第257話 祭壇の下見
竜人族の隠れ里で一夜を過ごし、大陸中央にある祭壇までやって来た。竜人族が逗留しているかもしれないと、感知魔法で中は確認済み。なんの反応もなかったので、気兼ねなく下見が可能だ。
「こんな所に祭壇があったんだねぇ~」
「エルフ族や竜人族に協力してもらわんと辿り着けんと思うんじゃが、どこかに記録などは残っておらんのか?」
「そういう場所が存在したってのは残されてるんだけどぉ、どこにあるかまでは載ってないんだよぉ~」
「私の持ってる本、場所すこし違うけど、祭壇の位置書いてるのあった」
「うそぉ、ソラちゃんそんな本持ってるのぉ~?」
「この間実家から持ってきた、いま書斎に置いてる、あとで見せてあげる」
王立図書館にも所蔵されていない本があるとは、かなりレアなものがソラの家にあったんだな。これはしばらくシエナさんが入り浸りそうな予感がする。
「お母さん、なんかすごいよ、たんけんに行くみたい!」
「街に住んでる人が知らない場所なんて、ちょっとドキドキするわね」
「ん……中には剣が刺さっていて、それを抜くと勇者になれる」
「剣はなかったけど、石のお人形みたいなのあったよ、クレアねーちゃん」
ライムの容赦ないネタバレで、クレアの肩はガクリと落ちた。ソラが持ち帰った本の中に、地球にもあるような英雄譚があったんだよな。クレアはそれを読んでたから、影響されてしまったか……
可哀想だから、頭をなでなでしてあげよう。
「ん……残念だけど勇者は諦める。代わりに祭壇で祈りを捧げて、賢者を目指す」
「さすがクレアちゃんは前向きだねー」
「私もこんな部分を見習って、もっとご主人さまに積極的なおねだりを……」
昨日の温泉でアズルがちょっと控えめだったのは、恥ずかしかったからじゃなく遠慮してただけみたいだ。実行されると困りそうなことを小声で言ってるけど、聞かなかったことにする方がいいな。
「私も果敢に攻めた方がいいでしょうか?」
「ピル~?」
「俺は今のコールも好きだから、無理して変わろうとしなくても大丈夫だぞ」
むしろ変わってしまうと非常に困る。
昨日はどれだけ素数大先生を召喚したと思ってるんだ。一万桁まで憶えておけばと、何度後悔したかわからない。百までの素数は、たった二十五個しか無いからな!
「クレア様が賢者になったら、私たちに女王の資質が備わるように、お願いするのです」
「ヴィオレ様やポーニャ様を超える大きさを身につけて、旦那様をお風呂にお誘いするですよ」
「ん……まかせて! バインバインにしてあげる」
仮にそんな事になったら、お風呂は全力で拒否するぞ。左右から挟まれたりしたら、きっとお湯が真っ赤に染まる。入浴剤を入れてるから、ピンク色か?
「私はマシロちゃんくらいの身長にしてもらおうかしら」
「ヴィオレさんが大きくなったら、私でも完全に負けちゃうなぁ」
「ヴィオレずるい、私も大きくなりたい。リュウセイ悩殺する」
「われはケーナくらいで構わんのじゃが」
「あの、私は大きさより形が……」
ケーナさんは全体的にスタイルがいいから、何も心配いらないと思うんだが……
至近距離で見た湯浴み着姿ですらかなり危険だったのに、これ以上磨きがかかると安定剤を服用しても耐えられそうにない。
「私も大きくなって、リュウセイお兄ちゃんとけっこんするー」
「ライムも、とーさんのおよめさんになるー」
「ん……まとめて面倒見てあげる。魔法少女クレアにおまかせ」
いつから魔法少女になった、賢者じゃなかったのか、クレア。
王たちやディストは完全に傍観者モードだし、このカオスな状況をどう収めればいいんだ。
「みんなぁ、早く中に行こうよぉ~」
「そうだな、ここで話していても始まらないし、中に行って祭壇を見てみよう。もしかすると、今日は剣が刺さってるかもしれないぞ」
「照明魔法を発動しますから、入ってみましょうか」
ナイスだシエナさん!
今のは九回裏ツーアウトで放たれた、逆転サヨナラ満塁ホームラン級の見事な一撃だぞ。
スッと差し出してくれたコールの手を握って、三倍強化をかける。嬉しそうな顔が可愛いので、頭も撫でてしまおう。
さっきまでの流れを断ち切ってくれたシエナさんは、今夜のスキンシップタイムにお返しだ。
◇◆◇
洞窟の中に入って祭壇まで進むが、残念ながら石を削ってできた台の上に、剣が刺さっていることはなかった。最初は少し残念そうにしていたクレアは、興味が勝ったのか小さな舞台の近くをライムやリコと一緒に探検しだす。
「ここに刻まれてる神代文字、言い回し古すぎてうまく訳せない」
「どれどれぇ~……あぁ、本当だねぇ~。これって一部の神官が使ってたぁ、独自言語に近い書き方なんだよぉ~」
「神聖な場所、わかるのそれくらい」
「それがわかるだけでもかなり凄いよぉ、ウチの研究所でも十分やってけるねぇ~」
さすがあの両親の血を受け継いでるだけある。もしソラが研究者の道を進みたいと言ったら、全面的に協力しよう。この才能を埋もれさせておくのは、ちょっと勿体ない。
「ん……パパ、手伝って」
「どうしたんだ? クレア」
「ん……あの台の上にある御神体って、間違った場所にあるから、動かしたい」
「えっと、どうしてそれがわかるんだ?」
「ん……すごく違和感があって、不安になる」
クレアは違和感を一生懸命説明しようとするが、本人も感覚的にしかわからず、どうにも要領を得ない。とにかく話を統合するれば、御神体になる人物像っぽい石と、台から転がり落ちている三つの石は、本来の置き方と違う。それを正しい位置に戻さないと、なんか落ち着かなくて気持ち悪いそうだ。
「どう思う? シエナさん」
「う~ん、壊したりしなかったら問題ないんだけどぉ、やっぱりこれって流れ人の力なのかなぁ~」
「クレアは戻ってない記憶の一部を、口にしたりすることがあるんだ。おそらく今回の違和感も、そうした心の奥底に眠っている記憶から、呼び出されてるんじゃないかと思う」
「危ないことが起こったりしないかな?」
「恐らく大丈夫だよ、マシロ。ここは聖気であふれた場所だから、誰かを害するようなことは起こらないはずさ」
「真竜のディストくんがそう判断するんだったらぁ、クレアちゃんの言うとおりにやってみていいと思うよぉ~」
ディストや精霊王たちもいるし、クレアはどうしても今やって欲しいと懇願してくる。その姿はなにかの焦燥感に囚われているようで、このまま放っておくのは躊躇われた。
それにもしかすると、ここに邪魔玉を置く時、あの男が荒らしてしまったのかもしれない。
障害になる場所や王たちを封じ込め、野望を成就するため用意周到に計画していた人物だ。ここが本来の力を発揮しては困ると、その機能を停止させようとした可能性は大いにある。
大陸の中心であるこの場所は、色々なものが集まりやすい。もし浄化の力が追いつかなければ、再びあの黒い物体が復活する危険もあるだろう。
その辺りも考慮し、俺たちは祭壇の機能を回復する作業に入った。
「これはこの場所でいいのか?」
「ん……パパ、もうちょっと右。あっ、私の方から見て右に動かして」
「クレアさん、これはここでいいですか?」
「ん……コールの位置はバッチリ、そのままそこに置いて」
「クレアちゃーん、これはー?」
「ん……クリムはちょっと前に。そう、そこでいい」
「こっちはこれでいいですか?」
「ん……アズルのは前後が逆になってる」
クレアの指示を仰ぎながら、御神体と三つの石を所定の位置に並べていく。石の位置や方向まで正しくやらないとダメらしく、出してくる指示はかなり細かい。
「ねぇお母さん、なにがおこるのかなー」
「クレアちゃんの願いで、剣でも出てくるのかしら」
「ライムも、かみさまにおねがいしたい!」
「ライムちゃんのお願いだったら、神様も聞いてくれるんじゃないかな。お母さん、そんな気がするよ」
「しかし、クレアは不思議な少女なのじゃ」
「クレア悪い子じゃない、きっと大陸にいいことある」
「もしかしてぇ、クレアちゃんて古代神官の生まれ変わりとかぁ~?」
地球の言葉を使ってるので流れ人じゃないか、魔法が使えないので迷い人じゃないかと、俺たちはクレアの素性をその方面だけに絞っていた。しかし転生説という新たな一石を投じてくるあたり、さすがはシエナさんだ。
実際、クリムやアズルは当時の記憶を一部残したまま、俺たちの世界から猫人族に転生するなんて奇跡を起こしているんだ、そんな不思議が発生してもおかしくない。
「ん……これで大丈夫」
「何が起きるかわからないし、一か所に集まろう」
障壁魔法を準備しているアズルを中心として一か所に集まると、クレアが先頭の方に歩み出た。そして十本の指を胸の前で交互に組み、祈りを捧げるポーズで頭を垂れる。
シエナさんが解読してくれた祝詞にも、神へのメッセージを伝える祭壇と記されていた場所だ。クレアの祈りは、本当に届くかもしれない。
「ん……神様お願い、私を賢者にして」
お祈りのセリフを言い終わった瞬間、三つの石から赤・緑・青の光が伸び、御神体に吸い込まれていく。そして白く光った御神体から、この部屋に漂う聖気より爽やかに感じる空気が溢れ出す。
あまりに一瞬のことだったので、俺たちは誰も反応できなかった。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャ~ン」
――そこにはクレアが着ていたような白い布を全身にまとった、黒い髪の女性が立っていた。
最初はちょっと改変してたんですが、新作も始まってることですし、そのままのセリフにしてみました。どこかから怒られないといいな(祈)
それらしい影はちらつかせていましたが、予想通りの人が出てきます。
次回をお楽しみに!




