員の顔面偏差値や性格が良すぎることだ。この世界の標準はわからんが、これだけ集まるのは恐らく異常だぞ」
「それは他の人にも言われることがあるよ」
「母さん以外の女性に手を出す気はこれっぽっちも無いけど、あまり心労をかけたくないんだ」
「俺も父さんがそんなことするとは思ってないし、これから一緒に暮らして慣れていけばいいんじゃないか?」
「その辺も含めて、お前はもっと嫁たちのことを考えてやれ」
父さんの顔は、俺に勉強を教えてくれるときと同じ表情だ。ヒントは与えたから答えは自分で導き出せ、父さんはいつもそうやって俺や真白に考える力を身につけさせてくれた。
これからの生活で俺が気をつけないといけないのは、つまりこういうことか。
ディストは子供の姿になってるから受け入れてもらえたけど、四十代の父さんは普通に大人の男性だ。いくら俺の親といっても、出会ったばかりの男と入るのを恥ずかしがる可能性は高い。父さんは自分たちの問題のように言いいつつ、実はこちら側に配慮してくれてたって事だろう。
俺や真白が一緒に入りたいと言えば、みんな了承してしまいかねないからな。
その辺りは時間をかけて線引きしていかないと、お互いのストレスになってしまう恐れがある。
「父さんの言いたいこと、わかった気がするよ」
「真白もお前が絡むと暴走するから、しっかり手綱を握っておくんだぞ」
「俺はもっと他人の気持ちに敏感にならないとダメだな」
「日本にいた頃のお前は“レッド・メテオ”だの“ブルー・ドラゴン”だの言われて、近所で恐れられたからな。まぁ人付き合いは一朝一夕では無理だ、これからも経験値を溜めていけ」
「人付き合いに関しては父さんの言うとおりだけど、二つ名の方はあまりいい思い出がないから蒸し返さないでくれ」
目付きの悪さと高身長、そして名前の赤井 龍青をもじった二つ名で、裏番みたいに言われたこともあった。古いマンガの登場人物じゃあるまいし、影で不良グループを支配するなんて、まっぴらごめんだ。
「それが今や“ハーレム王”に“未亡人キラー”ときた。俺の息子は、とんだロクデナシだなw」
「語尾に英語のダブリューがつくような喋り方をされると、すごいムカつくんだが……」
「日本で言われていた二つ名は俺も思う所はあったが、こっちでついた方は今のお前にぴったりじゃないか。諦めて受け入れろ」
「もういい。父さんの頭を洗ってやるから、黙っててくれ」
「おっ、それは嬉しいな。よろしく頼むぞ、龍青」
椅子に座った父さんの後ろに回り込み、石鹸を泡立てて頭を洗っていく。お風呂で同じことをしたのは、いつ以来だろう。真白と一緒に入ってた頃は、父さんや母さんと入ることもあった。
俺が小学校の高学年になった頃、なんか恥ずかしくなって一人で入るようになったから、こうやって頭を洗ってあげるのは十年ぶりくらいになりそうだ。
「大人の頭を洗ったことはないんだけど、ちゃんと出来てるか?」
「頭を洗うの、めちゃくちゃ上手いぞ」
「うまく洗えてるなら、日頃から娘の頭を洗ってる成果だろうな」
「ライムちゃんも素直で明るく育ってるし、いい父親してるじゃないか」
「まだまだ父さんには敵わないよ」
「そう簡単に抜かれてたまるか、年季が違うんだから当たり前だ」
頭皮マッサージを終えてお湯で洗い流すと、俺と同じ色の髪が泡の下から現れる。
「少し白髪が増えたか?」
「仕事が大詰めで忙しかったし、この一年半は色々あったからな……」
「黙っていなくなって、すまなかった。父さんと母さんには、迷惑かけたと思ってる」
「馬鹿野郎、謝る必要なんて無い。子供ってのはな、親にとっていくつになっても子供なんだ。それだけ大切な存在が何をやっても、迷惑だなんて思うわけないだろ。だから余計な気は使うな」
「ありがとう、父さん」
「ほら、今度は俺が頭を洗ってやるから、そこに座れ」
父さんの大きな手が少し乱暴に頭を洗ってくれるけど、他の家族とは違う力強さが心地良い。
「……なぁ、龍青」
「どうしたんだ、父さん」
「お前と真白が消えてしまってから、母さんはしょっちゅう泣いてたんだ。仕事が忙しかった頃はまだマシだったんだか、プロジェクトが終了して張り合いがなくなると、途端に気が弱くなってしまってな。涙を流しながら寝ていることもあった。俺が旅に出ようと思ったのは、少しでも気が紛れるようにしてやりたかったからだ」
「そう、だったのか……」
「だが今日の母さんは、心から楽しそうにしている。あんなに笑ってる姿を見るのは、久しぶりだよ……
龍青は俺の望みと夢を、一度に叶えてくれた。本当にありがとう。お前と真白は、やっぱり自慢の子供だ」
父さんのその言葉を聞いて、俺の目に涙が浮かんでくる。
その涙は誰にも見られることなく、泡と一緒に流れていった……
◇◆◇
「今宵のブラシ、毛に飢えてる」
「目にもの見せてくれるのじゃ」
二人でお風呂を出て寝室に行くと、既にブラッシングタイムが始まっていた。母さんはクリムとアズルを膝枕しながら、二人同時にねこみみをモフりまくっている。
ソラとスファレが時代劇っぽいセリフを言ってるけど、母さんから教わったみたいだな。
「アレルギーを気にせずねこみみを触れるなんて、この世界に来てよかったわ」
「あるじさまと同じくらい気持ちいいよー」
「何だかご主人さまみたいにー、安心できますー」
「やっぱ親子やからやろな」
「ん……私もママの膝に座ってると、パパやベルと同じくらい安心できる」
「マシロちゃんもぉ、柔らかくて気持ちいいよぉ~」
「もっとくっついても大丈夫ですよ」
彩子さんの膝に座ってるクレアも、ゆったりくつろぎモードのご様子。昼間に俺の膝を堪能しまくっていたシエナさんは、真白の天然クッションを楽しんでいるようだ。
「じーちゃんのひざに、すわっていい?」
「キュイー?」
「ライムちゃんもバニラちゃんも、遠慮なく来ていいぞ」
「あの、今夜もお願いしていいですか?」
「今日は五割増しって決めてたから、覚悟してくれ」
「えっと、お手柔らかにお願いします」
「お母さん、あたらしい絵本どこ?」
「こっちにあるわよ」
ライムは父さんの膝へ座りに行き、抱っこしたバニラのブラッシングを始める。リコはケーナさんの膝で、一緒に絵本を読んでいた。
しっぽのブラッシングはソラとスファレがやってるので、俺はコールのなでなでを目一杯させていただこう。
「私たちは旦那様の背中を確保なのです」
「世界で一番くつろげる背もたれですよ」
「私は服の中に入らせてもらうわ」
「はふぅー、頭の上に顎を乗せてもいいですよ、リュウセイさん」
「髪を梳かしたあとに、そうさせてもらうよ」
時折ツノを撫でながら、コールのきれいな黒髪をブラシで丁寧に整えていく。背中に感じる二つの重さは心地よく、服の中で機嫌良さそうに動いている足は少しくすぐったい。
「なぁ、母さん」
「どうしたの、広墨さん」
「あそこにいるのは、本当に俺たちの息子なのか」
「何バカなこと言ってるの、どう見たって龍青くんでしょ」
「俺は龍青があんなに優しい顔をしてるの、初めて見たぞ」
「最近のお兄ちゃんは、すごく表情豊かになってきたけど、今日のは特別だね」
少し笑えるようになったのは自覚できてたけど、今日はそんな顔をしてたのか。近くに鏡がないので自分では確認できないが、きっと両親に会えたお陰だろう。
「どれどれ……本当だね。これならボクにもわかるよ」
『以前、風呂の中で見た笑顔と同じくらい良いものだな、これは』
『また宝物が増えてしまいましたわね』
『異世界召喚なんて、とんでもねぇことやらかしてんだ。幸せになりやがらねぇと、俺様が容赦しねぇぜ』
「この様子を見る限り、心配は無用だろう」
「ピピッ!」
ディストや王たちは俺の顔を見ながら、それぞれ感想を口にしてくれる。朝から思いがけないことが続いた一日だったけど、一生忘れられない思い出となって刻まれた。
家族や親戚が一堂に会した初めての夜は、こうして更けていくのだった。
次回、とんでもない事実が判明します。
「第264話 隠し女神特典」を、お楽しみに!




