第259話 女神の祝福
過去話でも色々誤字報告いただいてます。
ありがとうございます!
この世界の夜を司る女神、虹野彩子さんから俺たちが呼ばれた経緯や、ライムとクレアのことなど色々聞いている。もう一人の神が異世界招喚に力を使い果たして不在なため、全てのことがわかったわけではない。
大まかな流れをまとめると、ざっとこんな感じだ。
黒い思念体になった男が動き出したのを知った時には、かなり危ない状況になっていた。神の力を行使してでも止めようと、天界で眠らせていたクレアを地上に派遣して、祭壇の起動を計る。しかし、タイミング悪く祭壇に現れた邪魔玉の影響で力を失い、囚われてしまう。
次にライムを生み出してディストの協力を得ようとしたが、こちらも邪魔玉のせいで身動きが取れなくなっていた。その後は邪魔玉が次々と地上に現れるようになり、追い詰められた男の神が異世界召喚を実行。こちらの神と波長が合い、流れ人として呼ばれたのが俺たちだ。
俺の存在感が男の神に似ているのは、そういった相性みたいな影響だろう。
世界と世界の同期が不十分なまま召喚したので、一度に四つの魂を転移させるという異常事態に。俺たちは時空の狭間で離れ離れになり、転移に耐えられなかった仔猫の二人は、彩子さんの裏技的干渉で転生する。
俺たちよりかなり過去に飛ばされたのは、転移の途中で強引に拾い上げた余波とのこと。そんな無茶をしなければ、二人の魂が消えてしまっていたからだ。
俺とライムは魂が惹かれ合ったので近くに転移し、真白は俺との絆を頼りに男神が尽力してくれた結果、ひと月後にアージンへ転移。その時点で男の神は力尽きて眠ってしまった。
正直なところ、俺たちが事態を収拾できるか、未知数だったらしい。この祭壇は天界との交信をするだけでなく、大陸で集められたエネルギーを送る役目もある。そこが邪魔玉で侵されたため、転移を完了させた後は力も残っておらず、地上に対して何も手出しできなかった。
そんな状態で彩子さんは、ひたすら後悔を続けることになる。なにせ全てが後手に回ってしまい、正規の方法では介入できなくなってしまったからだ。
「正直なとこ龍青君らは、ウチらが下手に干渉するより、上手いことやっとるで。二つの大陸が無うなった時もそうやけど、神やゆうたかて出来ることは限られとるんや。邪魔玉が現れだしてから多発しとった悪魔の呪いとか、ウチらでは防ぎきれんこともあってな、この大陸で暮らしとるみんなには迷惑かけた思うとる」
「あの、先程は怒鳴ってしまって申し訳ありませんでした」
「かまへんかまへん。あんたの気持ちは、よおわかる。ウチかて元人間や、目の前に神がおったら、文句の一つも言いたなるわ」
祭壇のあるホールに敷いたレジャーシートの上で、リコを抱きながら左隣に座っているケーナさんの頭を撫でる。右隣にはライムを抱っこした真白が座り、俺の膝に座っているのはクレアだ。
他のみんなも俺を中心にしてシートの片側に集まり、対面には彩子さんが一人で正座していた。こんな硬い床に正座しても足が痺れないのは、さすが不変の肉体を持つだけある。
基本的に地上の管理は王たちや竜族に任せているので、二人いる神の役目は種の存続に力を尽くすことだけだ。とはいっても、大規模な地殻変動で地上の環境が激変し、それに適応できなかった獣族や鬼族が絶滅したように、決して万能じゃない。
よほどの危機的状況でない限り、直接力を貸すことは出来ないよう、制限がかかっている。むやみに干渉すると星の寿命を削ってしまう、もう一人の神からそんな説明を受けたそうだ。
今回の事件は流れ人が引き起こしたという、ある意味自分たちの不始末だったので、神の手で解決しようとした。しかし、本来は星になにか問題が発生した時、まず試されるのが神子の誕生や異世界召喚らしい。
「それなら百年以上前に、どうしてあの男が呼ばれたんだ?」
「この星は文明の停滞が起こっとってな、あっちの神さんは大昔のように発展させたい思うとるんや。そんで呼ばれたんがあの流れ人なんやけど、まさかこないな事になるやなんて、ウチらも予想でけへんかった……」
「今回の件ではボクたちもかなり迷惑を被ったんだし、出来れば人選はしっかりして貰いたいものだね」
「あっちの神さんも反省しとるし、もう同じ目的で呼ぶのはやめようゆうとった」
文明の発展をうながしたいと、過去にも何度か異世界召喚を繰り返しているらしい。
確かに地脈源泉結界や転移装置みたいに、文明を大きく発展させたこともあるだろう。仮にあの男がいた世界のような魔操器と近い技術がもたらされたとして、本当に人々の生活は便利になるんだろうか。
俺の感覚だけど、この世界の人はのんびり楽しく暮らしているように思う。時間に追われながら毎日あくせく働かなくても十分暮らしていけるし、争いごとも少なくて平和だ。
これは停滞でなく、安定と呼んでいい。
ぬるま湯のような世界で向上心を失って衰退するのは困るけど、誰かを呼び込んでまで刺激を与えなくてもいい気がする。
「真白が料理方面で新風を吹き込んでるし、そっちはかなり発展すると思うぞ」
「旦那様の入浴剤もそうなのです」
「他にも様々な種族に、いい影響を与えてくれてるですよ」
「全ての種族に霊獣や守護獣まで集まっとる、これはホンマに凄いことや。無理やり大きな変化おこさいでも、こんくらいで十分すぎるわ」
「キュイー!」
「ピルルー!」
クレアが半神という事実も判明したし、この場に女神まで降臨してるからな。改めて考えるまでもなく、とんでもないことになっている。
「ねぇ彩子さん、クレアちゃんの記憶って戻らないんですか?」
「もともとクレアちゃんは無垢な状態で生まれとるし、仮に戻ったとしても今とそないに変わらへんで」
「クレアはどうだ、今のままでも構わないか?」
「ん……パパや家族といっぱい思い出できたから、今のままでも大丈夫」
「ライムちゃんといい、クレアちゃんといい、ホンマええ子に育っとる。ママはめっちゃ嬉しいで!」
もしあの男に捕らわれていた時のことを思い出したら、かえってこの子の心を傷つけてしまうかもしれない。クレアの記憶に関しては態度を決めかねていたけど、もう考えないようにしよう。思い出はこれからも、いっぱい作っていけばいいんだしな。
「クレアはこのまま俺たちと暮らして構わないのか?」
「クレアちゃんを天界に連れてっても眠ってまうだけやし、龍青君らさえよかったらお願いでけへんやろか」
「ライムはクレアねーちゃんといっしょがいい」
「ん……ママはどうするの、パパと王都の家で暮らす?」
「ママは天界でお仕事せな、ならんねん。時々会いに行くさかい、パパと一緒に地上で待っててくれへん?」
「ん……お仕事なら仕方ない。私はパパとママの娘だから、ちゃんといい子で待ってる」
クレアは人と少し違う存在だが、寿命が多少長いくらいで、育ち方は人と変わらないらしい。これからライムと一緒に成長し、大人になっていく姿を見るのは、親としてとても楽しみだ。
しかし彩子さんは地上に遊びに来る気まんまんだけど、仮にも女神がそんなに自由奔放で構わないのか?
「ここ王都から遠い、アヤコどうやって、クレアに会いに来るの?」
「それなんやけど、ウチが地上におったらクレアちゃんを目印にして転移できるんや。折角やし、龍青君も同じこと出来るようにしたろか?」
「それって転移できる地点を覚えなくても、クレアのいる場所にならどこでも飛べるってことだよな」
「せや、便利そうやろ?」
これは便利とかそういうレベルじゃないぞ。それが出来るなら旅の途中で街道にいても、どこかに転移して戻ってこられる。転移魔法の活用幅が、大きく上昇すること間違いなしだ。
「ん……ママ、他の魔法も覚えたい」
「ごめんやけどウチが授けられるんは、クレアちゃんの種族スキルだけなんや。もう一人の神さんが目ぇ覚ましたら詫び入れさせに来るさかい、それまで待っててくれへんか」
目を覚ますのにどれだけ時間がかかるか、こんなケースは初めてなので彩子さんにもわからないらしい。何ヶ月後になるか何年後になるか、下手すると生きてるうちに会えない可能性もある。
しかし彩子さんが授けてくれた二つの力は、どちらもかなり特殊なものだ。もらえるスキルとしては、これだけでも十分じゃないだろうか。
・転移目印
俺と彩子さんに、自分の位置情報を常に発信する
・世界地図
クレアの位置情報をホログラム地図に表示
衛星測位システムもないのに、自分の位置情報を把握できるというのは、まさにチート能力だ。しかも俺はクレアのことを思い浮かべるだけで、その場に転移門を開くことが出来る。
俺の膝にすわったまま、覚えたてのワールド・マップを開いているクレアも、かなりご満悦の様子。本当に良いスキルをもらってしまった。
「なんか半透明できれいだねー」
「確かにここは大陸の中心です」
「マップアプリの表示みたいで面白いね、お兄ちゃん」
「全体表示だから詳細は把握しづらいけど、クレアの位置にピンが刺さってたり芸が細かいな」
クレアの目の前にオレンジ色をした半透明の薄い板が浮かび上がり、そこに大陸の形が濃い色で表示されている。その中心部分にクレアの現在位置を示す、頭が球体のプッシュピンが刺さっていた。
半透明のホログラム表示は、元の世界で普及し始めていた仮想現実ゲームを彷彿とさせ、男心をくすぐられるかっこよさだ。
膝の上にクレアを抱いて密着しているからだろうか、マップの情報を共有できている気がする。その感覚を信じるなら、もしかしてアレが出来るんじゃないか?
「クレア、指と指をこんなふうにくっつけて、地図の上で開くような動作をしてくれないか」
「ん……これでいい?」
「さすがだぞクレア、上出来だ」
思った通り、親指と人差指を使いピンチアウトの操作をすると、指の位置を中心に地図が拡大された。どんどん大きくしてやれば、細かい部分も見えやすくなるだろう。
「とーさん、ちずが大きくなったの?」
「なっ……なんやて!?」
「これは拡大する時に使う指の動かし方なんだ」
「リュウセイお兄ちゃん、ちっちゃくすることもできるの?」
「もちろんできるぞ。次は今と逆に、指をくっつけるように動かしてくれ」
「ん……今度は小さくなった」
「し……信じられへん」
同様にピンチインの操作で地図が小さくなる。一旦手を遠ざけ、ピンチアウトの操作ばかり何度もすると、ある程度の大きさまで拡大できた。小さくするのはデフォルト表示の大きさまでだ。
大きくしすぎると、はみ出した部分が見えなくなってしまうけど、板の上で指を動かせば地図がスクロールする。
「クレア、次は地図に刺さっているピンの上に指を置いて、しばらくそのまま動かさないでくれ」
「ん……ピンが浮き上がった」
「とりあえずそうだな……この辺を指で押してみてくれるか」
「ん……ピンが違う所に刺さった、これ動かせたんだ」
「そこを中心にして地図を拡大してくれ」
そうやって細かい位置決めをしてピンを刺し直し、俺はクレアを抱っこしたまま立ち上がる。
《ダブル・カラー・ブースト》
まずは二倍強化の魔法を発動し、ピンを意識しながら次の呪文を唱える。
《ゲート・オープン》
「ん……あっちに見えるのは王都?」
「ここは王都の近くにある丘の上じゃな」
「少し精度が足りないから、街なんかの密集した場所に行くのは難しいけど、俺とクレアが一緒だったら地図上のあらゆる場所に行けるな」
「ん……さすがパパ! 父娘で力を合わせた合体技を、編み出してくれた」
「ライムととーさんの同化とおなじだね!」
「ちょ……ちょっ、ちょー待たんかぁーい!! 何さらしとるんやあんたら! そないな使い方できるやなんて、ウチかて知らんで! 神の叡智を超えるつもりなんか!!」
なんかわからないが、彩子さんがキレた。マップアプリの標準的な使い方だと思うんだが、一体何が問題だったのか。まぁ、想定外の使い方をされたんだろうけど、魔法にしろ試練の洞窟にしろ、俺にとっては今更の話だ。
「彩子さんはもしかして、スマートフォンが無かった時代から来たのか?」
「スマートな本ってなんや、薄っぺらい本のことか?」
「こんな形をした薄い板の電子機器なんだけど……」
「そんなカマボコ板みたいなもんは知らんわ、龍青君らがおった時代って何年なんや?」
「西暦でいうと2019年だ」
「三十年以上後の時代やんけっ!」
彩子さんは父さんや母さんが子供の頃だった時代に、この世界に来たのか。その頃にスマホがないのは当たり前だ、こんな使い方を思いつかなくても仕方がない。
クレアが時々死語に近い言葉を話したり、知らないメロディーを口ずさんでるのは、彩子さんが地球にいた頃の知識だろう。これは面白い事実が判明してしまったな。
細かい齟齬は発生するかもしれませんが、大筋はこれで大丈夫なはず(願望)




