第255話 温泉の力
誤字報告ありがとうございます!
解き放つんでなく、開いてた(笑)
王都の家でのんびりしていたら、ケーナさんとリコが泊まりに来てくれた。久しぶりの再会を喜んでいたら、そこにシエナさんも登場する。
三人の初顔合わせや、クレアと初対面になるシエナさんのママチェックも終わり、俺はみんなで温泉に行くことを思いついた。理由は特にない、強いて言えばシエナさんと温泉に行ってみたい、そう漠然と考えていたからだ。
「せっかくこうして集まったんだし、今から温泉に行こうか」
「リュウセイお兄ちゃん、まえにみんなで入ったところ?」
「あの泡がいっぱいくっつく温泉だぞ」
「やったー! またいきたかったんだー」
「ケーナさんも構わないか?」
「はい、もちろんです。あの温泉に入ると、お肌がツルツルになるので楽しみです」
ケーナさんもリコも、すっかり温泉好きになったようだ。
他にも天然温泉がどこかにあれば良いんだけど、以前ディストや王たちに聞いた時は答えが返ってこなかった。今まで興味がなかった分野なので、単なる湧き水なのか温泉として使えるお湯なのか、気にしたことがなかったらしい。
また各地を放浪するときに探してみると言っていたから、その情報を楽しみに待つことにしよう。
「という訳だ、一緒に行こうか、シエナさん」
「あのぉ、何が“という訳”なのかぁ、さっぱりわからないんだけどぉ~?」
「寒い季節にゆっくり入る温泉は格別だぞ」
「温泉は気持ちよさそうなんだけどぉ、リュウセイくんやディストくんも一緒に入るのぉ~?」
「露天風呂だから、もちろん混浴になる」
「それってぇ、恥ずかしいよぉ~」
「大丈夫ですよシエナさん、こんな事もあろうかと湯浴み着はちゃんと用意してあります!」
「竜人族のかくれざとだから誰もいないし、けしきもきれいだよ!」
「あっ、それ本で読んだことあるぅ、本当に存在するんだぁ~」
やはりその事に触れた書物は現存するのか。ソラの家から持ってきた本も、かなり幅広いジャンルがそろっていたけど、さすがに王立図書館の蔵書は半端ないな。
「幻の場所、確かめるの今しかない」
「普通の人は絶対に入れない場所にあるしねー」
「秘境とか限定とか神秘的とかいう言葉に、心が動かされませんか?」
「うぅ~、そんなの聞くとぉ、どうしても見たくなるよぉ~」
ナイスだソラ、クリム、アズル。
研究者の琴線に触れる言葉で、シエナさんの心が大きく揺れだした。
「ん……好奇心は全てにおいて優先される、それが知識を追い求める者の定め」
「わかったよぉ、私も連れて行ってぇ~。仲間はずれは嫌だよぉぉぉ~」
クレアは幼い割に、変な言い回しを知ってるな。そのおかげでシエナさんは完全に堕ちたし、正気を取り戻すまでに入浴を完了すれば、こっちの勝ちだ。
まぁ、勝負してるわけじゃないけど……
とにかく温泉に行こう!
◇◆◇
多目的ルームの方で休んでいた王たちも誘い、竜人族の隠れ里までやって来た。ソラに感知してもらっても人の反応はなかったので、家族だけで思う存分利用できる。
シエナさんはもちろんのこと、ケーナさんやリコも持ち運び式別荘はまだ見たことがないので、温泉を出てから披露することにしよう。きっと驚いてくれるはずだ。
「うわぁ、思ったよりちゃんと温泉してるぅ~」
「シエナちゃんは温泉に行ったことってあるのかしら」
「子供の頃にぃ、両親に連れて行ってもらったことがあるんだぁ~」
王都で研究所に勤めてるってことは、それなりの学歴があるんだよな。この人の家族については聞いたことなかったけど、結構いい所のお嬢様なんじゃないだろうか?
俺たちと出会う前の自堕落っぷりは、生活の全てを使用人任せだったと考えれば、何となく納得できる。とにかく、それくらい生活力は皆無だったからな。
よくあれで一人暮らししようと思ったものだ。
親御さんは反対しなかったんだろうか?
そういえば、この間の旅でソラの両親に会ってるから、肉親に挨拶したことないのはシエナさんだけになってしまった。なにか用事があるわけではないけど、仮に会ったとしても「娘さんを俺の養子にください」とか、おかしな事になりそうだから、これ以上考えるのはやめよう。
『ここは儂らが整備しておくから、安心して入るが良いぞ』
『今日もきれいにしておきますわよ』
『ぬりぃ温泉だが、シェスチーたぁ一味ちげぇお湯がおもしれぇんだぜ』
「精霊王が力を貸してくれた温泉ってぇ、すごぉく贅沢な気がするよぉ~」
「リュウセイが小屋を出してくれたぞ、着替えてくるといい」
少し高くなった場所に野営小屋を出し、着替え終わった人から次々温泉へ入ってもらった。スファレとすれ違った時に、湯浴み着無しで入った時のことを思い出してしまったのは秘密だ。
今日、素数大先生の出番が来ることは……無い、と思う。
「シエナさんも肌が綺麗ですよね、これって十代の張りですよ」
「あんまり気になたことなかったんだけどぉ、そうなのぉ~? マシロちゃん」
「私より年上で手入れもしていないのに、その肌はちょっとずるいです」
パパッと着替えて温泉に行くと、今回も肌の話題で盛り上がっていた。俺から見れば全員きれいで若々しく感じるけど、やはり気になってしまうものなんだろうか。
「あるじさまー、シエナちゃんの肌が凄いよー」
「私やクリムちゃんでも、ちょっと自信を無くしそうです」
「確かにこれは凄いな。ライムやリコ、それにクレアと比べても遜色ない、きれいな肌だ」
「子供っぽいって言われてるようでぇ、ちょっと複雑なんだけどぉ、褒めてもらえるのは嬉しいかなぁ~」
家のお風呂は錬金術で作った水に入浴剤を入れているので、天然水とは表面張力が異なっている。そこだと実感できない水弾きに、みんなは驚きの声を上げていた。
これは若々しさに於いても、次女ポジションを固めたと言っていいだろう。
「ん……パパ、膝に乗ってもいい?」
「いいぞ、こっちにおいで」
「ライムちゃんは、お母さんの膝に乗る?」
「うん! かーさんのせて」
「私もいい? お母さん」
「いいわよ、リコちゃん」
こうして子供を膝に乗せながら、ゆっくりお湯に浸かていると、やっぱり幸せを感じる。他の家族もチラチラこちらを見ているので、順番に乗せてあげないとダメだろうな。
「リュウセイくんやディストくんと温泉に入るのわぁ、恥ずかしいなって思ってたんだけどぉ、なんか大丈夫だったよぉ~」
「温泉にはそうした心の壁を、取り払う効果があるのかもしれないよ」
「ディストの言う通り、温泉は不思議な力ある」
「確かにそのとおりじゃな」
意味ありげな視線を向けるのはやめてくれ、スファレ。あの時、誤解を解くのにどれだけ苦労したと思ってるんだ。今日ここにカリン王女はいないんだぞ。
仮にいたとして、一緒のお風呂に入ってくれるのは……なんか大丈夫な気がしてきた。
ライムとクレアは何度かカリン王女と一緒に入ってるし、男が俺とディストとエコォウだけなら了承してくれるかもしれない。
だが、サンザ王子は間違いなく反対するだろう。俺とは何度も一緒のお風呂に入っているけど、そこにカリン王女を加えるのは話が別だ。
問題がラメラ王妃だけど、あの人の性格はいまいち掴みきれていない。ライムやクレアと一緒にお風呂に入ってくれるくらい、身分や立場を気にしない人だけど、カリン王女の事をとても大切にしてるからな。
そもそも、王族と距離感がどう考えてもおかしい。
今回の旅がきっかけで、すっかり家族ぐるみの付き合い方が、デフォルトになってしまった。公の場で、うっかり今の感覚が出ないように気をつけよう。
さすがに王子たちは公私の切り替えがキッチリ出来ていたけど、俺はまだまだ経験不足だ。
「ん……パパ、何か考え事?」
「プカプカ浮かんでる王たちやヴェルデは気持ちよさそうだなって、眺めてただけだよ」
「ピピッ!」
「バニラちゃんもいっしょに、およぎにいく?」
「キュキューン!」
考え事をしながら前方をボーッと見てたら、クレアに心配されてしまった。
この子も何気に察しがいい。真白のように考えてることまでわからないようだが、こちらの精神状態をきっちり読んでくる。
「ん……後で私も浮きにいく」
「クレア様の後は、私たちが旦那様の膝に乗せてもらうのです」
「いっぱい甘えさせてもらうですよ」
「もちろん構わないぞ、遠慮なく来てくれ」
各街にある王家の所有する屋敷に配置されていた使用人は、最低限の人数だったらしい。そこに颯爽と現れた家妖精の二人が大活躍したため、どのお屋敷でも一緒に働かないかと誘われたそうだ。
それだけ優秀な二人が、俺たち家族のためだけに力を奮ってくれる。かけがえのない存在に対する感謝の気持ちは、温泉でも返していこう。
「後でお姉さんも座らせてもらっていいかなぁ~」
「シエナさんさえ恥ずかしくないなら、構わないぞ」
「ちょっと露出が多いけどぉ、これくらいなら夏服と変わらないから大丈夫だよぉ~」
シエナさんと出会ったのは秋の季節だったから、夏服は見たことなかったな。もしかしてノースリーブみたいな服を着るんだろうか。その頃はヨレヨレの白衣を着ていたし、中は薄着というのはあり得る。
そんなことを考えていたら、こちらに向けられている視線を感じた。
じっと見つめているのはケーナさんだ。
もしかして、俺の膝をご所望でしょうか?
「お母さんもリュウセイお兄ちゃんのおひざに、すわってみたい?」
「えっと……シエナさんを見てたら、私もやってみたいって……、ちょっとだけ」
「ケーナちゃんも遠慮せず座らせてもらったら、いいんじゃないかしら」
「とーさんにだっこしてもらって、おんせんにはいったら気持ちいいよ」
「ん……パパと一緒だと、体がポカポカする。これは温泉の効能が高まってる証拠」
それ、絶対に別の理由だぞ、クレア。
徐々に退路が絶たれていっているが、このままでは危ない。脳内で何度もシミュレートした、確殺コンボが決まってしまう。相手は湯浴み着で胴体が隠れてるとはいえ、俺の上半身は裸というのが危険度を上昇させている。
何とかこの場をやり過ごす手立てを考えなければ、明日からの生活に重大な不具合を発生させる可能性が高い。
考えろ、思考速度を上げるんだ、うなれ灰色の脳細胞――
ファンタジー小説だけでなく、推理小説も嗜んでいたようです(笑)
次回、お兄ちゃん先生が新たな必殺技を開発。
その余波は別の人物にも波及します。




