第260話 両親からの手紙
「めっちゃ」や「むっちゃ」みたいな表記ゆれは、割と気分で使い分けてます。
めっちゃ好きやねん=滅茶苦茶好き
むっちゃおもろいで=無茶苦茶面白い
それぞれ逆にしても、「すごい」とか「とても」なニュアンスになるので、気にせず読み進めて下さい(笑)
この世界に呼ばれ、今は夜の女神として世界を見守っている虹野彩子さんは、1980年代の日本で暮らしていた。その人がクレアに授けてくれたスキルをスマホのように使っていたら、神の叡智を超えるなと怒られてしまう。
裏技という言葉を知っているのに、ちょっと理不尽だ。
「ほな、ウチがここに来た時に反応を返してくれなんだんは、二人とも元ネタを知らんかったからかいな……」
「あの“呼ばれて飛び出て”ってやつか?」
「ウチが子供の頃にやっとったアニメなんやけど、ハンバーグの好きな魔王がおってな、そいつが呼び出される時に言うセリフなんや」
「ライム、ハンバーグだいすきだよ!」
「ん……マシロの作ってくれるハンバーグは最高」
「お母さんもマシロちゃんにおしえてもらって、作ってくれるんだよ!」
「ウチもハンバーグ大好きやで、お子様ランチの定番やしな」
「彩子さんって、ご飯を食べることって出来るんですか?」
「飲み込んだもんはどっかに消えてまうんやけど、味はちゃんと分かるで」
「それなら彩子さんの食べたいもので、私が作れる料理をごちそうしますよ」
「ホンマか!? ならウチ、カレー食べたい!」
「あらあら、カレーが好きなのね。
……カレーパンならあるけど食べる?」
目をギラリと光らせた彩子さんが、地面を這うようにヴィオレに近づいてきた。俺に触れそうなほど接近した彩子さんの視線は、頭の上にロックオン中だ。かなり興奮しているらしく、すごく鼻息が荒い。
時空収納から出してくれたカレーパンを奪い取ると、一心不乱に口を動かしている。
「ウチらの食べとったカレーと色はちゃうけど、むっちゃ旨いでこれ!」
「昔のカレーって、もっと黄色かったんですよね」
「学校の給食に出てくるカレーは、黄色いスープみたいやったなぁ」
三個めのカレーパンを味わいながら、彩子さんが遠い目をしている。せっかくこの世界に詳しい日本人がいるので米の存在を聞いてみたが、やはり存在しないということだった。似たような穀物も無いとのことなので、カレーライスは諦めざるをえない。
彩子さんから暮らしていた当時のことも教えてもらったけど、時代が違いすぎて解らないことだらけだ。アニメの事とかも聞かせてもらったけど、かろうじて解るのは海産物の名前がついた登場人物くらい。
同じ日本人だったとしても、世代間の越えられない壁を実感する。
「ウチともう一人の神さんで魔法を造ったんやけど、元々この世界には三つの原色しか無かったんや。そんでウチが知っとった、パソコンで使う色の出し方を参考にして、増やしてみたんやけどな」
「それで赤・緑・青の基本色と、その組み合わせに黒を入れて、八色になるんだな」
「ウチらの時代はそれでも感動したっちゅうのに、今は千六百万とか十億とかアホちゃうんかい!」
「そういえば思い出したよ、ボクが竜の分体を生み出すときに、確かそんな話をしたね」
命の誕生を司る女神が就任したことで、新しい人類が生み出され世界が豊かになっていく。人口が爆発的に増えてマナの利用が多くなっていくと、供給源でもある地脈の果たす役割も大きくなる。
時代がある程度進み、地脈を効率よく管理するため、ディストは自分から八体の竜を分化させた。その時に参考にしたのが、この世界で新たに生まれた、魔法の色だったそうだ。
「ただ下見するだけの予定だったのにぃ、世界の仕組みが次々明らかになってるんだけどぉ~」
「女神、降臨した、これ必然」
「そうじゃな、諦めて考古学の歴史に刻むしかないのじゃ」
「そんな事したらぁ、また所長に怒られるよぉ~」
「明日は俺も研究所へ一緒に行くから、二人で報告しような」
「あっ、おもろそうやしウチも行ってええか?」
王立考古学研究所の報告もそうだけど、クレアの身元を調査してくれているシェイキアさんにも、会わないといけないだろう。
明日は色々荒れそうな予感がする。
◇◆◇
だいぶ話し込んでしまったけど、地球の話題はどうしても俺たち三人以外が、置き去りになってしまう。わからない言葉が出ても黙って聞いてくれているけど、きっと退屈しているはずだ。
「そろそろ王都に戻ろうと思うんだけど、もう移動しても大丈夫か?」
「その前にウチから提案あるんやけど、かめへんか?」
「別に構わないけど、受け入れるかどうかは話の内容次第だぞ」
「この世界に呼んでしもた、お詫びみたいなもんやから、悪い話やないで」
「とにかく聞かせくれ」
「二人とも、自分の両親に会うてみたない?」
「「……え!?」」
隣に視線を向けると、真白も驚いた顔でこちらを見ている。会うというのは、この場に呼び寄せることだろうか。それって、もう一人の神がやった異世界召喚と同じだよな。
彩子さんにその力は無いと言っていたのに、一体どんな方法で俺たちの両親をこの場に呼ぶというんだ?
「今回の騒動がどないもならなんだら、ウチの存在と引き換えにしてでも、解決するつもりやったんや。そのために使うんがこれなんやけど、ここに溜まっとる力と龍青君の召喚魔法を合わせたると、二人くらいやったらこっちに呼べるで」
彩子さんが虚空から取り出したのは、先端に金色の宝石がはまっている真っ白の杖だ。長さは百七十センチくらいだろうか、木や金属とは違う不思議な質感を持っている。
その上部が装飾のついた三日月のような形になっており、中心に取り付けられた丸い宝石が鈍い光を放つ。女神が持つ杖だけあって、普通のものとは明らかに違うオーラが感じられた。
「召喚魔法で人を呼ぶのは危険じゃないのか?」
「その辺は杖の力で安全にしたるし、言葉や文字にも苦労せーへんように、女神特典を付けたる」
「だけど、二人にも仕事があるんだし、いくらなんでも確認なしには呼べないぞ」
ファンタジー好きだった父は、どこまで本気かわからないけど、剣と魔法の世界に行きたいと常々言っていた。俺だって両親と一緒に暮らしたいと思ってるし、真白も口に出したことはないけど同じ気持ちだろう。
話したいことや聞いて欲しいことは、この世界で暮らし始めてからたくさんできた。自分に子供ができて実感したけど、父や母に教えてもらいたいことは多い。
でも、だからといって社会に出て働いている人を、こちらの都合で一方的に召喚なんて出来ない。
「話だけでもすることって出来ないんですか?」
「ごめんやけど、通信みたいなことは無理なんや。ウチが日本人やったから、あっちの世界に道を作れるだけで、呼ぶんは龍青君の力やしな」
「それなら、小さな物を向こうの世界から呼ぶことって出来ますか?」
「そんくらいやったら、ギリギリ大丈夫や思うで」
「お兄ちゃん、家の冷蔵庫にぶら下げてたもの覚えてる?」
「あぁ、仕事で時間が合わない時に、お互いの連絡事項を書いてたやつだな」
「あれを召喚してもらえないかな」
仕事が忙しくて家を開けることの多かった両親は、冷蔵庫にぶら下げていたホワイトボードに、何かしらメッセージを書いてくれていた。電話やメールは毎日してくれてたけど、やはり手書きの文字というのは嬉しいもので、俺や真白もそこに返事を残したりしている。
確かにそれなら、俺たちに向けた何かが記されている可能性は大きい。
今から使う異世界召喚に大切な要素は、姿かたちや結びつきだと彩子さんは言っている。その条件は十分満たしているし、無事に召喚できるか試す物としても丁度いいだろう。
「ほな、いくで」
「よろしく頼む」
彩子さんが杖を掲げると、金色の宝石が輝きだす。
それを確認した俺は、自宅の冷蔵庫を思い浮かべながら呪文を唱えた。
《トリプル・カラー・ブースト》
《サモン・ホワイトボード》
いつもより大量のマナが抜ける感覚がした後、祭壇の上に長方形のホワイトボードが現れた。そこには懐かしい文字で“必ず読め”と書いてあり、斜め下へ伸びた矢印の先には、マグネットで留められた封筒がある。
真白と二人でそれを開封し、中に入っていた便箋を読み進めていく――
〝龍青、真白へ
お前たちが突然消えてから、もうすぐ一年半になろうとしている。
警察や近所の人たちも必死に探してくれたが、土手に残された二人の荷物以外、手がかりは全く見つかっていない。事件と事故の両面で続けられていた捜査も進展がなく、学校の友人や市民プールの関係者に聞いても、二人の様子に特に変わったことは無かった、そんな答えだけだ。
心無い連中は兄妹で駆け落ちしただの、心中しただのくだらないことを言っているが、俺や母さんはそんな事を信じていない。お前たち二人は自慢の子供だ、何かやるときは必ず相談しにくる、今はそれが出来ない状況なんだろう。
もしこの手紙を見たら絶対に連絡しろ、それが出来ない場合は俺たちを呼べ。地の果てだろうが異世界だろうが、どこでも行ってやるからな。
P.S.
俺と母さんが取り組んでいたプロジェクトは、先月終了になった。チームは解散となり、全ての引き継ぎも完了している。ずっと前から考えていたことなんだが、俺と母さんはこの機会に研究職から引退した。二人にはずっと寂しい思いをさせていたから、家族の時間を増やしたかったんだ。
そんな時に二人がいなくなってしまい、母さんと立てた計画が宙に浮いている。このままだと折角の時間が勿体ないので、母さんと世界を旅しながらお前たちの手がかりを探してみよう、そんな話をしているところだ。近所の人や知人にはその旨を伝えているし、信頼できる友人に後のことは全て任せる手はずが完了した。
もし俺たちに会いたいと思ってるなら遠慮はするな。龍青と真白が今どんな状況に置かれていようが、俺や母さんは一切気にしない。何をしたっていい、どんな手段でも構わないから、家族で暮らせる方法を考えろ。
お前たちにはそれが出来る、そう父さんは信じている。
2020.02.xx 赤井 広墨〟
〝龍青くん、真白ちゃんへ
元気にしてる? 風邪とかひいてない? 食べるものは、真白ちゃんがいれば大丈夫ね。
二人がどこかに行っちゃってから、お母さんすごく寂しいの。もちろん広墨さんも寂しがってるわよ。あなたたち二人が一緒なら、何があっても大丈夫だと思うけど、お母さんはやっぱり心配なの。
広墨さんと一緒にやっていた仕事の目処がついて、これから二人といっぱい遊ぼうって思ってたのに、急にどこかへ行っちゃうなんて酷いわ。四人でやりたいことは何千個も考えてるんだから、早く帰ってきてね。
あっ、この手紙を読んでるんだったら、帰ってきてるのかな。
とにかく二人が元気にしているって連絡だけでもいいの、広墨さんとお母さんを安心させて。
P.S.
もし二人に子供ができてるなら、ちゃんと紹介してね。
お母さん、孫の顔を見るの楽しみにしてるから。
2020.02.xx 赤井 翠里〟
懐かしい字と二人の気持ちを読んでいたら、涙が出そうになった。真白も瞳をうるませながら、手紙を抱きしめている。
父さんは何となく予感してたんだろうか、俺たちが失踪や事故ではなく違う世界に飛ばされたことを。それに母さんも相変わらずで安心した。
やっぱり二人に会いたい。
もうじき十九になる男が情けないことを言ってるかもしれないけど、俺にはまだ両親が必要だ。
みんなに今の気持ちを話して、両親を召喚させてもらおう。
RGB各 8bit=16,777,216色
RGB各10bit=1,073,741,824色
◇◆◇
初代のハクション大魔王は1969年から放送開始なので、彩子が小学生の頃です。
◇◆◇
次回予告
もちろん呼びますよ、資料集に両親の名前を書いていたり、父親をファンタジー好きの設定にしたくらいですから(笑)




