第250話 ジェヴィヤの鐘塔
誤字報告ありがとうございます。
◇◆◇
今回も癒やし系テイマー・カリンの活躍をお楽しみ下さい(誤
スファレと二人で出かけた日、温泉に入り着替えて戻ってきたことで、かなり誤解を受けてしまった。あの時カリン王女が不思議そうな顔で質問してくれなかったら、もっと追求されていただろう。
裸で抱き合いながら温泉に入っていただけで、何もやましいことなんかしていない。理由だって森に入って汚れてしまったからだ。一点の曇りなく清廉潔白だと俺は宣言するぞ。
そんなイベントもあったトーリを後にし、いよいよジェヴィヤの街が目前の位置までやって来た。
―――――・―――――・―――――
民間の研究所が多い街だと聞いていたので、大学にあるような建物ばかりだと思っていたけど、居住区のあたりは普通の街だった。研究棟や実験施設は全て一か所に集められ、万が一の事故で街に影響が出ないよう、周囲を防壁で囲まれている。街の中に隔離された区画がある、といった感じだろうか。
近くにダンジョンはないが、研究機関が出す雑用が案外多いらしく、冒険者ギルドは結構賑わうそうだ。
それにこの街はチーズの種類が多いらしく、真白が買い物を楽しみにしている。チーズフォンデュみたいなことをしてみたいらしい。
そういった街の情報は、街道の途中で合流した兵士に、あらかじめ聞いておいた。地図も貰ってるので、主要な建物は把握ずみだ。
この街では先触れを出して、王子たちの到着を告知している。道路脇にはチラホラと人が集まりだしてるから、初訪問となるカリン王女の到着を心待ちにしてたんだろう。
俺たちは混雑する前に街へ入り、王家の所有する屋敷まで馬車を預けに行く。その後はソラの案内で、転移ポイントになりそうな場所へ直行だ。
「あっちの方に壁が見えるねー」
「あの先が研究区画なんでしょうか」
「壁の向こう、許可ないと入れない。危ないから行くな、そう言われてた」
「学会はあの壁の向こうでやるみたいだな」
「ん……難しい話より、美味しいご飯のほうがいい」
「出発の日まで時間があるから、この街で色々なチーズを探そうね!」
「新しい街に行くたび、マシロの料理が進化するから楽しみなのじゃ」
一口にチーズといっても、色々な種類があるからな。柔らかいものや硬いもの、それにカビの生えたものまである。商店街にあったスーパーでも、色々なものが置いてあった。
俺がよく食べてたのはとろけるタイプと、丸いパッケージで六個入ったやつだ。チーズに含まれるカルシウムやタンパク質が体にいいと聞いて、おやつ代わりに食べていたこともある。
こっちの世界に来てから、あまりそんな事を意識してなかったけど、学生をやっていた頃より確実に体力や筋力はついた。誰かを抱っこすることも多いし、歩く距離も大幅に増えている。そして何といっても、真白が作ってくれる料理のおかげだな。
「とーさん、人がいっぱいふえてきたよ」
「あらあら、私たちもちょっと目立っちゃってるわね」
「色々な種族が一つの馬車に乗ってるので、珍しがってるのかもしれません」
「ピピー」
「この馬車、屋根しかついてない、周りからよく見える」
「もうじき貴族街の方へ曲がるから、人は減ってくると思う」
この街は貴族の数が多い。きっとお抱えの研究施設を持っている家もあるだろうし、資金援助や投資をしている人もいるだろう。そのため、街での滞在期間も長めに取られている。
富裕層の住む区画も大きいので、もう目と鼻の先だ。俺にはカリン王女みたいに、少しだけ早くとか指示ができないから、我慢してこのまま通り過ぎよう。
◇◆◇
王家の屋敷についたら、やはり執事の男性が待っていた。
本当にどこで追い抜かれてるのか、謎は深まるばかりである……
全員で向かった場所は、転移ポイントに丁度いいとソラが勧めてくれた、昔の鐘塔だ。
ここは街がまだ小さかった頃の中心地で、時刻を知らせるための鐘を設置した小さな塔がある。一方向に街が広がっていったため中心地ではなくなり、今は鐘塔の周りを公園にしてモニュメント化。現在の鐘塔は研究区画の中心に建つ、高い塔へ変わった。
木々に囲まれた道を歩いていくと円形に開けた場所があり、小さな塔がひっそりと立っている。周囲はしっかり整備され、背もたれのないベンチも置いてあった。
「静かでいい場所だな」
「こじんまりとして可愛い塔だね」
「うえにちゃんと鐘がついてるよ!」
「ん……ちょっと鳴らしてみたいかも」
「ここに来るの、掃除する人くらい。扉に鍵かけてる、上には登れない」
「どうじゃリュウセイ、憶えられそうか?」
「……ばっちりだ、ちゃんと登録されたよ」
真白が言ったとおり目の前にある塔は、ずんぐりとして結構可愛らしい。角の丸い四角い形で屋根は円錐だし、全体に丸いからそう感じるんだろう。
周囲をグルっと回ってみると、鐘のある場所は四方向に同じ形の窓が作られており、そこも丸い形になっていた。ブロック状の石を積み上げて作られた塔だけど、こういった加工ってかなり難しんじゃないだろうか。
「ちょっと上の方に飛んでみるわ」
「ヴェルデも行ってみる?」
「ピピピー」
「ライムも魔法でとびたかったなぁ」
「ん……竜魔法に飛行がないのは残念」
「ライムがとべたら、クレアねーちゃんもいっしょに、つれて行ってあげられたのに」
「ライムもクレアも、父さんが少しだけ高くしてやるぞ」
「やったー!」
「ん……さすがパパ!」
二人を抱きかかえ、ヴィオレとヴェルデが飛んでいった方に視線を上げた。ヴェルデは窓から窓へすり抜けているが、あれはとても気持ちよさそうだ。ライムが飛んでみたいという気持ちも良くわかる。
「鐘の中にある音を出す部品がついてないから、あれは鳴らないみたいだわ」
「どんな音か聞きたかったけど残念だなー」
「クリムちゃんのハンマーで叩くしかないね」
「あんな狭い場所だと無理だよー」
「三倍強化なら塔ごと粉砕できるよ、クリムちゃん」
「クリムそれやっちゃダメ、大騒ぎになる」
「今のはアズルちゃんの冗談だよー、私そんなことしないよー」
アズルはクリムに対してだけ、こんな風にいじることがある。しっぽがゆらゆら揺れてるのは、かなり機嫌がいい証拠。移動中は先行調査と称して、よく二人で走りに行っているし、それがいいストレス発散になってるようだ。
そうやってみんなでワイワイやってるうち、ちょうど良さそうな時間になった。遠くから聞こえる時刻を知らせる鐘を聞きながら、王都に転移して家族全員で戻ってくる。ミルクも来てくれたし、カリン王女も喜んでくれるだろう。
◇◆◇
屋敷に戻るとちょうど王子たちも到着していたので、それぞれ分担してお手伝いの開始。この屋敷で初めて会う使用人や兵士たちは、本当にやらせていいのかオロオロしながら眺めているけど、もう習慣みたいなものだしな。
なんといっても、カリン王女を抱き上げることが楽しみでならないサンザ王子が、とてもいい笑顔でスタンバイしている。この姿を見て止めに入れる人は、この場にいないだろう。
広い庭に持ち運び式別荘を置かせてもらうと、イコとライザは掃除をしに向かってくれる。ソラやスファレも手伝いに行ってくれたので、そっちはお任せでよさそうだ。
「……きょうもおつかれさま、みんなそこにならんで」
「「「「「!!!!!」」」」」
初めてこの光景を見た使用人や兵士は、驚きのあまり息を呑む。
声をかけるだけで馬が等間隔に整列するなど、少しづつ交流を深めていった姿を見ている俺たちでさえ、毎回感心してしまうくらいだ。
今は一緒に旅行をした子たちのみだけど、そのうち国が所有する馬の指揮権を、全て掌握してしまうかもしれない。
もしそこまでの影響力を持つに至った日には、カリン王女を怒らせると行政機能の一部が麻痺する可能性も。性格的に、彼女がそんな強権を発動するのは無理だろうけど……
「……しばらくおやすみですから、ゆっくりからだをやすめてください」
馬たちは足を揃えて立つと、一斉にお辞儀をする。カリン王女は声をかけながら馬の頭を、一人ひとり優しく撫でていった。
うん、ここまでいくと懐くなんてレベルじゃない、これは忠誠心と呼んでいい。
もし今、ハグレに襲われたような状況が再び発生すれば、この子たちは万難を排してても駆けつけそうな気がする。
今回の旅に同行した侍従見習いの二人も、専属として正式に昇格することが決まったし、頼もしい味方が着々と増えているようだ。
「みんなー、コールちゃんが出してくれた美味しい水だよー」
「ご飯はご主人さまが出してくれますからね」
「終わったら清浄魔法をかけますから、たくさん食べてください」
餌をモリモリ食べて美味しい水をたらふく飲み、清浄魔法でキレイにしてもらった後にブラッシングをする。全員が輝くような毛並みになり、白い馬は周りの風景が映り込むんじゃないかというほど、ツヤツヤの体が眩しい。
カリン王女やライム、それにクレアの年少組は、そんな姿を満足そうに見つめていた。三人が並んで今日の成果を褒めあっている姿は、近くにいる人の気持ちをほっこりさせる。
サンザ王子やラメラ王妃も、目を細めながらその光景を見ているので、きっと考えていることは同じはずだ。
――うちの娘はやっぱり可愛い。
◇◆◇
使用人や兵士たちを大きく困惑させた馬の世話も終わり、リビングでくつろぐことに。料理を担当する真白とコールは、キッチンの手伝いに向かってくれた。
今日も王たちやディストがいるので、給仕を担当するのはイコとライザだ。カップやお茶の犠牲は、少ない方がいいからな。
王子と王妃に挟まれて座っているカリン王女の膝でミルクが丸くなり、ポーニャと一緒に撫でられている。俺の膝にはディストが座り、上機嫌で久しぶりの感触を満喫中だ。
そんな時、執事の男性がなにかの書類を、サンザ王子に手渡しに来た。
「……父上さま、いまからおしごとですか?」
「違うよカリン、これは今度開かれる学会の講演予定表なんだ」
「どんな発表、あるの?」
「予備がございますので、ソラ様もご覧ください」
執事の男性は持っていた紙を、ソラや俺に渡してくれた。講演のタイトルと簡単な内容、それに発表者が一覧になって書かれている。専門外なので詳細はわからないけど、魔道具の効率を上げる方法や安全対策、それに新素材の発表みたいなものがあるようだ。
「えっ!? うそ……なんで……」
「どうしたんだ、ソラ」
「なにかみつけたの、ソラおねーちゃん」
近くに座っていたソラが突然驚いた声を上げ、食い入るように予定表を見始める。何度もまばたきをして確認しているが、不安と驚きに染まった顔で俺の方を見つめてきた。
「何か見つけたんだな?」
「発表者に父と母、名前載ってる……」
せっかくだから挨拶をしたいと思っていた二人だけど、どうやら学会で発表ができるほどの人物だったようだ。
会ってみたいけど怖い、そんな感情に支配されていると感じられるソラを見て、俺はサンザ王子に一つのお願いをしてみることに決めた。
いつの間にか常識をどこかに置き去りにし、人との距離感がおかしくなってる主人公(笑)
◇◆◇
家族の中で一人だけ有耶無耶になっていた、ソラの両親が次回登場します。
はたして一体どんな人物なのか……




