第24話 野営
太陽が沈み辺りが薄暗くなってきたので、野営の準備をする。とはいっても、収納魔法でしまっていた小屋を取り出すだけなので一瞬で終わる。取り出す時に他の物と干渉する場合は収納魔法が発動しないので、街道沿いの壁になった部分から少し離れて呪文を唱えた。
《ストレージ・アウト》
旅に出る前に何度か出し入れの練習をしたが、うまく壁に沿うように取り出せたことにホッとする。高床になった柱の下には硬くて水に強い土台がついていて、屋根もわずかに傾斜しているので、雨の日でも問題ないと製作してくれた職人が言っていた。玄関の他には鎧戸付きの窓も二ヶ所についているので、部屋の中の採光や風通しもバッチリだ。
「小さいけどマイホームって感じがするね」
「とーさんと、かーさんと、ライムの家だね」
「持ち運びできる家は、キャンピングカーって感じだな」
「日本にいた頃は、こんなアウトドア生活するなんて思ってなかったから、私ワクワクしてるんだ」
「早くなかに入ろうよ」
「そうだな、中でゆっくり話をしようか」
玄関の扉を開けて中に入り、靴を脱いで床に上がる。やはり日本人としては、こういった生活スタイルが一番落ち着く。天井は俺が手を伸ばせば届くくらいなので、鬼人族の男性には少し低すぎるかもしれないが、踏み台なしにランタンを吊り下げられるように、この高さにしてもらった。
「俺は明かりをつけてくるよ」
「私は鎧戸を開けておくね」
「ライムも、かーさんのお手伝いするー」
俺が火のついたランタンを天井のフックに取り付けると部屋の中が明るくなり、真白とライムが二ヶ所ある鎧戸を開けてくれる。この世界は観音開きの窓が主流なので、全開にすると爽やかな風が通り過ぎていく。
「出来たばかりの家っていい匂いがするね」
「木のにおい?」
「父さんや母さんのいた世界でも、木で出来た家が多かったから、同じ匂いがしたよ」
「ライムもこのにおい好き」
備え付けのクローゼットからクッションを取り出し、床に並べてライムと一緒に座る。真白は夕食の下ごしらえで、保存用に作った肉を水につけて塩抜きをしたり、少しだけ準備をしてから同じように床に腰を下ろす。
「床の上に座れるっておもしろいね」
「お兄ちゃんやお母さんの住んでた国だと、畳っていう敷物を床に並べてたから、横になってお昼寝とか出来たんだよ」
「この家は木の床だから、固くてちょっと無理だな」
「でもベッドがフカフカだから大丈夫だね」
「テーブルも低いものを使っていて、みんな座ってご飯とか食べんたんだぞ」
「足が痛くなりそう……」
ちゃぶ台で食事というのもいいかと思ったが、畳も無いし慣れてない人には辛いだろうから、この家には椅子とテーブルを用意してある。だが日本人としては床に座る方がくつろげる気がしたので、クッションを敷いて胡座をかいているが、ライムがいつもベッドの上でやるように、足の上に移動してきて背中を預けてきた。
「床に座るのは慣れないか?」
「そんなこと無いけど、とーさんの足の上のほうがすき」
「晩ごはんはすぐ出来るから、ちょっとだけ待っててね」
「今日はどんなご飯?」
「今日はお肉と野菜の炒めものと、スープだよ」
「ごちそうだね」
「食後に果物も切ってあげるね」
「やったー!」
コンロは一つしか無いので、スープと炒めものを同時に作れないハンデも、真白ならうまくやってくれる気がする。しばらく三人で話をしていたが、下準備も終わったのか真白は夕食の支度に取り掛かってくれる。
この家は靴を脱いで生活する家にするため、玄関からもう一段高くなっている構造を生かして、簡易キッチンの近くに床下収納を作ってもらった。そこに入れている野菜も取り出し調理台の上に並べているが、前の世界と全く違うので俺にはどんな味なのか想像ができない。
「何か手伝えることはないか?」
「お兄ちゃんはライムちゃんと一緒にいてあげて」
「なら食後の片付けは俺がやるよ」
「いつものパターンだね」
「ライムもなにかお手伝いしたい」
「そうだな、ライムには洗い終わった食器を拭く係をお願いするかな」
「うん、がんばるね」
しかし、こうやって床に座って包丁の音を聞いていると、ここが異世界とは思えなくなってくる。小さいが自分たちの家ができて、ライムという子供もいると、本当に真白と夫婦になった気分だ。楽しそうに料理を作る妹の後ろ姿を見ながらついそんな事を考えてしまい、慌ててそれを頭から追いやった。
◇◆◇
「かーさん、すごくおいしい!」
「旅の途中でこんな物が食べられるとは思ってなかった」
「痛みやすいものから使ってるから、こんな料理は最初のうちしか作れないんだけど、喜んでもらえて良かったよ」
肉と野菜の炒めものは塩と香辛料だけのシンプルは味付けだが、野菜の組み合わせが良いのか味のまとまりがあって旨味も引き出されている。ミルクで作ったスープにも小さく切った野菜が入っているが、余熱調理したおかげでやわらかく煮込まれていて、ハーブの爽やかな香りが食欲をそそる。
「真白もこの世界の食材を、すっかり使いこなしてるな」
「形や色は違うけど、地球にあったのと同じような野菜って結構多いんだ、おじさんに色々教わったからリクエストとかあったら聞くよ」
「そうだなぁ、カレーも食べてみたいけど、やっぱり難しいか?」
「この世界で私が知ってる香辛料だと、ちょっと無理かな。でも南の方に行くと種類の違うものがあるって聞いたから、それっぽいのが見つかったら挑戦してみる」
「とーさんは前もいってたけど、カレーっておいしいの?」
「ちょっと刺激のある辛さだから、ライムちゃんには食べにくいかもしれないけど、蜂蜜や果物を入れたら優しい味になるから、作る時はそうしてあげるね」
「わーい、かーさん大好き!」
パンと食べるカレーも美味しいが、やっぱりお米が欲しくなるな。残念ながら同じような食材は存在しないようなので作れないが、チャーハンとかオムライスなんかもライムは喜んでくれそうだ。
「お兄ちゃん、お米が食べたくなった?」
「良くわかったな」
「カレーの話も出たし、そう顔に書いてあるよ」
相変わらず真白は、俺の表情を的確に読んでくる。
「かーさん、“おこめ”ってどんなの?」
「白くて小さいツブツブの食べ物なんだけど、味はあんまりしない代わりに、どんな料理にでも合うんだよ」
「小さいツブツブだと、ちょっと食べにくそう」
「スプーンを使って食べられるし、ライムちゃんでも大丈夫だから安心して」
「カレーと一緒に食べたり、お肉や野菜と一緒に炒めたりすると美味しいんだ」
「この世界では手に入らないのが残念なんだけどね」
「そうなんだ、ライムも食べてみたかったな」
「お米は長期保存が出来るから、あるとすごく便利なんだよ」
研ぐ時に大量の水が必要なのと炊く手間はかかるけど、お米の状態なら年単位で日持ちするから、旅のお供としては最適だ。それに収納魔法には、生き物を収納できないという制約があるので、虫の発生を抑えられる利点がある。魔法の解説書にも明記されていたし、荷運びの仕事の時も収納を終えた場所に、昆虫が取り残されるという場面を何度も見た。これで時間停止機能もついていれば、生ものでも腐らせずに保存できて便利なのだが。
「この大陸も結構広いし、北部や南部で気候も違うみたいだから、どこかでそれっぽいものが見つかるかもしれないな」
「竜人族を探すのも大事だけど、世界中の色々な食べ物を探す旅とかも面白そうだね」
「ライムも、とーさんやかーさんと、いろんなところに行ってみたい」
「色々な場所で、その土地の料理をいっぱい覚えたら、食堂も大繁盛間違いなしだよ!」
真白はまだ昼間の世界を引きずっていたのか……
しかし、日本にいた頃から和洋中のジャンルを問わず、何でも作ってしまえてたので、この大陸を隅々まで見て回れば、最強の料理人が爆誕するかもしれない。
◇◆◇
食事の後は洗い物や洗濯も済ませて、家の外壁に備え付けてある折りたたみ式の竿受けに、物干し竿を取り付けて干しておく。これは真白のアイデアだが、崖などの障害物に沿って家を出せば、他人に見られる心配もない。
宿屋では食器洗いや洗濯は全て任せていたので気づかなかったが、洗濯機や食器乾燥機のない世界でやっていると予想以上に時間がかった。旅の途中でも野営の準備をしている冒険者や商隊を見かけたが、早めの時間から取り掛かっていたのは、こうした事情があるからだろう。
「キャンプとか徒歩の旅行ってやった事なかったから、こんなに時間がかかるなんて思わなかったね」
「テントを設置する手間がかからないから大丈夫だと思ってたけど、ちょっと失敗だったな」
「あしたはもっと早く、じゅんびしようね」
昼間は俺の背中で少しだけお昼寝をしたライムも、慣れない徒歩旅行のせいでちょっとお疲れ気味だ。荷物がない分、収納魔法持ちがいない旅人より楽ではあるものの、まだ幼い子供がいることを考慮してスケジュールを立てよう。
「慣れてくればもっと効率良く出来るようになってくるから、三人で色々工夫していこうよ」
「じょうずになろうと頑張ったら、ぜったい上達するだったね」
「初めてスプーンを使った時に俺がライムに言った言葉だったな」
「お兄ちゃん、ライムちゃんにそんなこと言ったんだ」
「その時にスプーンを床に落としてしまって、失敗を気にしてたからそう言ったんだ」
「だからいっぱい練習して、うまく使えるように頑張ったんだよ」
「そっか、ライムちゃん偉いね」
隣に寄り添うように座った真白が、俺の膝の上に座ったライムの頭を優しく撫でてくれるが、それが気持ちよかったのか眠くなってきてしまったみたいだ。そのまま三人で川の字になって横になるが、大きめに作ってもらったベッドは、もう一人くらい十分に眠れる余裕がある。
「こうしてると、外で眠ってるって感じしないね」
「真白の美味しいご飯を食べて、お湯で体を拭いて、ベッドで眠ってると宿屋とあまり変わらないな」
「途中で野営の準備してる場所にも、小さな小屋を出してる人がいたのはびっくりしたよ」
「みんな考えることは一緒という訳だ」
街道の途中で大きめのテントくらいある、窓のついた小屋を用意してるグループがいた。かなり年季の入った外観だったので、旅をしながら活動している冒険者か商売人で、メンバーに収納魔法持ちがいるんだろう。この家を作ってくれた職人も、同じような依頼を受けたことがあると言っていたので、違う世界の人間同士でも同じ答えにたどり着くのがちょっと面白い。
「星がきれい……」
「日本だとここまでの星空は見られなかったな」
「こんな光景を見ながら眠れるなんて、ちょっとロマンチックだね」
「月も地球で見るものより大きくて、最初は驚いたよ」
「色もちょっと違うから、私もびっくりしちゃった」
「心が穏やかになる感じの色だな」
「とても静かだしよく眠れそう……」
「眠くなってきたら鎧戸を閉めるから教えてくれ」
「うん、まだもうちょっと見てたい」
隣に視線を向けると、月明かりに照らされた真白の顔と二人の間で眠るライムの姿があって、とても幻想的な光景に見える。地球だと白か黄色という風に見える月は、この世界では青くて静謐な感じの色だ。宿屋でも明かりを消して窓から月を眺めたことはあったが、野外だとその青さが強調される気がして、少し現実離れした場面に見えてしまった。
「こうして星空をゆっくり眺めながら寝ていられるのは、真白がいてくれたおかげだ」
「それは違うよ、お兄ちゃん。私たち三人が一緒だったからだよ」
「そうか、そうだったな……」
星空を見ていた目線を戻し、こちらに微笑んでくれた真白の頭をゆっくりと撫でる。この家には、遠征の多い上級冒険者や荷物の安全を高めるために商人が使う、認識阻害系の簡易結界を組み込んでもらっている。
大きく動くと無効になったり、明るい時はほとんど効果を発揮しない等の制約はあるが、野生動物や“ハグレ”と呼ばれるダンジョン外で稀に現れる魔物に襲われる危険が大幅に減る。どうしても周りと違和感が出てしまい、注意深く観察するとバレてしまうため人にはあまり効果はないが、視界の端にちらっと入ったくらいでは気づかれにくい。
駆け出しの冒険者にはとても手が出せない高級品だが、コンロの魔道具に加えてこんな設備までつけてくれたオールガンさんには、感謝の言葉しかない。
頭を撫でていた真白が次第にウトウトしだしたので、鎧戸をそっと閉めて俺も眠りについた。
もうこの兄妹は事実婚でいいんじゃないか?(笑)
後に作中でも語られますが、この小屋でも十分生活していけそうです。




