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第251話 講演会

 俺とソラは今、民間の研究所が開催した学会の講演会場に来ている。二人とも執事服とメイド服を身にまとい、二階の中央に設けられた貴賓席に立ちながら、ソラの両親が登壇(とうだん)するのを待っていた。


 貴賓席にいるのはサンザ王子一家とコンガー、そしてカリン王女の侍従が二人に俺とソラを加えた八人だ。


 講演予定者にソラの両親がいると知った俺は、サンザ王子になんとか聴講(ちょうこう)できないか相談を持ちかける。すると、王子の付き人として貴賓席に入っていいと許可をもらえた。二人が使用人の格好をしているのは、それが理由だ。


 カリン王女がやたら喜んでくれて、ちょっと嬉しかった。


 ソラの両親の順番は一番最後なので、まだどんな人物か俺は知らない。発表内容は、魔道具に使うマナ変換触媒に関する論文だが、果たして俺に理解できるだろうか。


 これまでの発表を聞いても、なんか良くわからないけど凄いという、小学生並みの感想が精一杯だ。こっそりソラに聞いてみたところ、一部の先端技術以外はそれなりに理解できると、答えが返ってきた。やっぱり彼女の持つ知識はすごいな。


 ちなみに、コンガーや侍従の二人もさっぱりわからないそうだ。

 仲間が三人もいると安心できる。



◇◆◇



 講演も順調に進み、いよいよソラの両親の番になった。ステージに登った二人はやはり小さく、どうしても子供のように見えてしまう。


 その影響だろうか、今までとは違い席のあちこちから、ヒソヒソと話す声が聞こえてくる。王族が見ているので変に騒いだりはしないと思うが、これまでとは異なる会場の雰囲気はちょっと心配だ。



「ちょっと痩せた気する、でも元気そう」


「今までの講演者とは、どこか違う感じがするな」


「ここまで登壇した人たちは、大手の研究所に勤めている人ばかりなんだ。この二人は民間の小さな研究所に在籍していてね、学会ではどうしても不利な立場になる。その逆境を跳ね除けて論文が採択されたんだから、かなり優秀なはずだよ」



 登壇した二人が準備を整えている間に、サンザ王子から民間経営の研究所について教えてもらった。


 この街には貴族や商会がバックに付き、潤沢な資金で研究開発を続ける大手。そして特定分野に強い、零細な研究所がある。


 大まかな傾向として、大手は汎用性を重視した研究、そして小さな所は特化型の研究が得意らしい。


 そしてソラの両親が発表するのは、マナ変換触媒という魔道具の基幹技術に当たる論文のため、注目度も高いみたいだ。その辺りも、会場がざわついている原因ではないか、サンザ王子はそう教えてくれた。


 応用範囲の限られた技術や理論は、どうしても業界では注目されにくい。本来ならその方面が得意な小さい研究所から、毛色の違う論文が発表される。騒がれる理由としては十分だな。


 そうしているうちに講演の準備が整い、男性の方が概要やテーマごとの説明。女性の方が資料に記載されたグラフと、その算出方法を詳細に説明していく。


 こうして見ていると、研究パートナーとしての相性はとても良いみたいだ。ただ、そんな二人がなぜソラを育児放棄に近い状態にしていたのか、それをたったこれだけの接点で推測するのは難しい。



「ふむ……なかなか面白い論文だね」


「欠点ある、でも応用範囲広い」


「ソラさんにはそれがわかるのね」


「……わたしはぜんぜんわかりません、まだまだべんきょうぶそくです」



 手元に配られた資料を見ながら熱心に講演を聞いていたサンザ王子とソラには、論文の問題点がわかっているようだ。


 しかし、安心してくれカリン王女。俺もさっぱりわかってない。



「――以上で発表を終わります」



 壇上では講演を終わらせた二人が、揃って頭を下げている。しかし会場に集った人たちからは、戸惑うようなざわめきが聞こえるだけで、誰も拍手をしようとしない。



 ――パチパチパチパチ



 そんな静寂を破るように、手を叩く音がすぐ近くから聞こえてきた。音のする方に視線を向けると、拍手をしているのは立ち上がったサンザ王子だ。


 大勢の視線を一気に集めてしまったが、続いてラメラ王妃やカリン王女も拍手を始める。それに遅れて俺とソラも遅れて手を叩くと、その波が会場全体に広がっていった。



「彼らの論文は、ちょっと画期的すぎたみたいだね」


「今は使われなくなった理論、その有用性示した意味大きい」



 それなりの教育は受けているサンザ王子はともかく、彼と同じレベルで話ができるソラも凄いな。暇を見つけては王立図書館へ通ってるけど、新しい知識を次々身につけてるようだ。


 ソラの両親は貴賓席の方に視線を向けると、もう一度お辞儀をして退場する。俺と視線が合った気がするけど、隣に立っている娘に気づいただろうか……



「サンザ様、こちらを」



 貴賓席に入ってきた執事の男性が、サンザ王子に小さなメモを渡して、小声で話し始めた。この後は屋敷に戻る手はずになっているが、カリン王女の参加する公務で予定の変更をするとは思えない。



「私たちは屋敷に戻るが、リュウセイとソラはこの部屋に行ってみないか?」


「これは?」


「さっきの二人がいる控室の番号だよ」



 それをわざわざ調べて教えてくれたのか。気を使わせてしまって、申し訳ない気持ちになる。


 講演を聞いていたソラの態度を見る限り、取り乱したり悲しんだりということはなかった。むしろ内容にすごく興味を惹かれていた感じだ。せっかくの厚意だし、甘えさせてもらおう。



「ソラはどうしたい?」


「少しだけ、話ししたい。でも一人、ちょっと不安」


「なら決まりだな、俺も付き合うよ。

 皇太子殿下、王妃様、姫様、持ち場を離れる我がままを、お許しください」


「リュウセイのそれ、何度聞いても少しくすぐったいね」


「私たちのことは気にせずとも構いませんよ」


「……またひめさまって、よんでくださいね」



 最後だけ謎の丁寧語スキルを発動させ、ソラを連れて一足先に退室させてもらった。



◇◆◇



 メモに書かれていた部屋番号のドアをノックすると、中から返事が聞こえてくる。スファレの両親に会った時には無かった緊張を感じてるのは、自分の大切な人に対する気持ちが、以前とは変わってきたってことだろうか……


 もしかすると結婚相手の両親に挨拶する男は、同じような気持ちを味わってるのかもしれない。



「行こうか、ソラ」


「……うん」



 扉を開けて中に入ると、小人族の男女が講演で使った資料を整理しているところだった。男性の方が少しだけ背が高いが、どちらもソラとあまり変わらない。身長は百十センチ台といった所だろう。


 女性の顔にはソラの面影があり、男性の髪は薄い空色だ。こうして近くで見ると、二人の血を引いているんだとわかる。



「失礼します」


「君は確か貴賓席にいた男性だね。王家の使用人が、私たちに一体何の用なんだい?」


「それに隣に立ってるのは……ソラ、なの?」


「うん、久しぶり」



 やはり男性の方は、俺が貴賓席にいたことを知っていた。そして女性の方は、ソラを見て驚いた顔になる。


 こんな場所に娘が来るとは思っていなかったのか、状況をつかめずに混乱しているようだ。しかし、嫌っていたり迷惑だという感情は、無いんじゃないだろうか。ソラを見て目線を外した辺り、どちらかというと後ろめたい気持ちが出ている、そう俺は感じた。



「突然訪問して申し訳ない、俺とソラは護衛で雇われた冒険者なんだ。今日は王子たちの付きそいで、講演会に参加している。今はソラの両親に挨拶する許可が出たので、この部屋を訪ねさせてもらった」


「お父さんとお母さんの発表聞いた、斬新な発想すごかった」


「お前にはあれが理解できたのか?」


「全部は無理、でもわかるとこある。今のままだと出力安定しない、それ解決しないと普及難しい」


「それはマナ変換に使用する触媒の品質に、大きく左右されるからだ。次の目標はいかにして品質に左右されない出力にするか、現在はその研究に取り組んでいる」



 俺にはさっぱり理解できないけど、三人であれこれ議論している姿は楽しそうに見える。一緒に暮らしていた時も顔を合わせることはあまり無く、会話もほとんどしたことがないと言っていた。しかし、こうして話の合う分野なら、普通に会話できてるじゃないか。


 俺の父親も自分の興味のある分野は、勝手に一人で話し始めるほどだった。それと同じソウルを感じるな。



「ソラは一体どこでそんなこと憶えたの?」


「家にある本、何度も読んだ。私にはそれしか無かったから」


「「……………」」



 当時のことを思い出してしまったのか、二人とも目を伏せてうつむいてしまう。今頃そんな気持ちになるなら、どうしてもっと子供のことを見てあげなかったのか、俺はとうとう我慢できなくなった。



「子供と過ごす時間を作ってやれなかった理由、聞かせてもらえないか?」


「……私とサラミヤは学校を出てないんだ」


「学業を修めていない人間が、研究者になるのは難しいの」


「生活に必要ない知識は無駄、学校にも行けない庶民が学者なんかなれない、若い頃から色々言われた」


「それ、私と同じ」


「……そう、血は争えないのね」


「私とサラミヤは、そんな連中を見返したかった――」



 ソラの父親ヴァリハさんと母親のサラミヤさんは、二人とも普通の家庭で育った庶民の出だ。ただ、一般家庭と違っていたのは、どちらの両親も好奇心が旺盛だった。古代の文明や創作物、あるいは歴史や魔法学。ジャンルは様々だったものの、なにかに没頭するような血筋が代々続いている。


 そんな血を受け継いだ二人は、魔道具を構成する技術に傾倒していく。やがて二人は偶然出会い、意気投合して切磋琢磨していった。その努力が実って、学校を出ていないにも関わらず、小さな研究所に就職。それを期に結婚した二人は、ほどなく一人の女の子を出産する。


 しかし何の後ろ盾もない自分たちが研究に割く時間を減らすと、周囲から取り残されてしまう。そんな恐怖心や焦燥感に、ずっと(さいな)まれていたそうだ。



「私たちは子供にどう接すればいいか、どうやって育てればいいのか、全く知らなかった」


「ずっと知識ばかり追い求めていたから、周りに相談できる人もいなかったの」


「そしてソラと向き合うことが出来ず、研究に逃げたんだ」


「今更こんなことを言えた義理じゃないけど、もう一度家族としてやり直さない?」


「二人が私のこと、嫌いだったり生んだこと後悔してない、それわかったから十分。私はもうリュウセイの家族、これからこの人と生きていく」



 こちらに向かって手を伸ばしてきたソラを抱き上げると、そのままギュッとしがみついてきた。二人の勝手な言い分には、色々と思うところはある。でもソラはもう割り切ってるみたいだし、俺がとやかく言うのはやめよう。



「ソラは他種族の男を愛してるのか?」


「リュウセイ、私に色々なもの、くれた。抱っこや肩車、それに添い寝。お父さんとお母さん、二人と暮らしてた時、知らなかったモノ。今もこうして、安らぎと安心くれる。私この人が好き、それにリュウセイの家族も好き、もう離れたくない」


「……そうか、わかった。すでにソラも成人だ、自分の人生は自分で決める権利がある」


「リュウセイさん、ソラのことお願いします」


「ソラは俺と家族にとって大切な人だ。この笑顔を曇らせないよう、これからも愛していくと誓うよ」


「……リュウセイ、愛してるって言った、嬉しい、幸せ」



 ソラは目に涙を浮かべながら、更にきつく抱きついてきた。少し格好をつけすぎた気もするけど、この気持ちに偽りはない。


 抱きついてきたソラの頭を、落ち着くまで撫で続ける。そして改めて自己紹介をし、俺が流れ人であることや、様々な種族と家族になっていること、いま受けてる依頼についても説明した。


 もちろん二人にはかなり驚かれたけど、逆に安心して娘を任せられると思ってもらえたようだ。


 それに、こうして落ち着いてお互いのことに向き合えたのは、論文が認められたことで精神的な余裕ができたからだと言っていた。三人が会うタイミングとして、最良だったのは間違いない。


 今回の依頼を受けられて本当に良かった、色々気を使ってくれた王子たちには後で改めてお礼をしよう。



「お父さんとお母さんに、お願いある」


「私たちに出来ることなら何でもする、言ってみなさい」


「遠慮しなくてもいいわよ」


「書斎にある本、全部欲しい」


「あれはいずれ子供に渡そうと思ってたんだ、自由に持っていって構わない」


「これは家の鍵よ。私たちには予備があるから、この鍵はあなたが持ってなさい」



 これはいつでも帰ってきていい、そういう事なんだろう。三人のわだかまりも解けたみたいだし、ちょくちょく里帰りに来ないといけないな。


 係の人が会場の施錠をすると伝えに来たので、建物の外に出た俺たちは防壁の外へ、ソラの両親は研究所の方へ、それぞれの道に分かれる。




 俺はソラを抱っこしたまま、彼女の生まれた家を目指し歩いていった。


 研究職という道を選んだ故、周りに相談できる人がいなかった事が、こうした結果を生んでしまいました。

(核家族化とか公園デビューとか、現代社会でも発生しがちな問題)


◇◆◇


第0章の資料集と登場人物一覧を更新しています。

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後日談もよろしくお願いします!

色彩魔法あふたー
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