第249話 鳴き声
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第0章の資料集と登場人物一覧を更新しています。
侍従見習いのタルカとスワラに、次に訪れるジェヴィヤの街を追加。
余裕を持ったスケジュールのおかげで、途中で年越しパーティーを開催したにも関わらず、予定通りトーリまで到着した。ドーヴァへ向かっている最中に寄った村で一日以上ずれてしまった遅れを、早い段階で取り戻せたことになる。
これはひとえに馬たちが頑張ってくれているからだ。毛艶は王都を出た頃より明らかに良くなり、食欲も大きく増進している。そして白い馬だけでなく、全員がカリン王女にべったり懐いた。
彼女が声をかけるだけで整列するし、出発準備を告げると各々の馬車に自ら進み、馬具を取り付けやすい姿勢で待機する。意のままに動物を操っている姿は、ゲームに出てくるテイマーみたいだ。
ドーヴァで会った精霊王たちもかなり気を許していたし、あらゆる生き物から好かれる資質を持ってるんだろう。ある種のカリスマかもしれないな。
あの時、ハグレに「……誰かをいじめるのはメッ、です」とか言って怒ったら、引いてくれなかっただろうか。そんな危険なことはさせられないけど、案外ありそうで怖い。
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この街にも王家の所有する屋敷があるので、今回もそこを利用させてもらえる。使用人こそドーヴァとは別の人だったけど、執事の男性は同じ人で驚いた。途中で追い越された記憶はないけど、どうやって先回りしたんだろう。本職の執事にしか身につけられない、特別なスキルでもあるんだろうか……
街で護衛任務がない俺たちは、今日は自由に過ごすことができる。家族全員で出かける予定だったが、俺はスファレを連れて街の散策だ。
ここは買い物に来ない街なので、スファレも初めて訪れる場所。そんな彼女が別行動で構わないから街を見て回りたいと言い、俺が付き合うことにした。エルフ族の女性を、一人にするわけにはいかないしな。
他の家族は食材や消耗品の買い出しと、屋台巡りに向かって行った。屋台料理の有名な街だから、新しい味を求めて探索したいらしい。
カリン王女は健康診断があるため屋敷で待機。かなり残念そうだったけど、今日は両親がいるので大丈夫だろう。そもそもの話、健康診断がなくても街に出るのは難しい、歩いてるだけで大騒ぎになるしな。
「この街は肩車が流行っておるのか?」
「あー、実は俺がライムやソラをよく肩車してたんだけど、それを真似する人が多くなったんだ」
「やっとるのが背の高い鬼人族や獣人族の男ばかりなのは、そのせいなんじゃな」
「俺の身長が基準になってしまったみたいで、背の高い人がねだられやすいと聞いてるよ」
「別の種族の子供を肩車しとるし、良い流行なのじゃ」
「古代エルフを肩車してるのは、俺だけだと思うけどな」
小さな子供は無邪気に手を振ってくれるけど、大人はこっちを驚いた顔で見てくることが多い。いくら小柄とはいえ、エルフ族を肩車しているから、かなり目立つ。
「そういえば、この街でソラと出会ったんじゃったな」
「彼女が出した依頼を受けたのがきっかけになったんだけど、一昨年やった年末の食事会に招待して、パーティーを組んで活動しないか誘ってみた」
「小人族でダンジョンに潜る者は滅多におらんのに、よく誘ったものじゃ」
「ダンジョンに入った時のソラがとても嬉しそうだったから、もっと色んな世界を一緒に見てみたいと思ったんだ」
「その辺りは、われと同じじゃ」
「スファレの父親にそう言ったもんな」
霊山へ入る許可をもらうため、ふっかけられた無理難題をチートでねじ伏せたあと、スファレを幸せにできるかとアウロスさんに問われた。俺はスファレに色々なものを見て感じて体験してもらうと、父親相手に啖呵を切っている。果たしてそれは、ちゃんと出来てるだろうか……
頭の上で機嫌良さそうにしているから、今の生活を楽しんでくれてるのは間違いないと思う。
「少し郊外の方にも行ってみたいのじゃ」
「倉庫街はあまり見るものがないし、俺たちが泊まってた施設がある方に行ってみようか」
「うむ、よろしく頼むのじゃ」
あの辺りは比較的人は少なく緑が多いから、のんびり歩き回るには丁度いい場所だ。ついでに転移ポイントになってる、ビブラさんたちと訓練した広場も覗いてくるか。
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街の喧騒が遠ざかり、周りに植樹している家も増えてきた。やっぱり自然の多い場所は落ち着くのか、頭にかかる重さが少し増えてきた気がする。
「暖かくなってきたら、静かな森の中でしばらく滞在してみたいな」
「突然どうしたのじゃ」
「俺たちの世界には“森林浴”といって、森の中に入って空気や雰囲気を楽しむ健康法みたいなのがあったんだ」
「変わったことをやるのじゃな」
「この世界はあちこちに自然が残ってるから必要ないかもしれないけど、俺としてはそんな生活を少しだけ体験してみたかったりする」
「森の中で生活するなら、われに任せておくのじゃ」
「頼りにしてるよ」
地脈源泉結界から飛べる転移場所に森の中がまだあったら、ディストに頼んで行ってみるのもいいかもしれない。何か所か憶えられれば、その日の気分や季節によって、好きな場所に行くことが出来る。
「……むっ、リュウセイ、ちと止まってくれぬか」
「どうしたんだ?」
「気のせいかもしれんのじゃが、聞き覚えのある声がしたのじゃ」
立ち止まって耳を澄ませてみるが、俺には風で木の葉がこすれるような音しか聞こえない。そのままずっと聞き耳を立てていると、ストローの先を潰して無理やり息を吹き込むような響きが、かすかに届く。
「今のは鳴き声なのか?」
「リュウセイにも聞こえたのじゃな」
「何かを震わせるような音みたいだったが、確かに聞こえてきた」
「あの茂みの方に行ってくれんか」
スファレが指差す茂みに向かい、肩から降ろして二人で覗き込むと、奥の方に茶色い毛玉が横たわっていた。体らしき部分がわずかに上下しているから、生きている動物だろう。
汚れるのも構わず腹ばいになったスファレが、茂みの奥から茶色の毛玉を引きずり出す。明るい場所でよく見ると、耳が長くてしっぽが丸い小型のウサギだ。
「プゥゥ……」
「森の中でしか生きられん動物なんじゃが、一体どうしてここにおるのじゃ」
「誰かが飼っているとかじゃないのか?」
「エルフ族でもおらん限り、餌の調達は難しいはずじゃ」
「森から迷いだしてきたってことはないよな?」
「この街の近くじゃと、餌が生えとる森はないと思うのじゃ」
スファレの腕の中で丸くなったウサギは、ぐったりとして何の抵抗もしない。エルフ族がよく知る動物なんだから、きっと深い森でしか生きられないんだろう。
「ここは物流拠点で、色々な場所から荷物が集まるから、それに紛れて運ばれてしまったかもしれないな」
「確かに、その可能性が一番高そうじゃな」
「それでどうする? スファレの里につれていくか?」
「そうじゃなぁ……なるべく天敵の少ない場所に放したほうが良さそうじゃし、竜人族の隠れ里に連れて行ってくれんか」
竜人族の隠れ里に行った時、スファレは森の中を散策していたが、その時に同じ種類のウサギを見たそうだ。
森とともに生きているエルフ族として、隣人でもある動物がこんな場所で弱っているのは見過ごせない。ウサギに手を差し伸べた理由を、スファレはそう語ってくれる。その気持ちは俺もわかるので、竜人族の隠れ里へ二人で向かった。
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大陸中央に近い高所にあるだけあり、比較的南に位置するトーリとはずいぶん気温が違う。今日は天気が良いとはいえ、森の中は日差しが届きにくく、実際の気温以上に寒く感じる。
スファレの案内で森を進んでいき、餌になる植物が生えている場所までやって来た。
「しかし、餌のない場所でよく生きられたな」
「冬場は何日も眠って過ごす動物じゃから、街につくまで起きなんだんじゃろ」
「馬車なんかで運ばれたら結構揺れると思うが、なんかのんき過ぎじゃないか?」
「何を運んどったのかは知らんが、温かくて寝心地が良かったのかもしれんな」
今もスファレの腕の中で動かないのは、眠ってしまっているからなんだろう。こんな危機感が薄い性格なのに、厳しい自然の中でよく生きていけるもんだ。
「餌は何を食べるんだ?」
「今の時期じゃと草や木の葉じゃな、暖かくなると果物も食べるのじゃ」
「スファレはえらく詳しいよな」
「それは当たり前じゃ。どんな場所で暮らしとるとか、どんなものを食べとるとか判らんと、効率よく狩りができんじゃろ?」
「あぁ、そうか、すごく納得した」
今はこうして命を助けようとしてるけど、森で生きていくならこの動物も獲物だもんな。どんな場所に生息しているかわかってる方が、狩りの時に見つけやすくなるのは当然だ。
こういう話を聞くと、やっぱり森の中で暮らしていくのは、そう簡単じゃないと思い知らされる。
「あの辺りに餌が群生しておる、ほれ、目を覚ますのじゃ」
「プゥー、プゥー」
餌の匂いを嗅いでいるのか、鼻を鳴らすような音を何度か上げ、のっそり起き上がった後、もぐもぐ口を動かし始めた。しばらくそうやって餌を食べていると、奥の方からゴソゴソ音がして、同じ種類のウサギが何匹も現れる。
「ププゥ、ププゥ」
「プププゥ」
「大勢集まってきたけど、大丈夫なのか? これ」
「集団で暮らす生き物じゃからな、新しい仲間が来たと思って歓迎しとるんじゃろ」
「すぐ近くに狩る側の俺たちがいるんだが……」
「こやつが安心して餌を食べとるから、敵とは認定しとらんのじゃろうな」
天敵が少ないせいだろうか、ここで暮らすウサギたちは警戒心がなさ過ぎだ。だが、街につくまでのんびり寝てしまうこの子には、いい環境かもしれない。
しばらく餌を食べていたが満腹になって元気も出たらしく、集まってきた仲間とともに森の奥へ入ってしまった。
「それじゃあ俺たちも帰るか」
「われもリュウセイも汚れてしまっとるし、せっかくじゃから温泉に入っていかんか?」
「それは構わないけど、湯浴み着を持ってないぞ?」
「ここには二人だけしかおらんのじゃ、何の問題もないのじゃ」
「待ってくれ、温泉のお湯が透明なのを忘れたのか?」
「もう何度も裸の付き合いをしとるのに、何を今さら恥ずかしがっておるのじゃ」
「そういう問題じゃない気がするんだが……」
何度か押し問答をやってみたものの、スファレのくしゃみで俺が折れることになった。別々に入ろうという提案は、もちろん却下されている。
最初に出会った時からそうだけど、何故かスファレには逆らえない。もしかしたら魅了はあくまでも副次効果で、精神支配がエルフ族の持つ本当の力なんじゃないだろうか。
◇◆◇
「ほれ、そんな端っこにおらんと、もっとわれに近づくのじゃ」
「家のお風呂と違ってお湯が透明なんだから、勘弁してくれ」
「まったく……普段は堂々としておるのに、変な所で繊細じゃの」
「スファレは恥ずかしくないのか?」
「われにも人並みの羞恥心はあるが、リュウセイに対しては働かんのじゃ」
スファレの方に視線を向けないよう話をしていたが、バシャバシャとお湯をかき分ける音が近づき、目の前にきれいな背中が現れる。そのまま俺の足の上に腰を下ろし、背中を預けてきた。
陽の光を浴びて輝く金色の髪と、そこから見える長くて尖った耳。コールと同程度の体格は収まりがよく、華奢な体つきながら男とは全く別次元の柔らかさ。なだらかな曲線をえがく肩と、その下から伸びる二つの……って、じっくり見過ぎだ。
俺は慌てて視線を前に向ける、《サモン・素数大先生》!
「……男として見られてないってことは、無いよな?」
「そんな訳ないのじゃ。こうして肌が触れ合っておると女とは違う力強さや、われは持っておらん硬さを感じておるよ」
まだだ、まだ臨戦態勢には至っていない、きっと骨とか筋肉が硬いんだろう。土俵際いっぱいだがギリギリセーフ。
「どうして俺にそんな特別な感情を持ったか、聞かせてもらっても構わないか?」
「リュウセイと初めて出会った時、われの耳についた泥を拭こうとしてくれたじゃろ?」
「あれはいま考えても、申し訳ないことをしたと思うよ」
「以前言ったとおり、それはもう良いのじゃ。エルフの耳は敏感なんじゃが、不思議な特徴を備えておってな……」
「不思議な特徴?」
「たとえ同族の男であったとしても、許可なく触られると吐き気がしそうなほど気持ち悪くなるのじゃ」
「俺が触ってしまった時は大丈夫だったのか?」
「出会ったばかりの男と風呂に入った、それが答えじゃよ」
エルフ族にとって相手の耳を触ることは、男女間の相性を見極めるバロメーターになってるみたいだ。たとえ許可して触らせたとしても、相性が悪いと不快感がある。おかげでエルフ族の離婚率は、かなり低いらしい。
「以前シェイキアさんに、家族や配偶者以外に触らせると離婚を考えるって聞いたけど、全くの冗談というわけではなかったんだな」
「伴侶が見ておるのに相性の良さなんぞ確かめた日には、そいつに取られるかもしれんと疑心暗鬼になってしまうからの」
「俺もエルフの里に行った時は、気をつけないといけないな」
「触るのはわれとシェイキアだけにしておくのが無難じゃ」
「スファレ的にシェイキアさんはいいのか?」
「あやつがおると王都で暮らしやすくなるからの、せいぜい搾り取ってやるのじゃ」
そう言ってスファレは、ちょっと意地悪な笑い声を上げた。何だかんだで二人は里にいた頃から仲が良かったみたいだし、どちらも大切にしてあげられるよう頑張ろう。
「なぁ、スファレ」
「どうしたんじゃ?」
「耳を触っていいか?」
「ほれ、そっちを向いてやるから、遠慮せず触るとよいのじゃ」
スファレはくるりと体を反転させると、首に手を回して抱きついてきた。いつもと違う刺激を無視し、背中に腕を回して支えながら頭や耳をゆっくり撫でていく。
「何だかこうしてると、落ち着くから不思議だ」
「われも同じじゃよ。里におった頃には感じることのなかった安らぎを、リュウセイは与えてくれるのじゃ」
「スファレに沢山のものをあげられるよう、俺はもっと成長するよ」
「これ以上大きくなったら、われは溺れてしまうのじゃ」
「その時はちゃんと助けに行く、泳ぎは得意だからな」
「頼もしい限りなのじゃ」
抱き合ったまま十分温まり、少し気恥ずかしい思いをしながら着替えをすませて、トーリへ帰ることにした。
森の隣人=貴重な栄養源(笑)




