第253話 力の無駄遣い
第18章の最終話になります。
ジェヴィヤでの公務も終え、そこから南下してチェトレまでやって来た。
この街から王都へ船で移動だ。
王家がチャーターした船だが、馬車も一緒に運ぶということもあり、貨客船を借り上げている。何となくそんな予感がしたけど、ラチエットさんたちと王都に行った際、利用した船だった。
確かにこの船には妖精が棲んでいるので、就航している中でも屈指の安全性を誇っているのは間違いない。きっとこれに乗って移動した経験のある、トニックさんが手配したんだろう。文官の家で次期当主候補と目されている人だし、それくらいはやってのけそうだ。
貴族を乗せられる豪華な部屋もあるし、馬車をまるごと運べる広い貨物スペースもある。ドーラの存在を抜きにしても、移動に適している船だしな。
「これは燃えてきたのです!」
「妖精の血が疼くですよ!」
「キュキュキューイ!」
「みゃみゃーう!」
王都までの旅には、イコとライザも参加する。
初めて乗る船を見た二人のテンションはうなぎ登り。霊獣たちもライムとカリン王女に抱かれながら、楽しそうな鳴き声を上げていた。
今回の移動ではドーラの協力を得られたので、バニラとミルクも一緒だ。二人の嬉しそうな顔を見ると、事前に動き回った苦労も報われる。まぁ、転移でパパっと済ませてるけどな。
出発の前日に泉の花広場へ行き、そこにいる霊獣である白蛇の協力とディストの地脈操作で、俺が作った霊魔玉を活性化させた。それを使ってドーラの管理する船を、聖域と似た環境にしてしまう作戦だ。
霊木がないのため消耗も激しく、霊魔玉の力はたった数日で失われてしまう。あまりにも無駄な使い方を聞いて、スファレがちょっと遠い目をしてしまった。その気持はわからなくもないけど、娘の喜ぶ顔が見たいという親心を理解して欲しい。
これは船という狭い環境と、妖精であるドーラの力がないと実現不可能な、いわゆる裏技みたいなもの。今回の旅は異例づくしで、様々な出来事があった。その集大成として家族全員の船旅を、存分に楽しもうじゃないか。
『お主たちと一緒だと、本当に面白いことばかり起こるな』
『海の管理はお任せあれですわよ』
『風は俺様がちょちょいと吹かせてやるぜ!』
「まさかこのボクが船で旅するなんて、長生きはしてみるものだね」
今回は海が荒れる心配もないし、風だって常に吹き続ける。これを順風満帆と言わずして、何と言えよう。
『おめぇら、準備はいいか!』
「「「「「へい、親方!!!!!」」」」」
『舫いを解きやがれ』
「「「「「がってんでぃ!!!!!」」」」」
風の精霊王であるエレギーの号令で、船員たちがキビキビと出港準備を始めている。
……というか、勝手に動かしていいのか?
それになんで江戸っ子みたいな喋り方になってるんだ、ノリが良すぎるだろ。
『水流操作で離岸いたしますわよ』
「「「「「姐さんの手を煩わせちまって、申し訳ありやせん!!!!!」」」」」
『旅の間お世話になるのですから、そんなことは気にしないで下さいな』
「「「「「なんてお優しい……あっしら、姐さんに一生ついていきやす!!!!!」」」」」
こっちもノリがいいなー。
斬った張ったの世界で生きる、女性が主人公の映画を思い出す。そういえば、母さんが一時期ハマって、それっぽいセリフを言ってた気がする。
「……せいれいおう様のおちからは、とてもすごいです」
「ん……船が真横に動いてる」
「これ、普通の船とは動き方が……違うよ」
ポーニャの言うとおりだ。タグボート無しでこんな風に出港する船は、他では絶対に見られない。港で王子たちを見送っていた人たちも、全員がこの風景を見て固まってるくらいだしな。
「私たちはお部屋の片付けに行ってくるのです」
「中にいる人に聞いて、お掃除もしてしまうですよ」
「王家の使用人も乗り込んでるから、いつもどおりの分担でお願いするな」
「ドーラ様にも挨拶してくるのです」
「妖精の知り合いが増えるのは楽しみですよ」
「ドーラおねーちゃんにも、あとで遊びにきてって、つたえてね!」
「私は霊魔玉の様子を見に行ってくるわ」
三人の妖精たちが船内に消えていき、代わりに船長が近づいてきた。ずっと離岸の様子を見ていたけど、だいぶ埠頭から離れたみたいなので、もう大丈夫なんだろう。
「うちの家族が張り切りすぎて申し訳ない」
「逆に助かっておりますから、お気になさらないで下さい」
「そう言ってもらえると気が楽になるよ」
「この船は定期整備を終えたところでございますし、精霊様たちにもご協力いただいております。心ゆくまで船の旅をお楽しみ下さい」
「船酔いの心配ない、それだけで十分」
「われも船旅は初めてじゃから、楽しませてもらうのじゃ」
そういえばヴィオレと買い物に来た時、船のメンテナンスをしているという話だった。その辺りも安全の担保になっているのか。さすが王族が乗るだけあって、事前調査が半端ない。
「アズルはもう平気か?」
「はい、周りが海ばかりになると怖くないです」
「あとは寒いのだけが困るよねー」
「エレギーが船を動かすのに力を使ってるから、こっちにまで手が回らないみたいだな」
「エレギーさんもモジュレさんも楽しそうだね、お兄ちゃん」
「障害物のない場所で、周りは水だらけだし、気持ちの良さは格別だと思うぞ」
『儂らがあのように燥ぐなど、これまで考えられなかった。ずいぶんお主たちに影響されたものだ』
エレギーは出会った頃から割とノリが良かったと思うけど、ああして皆とワイワイやることは無かったんだろう。バンジオの口調もどことなく愉快そうだし、これもきっと良い変化に違いない。
「ヴェルデも大きくなって飛んでみる?」
「ピピィー!」
「どれ、私も帆柱の上に行ってみるか」
「……とべるの、やっぱりうらやましい」
「エコォウ様もヴェルデさんも……気持ちよさそう……です」
大きくなったヴェルデが一気に高度を上げ、並走するように飛び始めた。まだ大きくなれなかった時も船の周りを飛び回ったりしてたけど、今は上空を優雅に滑空している。あの高さからだと、後ろに伸びる航跡とかよく見えてきれいだろう。やっぱり飛べるっていいな。
「ボクと一緒に飛んでみるかい? リュウセイ」
「さすがに甲板で竜の姿に戻るわけにはいかないだろ、すごく魅力的だけど今日は遠慮しておくよ」
「かなり沖まで来たから人に見られる心配はないだろうけど、ここは竜の重さに耐えられないかもしれないね」
「でもディストさんの真の姿、一度見てみたいわ」
「地脈の源泉に遊びに来てくれたら、その姿を見せられるよ」
「……わたし、いってみたいです」
「とーさんにつれていってもらおうね、カリンおねーちゃん」
「ん……その時は私も乗せてもらう」
大陸を脅かす存在が消えた以上、王やディストたちは元の生活に戻らないといけない。こうして家族揃って旅ができるのは、あと何回くらいあるだろうか。これからは一日一日をもっと大切に過ごして、楽しい思い出をいっぱい作っていこう。
◇◆◇
俺たちはこの船にある一番大きな部屋を貸りられたので、別荘に置いている超巨大ベッドを置かせてもらった。さすがに船内でお風呂は無理なため、今日は清浄魔法ですませている。
「……私はドーラ、この船に棲んでる」
「……わたしはカリンともうします、このくにの王女です」
「はっ……、はじめまして。……ポーニャ……です」
「ポーニャは本の妖精女王なのよ」
「家妖精のイコなのです」
「同じく家妖精のライザですよ」
「私も挨拶したほうがいいのか?」
「この流れだし、頼むよエコォウ」
「見てわかると思うが、妖精王のエコォウだ。会えて嬉しいぞドーラ」
この場に妖精が六人集合するという、ちょっとした集会になってしまったな。しかも妖精の種もバラバラで、ほとんど接点が無いだろう組み合わせもある。
ドーラはやっぱりちょっと恥ずかしいのか、ずっと俺の頭の上だ。もちろんポーニャも、カリン王女の頭から離れようとしない。
「まさか船の中でも妖精に会えるなんて思いませんでした」
「今回の出張は最後の最後まで驚くことばっかりです」
「俺もまさかこんなに色々起きるとは想像できなかった。リュウセイたちと一緒の旅は本当に面白いな」
タルカ、スワラ、コンガーも、船の中で追加イベントが起こるとは思ってなかっただろう。サプライズ的な意味も含めて、王子と王妃にだけしか伝えてなかったからだ。
「活性化した霊魔玉を置かせてもらったけど、ドーラに不調とか出てないか?」
「……大丈夫だよ、力があふれて調子いいくらい。ちょっと船も強化しようと思ってる」
「この力は長くもたないから、できるだけ有効に活用してくれ」
「……ドーラのおかげで、ミルクといっしょの、ふねにのれました、ありがとう」
「みゃみゃーう」
「ライムもバニラちゃんといっしょのお船にのれて、すごくたのしい。ありがとう、ドーラおねーちゃん」
「キュキュキューン」
「霊魔玉の力を垂れ流すなど、リュウセイたちにしか出来んのじゃ」
あー、うん、その点については、本当にとんでもないことをしている自覚はある。
ただ、自重はしない、そう決めただけだ。
「……ライムやカリンに喜んでもらえて嬉しい」
「これはもう、カリンが他の街に行くときは、毎回リュウセイたちに頼まないといけないね」
「……ほんとうですか、父上さま」
「私も普通に出張ができなくなりそうだわ」
「……わたしもおなじきもちです、母上さま」
「ん……みんなと一緒の旅、すごく楽しかった」
楽しい旅が出来たというのは、みんな同じ気持ちだ。こうして話していても賛成意見ばかりだし、俺たちにとっても色々と得るものは大きかった。
特に旅を通じて深まった絆は、何ものにも代えがたいほど、大切なものになっている。
全ての出張に付き合うのは無理かもしれないが、できるだけ一緒に旅ができるようにしよう。
そんなことを話しながら、船ですごす最初の夜は更けていった。
自重を置き去りにした冒険者たちの道中記、お楽しみいただけましたでしょうか。
次章がこの作品の最終章になります。
原稿はほぼ仕上がっていますから、毎日投稿は維持していくつもりです。
新しい出会い、新しいスキル、そして……




